四カ国
キーンコーンカーンコーン。
学校中にチャイムの音が響き渡る。
「時間じゃぞ。みんな席につくのじゃ」
教壇の前に立つ老人が、生徒たちへ声をかけた。
老人の名はチェス。
長い白髪と腰近くまで伸びた白髭が特徴的な老人だ。
かつて超能隊を率いていた英雄であり、今は学校長として子供たちに知識を教えている。
その一声で、生徒たちは遊ぶのをやめて自分の席へ戻っていく。
「では授業を始めるぞい。本日は四ヵ国の現状についてじゃ」
チェスは黒板に四つの円を描いた。
北に超国。
西に王国。
東に機国。
南に帝国。
それぞれの名前を書き終えると、生徒たちへ向き直る。
「まずは超国と王国について説明できる者はおるかの?」
一人の少年が勢いよく手を挙げた。
「マイルズか。では頼むぞい」
「はい、チェス先生!」
マイルズは元気よく立ち上がる。
「まず超国です。超国ではほとんどの人が超能力を使えます。同じ能力を持つ人は存在せず、犯罪や他国からの侵略は超能隊が守っています。また政治は元老院の三名によって行われています」
「うむ、その通りじゃ」
チェスは満足そうに頷く。
「ただし昔の人物と同じ能力が発現した例は確認されておる。そこは補足しておこうかの」
マイルズは頷いて説明を続ける。
「王国は王族の血筋を重視する国です。また神教という宗教が広く信仰されています」
「よくできましたじゃ」
チェスは拍手をする。
「王国のアース王は超国に友好的じゃ。しかし神教では超能力を悪魔の力と教えておるため、国同士の関係は少々複雑なのじゃよ」
生徒たちは真剣にノートへ書き込んでいく。
「では次に帝国と機国じゃ。誰か説明できる者はおるかの?」
教室が静かになる。
その中で一人の少女が恐る恐る手を挙げた。
「カーナか。ありがとう。頼むぞい」
「は、はい!」
カーナは緊張した様子で立ち上がる。
「帝国は実力が全ての国です。身分に関係なく王になることができます。現在の王であるヒエン王は二十年間も王座を守り続けています」
「うむ。素晴らしい」
チェスは黒板にヒエンの似顔絵を描き始めた。
しかし完成した絵は、人なのか動物なのかも分からない代物だった。
教室内が微妙な空気になる。
それでも誰も何も言わない。
触れてはいけないのだ。
「ヒエン王は最新技術への関心が強く、近年は機国との交流を積極的に進めておる」
チェスは何事もなかったように話を続ける。
「最後に機国です」
カーナは小さく息を吸う。
「機国は機械技術が発達していて、多くの仕事を機械が行っています」
「その通りじゃ」
チェスは頷いた。
「しかし機国は超国を良く思っておらん」
教室の空気が少し変わる。
「昔、超国のある人物が魔王をこの世界へ招いてしまった」
生徒たちがざわつく。
「その事件で機国は大きな被害を受けた。以来、機国は超国への報復を続けておるのじゃ」
黒板は既に文字で埋め尽くされていた。
「魔王事件については、また別の機会に話そうかの」
チェスはチョークを置く。
「本日の授業はここまでじゃ。みんな気をつけて帰るのじゃぞ」
キーンコーンカーンコーン。
ちょうどその時、終業のチャイムが鳴った。
生徒たちは一斉に立ち上がる。
その瞬間だった。
『業###です。超能##部で道##りが現##した! ブレイク#んが####と修##で試#をす#み#いなので#時間が###る方##ぜひ###だ##い!』
突然、チェスの頭の中にパシーの声が響く。
しかし通信状態が悪いのか、内容のほとんどが聞き取れない。
チェスは目を細めた。
「ほう……」
長い髭を撫でる。
先ほどまでの穏やかな教師の顔ではない。
かつて超能隊を率いた男の顔だった。
「何やら面白そうなことになっておるのう」
そう呟くと、チェスは静かに教室を後にした。
「ウェンくん、起きてくださーい! あー、二度寝しちゃダメですよ! ウェンくんが二度寝することくらい知ってるんですからね! 今日はアクアさんと畑の水やりです! ちゃんと起きてくださいよ〜!」
頭の中にパシーの声が響く。
その声で目を覚ました青年――ウェン・ウィークは、大きな欠伸をした。
「ふぁぁ……もう朝かぁ……」
青い天然パーマの寝癖を適当に手で整えながら体を起こす。
今日は水曜日。
火曜日担当のチューズから身体を引き継いだのは、怠け者のウェンだった。
「あと五時間くらい寝たいな〜」
そう呟きながら時計を見る。
そして迷うことなく再び布団へ潜り込んだ。
「やっぱり寝よ〜」
⸻
ドンドンドン!
