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第玖話「旋律の処刑台」

「これでいいのか?」

ルークは鏡の前で身に着けた正装を確認しながらそうつぶやいた。なんというかこう、あっていないというか、服に着られている感覚なのだ。


ところどころに宝石がちりばめられ、無駄に光るそれは権力を示すかの如くだ。白鳥の羽のように曇り一つない純白なタキシードは、自分には似合わないだろうとルークは苦笑する。


今日は舞踏会の当日。ベルグス区は帝国でも田舎よりだ。だから朝から支度して帝都に向かう。怠い。単刀直入に言おう、怠い!!


何故会いたくもない人物に会うためにわざわざこちらが動かなくてはならない!こちらにも目的があるとはいえ、気なんて進まない。


お前(皇帝)から来い!チャリで来い!などと勢いにまかせて心の中で叫んでみたはいいものの、現実がどうこうなるわけではない。度し難てぇ。


身支度が完了したルークは倦怠感を抱えながら部屋を後にするのだった。




魔王軍アジト

レティーはソファの上で目を覚ました。眠気の残る体を奮い立たせ、意識を覚醒させる。体にかかった布をはけ、ソファから立ち上がり、出入り口へと向かう。


「ジェリー、交代だよ。」

外に出て、目の前の切り株の上に座っているジェリーへと声をかける。ジェリーは肩に愛用のスナイパーライフルをかけながら周囲を警戒している。


ジェリーはレティーの声でその存在に気付き、レティーの方に向き直る。

「承知..................。」

一言ジェリーはそう言うと、無言で立ち上がり、アジトへと向かって歩き出す。相変わらず口が逆立った襟によって見えづらく、眉もほとんど動かないため表情が読めない。


そんな事を考えながらレティーはジェリーと見張りを交代して、草原の真ん中に立つ。見張りという立ち位置だが、レティーはこの時間を特訓に回している。


見張りもしているが、大魔王の騎士たるレティーはいついかなる時も万全であり、大魔王の剣として動かなければならない。


だからこういう時間も惜しいのだ。はじめは腕立て伏せから始め、次にランニング等々、それを2時間ずっと続ける。一通りトレーニングが終わる頃には、既に日は登り切っていた。


「レティー、朝食ですよ。」


ドアを半開きにさせ、ミージュが顔を覗かせる。レティーはミージュの方向に振り返り、踵を返して朝食を食べるためにアジトへと戻っていく。


アジトに戻ると、心地よいパンの香りがレティーの鼻を通り抜ける。テーブルの上にはすっかりと光沢を失い、貫録を感じる1つのお皿と、いい感じにこげ茶色になった細長いパンが4つ置かれていた。


「あ、ジェリーバター付けすぎだって!私の分も残してよ!!」

「ふっ、先手必勝......。」

マギアスとジェリーはいつも通りバターの取り合いをしている。


パンという単色的な食べ物は食べていれば飽きてしまう。飽きないために味付することに、2人はかなりこだわっていた。


レティーはは隅にあるハチミツをパンにベタベタと付けて口にほおり込む。そんな中で、異色とは言えずとも常人なら驚いてしまうような食べ方をしている方がいた。


ミージュだ。彼女はスイーツを作ることが得意で、同時に食べることも大好きなのだ。それも、常人では考えられないような食べ方をするのだ。


今回はパンを細かく切ったのちにミージュが自分で使う用の小さいスープの取り皿にこれでもかというほどジャムを突撃させ、ジャムの海に浸かったパンをスプーンですくいあげて口に入れる。


名付けるけるなら{ジャムスープ}と言ったところだろうか。ジャムにパンがかけられている。ブドウ味のジャムの紫色の色も合い、まさにジャ〇アンスープと言われても遜色ない。


