第捌話「狂気乱心」
投稿遅れて申し訳ございませんでした。
また週一投稿出来るように頑張ります。
薄暗い裏道で、1人の少女が泣いていた。体を壁にかけ、うずくまって泣いている。そんな少女に、近づく影があった。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
少女は涙により赤くなった目をその陰に向ける。やさしい顔だった。
「お母さんが、苦しそうで、でも、どうしていいか分からなくて..........。」
「おお、それはかわいそうだね、じゃあ治してあげよう。」
天使のような笑顔で、そう言った。それを聞き、少女の顔は一瞬で晴れた。
その時の少女は知る由もなかった。この後に金を盗られて逃げられるとは。そしてそいつに金を盗られてから、少女、レティーは誓った。復讐をしてやると。
作戦開始より30分前、闇を照らす月は雲によりその姿を隠し、雨が容赦なく降り注ぐ。ルークとミージュは山脈のある地点でマギアスとジェリーと合流していた。もろもろの戦闘用服を着て、作戦に備える。
「えっと最終確認だが、施設の長は魔族なんだな。それもあの、」
「ええ、レティーからそう聞いています。」
ルークはミージュから受け取った答えに満足そうに息を吐くと、3人に呼びかけた。
「準備は万端だな。」
ルークの問いかけに、3人は頷く。そして日付が変わるその時、作戦は開始された。各々が配置につき、作業が終わり、全員が寝静まる頃、この施設は終焉を迎えたといっていいだろう。
手始めとして施設の真上の地面を爆弾で吹き飛ばす。一瞬の炎と共に轟音が響き渡り、草花や土が宙を舞う。あらかじめ木の幹に括り付けておいた頑丈な縄を出来上がった穴に垂らし、その縄をつたって地下へと下っていく。
酔いつぶれていた看守だったとしても、この音で目覚めないわけがなかった。気持ち悪いのを我慢し、武器を持って立ち上がる。しかし、そんな体でまともに戦えるわけがなかった。
ジェリーの持つ睡眠弾入りのスナイパーライフルに撃ち抜かれ、また意識は遠くに飛ばされていく。殺しはしない。ただ意識を落とす。
そうして大一層は簡単に制圧された。第一目標が達成されたことを安堵する暇もなく、ルークは次なる指示を出す。まずはマギアス。
「マギアスはレティーのところまで炎の聖剣を運び、共に魔族達を守れ。」
その指示に頷くマギアス。続けてミージュとジェリーだ。
「2人は麻薬を抑えて残っている看守を倒せ。私は、奴の相手をしておく。」
その言葉と共に、ルークの視線の先を見る、そこにはあの転生した勇者がいた。剣を背中から抜き、ルーク達に向けて構える。
ルークも前に出て肩にかけていたアロンダイトを構える。両者の目が相手を見据え、緊張が走る。
「早くいけ、魔族を助けろ。」
3人は頷き、動き出す。その場には、大魔王と勇者の2人だけが残っていた。
「お前か、最近話題の自称大魔王様、って奴はよ。」
勇者がルークに向かって、そう軽口を叩く。その言葉にルークも言葉で返した。
「自称ではない、本物だ。久しぶりだな、140年ぶりだ。まさか貴様も転生してたとはな、{メッサー・ランスロット。}少し不細工になったんじゃないか?」
「その軽口も、いつまで叩けるかな!!」
それが、戦いを始める合図だった。メッサーは一気に距離を詰めて剣をルークの首に向かって振るう。
しかし、ルークはアロンダイトの銃身で剣を受け止め、服の中に隠していた拳銃を片手で取り出し、メッサーの胴体に向けて引き金を引く。
それをメッサーは紙一重で体をひねって回避し、一度距離を取る。それをルークは見逃さなかった。アロンダイトを再び構え、メッサーに銃口を向けて連射する。
しかし、それはメッサーが剣を盾として使うことで防がれてしまった。間髪入れずに拳銃をしまって、手に黒い光弾を生成する。手を突き出す形で闇魔術{ノクシア}を放ち、漆黒の光弾がメッサーを襲う。
それを、なんとメッサーは剣で一振り、真っ二つにしてしまった。一筋縄ではいかない、その事実にルークは気分が高まった。
「そう来なくては........、」
鋭かった目がさらに鋭さを増す。そして、ルークは血に飢えた獣のごとくアロンダイトを手に突撃を開始した。
