第十一話 ――白き灯 ― 生きている証 ――
切原善蔵の背が闇に溶けていくのを、雪ノ丈は黙って見送っていた。
夜風が頬を撫でる。
血の匂いだけが、いつまでも残っていた。
(……生き残ったのは、また自分だけか)
言葉にはならない。
吐く息だけが白く揺れる。
雪ノ丈は刀を拭い、ゆっくりと鞘に納めた。
その手の震えが止まるまで、しばらく時間がかかった。
やがて、家路へと向かう。
村の灯はほとんど消え、闇の中に家の影が浮かんでいた。
戸口を開ける。
灯明の光が、静かに漏れた。
「兄さま!」
夏絵が駆け寄ってくる。
雪ノ丈は一歩、後ずさった。
着物の袖には、まだ血が残っている。
――触れてはいけない。
「来るな、夏絵……」
だが。
夏絵は止まらなかった。
そのまま雪ノ丈の胸に飛び込み、抱きしめる。
「私は……兄さまが生きていてくれたら……それだけでいいの」
震える声だった。
雪ノ丈は一瞬、手を止めた。
――汚れている。
だが、その迷いはすぐに消えた。
静かに、抱き返す。
その温もりは、遠くに置き去りにしてきたものだった。
「ああ……そうだな」
小さく呟く。
夏絵の髪に顔を埋める。
血の匂いと、灯の温もりが混じり合う。
――生きている。
それだけが、確かなことだった。
数日後。
雪ノ丈は村外れの丘に立っていた。
手には、白い椿が一輪。
風が草を揺らす。
前には古い墓標。
「市原草太郎之墓」
雪ノ丈は静かに膝をつき、花を供えた。
「……遅くなったな」
沈黙。
鳥の声が遠くに響く。
「お前の弟子たちは、まだ弱い。……だが、悪くない剣をしていた」
わずかに笑う。
手を合わせる。
風が吹く。
空気が、わずかに冷たい。
雪ノ丈は立ち上がり、背を向けた。
歩き出す。
その足取りは、もう迷っていなかった。
だが――
その背に、見えぬ影が重なり始めていることを、まだ知らない。