「なかなか質素を朝食じゃのう。」

居るはずのない者の声が聞こえる瞬間ほど心臓が飛び跳ねることはない。マギアスとジェリーの間に娘のように挟まるダミィ。


相変わらずの黒ずくめに、手には紅茶と、それを置くための皿が握られており、自分は大人だと見せつけるようなオーラを醸し出しながら座っている。


驚きすぎると逆にパニックを起こさないとはこういうことか。レティー達はあまりにいきなりの事で動けずにその場に口をあんぐりと開けて固まっていた。


「どうやってここに........!?」

絞り出すような声でミージュがダミィに質問を投げかける。

「どうやってって、普通に玄関からじゃが。」


平然とそう口にし、玄関の方を指差すダミィ。確かに閉めたはずの玄関が少し開いている。しかし、今重要なのはそれではない。来た目的だ。


「どのような御用で?」

「何、あんたらに1つ情報提供をしようと思ってな。儂もついさっき知って急いでここに来たんじゃ。」

その説明から、何かよからぬ予感を4人は感じた。


ー停戦!?ー

ルークは聴覚の資格で受けたミージュのその言葉に自分の耳を疑った。思わず口に食べ物を含んだままそう叫んでしまいそうだった。


しかし、間違いなく顔には出ているだろう。ルークは急いで表情を戻し、ミージュとの会話を開始する。

ーはい、34時間前、ネクロポリス帝国と戦争していた国全てが侵略されていた領土を割譲し、停戦を決定したと。ー


しっかりと嚙み砕いたパンを飲み込み、ルークは停戦の理由について考える。その答えは以外にもすぐに出すことが出来た。終戦ではなく停戦の理由も。


ーおそらく私が原因だろう。ー

ー大魔王様が?ー

ーああ、私は今ネクロポリス帝国で活動している。その情報を入手したであろう他国はそこに目を付けたんだ。ー


ーと、言いますと?ー

ーつまりは{漁夫の利}作戦だ。ネクロポリスとの戦争に勝利したとしても、最強と謳われている覇権国を堕とすには相当の費用や犠牲が出る。ー


ーそんな疲弊状態の軍で私達を相手取るのは手間がかかるし、政策上良いとは言えない。だから一度手を引き、私達にネクロポリス帝国を打倒させた後にもう一度帝国に乗り込んで、回復した軍で私達もろとも帝国を手にする気だろう。ー


これは推測にしかならないが、帝国が人間の支配国にならないように抵抗していた各国が負けを認めるのと同義な事をするとは考えられなかった。



朝食を済ませ、ルーク達一家は馬車に乗り込む。召使いに導かれ、開かれたドアから立方体の箱に乗り込む。中には豪華な装飾が飾られ、自分たちが座るであろう左右に設置されたソファはまるで永遠に沈み込んでいってしまいそうなくらいやわらかい。


やけに豪華な箱に乗り込み、騎手の合図と共に馬車が動き出した。ゆらゆらと揺られながら帝都へと向かっていく。この調子なら夕暮れには着くだろう。


そんなことを考えながらルークは目的地の方向を向いていた。まるで水面のような空の遥か前方に、それを食欲の限りに飲み込むかのような、ドス黒い雲が待ち構えていた。


帝都につくころには雨が降っているだろう。あの雲はまるでルークの心を体現しているようだ。夏真っ盛りな今だが、今日は比較的気温が心地よい。


人が無造作にはびこる街を抜けて平野へと入っていく。平野には建物などなく、運ばれてきた心地よい風がルークの頬を撫でる。


すると、平野で走り回っている2人の子供を見かけた。手には虫取り網を持ち、満面の笑みで遊んでいる。どこにでも行ってしまいそうだ。


ルークの脳裏に記憶が次々よみがえってくる。ルカと一緒に草原を走り回った記憶だ。うっすらとあの頃のルカの顔が思い出される。


最初の出会いは、いいものとは言えなかった。

「今日からお世話になります。ルカ・フレイアです。」

6歳、同い年にしては悠長に話す奴というのが第一印象だった。父親と一緒に家に雇われたルカは、よく働いた。


雑巾がけから敷地の草むしり、灼熱の日も、極寒の日も、ルカが働かない日なんてなかった。彼女はいつも笑顔だった。それが、無性に腹立たしかった。彼女のそのまっすぐな姿勢に、瞳に。


ある日、ルークは外にゴミを捨てに行っているルカに嫌がらせをしようと、落とし穴を仕掛けていた。警護を苦労してまき、ルカを通るであろう道に先回りをする。


今思えば何をしていたんだろうという気分になる。しかし、あの頃のルークは、魔族に対して有象無象の人間と同じような認識を持っていた。


ー魔族が幸せそうにしているなんて、ありえない。ー

なんて度し難い思考だ。思い出したくもない。


ルークはルカが通りかかり、自分が張った罠に引っかかる瞬間を間近で見ようと、待ち構えていた。しかし、それに集中するあまり、背後から近づくそれに気付くことが出来なかった。