「い、いったい何が.......!?」
宿舎では、いきなりの異常事態に動揺する声であふれていた。不安が互いに伝染し、恐怖を高め合う。すると、宿舎に1つの影が入って来た。全員の視線がそちらに集まる。
「皆さん、どうか落ち着いてください、私は皆さんを助けに来たんです!」
それはマギアスだった。自分は味方だと何もない両手を魔族達に見せながらそう呼びかける。場は静まり返り、誰一人動こうとしない。
唯一、レティーはマギアスの隣まで歩いていき、マギアスの背中に掛けられていた炎の聖剣を受け取った。そんなレティーにラーゼスが話しかける。
「お前さん..........。」
目を丸くして驚くラーゼスに向けてレティーは頭を下げる。
「黙っていてすいません、私は魔王軍の一員で、潜入していたんです。」
時が止まったようだ。マギアスは続けて現状についての説明をする。自分たちは魔王軍であること、魔王軍とは魔族解放を掲げた大魔王様をリーダーに置いた組織であること、助けに来たということ、などなど。
「行きましょう皆さん、こんなところから早く脱出を.........!」
マギアスが全員に呼びかける。しかし、何故か全員が目をそらす。そこでレティーは気付いた。何故魔族はここから逃げなかったのか。
もちろんあの勇者おあったのだろう。しかし、それだけではない、魔族を縛り付けるその拘束力、それはあまりにも簡単で、残酷なものだった。
「皆なここの方がいいんだよ、人間に支配されるより、待遇がいいんだよ。」
イファがマギアスに向かってそう口にした。それにより、マギアスも何故乗り気ではなかったのか理解する。
イファの声が引き金となり、次々に言葉が魔族達からあふれる。
「そ、そうだ。」
「ここなら飯だって出で来る!」
「邪魔をするな!!!」
「で、でも........。」
マギアスとレティーは言葉に詰まってしまう。何か言おうとしても、逆効果な気がして何も言えない。
「レティーはん、馬鹿なことはやめるんだ。この世界に魔族の居場所なんて存在しない。悪いことは言わない、ここに居ろとは言わんから。」
ラーゼスもレティーを憐れむような目で見つめてそう言う。予想もしなかった出来事に、フリーズしてしまう。何も出来ず、沈黙が場を支配する。
その頃、ジェリーとミージュは共に第二層の看守の掃討をしていた。睡眠弾を使って眠らせ、次々に縛っていく。看守はまともに銃を撃つことも出来ず、驚くほどサクサクと攻略していく。
しかし、やはりこの施設の長と思われる人物はもちろん、それらしき部屋さえ見つからない。
「不可解、」
ジェリーがいぶかしむようにそう口にした。それについてはミージュも同意だ。どのような組織や施設にも必ずそこを束ねる長がいるはずだ。
しかし、影すら見えない。どういうことだろうか?1人の看守をとっ捕まえて情報を引き出そうとするが、しぶとく言おうとしない。
何処にいるんだ、ミージュとマギアスは今までえた情報を加味して考える。しかし答えは出ない。その時、上の階層で大きな爆発音が聞こえた。ルークとメッサーの戦闘音だ。
ルークはアロンダイトの先に取り付けてある、黒い光を発する銃剣をメッサーに向けて突く。しかし、それはまたもやメッサーの剣に防がれる。
「お前みたいな大魔王を語るだけの奴が、この勇者様に勝てるわけがねえだろっ!!!」
メッサーはルークを嘲るようにそう言うと、回し蹴りを喰らわせる。それによりルークは地面を削りながら吹き飛ぶ。
さらにメッサーは蹴る直前にルークから奪っていた拳銃をルークに向けて構え、引き金を何度も引く。弾は直線的に飛び、ルークの体を何度も貫く。
痛みに悶えながらも、ルークは立ち上がる。その瞬間、メッサーは一気に距離を詰め、ルークの左上を付け根から叩き斬った。左腕から噴水のように血があふれ出す。
ルークはあふれ出す血液をどうにか抑えようと右手で左腕を抑える。その姿を見て、メッサーは自身の勝ちを確信した。ああ、今からこいつは自分に斬られて死ぬのだと。
「ははははははは、」
しかし、ルークは死を恐れるどころか、笑い出したのだ。
「あははは、あはははははははっはははははは!!!!」
