茶色
「避けているだけじゃ私には勝てないよ!」
イーツは地面の土や砂を次々と吸い込み、ウェンへ向けて発射し続けている。
ウェンは水の壁を作り続けて防御しているが、反撃に転じる余裕はないようだった。
だが、土砂の勢いは凄まじく、水の壁を貫通した破片が少しずつウェンの体に傷をつけていく。
「はぁ〜。そろそろ疲れてきたから終わらせるよ」
ウェンは面倒臭そうな表情を浮かべながら、水の壁を消した。
「笑わせてくれるね! 私に攻撃が通らないのに勝てるつもりかい?」
イーツは鼻で笑う。
ウェンの言葉が負け惜しみにしか聞こえなかったのだろう。
「うるさいな〜。さっさと黙ってもらうよ」
「雨降」
ウェンが上空へ水の塊を放つ。
塊は空中で弾け、細かな雨となって周囲一帯へ降り注いだ。
「これが秘策かい? 全然痛くも痒くもないよ!」
イーツは気にも留めず、再び地面の土砂を吸い込み始める。
「砂土出吸!」
吐き出された土砂がウェンへ襲いかかる。
ウェンは再び水の壁を展開して防ぎながら、水の槍を生成した。
「水槍」
鋭い水の槍がイーツへ飛ぶ。
「何回やっても無駄だって分からないのかい!」
イーツは大きく口を開く。
迫る水の槍を吸い込み、そのまま消滅させた。
――だが次の瞬間。
ドシュッ!
「がっ……!?」
イーツの腹部を水の槍が背後から貫いた。
「なっ……なんで……!?」
イーツは目を見開き、その場に膝をつく。
「君の能力って前から来たものしか吸収できないでしょ?」
ウェンはゆっくりと歩み寄る。
「口は前にしか付いてないんだから当たり前だよね〜」
イーツは苦痛に顔を歪める。
ウェンは続けた。
「だから背後から攻撃することにしたんだ」
「まさか……あの雨……!」
「正解〜」
ウェンは指を立てる。
「さっき降らせた雨で、君の周囲に水をばら撒いておいたんだよ。前から飛ばした水槍に気を取られてる間に、後ろの水を槍に変えただけ」
ウェンは肩をすくめた。
「簡単でしょ〜?」
イーツは悔しそうに歯を食いしばるが、既に立ち上がる力は残っていない。
ウェンは片手を上げた。
「水牢」
大量の水がイーツを包み込み、球体となって拘束する。
「安心してよ〜。窒息はしないから」
ウェンは欠伸をしながら続ける。
「でも傷口が開くから暴れない方がいいと思うよ〜」
イーツは水の中で睨みつけるが、やがて観念したように動きを止めた。
「はぁ〜……疲れた」
ウェンはその場に座り込む。
そして自分の体も水で覆った。
水が傷口に触れ、出血をゆっくりと止めていく。
「ちょっとだけ休憩……」
そう呟くと、ウェンはその場で横になった。
数秒後には小さな寝息が聞こえ始めていた。
-
「避けているだけじゃ私には勝てないわよ!」
イーツとの戦いとは対照的に、オーラは徐々に追い詰められていた。
体を覆っていたオレンジ色のモヤは、既にかなり薄くなっている。
「毒が効かないのは驚いたけど、あなたの能力も限界みたいね」
ポインの周囲には、毒で作られた犬が五匹待機していた。
「はぁ……はぁ……」
オーラは肩で荒く息をしながら呼吸を整える。
「あはは! いい気味だわ! もうすぐ苦痛に満ちた顔に変わるわよ!」
ポインが手を振る。
五匹の毒犬が一斉に襲いかかった。
「橙拳爆散!」
オーラは先頭の毒犬へ拳を叩き込む。
吹き飛ばされた毒犬は後続に激突し、その瞬間――爆発した。
ドォン!!