それが落ちていた枝を踏んでしまい、物音を上げた、その音でルークが背後にいる存在に気付いたが、その瞬間にはもう遅かった。


口にふわっとした感触、それと同時にルークの足は血の上から離れていた。少しの浮遊感、遅れて襲ってくるのは恐怖。何が起きたのかとルークは必死に思考を巡らす。その答えは、意外とすぐに判明した。


「おい、こいついい服着てるぞ。売ったらいい値になるんじゃないか?」

背後から聞こえてくる男の声。そして、限られた視界に入り込んでくるもう一人の男。ルークを真正面から覗き込む男は全身黒ずくめで、顔は隠れて見えない。


魔術を放とうとするが、恐怖の感情があまりにも大きく、上手に発動することが出来なかった。頭の中を駆け巡るのは思いつく限りの最悪な末路。


殺されるだろうか、奴隷にされるだろうか、それともオブジェにされるかもしれない。罰が当たったんだ。助けて。誰か助けて。心の中で必死にそう叫ぶ。


口と鼻を塞がれたことにより、しだいに意識が薄れていく。ルークは半ば諦めきっていた。その時、1つの影がルークの前に居た男を蹴り飛ばした。


何が起きたかルークが理解する前に、その影はもう一人の男を制圧し、鮮やかにルークを救い出した。解放され、地面にへたり込むルーク。酸素が足りない体が酸素を求め、息が早くなる。


「大丈夫ですか?ルーク様。」

そこにいたのはルカだった。屈託のない笑顔を浮かべ、ルークに手を差し伸べる。ルカの頭が太陽に被り、ルカの顔が影になっているが、はっきりと笑顔がルークの視界を支配した。


「何故助けた?」

ルークの発した第一声はそれだった。その問いに、ルカはきょとんとした表情になる。その表情にルークは腹が立ち、さらに言葉を畳み掛ける。


「俺は人間、お前は魔族だ。人間は長らくお前らを奴隷にしてきた。お前だって人間が嫌いだろう?何が狙いだ!」

「別に、そんなものないですよ。」


ルークの言葉なんて軽々とルカは払いのけてしまった。ルークは固まる。人間にとって魔族は奴隷、そして魔族は人間の事を恨んでいる、これが人間での常識だったからだ。


しかし、ルカの回答はルークの想像をはるかに超えるものだった。

「魔族とか、人間とか、そんなの関係ないですよ。僕が助けたいと思ったから助けた。それじゃダメでしょうか?」


ルークは何も言えなかった。ただ、ルカの大きさに圧倒されるしかなかった。その日がルークの人生の転換期だった。{魔族とか、人間とか、そんなのは関係ない}ルカのその考えが、ルークの今までの常識を木っ端みじんに粉砕した。


シュバルツァー家の魔族に対する認識もも次第に変わっていった。ルカが変えてしまった。ルークはそんなルカに、いつしか憧れすら持っていた。自分の考えが恥ずかしかった。


ルークはルカをよく遊びに誘うようになった。もっとルカの事を知りたかった。そして遊び、仲を深める中で、2人はある約束をした。


ーいつか人間も、天使も、魔族も平等に幸せに暮らせる世界を創ろう。ー


その約束を、ルークは心に刻み込んだ。


反対する使用人や両親の反対を押し切り、ルークも家の仕事を手伝った。ルカの苦しみを少しでも感じ、対等な立場になろうとしていた。


しかし、ある日2人を引き裂く出来事が起きた。ネクロポリス帝国による、諸外国への宣戦布告だ。魔術が使える魔族を国が強制徴収して、ルークとルカは離れ離れになった。


皇帝に抗議をしに行った。何も出来なかった。ただその圧倒的な存在の前に成すすべなく叩きつぶされた。悔しかった。自分はこんなにも無力なのかと打ちひしがれた。


そんな中で、ルークは覚悟を決めた。やるしかないと。そのためにはまず、ルカを救い出して戦争を起こすような皇帝は殺してしまおうと。長い闘いになることは分かり切っていた。それでも、ルークが振り返ることはなかった。


はっと我に返り、向いていた窓の外を見る。先ほどまでとは一転し、澄み切った水は泥に侵食されていた。ルークはいつの間にか睡魔に襲われ、眠ってしまっていたのだ。



果てしなく続く草原を抜けたシュバルツァー家は帝都カリジュリアに辿り着く。ルークにとっては忌むべき場所であり、不穏さをさらに倍増させるように不気味な程ドス黒い雲は空から大粒の涙を大声を上げて落としていた。


