第十三話 ――滝のほとり ― 運命の再会 ――
夕暮れの風が、滝の音を運んでいた。
山あいに響く轟音が、世界を満たしている。
野橋雪ノ丈は、崖の上に立っていた。
眼下では、白い飛沫が舞い、滝壺が闇のように渦を巻いている。
騒がしいはずなのに――
なぜか、心は静かだった。
風が吹き抜ける。
そのとき。
背後に、気配があった。
振り返る。
そこに立っていたのは――
浅葱色の羽織。
白に近い銀灰の髪。
そして、穏やかな笑み。
「……氷雨さん」
「やあ、雪ノ丈君」
まるで偶然の再会のように、軽く言う。
だが、その声は滝の音にもかき消されなかった。
「ここはね、私の好きな場所なんだ」
氷雨は滝を見下ろす。
「流れ落ちる水を見ていると、時の流れを思い出す」
静かな声。
「止めようとしても、誰にも止められない。……幕府も、人の命も」
雪ノ丈は黙って見つめる。
(……違う)
この男は、あの頃の氷雨ではない。
「君も、そう思わないか?」
「……あんたの話は、昔から分かりにくい」
氷雨はくすりと笑った。
「そうかもしれないね」
一拍。
「私はね――未来が見える」
滝のしぶきが頬を濡らす。
「だが、その未来は変わらない」
その瞳は、どこか遠くを見ていた。
「だから私は思ったんだ。せめて、その滅びの中で美しいものを見たいと」
静かに続ける。
「強者の剣。信念の心。……そして、抗う人間の姿」
雪ノ丈の胸がわずかに軋んだ。
(……俺を見ているのか)
「……氷雨さん」
声が低くなる。
「ひとつ、聞く」
氷雨は振り向く。
「草太郎を殺したのは――あんたか」
沈黙。
滝の音だけが響く。
氷雨は、ゆっくりと笑った。
「“殺した”という言い方は、あまり好きじゃない」
一歩、踏み出す。
「私は導いただけだ。必要な者を、必要な場所へ」
その言葉に、空気が凍る。
雪ノ丈の指が、刀の柄にかかる。
「……両親もか」
わずかな間。
氷雨は目を閉じた。
そして、静かに頷いた。
「彼らはね、時代に逆らった」
低く、淡々とした声。
「剣が人を救うと信じていた。だから私は教えた」
目を開く。
「剣が、人を滅ぼす未来を」
雪ノ丈の呼吸が乱れる。
何かが、内側で崩れた。
「……何がしたい」
絞り出すような声。
氷雨は首を傾げた。
「君がどうするかを見たいだけだよ」
穏やかに言う。
「滅びに飲まれるか。……それとも、未来を斬るか」
滝の音が一層激しくなる。
「私の予知ではね――」
氷雨は、足元の崖を見た。
「この場所で、君の運命が分かれる」
雪ノ丈は息を呑む。
崖下の水が、光を反射して揺れる。
「……俺が斬るのは」
刀の柄を強く握る。
「未来なんかじゃない」
顔を上げる。
「あんただ」
氷雨は静かに笑った。
「いいね。それでこそ、雪ノ丈君だ」
空が赤く染まる。
光が揺れる。
――ここで斬らなければ、すべては終わる。
雪ノ丈は、刀に手をかけた。
滝の轟音が、世界を覆い尽くす。
その中で。
二人の運命が、静かに交差していた。