狂気、まさに今の彼を語るにふさわしい言葉だ。ルークは右手に持つアロンダイトを握りしめると、そのままメッサーに突撃した。
メッサーは驚いてほとんど反応できなかった。銃剣でメッサーの肩をえぐり取る。メッサーの肩からも、血があふれ出す。そのままメッサーを抜け、背後に着地する。
痛みのあまり悲鳴を上げ、うずくまるメッサー。それを見て、ルークは振り返ってメッサーを見た
「どうしたメッサー、こんなの俺達の戦いじゃ、よくあったことだろ?」
そう言いながらメッサーの肉を喰らうルーク、すると、たちまちルークの体が再生を始め、戦う前の肉体に戻った。
メッサーは目を見張る。それは、かつて大魔王が持っていた{大魔王の資格}の能力の1つだった。いままで偽物だと鷹をくくっていたメッサーの目が泳ぐ。
この世に数多にあふれる資格、その資格の中で、いくつか転生後、受け継がれる資格がいくつかある。その内の1つが{大魔王の資格}だ。
「まさか、本物........!?」
メッサーは涙目でそう口にする。先ほどまでの自身はもう見る影もない。ルークは余裕の目でメッサーを見下ろす。すさまじい威圧だ。
「ほら、何している?立て、立って戦え。あの時のように、俺に恐怖を感じさせろ、資格で傷を治せ、まだまだこんなもんじゃないだろ?火事場の馬鹿力って奴を見せてみろ!!!」
狂っている、メッサーが感じた感想はあまりにも単純なものだった。
殺される、メッサーの頭に莫大な恐怖が生まれる。勝てない、勝てるわけがない、ならばどうすればいいか、彼の考えは1つだった。彼はただ、無様に足を動かして逃げ出すことだった。
「ああああああああああああああ!!!!」
涙と鼻水を垂らして一目散に逃げだす。剣もプライドも何もかも捨てて逃げ出した。ああ。しかし悲しいかな、銃という遠距離武器を持つルークから逃げられるわけがなかった。
アロンダイトを構えて引き金を引く、それは右足に命中した。焼けるような痛みにもはや悲鳴すら上げられないメッサー、バランスを崩して前に頭から倒れる。
口の中を砂利に支配されるも、両手を使って這いずる。続けて右手に一発。さらに左足に一発。容赦なく銃弾を撃ち込むルークは、悪魔的な笑い声を上げながらメッサーとの距離を詰める。
一歩一歩詰め寄るごとにメッサーの恐怖はさらに倍増する。それと同時に命乞いを始める。藁にも縋る思いで何度も小さく謝罪の言葉を吐き出す。
「どうした勇者、立て!!!」
そうとは知らず、ルークはメッサーに呼びかける。すると、メッサーは今まで隠してた事をルークに暴露した。
「ち、違うんです、お、俺はただ勇者の名前を語っているだけで.........、ただの何でもない一般人なんです!!!」
ルークは自身の事を勇者だと思っている、だから、自分が勇者でないと知れば、もしかしたら興味を失って命だけは助けられるかもしれない、そんな浅はかな考えがあった。
結論から言えば、半分は彼の予想どおりだった。
「そうか、途中からそのような可能性は浮かんでいたが、まさかそれが事実とは。」
予想通り、ルークは彼への興味をなくした。転生した勇者という、自分の宿敵でもある奴と戦っていると思っていたのに、それが嘘だったのだ。
まさに、高級な肉を食べていたつもりが、実は賞味期限ギリギリの半額された安物を食べていたと知った時のような気分だ。
ルークは大きなため息をつき、自称勇者を見下ろす。しかし、銃口は未だそいつに向けられている。
「しかし、俺を殺そうとしたんだ、文句は言えないな。」
それが、自称勇者にとっての死刑宣告であり、最期に聞いた言葉だった。
レティーとマギアスは何も言えないまま魔族達を眺める。重苦しい沈黙が流れる。その沈黙を破るように、レティーが言葉を発した。
「では、私達と契約していただけませんか?」
「契約?」
魔族達から疑問の声があふれる。レティーは頷いた。
「私達と一緒に来てください。その対価として、安心して暮らせる場所を提供します。」
レティーの発言に周囲がどよめき始める。当たり前だ。世界は魔族を歴史の汚点のように扱い、踏みにじって当然という価値観が生まれている。
「そんな場所、あるわけねえだろ!!」