人の姿は相変わらず歩道を埋め尽くす程であり、覇権国たる威厳を十分に感じさせた。しかし、ルークの視線の先にあるのは人混みなんかではない。前方に鬱陶しいほどにずっしりと構えた王宮だ。


まるで7年前のあの時を想起させるように、王宮は凍てつくように冷たい眼球でルークを見下している。門の前には2人の兵士が槍を天に向かって構えながら立っている。


「何者だ。何の用で来たか言え。」

両者の槍がお互いに向けて斜めに傾かれ、馬車の前に立ちはだかる。御者は毅然とした態度で兵士に向かって一通の手紙を差し出す。


「舞踏会に誘われたシュバルツァー公爵家をお連れ致しました。その招待状はこちらです。」

手紙を受け取った兵士は本物か否かを確かめるために隅から隅まで手紙を調べる。


少しの確認の後、本物と判断した兵士は槍を再び天に向け直し、通れと意思表示する。それに御者は一礼し、手綱を引いて馬を前進させる。そうしてルーク達は中へと入って行った。


呆れるほど長い廊下を突破し、ついに舞踏会場へと辿り着くシュバルツァー家の面々。明るいながらも滑らかな波長を奏でる音楽がルークの耳を通り抜ける。


少し向こうに楽団の姿が見える。今回のために呼んだのだろう。また、この大広間に設置されているテーブルの数々には様々な料理が光に反射され、まるで宝石のような光沢を放っている。


「シュバルツァー卿、いらしていたんですね。」

すると、そんな呼びかけと共に近づく人影があった。カツカツと響くヒールでテンポを取るかのような一定のリズムで歩く人間を、ルークは1人しか知らなかった。


「お久しぶりです、シルヴィア皇女殿下。」

アランが一番にシルヴィアに向かってつま先を向け、深々とお辞儀をする。続けてルークとメーリーもお辞儀をする。


シルヴィアの後ろには眷属のレムとドロテアが少しの動きもなく、ただ立っている。しかし、いつでもシルヴィアを守れるように構えは崩さない。


「アラン卿やメーリー卿、ルークくんもお元気そうで何よりです。」

シルヴィアはルーク達を見渡しながら微笑を浮かべる。しかし、その笑顔はなぜかルークに違和感を抱かせた。


無理をして作る笑顔。それはそうそう容易いものではない。少しでも不快感や、笑顔という表情とは逸脱した事を露わにすると、すぐに表情が崩れてしまう。


しかし、シルヴィアのようなある地帯の総督に抜擢されるような人材は、人前に出る機会が多い事から常日頃から作り笑顔を練習し、どんな時でも引き攣らないように訓練している。


それが最低限の事だからだ。作り笑顔も出来ないような奴が人前に出て良いわけがない。当然シルヴィアだって常日頃から練習して気を付けているだろう。


実際シルヴィアの技術には目を見張るところがある。幼い頃、家との関係で顔を合わせた事が何度もあるが、彼女の笑顔は素晴らしいものだった。


少しのブレもなく、やり過ぎでもなく、丁度良い笑顔を顔に貼り付けていた。作り笑顔というのは形式上理解は出来たが、これが作り笑顔だと思うと感心を通り越して恐怖すら感じた。


が、今のシルヴィアの笑顔にはそれが感じられない。それほどの動揺、余裕の無さを感じられる。常人には気付かない程微量なものだが、ルークは感じ取っていた。


では何故?ルークの思考が次のフェーズへと移り変わる。と、その時、ルークの思考を邪魔するようにひとつの声がルーク達とシルヴィア達の間を傲慢に突き抜けて行った。


「あらあら、出来損ないにそれに取り入ってもらった寄生虫なんて。なんとも滑稽ね。」

刺すような嫌味。一オクターブ感高い声と権力を振りかざしながら、そいつはルーク達の前に現れた。見た目はいたいけな少女。


赤みがかった茶髪は彼女の肩まで伸ばされていて、やり過ぎと言われても仕方がないほどに宝石が散りばめられたその衣装は、彼女の自身は金持ちであるという欲求を全面的にみたしてくれるだろう。