勢いよく扉が叩かれる。
「おいウェン! 起きろ! どうせ寝直すから起こしに行けってパシーさんに頼まれたんだ!」
聞き慣れた声だった。
「もういないよ〜」
布団の中から返事をする。
「返事してる時点でいるじゃねーか!」
ガチャリ。
鍵の開く音が響いた。
オレンジ色のオーラが鍵穴へ流れ込み、勝手に鍵が開く。
部屋へ入ってきたのはオーラ・ナックスだった。
「入るぞ」
「ちょっ――」
オーラは容赦なく布団を剥ぎ取る。
「やめてよ〜」
「ダメだ。仕事だ」
オーラはウェンの腕を掴み、そのまま玄関まで引きずっていく。
「俺も今日はハッカイさんと家作りなんだよ。お前だけサボるな」
「分かったから引っ張らないでよ〜」
ようやく解放されたウェンは不満そうに頬を膨らませた。
⸻
家を出るとオーラはすぐに走り去った。
「じゃあな!」
「はいはい〜」
ウェンは気の抜けた返事をする。
そして畑へ向かって歩き始めた。
「雨でも降ってくれたら仕事なくなるのにな〜」
空を見上げながらため息を吐く。
その時だった。
「ウェンじゃないか!」
元気な声が飛んでくる。
振り向くとアクア・ムツナがこちらへ歩いてきていた。
短い水色の髪に眼鏡。
背の高い女性だ。
「ちょうど良かった! 一緒に飛んで行こう!」
「飛ぶのは嫌です」
ウェンは即答した。
「歩いて行きましょうよ」
「根性が足りん!」
アクアは笑う。
「いい訓練だ!」
足元に大量の水が集まり始める。
ウェンの顔が青ざめた。
「ちょっと待っ――」
次の瞬間。
ドォン!
二人の身体が空へ打ち上げられた。
「うわああああああああ!!」
ウェンの悲鳴が空へ響く。
一方アクアは平然としていた。
むしろ足元から水を噴射し、さらに加速している。
「アクアさん楽しんでません!?」
「楽しいぞ!」
「ですよねぇぇぇぇ!!」
⸻
やがて畑が見えてくる。
アクアは華麗に着地した。
対するウェンは慌てて能力を発動する。
「水玉ミズタマ!」
身体を包む水球が形成される。
そのまま地面へ激突。
バシャアッ!
水が弾け飛んだ。
「いてて……」
ウェンは尻もちをつきながら立ち上がる。
「上手く着地できたじゃないか」
アクアは満足そうに頷いた。
「では仕事だ」
「少しくらい休ませてくださいよ〜」
⸻
二人は畑へ向かって手を掲げる。
「「雨降レインシャワー」」
巨大な水球が空へ打ち上がる。
二つの水球は空中でぶつかり、細かな雨となって畑へ降り注いだ。
乾いた土が潤っていく。
しかし水が届いたのは畑全体のわずか一部だけだった。
「あと十九回くらいですね〜」
「気合いだ」
「うへぇ……」
ウェンはげんなりした表情になる。
⸻
その時だった。
『業務連絡です!』
頭の中にパシーの声が響く。
『超能隊本部で道場破りが現れました! ブレイクさんが修練場で試合を行うそうです! 時間が空いている方はぜひ見に来てくださーい!』
ウェンの目が一瞬で輝く。
「アクアさん!」
「ダメだ」
「まだ何も言ってないですよ!?」
「仕事を終わらせてからだ」
「そんなぁぁぁぁ……」
ウェンは膝から崩れ落ちた。
ブレイクの試合。
超能隊最強格の戦い。
絶対に見たい。
だが目の前には、まだほとんど手つかずの畑が広がっていた。
ウェンは静かに空を見上げる。
「今から大雨にならないかな〜」
もちろん、そんな都合の良いことは起きなかった。




