来訪者
「師匠! 今日も稽古をつけてくれ!」
元気よく声を張り上げたのは、ウィンド・エリファー。
二十年後に地下牢へ収監されていた男である。
若き日のウィンドは、後の無精髭姿とは違い顎周りもすっきりしており、緑色の髪には軽くパーマがかかっている。どこか軽薄そうな雰囲気すら漂わせていた。
「ウィンドだけずるいぞ! 俺も稽古をつけてください!」
ウィンドの隣に立つフレイも、負けじと大声を上げる。
フレイは二十年後と変わらず高身長でガタイが良く、赤髪の坊主頭が特徴的だ。
「お前らは本当に暑苦しいな……。ボニーさん、サイコさん、私達はお茶でもしていませんか?」
熱血な二人とは対照的に、冷静な様子で話すのはアクアである。
二十年後とは違い、水色の髪は腰まで伸びており、眼鏡もかけていない。表情にも幼さが残っていて、全体的に可愛らしい印象を受ける。
「二人まとめて稽古をつけてやる。修練場に来い」
ウィンドに“師匠”と呼ばれた男が短く告げると、本部の奥へ向かって歩き出した。
男の名はボルト・カース。
褐色の肌に、左側を坊主、右側をドレッドヘアにした奇抜な髪型が特徴の人物である。
「「ありがとうございます!!」」
ウィンドとフレイは声を揃えて礼を言うと、嬉しそうにボルトの後を追いかけていく。
「はぁ、任務終わりだっていうのに元気すぎるでしょ、あいつら」
呆れたように肩をすくめたのは、ボルトの妹であるボニー・カース。
兄と同じ褐色の肌に、腰まで伸びた黄色い髪をしており、長いまつ毛が印象的な女性だ。
「アクアさんは、一緒に稽古をつけてもらわなくてよかったのですか?」
丁寧な口調で問いかけるのは、茶髪のツインテールが特徴のサイコ・ノースィスである。
「私は任務外で汗をかきたくないので、遠慮しておきます」
アクアは苦笑いを浮かべながら答えた。
――その時。
[緊急連絡! 機国からミサイルを確認! 東北のロベリア海岸へ向かって飛行中! 超能隊は至急対応してください!]
街中に設置されたスピーカーから、女性の緊迫した声が響き渡る。
「スーザンさんの声ですね。すぐ向かいましょう」
アクアは即座に反応すると、ボニーとサイコを含めた三人の足元へ水を集め始める。
しかし次の瞬間、三人の頭上を凄まじい速度で何かが通過した。
見上げると、ウィンド、フレイ、ボルトの三人が既に空へ飛び出している。
「……彼らに任せておけば大丈夫そうですね」
アクアは集めていた水を散開させながら、小さく息を吐いた。
「ふふ、頼もしいですね」
サイコも三人の背中を見上げ、穏やかに微笑む。
一方その頃――。
ロベリア海岸へ向かった三人は、迫り来る巨大なミサイルを既に視界に捉えていた。
-
ウィンドは風、フレイは炎、ボルトは雷をそれぞれ身に纏いながら、凄まじい速度で空を駆けていた。
既に三人はロベリア海岸上空付近まで到達している。
遠方には、機国から放たれた巨大なミサイルが白煙を引きながら迫っていた。
「俺がミサイルを破壊する。ウィンドとフレイは爆発の影響を抑えろ」
ボルトは短く指示を出すと、大きく口を開く。
口内では激しい雷光が弾け始めていた。
ボルトは迫り来るミサイルへ狙いを定める。
「雷吠」
口の中で圧縮していた雷を、咆哮と共に一気に撃ち放つ。
ドカァァァン!!!!
