夫婦
「俺は確か病気で死んだはずだが……」
骨が完全に受肉した後、ボニーと同じ黄色い髪と黒い肌を持つメテオは、自身の体を不思議そうに見渡した。
「そうですね、メテオ。あなたは病気で亡くなりました。そして私も、隣にいるリルも同じです」
中央に立つ緑髪の女性シルブが冷静に答える。
「なるほど。つまり私たちは、後ろにいるメテオの娘に蘇生されたということね」
リルは後ろに立つボニーを見て、その正体を察したようだった。
「そうよ。お父さんたちは私が蘇生させたの。あそこにいるチェスさんと戦ってもらうためにね」
ボニーはチェスを指差しながら状況を説明する。
「チェスだと! ボニー、お前まさか超能隊を裏切ったのか!?」
メテオはチェスの姿を確認すると、驚きと怒りを露わにした。
「そう。私はボルト兄さんたちと一緒に帝国で暮らすことにしたの。ただ、そのためには封印の宝玉が必要なの」
ボニーは淡々と答える。
「あのバカ息子に誑かされたか!!」
メテオの全身から赤い蒸気が噴き出した。
「あなた……」
だがリルはボニーの話など聞いていなかった。
その瞳はただ一人、チェスだけを見つめている。
「リルとチェスを戦わせるなんて、中々非道なことを考えるのね」
シルブは腕を組んだままボニーを睨む。
「こうでもしなきゃチェスさんには勝てないからね。三人には悪いけど、自分の意思とは関係なく戦ってもらうよ」
ボニーの瞳の白い部分が徐々に黒く染まっていく。
「死者への冒涜」
瞳は完全な黒へと変わった。
「命令――“チェスを殺せ”」
ボニーの声を聞いた瞬間、三人の瞳も同じように黒く染まる。
「体が勝手に……!」
メテオの体が赤く染まり、噴き出した蒸気と共に宙へ浮かび上がった。
「隕石一撃」
そのままチェス目掛けて勢いよく落下する。
「キングには触れさせません」
クイーンはチェスの前へ立つと、大剣の切っ先を落下してくるメテオへ向けた。
「零・氷山」
クイーンの足元から前方へ半円状に氷が広がる。
次の瞬間、落下してくるメテオを中心として無数の氷柱が生え、巨大な氷山を形成した。
メテオと氷山が激突する。
メテオの体から発せられる熱によって氷は溶けていくが、それ以上の速度で周囲の氷が生成され、メテオを包み込んでいく。
メテオは氷山の中心部まで食い込む。
しかし徐々に勢いを失い、全身を氷に覆われていった。
やがて完全に動きを止めると、そのまま巨大な氷山の中へ閉じ込められた。
「お父さんは、こんなんじゃ終わらないよね」
ボニーがメテオへ手を向ける。
すると氷山の中に閉じ込められていたメテオの体が再び赤く染まり始めた。
次の瞬間、氷山の中心部が溶け始める。
メテオは氷を砕きながら脱出した。
「やはりな」
チェスは冷静に呟く。
その時、氷山を迂回するようにシルブがこちらへ向かって走って来ていることに気付く。
「次はシルブか」
「ナイト」
チェスが名を呼ぶ。
すると地面から全身を漆黒の鎧に包んだ騎士が現れた。
ナイトは二メートルを超えるクイーンほどではないが、それでも大柄な体格をしている。
左手には巨大な盾。
右手には自身の腕ほどの長さがある剣を握っていた。
ナイトは現れると同時にシルブへ向かって駆け出す。
「すみませんね」
シルブの右腕が銀色の液体へと変化する。
液体は瞬く間に鋭い剣の形を成し、ナイトへ振り下ろされた。
「波動の盾」
ナイトが盾を構える。
盾の表面から水色の波動が広がり、シルブの斬撃を弾き返した。
生まれた隙を逃さずナイトは剣を振るう。
しかしシルブの体は液体へと変化し、剣は何の抵抗もなくすり抜けた。
「そのままシルブを抑えておいてくれ」
チェスはナイトへ指示を出す。
そして再び地面へ手を向けた。
「ポーン、ルーク」
地面から二人の騎士が姿を現す。
黄色い鎧を纏うポーン。
青い鎧を纏うルーク。
その隣には既に赤い鎧のビショップが立っていた。
「ポーン、ルーク、ビショップよ。お前たちは骨どもの相手を頼む」
ボニーが呼び出した骨の軍勢は、未だ墓地一帯を埋め尽くしている。
「「承知しました」」
ポーンとルークは即座に返事をする。
だがビショップだけは黙ったまま、その場から動こうとしなかった。
「どうした、ビショップ」
チェスが問いかける。
ビショップは少しだけ俯いた後、静かに口を開いた。
「私たちが骨どもの相手をしてしまったら……リル様のお相手は誰がなさるのですか?」
その視線はボニーの隣に立つリルへ向けられている。
チェスは一瞬だけリルを見た。
そして穏やかに微笑む。
「リルの相手は私自身がする」
「心配するな」
その言葉を聞いたビショップは拳を握り締めた。
「……承知しました」
短く返事をする。
それでも不安は隠しきれていない。
「どうかご無事で」
ビショップはそう告げると、ポーンとルークと共に骨の軍勢へ向かって駆け出していった。
「最初からリルと私を戦わせる算段だったのだろう? やりやすくしてやったぞ」
チェスは遠くにいるボニーへ向かって大声で呼びかける。
「流石チェスさん。察しが良くて助かるよ」
ボニーは肩をすくめる。
「リルさん。悪いけどチェスさんを殺してきて」
命令を受けたリルは、地面に立て掛けられていた巨大なハンマーを握った。
リルが走り出す。
骨兵たちは邪魔にならないよう道を開ける。
その様子を見ていた騎士たちも、リルを止めようとはしなかった。
やがてリルはチェスの目前まで辿り着く。
走ってきた勢いそのままに、巨大なハンマーを振り下ろした。
「久しぶりだな、リルよ」
チェスは背負っていた長槍を構える。
振り下ろされるハンマーへ槍の側面を打ち付けた。
「あなたとまた会えて嬉しい反面、こんな形で再会してしまったのが悲しいわね」
凄まじい衝撃が走る。
だがハンマーの勢いは止まらない。
チェスは槍を滑らせるように動かし、その力を受け流した。
轟音と共にハンマーが地面へ叩き付けられる。
地面が大きく陥没した。
「ふっ、お前は変わらんな」
チェスは生まれた隙を逃さず槍を薙ぎ払う。
しかし――
リルは槍の側面を右手で掴み止めた。
そしてハンマーの柄から左手を離す。
次の瞬間。
拳がチェスの腹部へめり込んだ。
「ぐっ!」
チェスは数歩後退する。
「あなたは少し老けましたね」
リルは地面へ落ちたハンマーを軽々と持ち上げる。
肩へ担ぎながら微笑んだ。
「それは生きていれば年も取るからな」
チェスは腹を押さえながら苦笑する。
槍を杖代わりにして立ち上がった。
「ふふっ。こうして戦っていると昔を思い出すわね」
リルの表情が少しだけ柔らかくなる。
口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「そういえば、サシで戦えばいつもお前が勝っておったな」
チェスもまた懐かしそうに笑う。
二人の間に流れる空気は、戦場のものではなかった。
まるで遠い昔の思い出話に花を咲かせているかのようだった。