明かりにも照らされて眩しいので正直勘弁してほしい。

「クリール……………。」

一番にシルヴィアが口を開く。先ほどの笑顔とは打って変わり、あからさまな不快感を露わにし、クリールを睨む。


何を隠そうこの少女もシルヴィアと同じく皇族で、マンタル州を治める総督なのだ。15歳と皇族の中では末っ子だが、彼女が治めるマンタル州は州の中で3番目に大きいという異例の事態となっているのだ。


しかし、その性格の悪さが災いしたのか、皇族内では嫌われているとかなんとか。

「何の用だ?」

「別に、用がなければ話しかけてはいけないの?」


「いや、そういうわけでは…………。」

自分の兄弟には強く出れないのか、弱々しい答えを返すシルヴィア。その態度にクリールは更に気分を良くし、その矛先はルークへと向いた。


「あら、魔族を助けようとした恥晒しことルーク・シュバルツァー君じゃない。よくのうのうと生きていたものね。」

ルークは言い返す事ができず、やり場のない怒りを拳に込めて何とか抑える。


事実ルークのせいでシュバルツァー家の立場は大きく下がってしまった。それについてはルークも責任を感じていた。あの行動が間違ったものとは思わない。しかし、公爵という立場上、皇帝に逆らって睨みつけるなど言語道断。


あの時のルークは幼かった。

「いっそ近頃現れたあの自称大魔王の僕にでもなれば良いんじゃないの?クソ野郎の貴方にはお似合いよ。」

エスカレートする暴言。ルークは何も言えずただ立ち尽くすだけだった。


「待て、流石に言い過ぎだぞクリール。」

シルヴィアでも流石に看過出来なかったらしく、ドスの効いた声で言葉をクリールにぶつけた。しかしクリールは怯まない。


「ふん、年上だからって理由でお父様からお情けをかけてもらったこの出来損ない!勉強も運動も私より下のくせして一丁前に私に刃向かうんじゃないわよ!」

「今はそんな話はしていない!ルークくんへの発言を撤回しろ!」


シルヴィアも負けじと反論する。2人の口論は平行線のまま、交わる事なく続いていく。その時だった。2人の口論おも一瞬で止めてしまう人物が空間に現れた。


この大広間にある一番大きい扉が、重厚感のある音を響かせながらゆっくりと開く。反射的にルークはその方向を見る。そして、入って来た人物を視認した瞬間、忌々しい記憶が思い出される。


豪華な空間、絶対的な存在、あの時何も出来ず、ただ叫ぶことしか出来なかった自分。数々の記憶が1人の人物に集約する。


「皇帝陛下、御入室!」

その声が部屋を支配し、今まで談笑してた皇族達も扉の方に向き直り、姿勢を正して立つ。その光景を見た皇帝は満足気に口角を上げる。


そして、人気者気取りで手を振りながら玉座を目指して進んでいく。心底気持ちが悪い。皇帝は玉座にふんぞり返ると、運ばれてきたワイングラスを御盆からすくい上げ、見せつけるように上げた。


「今日は戦勝祝いだ!この勝利と、今後のネクロポリス帝国の繁栄を願い、乾杯!!」

皇帝のその歓喜に満ちた声と共に、部屋中の人間たちがまるで異国の単語を復唱するかのように次々に乾杯と叫びだした。


無論、ルークもしなくてはならない。グラスは持っていないので、右手を掲げて乾杯と言う。なうほど、皇帝が自分たちを呼んだのは戦争で勝ったからか、とルークはずっと解決しなかった問いに結論を付けるのだった。


しかし、いくら何でも行動が早すぎやしないか?ルークの頭に新たな疑問が思い浮かぶ。確か停戦をしてから3日も経っていないはずだ。


しかも、いくら勝ったと思いそうな状況でも停戦と言う限りは戦争が続く可能性がある。それなのに何故皇帝は勝ったと言い張るのか。ルークには理解が出来なかった。


この間にも、世界の裏で何かが確実に前進を始めていることを知らずに。



舞踏会が終わり、皇帝の指示で、今日は招かれた全員が王宮に宿泊すると言うことになった。立場が強い順に風呂を入り、立場の弱いシュバルツァー家が入る時にはすでに日付が変わっていた。


