第九話 ――血風 ― 刃、交わる
風が止んだ。
月が雲間から覗き、二人の影を長く伸ばす。
雪ノ丈は無言で刀を抜いた。
鞘走りの音が、夜気を裂く。
本間もまた、同じように抜いた。
その動きに、一切の無駄がない。
(――速い)
雪ノ丈は悟った。
ただの役人ではない。
間合い。
踏み込み。
気配。
すべてが、磨かれている。
剣を抜いた瞬間に、死を受け入れている構えだった。
互いに動かない。
草が揺れる。
虫の声が、消える。
張り詰めた静寂。
本間が踏み込んだ。
速い。
だが――
その一歩が、わずかに重い。
袈裟斬り。
雪ノ丈は受け流す。
鋼が擦れ、火花が散った。
二合。
三合。
夜に響くのは、刃の音だけ。
本間の剣は正確だった。
無駄がない。
相手の呼吸を読む剣。
だが――
(……違う)
雪ノ丈は感じ取る。
その剣の奥にあるもの。
(理を捨てきれていない)
脳裏に浮かぶ。
草太郎の剣。
あの一撃は――生を捨てていた。
(……あいつのほうが、鋭かった)
雪ノ丈は静かに息を整える。
一歩、滑る。
呼吸。
間。
本間が振り下ろす。
その瞬間――
雪ノ丈は半身を返した。
――閃光。
一拍遅れて、風が鳴る。
本間の体が揺れた。
膝をつく。
胸から、細い血が流れた。
静寂。
「……見事だ」
本間はわずかに笑った。
雪ノ丈は何も言わない。
ただ、刀を下ろした。
本間は夜空を見上げる。
「これで……」
息が途切れる。
「広住も……浮かばれる……」
そのまま、動かなくなった。
風が戻る。
草が揺れる。
雪ノ丈はしばらく立ち尽くしていた。
(……終わった)
だが、胸は軽くならない。
ただ、静かだった。
「……草太郎」
小さく呟く。
「お前の言った通りだったな」
刀を鞘に納める。
遠くで犬が吠えた。
村の灯が、ひとつ、またひとつ消えていく。
夜は静かに――
次の血を待つように、里を包み込んでいた。




