謎の人物
「チューズくん起きてる? 多分起きてないよね。仕事の時間になるので起きてくださーい!」
頭の中に響く女性の声で、俺は勢いよく飛び起きた。
「うおっ!?」
心臓が跳ねる。
毎回思うが、パシーさんのテレパシーは体に悪い。
「今日は火曜日なのでチューズくんだよね。可燃ゴミ処理場の仕事だから急いでね! フレイさんとゴクウさんにはもう連絡してあるから!」
一方的に言いたいことだけ言うと通信は切れた。
「相変わらずだな……」
頭を掻きながらベッドから降りる。
今日は火曜日。
つまり今日の俺はチューズ・ウィークだ。
俺たちウィークは少し特殊な人間だ。
一つの身体を七つの人格で共有している。
月曜日はマン。
火曜日は俺、チューズ。
水曜日はウェン。
曜日が変わるたびに人格も顔も髪色も能力も変わる。
昨日までこの身体を動かしていたのは月曜日担当のマンだ。
ナルシストで嫌な奴だが強さだけは本物。
対する俺は火を操る能力を持つ。
単純な火力なら七人の中でもトップクラスだ。
「よし!」
赤髪をかき上げながら立ち上がる。
今日も全力でいくか。
⸻
身支度を終えた俺は首都ベゴニアの通りを歩いていた。
「あっ! チューズじゃん!」
聞き慣れた声が飛んでくる。
声の主はアブ・カインズ。
俺たちカインズのリーダーだ。
小柄な体にショートカットの黒髪。
見た目だけなら子供に見えるが、立派な二十歳である。
「おうアブ。朝から元気だな」
「そりゃリーダーだからね!」
胸を張るアブ。
相変わらず小さい。
色んな意味で。
「聞こえてるんだけど?」
「ははっ」
⸻
アブと別れた俺は街を抜け、海岸へ向かった。
そこには大量のゴミが積み上がっている。
超能力者が活躍するこの国でも、ゴミ問題だけはなくならないらしい。
「おせぇぞチューズ!」
声をかけてきたのはフレイ・ドフメイン。
俺の師匠だ。
身長は二メートル近くあり、真っ赤な髪をした大男。
炎能力者としてはこの国でもトップクラス。
豪快で酒好きで頭は悪い。
「すみません」
「がっはっは! なら働け!」
フレイは両手から炎を噴き出した。
積み上がったゴミが一瞬で燃え上がる。
負けじと俺も炎を放つ。
赤い炎が腕を包み込み、ゴミを次々と焼き尽くしていく。
立ち昇る黒煙は全て空へ吸い込まれていった。
「終わったか?」
上空から声が降ってくる。
雲の上に座っていたのはゴクウ・スモウィルだった。
煙を自在に操る男。
黒煙を圧縮し、小さな球に変えて腰へしまう。
相変わらず便利な能力だ。
⸻
「よし! じゃあ稽古するぞチューズ!」
フレイが笑う。
「お願いします!」
俺が頭を下げた、その瞬間だった。
『緊急連絡!!』
パシーの声が頭に響く。
『中央広場で乱闘騒ぎ発生! ムサシさんが正体不明の人物と交戦中! 近くのチームは援護に向かってください!!』
空気が変わった。
フレイの表情から笑みが消える。
「……聞いたな?」
「ああ」
ムサシは弱い人間じゃない。
そんな男が援護を必要としている。
つまり――。
「面倒な奴が現れたってことだ」
フレイが炎を噴き上げる。
俺も拳に炎を纏わせた。
そして二人は中央広場へ向かって駆け出した。
――十五分前、中央広場。
首都ベゴニアの中央広場は、いつものように人で賑わっていた。
屋台の呼び声。
焼けた肉の匂い。
子どもたちの笑い声。
その平和な空気を壊したのは、酒樽を片手にふらつく大男だった。
「おい、お嬢さん。ちょっと一杯付き合ってくれねぇか?」
男に絡まれた女性が、怯えた顔で後ずさる。
「す、すみません。急いでいるので……」
「このリーザス様の酒が飲めねぇってのか?」
リーザスは乱暴に女性の肩を掴んだ。
その瞬間。
「ハハ。やめておきなよ」
背後から、場違いなほど明るい声が響いた。
振り返ったリーザスの視線の先にいたのは、ピエロだった。
派手な水玉模様の服。
赤いアフロ。
白く塗られた顔。
紫に縁取られた目元。
そして両目の下には、赤い涙のマーク。
「なんだテメェ。ヒーロー気取りか?」
「違うよ。僕はピエロさ」
ピエロは赤いアフロを撫でながら笑う。
「僕を見た人には、笑ってほしいんだ」
そう言って、女性を見る。
「でも、彼女は笑っていない」
空気が変わった。
「その手、離してあげなよ」
「生意気言ってんじゃねぇ!」
リーザスは持っていた酒樽をピエロへ投げつけた。
だが、樽はピエロに当たらない。
次の瞬間には、ピエロの姿はリーザスと女性の間にあった。
「じゃあ、剥がしてあげるね」
銀色の刃が走る。
リーザスの右手が宙を舞った。
「ぐあああああああっ!?」
悲鳴が広場に響く。
女性が腰を抜かし、周囲の人々が一斉に逃げ出した。
「テメェ、何しやがる!」
リーザスは痛みに顔を歪めながら、残った左拳を振り上げる。
「ハハ。まだ分かってないんだ」
ピエロは笑ったままナイフを構える。
「じゃあ、左手もいらないね」
刃が振り下ろされる。
――キィィン!