雷撃とミサイルが衝突した瞬間、上空で巨大な爆発が巻き起こった。
「抑炎・縮」
フレイが爆炎へ向かって手をかざす。
すると、拡散しようとしていた炎が急激に圧縮され始め、それ以上広がることなく徐々に小さくなっていく。
「暴風域」
続けてウィンドが両手を左右に広げる。
瞬間、海岸一帯に暴風が吹き荒れ、爆発による衝撃波を押し返していく。
轟音と暴風がしばらく続いた後、やがて爆炎も衝撃も完全に消え去った。
静寂を取り戻した海の上で、二人は大きく息を吐く。
「はぁ……はぁ……やっと収まったか」
フレイは額の汗を腕で拭う。
「はぁ……はぁ……ボルトさん、終わりました!」
ウィンドも肩で息をしながら、海岸へ降下していく。
ボルトは先に砂浜へ着地しており、二人へ視線を向ける。
「二人とも、よくやった」
不器用ながらも、僅かに口角を上げて二人を労う。
その言葉を聞き、ウィンドとフレイも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「一旦本部へ戻る。状況報告だ」
「「はい!」」
二人は力強く返事をすると、再び能力を纏う。
雷、炎、風――。
三つの光が夜空を駆け抜け、本部へ向かって飛び去っていった。
-
「何でだ、チェスさん! 納得できませんよ!」
ボルトは目の前に立つチェスへ怒声をぶつける。
感情の高ぶりに呼応するように、全身から雷が激しく弾けていた。
「これは元老院の決定だ。お前がどれだけ反発しようと覆りはせん」
チェスは怒りを露わにするボルトに対しても、一切動じることなく毅然と答える。
二十年後と比べると、チェスは髪も髭も短く、年齢も五十代前後ほどに見える。まだ杖も持っておらず、その立ち姿には衰えを感じさせない威厳があった。
「何もやり返さねぇから、機国の連中が調子に乗って攻撃してくるんだ! 俺達だけでも行かせてくれ!」
ボルトは怒りのままチェスの胸ぐらを掴み上げる。
バチバチと雷が周囲へ散った。
「おい、ボルト。やりすぎだ。手を離せ」
低い声と共に、側にいたブレイクがボルトの腕を左手で払いのける。
二十年後には白髪混じりだったブレイクの髪も、今はまだ黒一色だ。顔にも深い皺はなく、全盛期の威圧感を漂わせている。
「チッ……」
ボルトは舌打ちすると、乱暴にチェスから手を離した。
「頭冷やしてくる」
吐き捨てるように言うと、そのまま本部の出口へ向かってズカズカと歩いていく。
そんなボルトの後ろを、ボニー、サイコ、ウィンドの三人が無言のまま追いかけていった。
本部には重苦しい空気だけが残される。
-
ボルト達四人は、現在森の中を歩いていた。
どうやら海岸へ向かっているようだ。
「ボルト兄さん、謝りに戻った方がいいんじゃな〜い?」
ボニーが軽い口調でボルトへ話しかける。
「別に師匠は間違ったこと言ってねぇんだから、謝る必要なんてねーだろ」
ボルトの隣を歩くウィンドが、不機嫌そうにボニーへ言い返した。
「そうですよ。ボルトさんはいつだって正しいんですから」
続けて、ボニーの横を歩くサイコも口元に手を添えながら上品に微笑む。
「はぁ……信者二人の相手は疲れるわ……」
ボニーは額に手を当て、呆れたようにため息を吐いた。
「海岸で頭冷やしたら戻る」
ボルトは険しい表情のまま短く答える。
ボニーの方を見ることなく、ただ真っ直ぐ前を歩き続けていた。
「ちょうど話していたら海岸が見えてきましたわ」
サイコの言葉通り、四人は森を抜け、ロベリア海岸へ辿り着く。
――その時。
「誰だ、お前!」
ボルトが鋭い声を上げる。
四人の視線の先。
海岸の上空には、一人の男が浮かんでいた。
男は黒髪の短髪で、派手かつ豪華な衣装を身に纏っている。
「おー、ちょうど良かった。お主ら男二人、先ほどミサイルを処理しておったな!」
男はボルトの問いを無視し、楽しそうに四人へ話しかけてきた。
「おい! 師匠の質問に答えやがれ!」
ウィンドが怒気を露わにしながら叫ぶ。
「あー、すまんすまん」
男は悪びれもなく笑う。
「余の名はヒエン・リンカン。今年から帝国の王になった男よ!」
その言葉を聞いた瞬間、四人の表情が変わる。
まさかの帝国の王の登場に驚きながらも、即座に全員が戦闘態勢へ移行した。
「違う違う! 余は戦いに来たわけではない」
ヒエンは両手を振りながら否定する。
「余は王になったばかりでな。今、各地で優秀な側近を探しておるのだ」
「……それで、今日ミサイルを止めた俺達を勧誘しに来たってわけか?」
ボルトは警戒を解かぬまま問い返す。
全身にはバチバチと雷が走っていた。
「あぁ、その通りだ」
ヒエンは空中で腕を広げる。
「帝国の幹部になれば、金も名誉も好きなだけ手に入る。それに帝国は、機国や王国から攻撃を受ければ必ず報復する」
ヒエンは不敵に笑った。
「だが超国は違う。ミサイルを撃ち込まれても、何もせんのであろう?」
その言葉に、ウィンドとボルトの表情が僅かに険しくなる。
ヒエンはその反応を見て口角を上げた。
ウィンド、ボニー、サイコの三人は黙ったままボルトの反応を窺っている。
「……その誘いを受けたら、本当に幹部にしてくれるのか?」
ボルトは興味を示したように低い声で問いかけた。
「もちろん、ただではない」
ヒエンは人差し指を立てる。
「条件が一つだけある」
「超国が保有している“封印の宝玉”を持ってこい。それを手土産として差し出せば、幹部の座を約束しよう」
ヒエンは満面の笑みで告げる。
「今すぐ返答を求めるつもりはない。余はもう帝国へ帰る」
ヒエンの身体がふわりと上昇する。
「帝国は、お主達をいつでも歓迎しよう」
次の瞬間。
ヒエンは凄まじい速度で空へ飛び去り、あっという間に空の彼方へ消えていった。
静寂が海岸を包む。
「……ボルト兄さん、どうするの?」
ボニーが静かに問いかける。
ボルトは海を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。
「俺は――」