連鎖するように他の毒犬達も次々と爆発していく。
爆風を突き抜けたオーラは、そのままポインへ肉薄した。
「おらぁ!」
拳がポインの腹に突き刺さる。
「ぐっ……!」
ポインは咄嗟に全身を毒で覆い硬化させる。
直撃は避けたが、衝撃までは消し切れない。
吹き飛ばされたポインは地面を転がり、口元から血を吐いた。
「よくも……私に傷を付けたわね!」
ポインの目が大きく見開かれる。
「私はもう傷付けられる側じゃないのよ!」
「毒流狼!」
地面から巨大な毒の狼が姿を現した。
「橙拳爆散!」
オーラは地面を殴りつける。
爆発が起き、毒狼の勢いを削ぐ。
だが止まらない。
毒狼はそのまま牙を剥き、オーラへ噛み付いた。
「ぐぅぅっ!!」
オーラは両腕へモヤを集中させて受け止める。
しかし牙は少しずつモヤを突き破り、皮膚へ届こうとしていた。
「おらぁぁぁ!!」
モヤを爆発的に放出する。
毒狼は大きく吹き飛ばされた。
「私はアンタみたいなキラキラした奴が大嫌いなのよ!」
ポインは叫ぶ。
「周りに恵まれて! 親にも愛されて! 何不自由なく生きてきたような奴が!」
毒狼が再び飛びかかる。
巨大な爪がオーラを切り裂こうと振り下ろされた。
「過去に何があったかなんて知らねぇ!」
オーラは拳を振るう。
拳と爪が激突した。
凄まじい衝撃で両者が吹き飛ぶ。
毒狼の片腕は消し飛び、オーラの体には無数の裂傷が刻まれた。
「うるさい!」
ポインは叫び返す。
「毒がうつるって言われて避けられたことがある!?石を投げられたこともある!?」
声が震える。
「親にさえ避けられて生きてきた苦しみがアンタに分かるの!?」
失われた毒狼の腕が再生していく。
オーラは立ち上がった。
「確かに人は勝手だ」
消えかけていたモヤが少しだけ濃くなる。
「自分が傷付くのは嫌なのに、人を傷付けることには平気な奴がいる」
オーラは拳を握る。
「でもな!」
声を張り上げた。
「だからってお前が傷付ける側になっちまったら意味ねぇだろ!」
ポインの瞳が揺れる。
「復讐してやったわ!」
ポインは涙を滲ませながら叫ぶ。
「そしたら同じように苦しんだ人達が集まってきた! 私はその人達も助けてきたの!」
毒狼が猛スピードで突進する。
「お前が傷付いてきたことは分かった!」
オーラは毒狼を飛び越える。
「国を恨む理由もな!」
ポインとの距離が一気に縮まる。
「でも俺が守りたい人達まで傷付けさせるわけにはいかねぇ!」
「私はこの国を滅ぼす!」
ポインは毒弾を五発放つ。
「苦しんでる奴を救いたいなら!」
オーラは全てを受けながら突っ込む。
「こんなやり方じゃダメだろ!」
一気に距離を詰める。
「それに――」
オーラは静かに言った。
「お前が本当に欲しかったものは復讐じゃねぇ」
ポインの拳が止まる。
「なに……?」
「理解者だろ」
ポインの目が揺れる。
「自分を分かってくれる奴」
オーラはさらに続けた。
「守ってくれる仲間だ」
ポインの拳が完全に止まった。
その隙にオーラは懐へ潜り込む。
だが拳は振るわない。
代わりに――。
ポインの手を握った。
「なっ……!?」
オレンジのモヤは消えている。
毒は容赦なくオーラの腕を侵食していった。
それでも離さない。
「俺には全部は分からねぇ」
毒が肩まで到達する。
「でも苦しんでる奴を見捨てたくねぇんだ」
ポインの目から涙が零れ落ちる。
「俺がお前の仲間になってやる」
オーラは笑った。
「だからここで止まってくれ」
ポインは泣いていた。
今まで誰にも触れられなかった手。
その手を握ってくれている人間がいる。
「なんで……」
声が震える。
「なんで離さないのよ……」
「だって仲間になるんだろ?」
オーラは笑ったまま答えた。
そして――
ポインの能力が発動する。
「解毒」
紫色に染まっていた腕が元へ戻っていく。
「アンタが私のそばにいてくれたら……」
ポインは涙を拭った。
「私も国を守る側になれたかもしれないわね」
「まだ遅くねぇよ」
オーラが答える。
ポインは小さく笑った。
「ありがとう」
次の瞬間。
緊張の糸が切れたオーラは、そのまま前へ倒れ込む。
「あっ……」
ポインは慌てて抱き留めた。
そして優しく地面へ寝かせる。
「毒が回ってるのに無茶するからよ」
そう呟きながら、ポインはオーラの手を握り続けていた。
-
北門の前では、盗賊達が全員地面に倒れていた。
立っているのはアブただ一人である。
「オーラは相変わらずの人たらしだね」
アブは腕を組みながらため息をつく。
「まさか盗賊団の頭まで懐柔しちゃうなんて」
視線の先では、ポインが気絶したオーラの側に座っている。
完全に戦意は失っているようだ。
「まぁ、無事に終わったなら何よりかな」
アブは肩の力を抜きながら周囲を見渡す。
そこで、ふとあることに気付いた。
「ん?」
まずウェンを見る。
ウェンは水の球体に包まれたまま気持ち良さそうに眠っている。
次にオーラを見る。
毒の影響で完全に気絶している。
さらに周囲を見る。
地面には百人近い盗賊達が転がっている。
「……」
アブは数秒間固まった。
「ちょっと待って」
嫌な予感がした。
「ウェンは寝てる」
指を一本立てる。
「オーラは気絶してる」
二本目を立てる。
そして自分を指差した。
「つまり今動けるの――」
沈黙。
「私だけ!?」
アブの叫び声が森中に響き渡った。
「えっ!? 嘘でしょ!?」
盗賊達を見回す。
「この人数を!?」
オーラを見る。
「気絶してる脳筋と!」
ウェンを見る。
「寝てる怠け者と!」
再び盗賊達を見る。
「百人以上の盗賊を!!」
頭を抱える。
「本部まで運べってこと〜〜〜!?」
アブはその場に膝をついた。
「無理無理無理無理!!」
「分身が使えるようになるまで私も寝る!」
そう言ってアブも地面に寝転んだのだった。