風呂からあがり、自身の部屋に向けて歩くルーク。光はところどころに設置され、廊下を赤く照らす蠟燭と、窓から差し込む月明りだけだ。


窓から誰もいない王宮の庭園を眺めていると、庭園のベンチにシルヴィアが力なく座っているのが見えた。体に力が入っておらず、空気の抜けた風船だ。


「大丈夫ですか?シルヴィア殿下?」

ルークはシルヴィアの近くまで行き、そう疑問の言葉を投げかけた。その声で、ルークの存在に気付き、シルヴィアはルークの方を見る。


しかし、その目にはどこかルークを恐怖しているように思えた。

「あ、ああ、ルークくんか.........。」

たどたどしくそう答えるシルヴィア。苦しそうに頭を抱えると、ルークを見上げた。


「妹が悪かった。今度きつく言っておこう。」

おそらくクリールの事だろう。深々と頭を下げるシルヴィア。ルークは急いで頭を上げるように促す。


「いいえ、全て事実ですし、頭をお上げください、殿下!」

「でぇも!!」

そこでルークはシルヴィアの活舌がおかしいことに気付いた。まさか、この人酔っ払っているんじゃないか?


「なんあんだよあいつ!!私が出来損ない!?じょうあんじゃない!!」

言動が乱暴になり、声を荒げるシルヴィア。おそらく無茶に飲んだのだろう。よく見れば左手にワインの空瓶を持っている。


「殿下、もう深夜なので、落ち着いてください。」

「るさーい!ルークくんもあいつの味方すんの?」

「いえ、そういうわけでは..........。」


なだめようとするルークだが、上手くいかない。ルークがどうしようかと手をこまねいた、その時、シルヴィアの背後から一発の手刀を喰らう。すると、シルヴィアは本当にしぼんだ風船のように倒れてしまった。


ルークはあっけにとられてシルヴィアをただ見つめる。すると、手刀を放った張本人がルークに言葉を放った。

「いや、殿下が迷惑をかけて申し訳ない、この人酒に弱いくせに大好きでねぇ。」


そこに居たのはシルヴィアの眷属の1人であるドロテアだった。この人からも微量の酒の匂いを感じるが、理性は保っているようだ。


「あ、いえ、ありがとうございました。」

「じゃあお休みね。」

ドロテアは倒れたシルヴィアをひょいと担ぎ、足早に庭園を出た。ルークもドロテアの後を追い、庭園を出た。


廊下に戻ったルークは今度こそ部屋に戻ろうと足を部屋の方向に向けて歩き出す。廊下には誰もおらず、静寂が場を支配する。その時だった。


「ここは…………?」

光を灯していた蝋燭の色が、血のような赤色から柔いオレンジ色へと移り変わる。その異変に目を囚われる事一瞬、事態は思ったより深刻な事をルークは理解した。


違う、違うのだ。ルークが今まで歩いていた廊下ではない。装飾は目に見えて変わり、先ほどまで絵画が飾られていた場所には、今までは無かったはずのドアが当たり前のように存在している。


おそらく転移魔法で連れてこられたのだろう。窓がない、おそらく地下室だ。


ルークは戦闘体制に入る。腰に隠し持っていた拳銃を素早く引き抜き、安全装置を解除する。拳銃の鉄から伝わってくる冷たさが、ルークの緊張感を倍上する。


物陰に身を隠しながら、こんな事をした首謀者を見つけ出そうとする。しかし、そう簡単に見つかるはずなんてない。意図も何も分からないまま、闇を抜け出そうと必死にルークは足掻く。


部屋を順番に調べ、ところどころに配置された人形をくまなく調べ、更に奥へと突き進んでいく。しかし、全く変わり映えのない単調な風景が続くだけだ。部屋は全て同じ。


照明から家具や置物、配置までが全て同一なのだ。気味が悪い。ルークが感じた感想はあまりにも単調なものだった。しばらく歩くと、ひとつ、目に止まった絵画があった。


庭園、青空の下で本を読む1人の青年。髪は黒で、髪に隠されて顔は見えない。しかし、ルークは覚えていた。これは確か、ルークが魔王だった時に、自身の城に飾られていた絵画だ。


その時、何処からかピアノの旋律が聞こえ始めた。しかし、何処か気味の悪い曲調だ。ひとつも不協和音を奏でているわけではないのに、音のひとつひとつが前の音を潰して回る。


