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第十九話 ――滝の音、遠く ――
夜が明けていた。
山の空気は、静かだった。
雪ノ丈は、夏絵の手を握っていた。
温もりが、確かにそこにある。
「兄さま……これからどうするの?」
不安そうな声。
雪ノ丈は、しばらく答えなかった。
やがて、静かに言う。
「……ここには、いられない」
夏絵の指が、わずかに強くなる。
「氷雨は、幕府の人間だった」
それだけで十分だった。
「……村を出るのですか」
「ああ」
短い言葉。
だが、そこに迷いはなかった。
「これが最後になるかもしれない」
一度、言葉を切る。
「それでも……一緒に来てくれるか」
夏絵は、すぐに頷いた。
「はい。どこまでも」
その答えに、雪ノ丈は小さく息を吐く。
二人は、歩き出した。
振り返る。
見慣れた山と、田畑。
朝の光が、それを照らしていた。
もう戻れない。
だが――
足は止まらなかった。
「……弘志たちに、別れを言えなかったな」
雪ノ丈が呟く。
夏絵は静かに首を振る。
「……仕方ありません」
その先は、言わなかった。
二人は、歩き続けた。
滝の音が、次第に遠くなる。
やがて、それも聞こえなくなった。