金属音が響いた。
ピエロのナイフを受け止めたのは、一本の刀。
「やりすぎだぜぃ」
ちょんまげ頭の男が、ピエロの前に立っていた。
黒髪を後ろで結び、腰には二本の刀。
超能隊、チーム・ファイターのリーダー。
ムサシ・ミヤ。
「これ以上は見過ごせねぇな」
ムサシはナイフを弾き、リーザスの服を掴んで後方へ投げ飛ばした。
「俺が悪かった! 酔って気が大きくなってただけなんだ! 許してくれ!」
リーザスは右腕を押さえながら、震える声で謝る。
ムサシは刀を構えたまま、ピエロを睨んだ。
「あいつも謝ってる。ここまでにしとくんだぜぃ」
「ハハ」
ピエロは嬉しそうに目を細めた。
「ムサシさんですね」
「……俺を知ってるのか?」
「もちろん。二刀流のムサシ。五感強化の超能力者。努力家で、刀好きで、好戦的」
ピエロはナイフをくるりと回す。
「会いたかったんだ」
次の瞬間、ピエロが地面を蹴った。
「速っ――」
ナイフがムサシの首元へ迫る。
ムサシは即座に刀で受け止めた。
火花が散る。
「おいおい。お前、あの女を助けたかったんじゃねぇのかよ?」
「助けたよ?」
ピエロは笑う。
「だから次は、君と遊ぶ番だ」
ピエロの腕に力がこもる。
ムサシは刃を受け流し、逆に斬り返した。
だが、ピエロは紙一重でかわして後ろへ跳ぶ。
「ハハ、危ない危ない。やっぱり強いね」
ピエロは軽快なステップを踏みながら、右手を前に出した。
「レッドボール」
その手の中に、赤い球体が現れる。
「レッドパワー」
ピエロが球を握り潰す。
直後、赤いオーラが全身を包み込んだ。
「身体能力強化か」
ムサシは目を細める。
「なら、こっちも少し本気を出すぜぃ」
ムサシは二本目の刀を抜いた。
二刀流。
それを見たピエロの笑みが、さらに深くなる。
「ハハ! 見たかったんだ、それ!」
赤い残像が走る。
さっきまでとは比べものにならない速度で、ピエロが距離を詰めた。
その刃がムサシへ届く直前。
「面白そうなことやってんじゃねぇか!」
上空から声が降ってきた。
雲に乗った男が、棒を振り下ろす。
ゴクウ・スモウィル。
煙を操る、元ホープの怪物。
ピエロは咄嗟にナイフで受け止める。
だが、押し返せない。
「ハハ……あなたはゴクウさんですね」
「おう。俺とも遊んでくれよ」
ゴクウは棒を肩に担ぎ、楽しそうに笑った。
「ゴクウ、今いいところだったんだぜぃ。邪魔すんなよ」
「ケチくせぇこと言うな。面白そうな奴は早い者勝ちだ」
二人の超能隊を前に、ピエロは肩をすくめた。
「ハハ。さすがに二人相手は、楽しくなさそうだ」
赤いオーラが消える。
「今日はここまでにするよ」
「逃がすと思うか?」
ムサシが刀を構える。
ゴクウも棒を握り直した。
ピエロは笑顔のまま、右手を掲げる。
「ピンクボール」
手の中に、今度はピンク色の球が現れた。
「ピンクカーテン」
球が潰れる。
次の瞬間、ピエロを中心にピンク色のカーテンが円形に広がった。
「逃がさねぇ!」
「逃がすかよ!」
ムサシとゴクウが同時に飛び込む。
刀と棒がカーテンを裂いた。
だが、その中にピエロの姿はなかった。
残されたのは、奇妙な笑い声の余韻だけ。
「……何だったんだ、あいつは」
ムサシは刀を鞘に収めながら呟く。
ゴクウは倒れているリーザスを雲の上に乗せた。
「俺はこいつをストロングのところに連れてく。ムサシ、後から来る連中への説明頼んだわ」
「おい、面倒くさい役目押し付けんなぜぃ!」
「じゃあな!」
ゴクウは笑いながら、雲に乗って飛び去っていった。
ムサシは深いため息をつく。
「ったく……面倒なことになったぜぃ」
⸻
その頃。
何もない部屋の中央に、ピンク色のカーテンが現れた。
円形に開いたカーテンの中から、ピエロが姿を現す。
「やぁ。遅かったじゃないか」
部屋の奥。
椅子に座って本を読んでいた青年が、ゆっくりと顔を上げた。
腰まで伸びた銀髪。
整いすぎた顔立ち。
細く開いた瞳には、どこか人を見下すような冷たさがあった。
「コピさん、すみません」
ピエロは笑顔で頭を下げる。
「超能隊と少し遊んでしまいました」
「超能隊と?」
コピは本を閉じる。
「まだ姿を見せるつもりはなかったんですがね」
ピエロは悪びれもせず笑う。
「ハハ。ムサシさんもゴクウさんも、すごく面白かったですよ」
「……まあ、いいでしょう」
コピは立ち上がった。
「時間は待ってくれませんからね」
銀髪が揺れる。
その口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「そろそろ、私たちも動き始めましょう」




