第八話 ――夕闇の対峙 ――
夕陽が山の端に沈みかけ、里の影が長く伸びていた。
雪ノ丈が家の近くまで戻ったとき――
道の向こうに、ひとりの男が立っていた。
旅装の裾が風に揺れている。
無言のまま、こちらを見ていた。
「……野橋雪ノ丈だな」
低い声だった。
雪ノ丈は足を止める。
「あんたは……本間、だったか」
男はゆっくりと歩み寄った。
「お主に、聞きたいことがある」
「悪いな。家に帰るところなんだが」
言葉とは裏腹に、足は動かなかった。
本間の目は笑っていない。
「――広住秋ノ進を斬ったのは、お主か」
風が抜けた。
竹林がざわめく。
雪ノ丈は小さく息を吐いた。
「……違うと言ったら、信じるのか」
「いや、信じぬ」
即答だった。
「なら、聞く意味はあるのか」
「確認だ」
短い言葉。
その奥に、決意があった。
雪ノ丈は目を細める。
「なぜ俺だと?」
本間は淡々と語った。
「広住は、草太郎殿を斬って江戸へ逃げた。
仇討ちを恐れていたらしい」
一歩、距離が縮まる。
「討たれたと聞き、この村で聞き込みをした。
数日、姿を見せなかった者が一人――お主だ」
静寂。
「条件に合うのは、野橋雪ノ丈しかおらぬ」
雪ノ丈はわずかに笑った。
「……で、どうする」
本間の声は揺れなかった。
「お主を――斬る」
雪ノ丈は鼻で笑う。
「あんな男の仇討ちに、価値があるのか」
その瞬間。
本間の目が、ほんのわずかに揺れた。
「価値はない」
はっきりと言い切る。
「だが、広住は私の部下だった。
上は怒り、藩の面目を汚したと責を問うている」
一歩、踏み出す。
「このままでは切腹だ。
ならば――下手人を討ち、恥を晴らす」
雪ノ丈は肩をすくめた。
「結局、自分のためか」
「そうだ」
迷いはなかった。
「己の名を汚したまま死ぬのは、武士の恥だ」
しばしの沈黙。
雪ノ丈は目を閉じる。
(……終わらせる)
それだけが、残っていた。
「このことを知っているのは、お前だけか」
「私だけだ」
「なら――」
ゆっくりと目を開く。
「手合わせを受けよう」
夜の帳が降りてくる。
「……どのみち、生かしては帰せん」
風が止まった。
鳥の声も消える。
両者の手が、同時に刀の柄にかかる。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
月明かりに、刃が閃いた。