ルークは音の発信源を探り始める。しかし、どうした事か、音を辿っているのに全く辿り付かない。同じような光景が続くだけ。悪い夢でも見ていると思いたい。

「何なんだ、ここは………。」


しばらく走り、ルークの体力はついに限界を迎える。近くの壁に体を預け、大きく息を吸ってては吐く。すると、目の前に異変が起こる。甲高い音を響かせながら、目の前の扉が勝手に開いたのだ。ルークは急いでドアの死角に立ち、拳銃を構える。


間違いない、此処には何かがあるはず。鳴り響く旋律が、激しくなる、その瞬間、ルークは意を決して扉の中に飛び込んだ。そして、予想外の光景が飛び込んでくる。


そこは外界の喧騒が嘘のように削ぎ落とされた、静謐な静止画の世界だった。月夜に照らされ淡い青色を放つステンドグラスは、冷たくも幻想的な輪郭だけを床に落としている。


窓がある、と言うことはここは地下室ではなかったのだろうか?それともまたここに転移させられたのか。


深い藍色とわずかな銀色の光が、磨き上げられた大理石の上で、まるで波紋のように広がっていた。見上げるほどに高い天井は闇に溶け込み、巨大な石柱がまるで沈黙を守る巨人のように列を成している。


「ようこそ、我が本部へ。歓迎しますよ、ルーク・シュバルツァー、いえ、ジャック・ヴィ・ラン・アーサー。」

祭壇へと続く通路のその先、一台のピアノと、それを弾く誰かの姿があった。


髪はステンドグラスの影響で、青色に見えるが、影の具合から、おそらく黒色だろう。体付きは、よく言えば平均男性、悪く言えば特徴がない。しかし、明確に、こいつが何者かを示す証拠があった。背中から毅然と生えている純白の羽だ。


しかし、重要なのはそれではない、何故こいつは自分が大魔王でいる事を言い当てたのか、という事だ。情報が漏れているのか?何故こんな回りくどい事をしているのか。


「大魔王?一体何のことだ?」

「とぼけなくても大丈夫です。我々以外誰も知りません。」

「我々?」


我々と言う事はこいつは何らかの組織の一員なのだろう。しかし、いったい何故このようなマネをしたのか皆目見当もつかない。そもそも天使たるこいつの名前すらルークは知れていない。


「お前は何者だ?此処は何処なんだ?お前が俺を呼んだのか?」

ルークは銃口をピアノを弾いている天使に向け、質問を繰り出す。少しでも怪しい動きをすればすぐに発砲するつもりだ。


「ピアノは素晴らしいですよね。何から何まで美しく、儚い。そうは思いませんか?」

「質問に答えろ。」

ピアノを弾く手が止まる。その瞬間、静寂が2人を包み込み、無音の時間が流れていく。しばらく、天使は立ったままだったが、何を思ったのか、徐にこちらを向いた。


月の光に照らされ、闇に包まれていた天使の素顔が映し出される。やや細長いものの、少年のような丸みを帯びた紫色の目は、真っ直ぐにルークを捉えていて、上品な口はただ微笑を浮かべている。


この舌で舐めまわされる視線、間違いない、学園で感じた視線は間違いなくこいつだ。ルークはそう確信し、目を細める。天使は右手を伸ばしたまま反対の肩に置き、少し上半身を前に傾ける。


「私は、エデン教団、極秘特務局「ZERO」の局長。そして、かつて大賢者様と活動を共にした7賢者のうちの1人、傲慢の賢者でございます。以後、お見知り置きを。」

ニッと歯を見せないまま口角を上げ、上半身を起こす傲慢。


「傲慢………!?ならば、お前も俺と同じく転生を?」

今彼が言ったように、賢者は約1300年前に、大賢者と共に行動をしていた7人の天使事だ。それぞれが名前に対応した資格を所持しており、文明の発展に大きく貢献したと言う。


しかし、大賢者が起こした戦争により、7人中2人が死亡、残りの5人は大賢者の死亡により姿を消した、そう聞いている。そんな1000年以上前の奴など、転生する以外で此処にいる理由なんて考えられなかった。

「いえ、我々賢者は、大賢者様により不老の魔術をかけられ、歳を取らないのです。」


瞬間、ルークは言葉を失った。不老の魔術、かつて大賢者が作り出したと言われている幻の魔術。そんなものありはしないと、気にも留めてなかった。いや、素直に受け取るべきじゃない、そう自分に言い聞かせ、引き金を少し押し込む。


