第六話 ――帰郷 ― 再会 ――
霞ヶ沢の里は、昔と変わらず静かだった。
軒並みの屋根には苔が生え、風が吹くたびに竹の葉が鳴る。
遠くで人の声が聞こえた。
それだけで、胸の奥が熱くなる。
――帰ってきた。
村道を抜け、家の前に立つ。
板戸はわずかに歪み、庭の柿の木は枝を伸ばしていた。
だが――どこか様子がおかしい。
灯がない。
煙の匂いもない。
雪ノ丈は戸を開けた。
長旅の埃が舞い、空気が重く沈んでいる。
「……夏絵?」
返事はなかった。
囲炉裏の灰は冷え切っている。
眉を寄せ、家の奥へ進む。
廊下の板がきしむ音が、やけに懐かしい。
自室へ向かい、襖に手をかけた。
開けた瞬間――
気配があった。
部屋の中央。
灯明の前に、一人の女が座っていた。
「……兄さま」
その声は、あの日と変わらなかった。
黒髪が肩に流れ、淡い灯に照らされている。
夏絵だった。
雪ノ丈は言葉を失う。
手に持っていた包みが、音を立てて落ちた。
「……夏絵」
「お帰りなさい」
静かな夜に、その声だけが残る。
次の瞬間。
夏絵は駆け寄り、その胸に飛び込んできた。
「兄さまっ……!」
小さな体が強く抱きつく。
その温もりは、雪の中では決して得られなかったものだった。
「よかった……無事で……」
声が震えている。
涙が着物に染み込んでいく。
雪ノ丈は何も言わず、そっと抱き返した。
「ああ……お前を置いて、死にはしない」
思いのほか、穏やかな声だった。
その一言に、夏絵は小さく頷く。
だが――
雪ノ丈の胸の奥には、消えないものがあった。
(……何かが、終わっていない)
刀の重みが、まだ背に残っている。
夏絵は涙を拭い、微笑んだ。
「お腹、すいたでしょう。何か作るね」
「……ああ」
台所へ向かう足音を聞きながら、雪ノ丈は囲炉裏の前に座る。
灰をかき、火を起こした。
ぱち、ぱちと音が鳴る。
その揺らめきの奥に――
何かが、いた。
ふと、視線を向ける。
廊下の奥。
障子の隙間に、一瞬だけ光が走った。
刃のような、冷たい光。
雪ノ丈は動かなかった。
ただ、静かに息を整える。
だが――
その気配に気づいた者は、まだ誰もいなかった。