「何を馬鹿な。そんなこと、あるわけないだろう。」

「いいえ、それがあり得るんですよ、これが。」


この話に決着はつかないだろう。何せ証拠の提示が不可能だからだ。いくら自身が否定しても、否定する根拠がないし、逆に向こうも不老の魔術を裏付けることは出来ない。そう考えたルークは話を変えることにした。


「俺を此処に連れてきた訳を教えてもらおう。」

「簡単に言えば、契約と、感謝の意を示したいと思いまして。」

契約?感謝?頭の中で、その言葉を反芻する。今まで一度も関わった事がなかった奴との契約したり、感謝されるなど想像もつかない。


「貴方は先日、ドシェールの盗難行為を暴き、彼の盗難を止めてくれた。あの方もエデン教団の一員なのですが、此処にお金を注ぎ込むあまり、お金に困っていると言うなんともな状態だったのです。」


「我々も過剰な投資はやめるように諭してみたのですが、効果はなし。しかし、貴方との一件からドシェールは過剰な投資をやめるようになりました。なので、此処に感謝の意を示します。」


再び頭を下げる傲慢。その姿勢に嘘偽りは感じなかった。そして傲慢は話の本筋である「契約」の話に入っていく。


「では、契約の話をしましょう。大賢者様は貴方様の持っていた闇の聖剣、そして、現在勇者の子孫が所持している光の聖剣を求めております。だからこそ、我々は貴方に協力し、貴方の望みであるマーゼ卿の救出を援助。」


「そして、その対価として、貴方の闇の聖剣と、道中で勇者の子孫を殺して入手してもらった光の聖剣を渡してもらおうと言うのが全てです。」


なるほど、確かに筋は通っている。しかし問題点が一つ、闇の聖剣は現在、先代大天使によって何処かに封印されている。その場所を、ルークは知らなかった。いや、何処にもそのような情報がないと言うのが正しいだろう。


「しかし、闇の聖剣の場所は分からない。」

「それについてはご心配なく、すでに我々で目星はつけております。」

なんと言う事か。大魔王の記憶に覚醒してから、闇の聖剣の場所について探っていたが、全く足取りを掴めなかった。


それがこんなあっさりと目星をつけていると言われたものだ。今までの努力はなんだったのかと、少し落ち込んでしまう。

「それは、何処なんだ?」

「それはまた言いましょう、どうですか?私と契約を結びませんか?」


奇策にそう言い、ルークを見据える傲慢。正直、まだ信じるに値しない。何せ謎が多すぎる。しかし、こいつらから得られる情報は何処よりも大きいものだろう。

「その前に一ついいか?」


「いいですよ。何ですか?」

「何故魔族側につくんだ?人間側につけば、我々に付くより何倍も簡単に目的を達成出来るんだぞ。」


静寂。傲慢は何も言わなかった。ルークはただ傲慢の返答を待つだけだった。しばらくすると、少し早口でこう答えた。

「大賢者が貴方を選んだ。それだけです。」


胡散臭い。先ほどからの発言から、処刑された大賢者も現在転生している事は容易に推測できる。ならば、何故大賢者は魔族を選んだのか。誰が考えようと我々に賭けるより人間にかける方が確率は抜群に高いだろう。


では、あえて大賢者は我々魔族側に賭けたのか。そのような問いにルークが答えを出せないでいると、部屋の入り口にあった時計が音を鳴らした。内部の巨大な歯車が噛み合い、**「ギギ……」**という鈍い軋みが壁を伝って床を震わせる。


それは数百年もの間、この場所で時を刻み続けてきた老兵の、深い溜息のようでもあった。重厚な青銅の鐘の音が、大聖堂の空気を物理的な圧力となって押し広げた。音波は高い天井を駆け巡り、ステンドグラスの微細な震えを誘い、祈りのベンチの隅々にまで染み渡っていく。


「そろそろ丁度いい時間ですね。」


そんな含みのある意味深な事を言う傲慢、どう言う事かと反射的に質問を返すルーク。その質問に、傲慢はニタっと笑うでもなく、やってしまったと言うように顔を歪めるでもなく、ただ微笑を浮かべながら、言葉を発する。


「ラミル山事件の極秘会議に参加した人間の始末ですよ。」

次の瞬間、ルークは元の場所に戻っていた。

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