1人の魔族の声が伝染し、次々にその魔族を肯定する発言がレティーを襲う。
「創るんです、我々魔王軍が、この世界に、魔族の居場所を!」
その言葉で、空気が一蹴される。魔族達は目を見張り、レティーを見る。マギアスは強気に出るレティーの事を誇らしげに見上げていた。
「必ず魔族の力を全世界に見せつけ、世界での魔族の存在を、ひっくり返して見せます!」
「ふざけるな!言うだけだったら誰にでも出来る!!」
1人の魔族がそう叫ぶ。たしかに言うとおりだ。誰にだって目標を掲げるくらい出来る。言葉に詰まってしまうレティー、そこに1つの声が響いた。
「いや、決定事項だよ。」
マギアスだった。堂々とした態度で自信満々にそう口にする。レティーは横目にマギアスを見て、マギアスはそれに気付いてレティーにウィンクした。少しの間まかせてくれ、ということらしい。
「嘘を言うな!」
「嘘じゃないもん、本当だもん!だってこっちには大魔王様がいるから!」
1人の魔族とマギアスが言い合う。
「未来なんか変わらない!変な妄想はやめるんだ!!」
「ええそう、未来はすでに決まっている、私達が人間をコテンパンにする未来がね!」
「何を勝手な事.......。」
「じゃあそっちだって勝手だよ!」
反論していた魔族が返す言葉が見つからずに押し黙る。バトンは再びレティーへと渡る。レティーとマギアスは目を見合わせる。そして、前を向いたレティーが言葉を続けた。
「不安に思うのも仕方ありません、未来なんか誰にも分からない、その時になってみないと結果は分からない。ですが、少なくとも私達はあなた方の為に。だから、どうか私達に賭けていただけませんか?」
「十分無理を言っていることも、分かっています。ですが、チャンスをくれませんか?私達が勝てば、あなた方に居場所を提供します、その支援をしていただけませんか?」
「そんな低い確率にベットしてどうするんだ?」
まだ信じきれてない魔族がそう言葉を投げる。
「その可能性を1パーセントでも高めるため、あなた方が必要なんです。お願いします、身勝手なこと言っているのは承知の上です!」
そう言って深々を頭を下げる。魔族を唖然としたまま動かない。再びの静寂が訪れる。レティーは一縷の望みを信じて頭を下げたまま動かない。
ラーゼスはレティーを見たまま固まっていた。それと同時に、ある記憶がラーゼスの中で掘り返される。思い出されるのは、過去。ラーゼスがここにくる前の記憶だった。朧気ながら思い出す。
魔族が負けた瞬間から、今までの生活は出来なくなった。住む場所に追われ、食うものに追われ、誰かの奴隷として暮らす日々。地獄というのも生ぬるい。
そんな生活の中にも、ただ一つ、心の支えがあった。妻だ。成人してすぐに結婚した妻は、花のように美しく、ラーゼスの生きる目的だった。
出会いはラーゼスが買い物をしていた時だった。このころのラーゼスは仕事での人間関係が上手くいかず、荒れていた。ストレスが溜まった体はそのストレスを発散させることに異常なほど飢えていた。
ボロボロの体を引きずって歩く。しかし、限界の身体はラーゼスの意思に反して、バランスを崩して前のめりに倒れてしまった。
そんな時、1人の女性が手を差し伸べてくれた。その日、ラーゼスはその女性に惚れた。{ミレン}という女性はラーゼスの話を真摯に聞いてくれた。
その上でのアドバイスもしてくれたし、そのおかげで仕事の人間関係が上手くいくようになったといっても過言ではない。だからお返しがしたかった。
だから何か恩返しが出来ないものかと聞いてみた。するとミレンはこう言った。いつまでも一緒に居れる方がいたら嬉しいと。
聞くと、ミレンは幼いころに親を亡くし、ずっと1人で生きてきたという。だからこそ、彼女は関係に飢えていた。誰でもよかった。あの時声をかけてしまったのも、それが原因だと言った。
その時、ラーゼスは踏み出していた。自分と交際をしてくれないかと。結果は、OKだった。
どれだけ空腹でも、どれだけ傷だらけでも、妻がいれば関係なかった。ある日、雇われていた家の庭で布をしいて、さあ寝ようという時、妻は自分たちを照らす月を見て、言ってくれた。
「ラーゼス、私ね、あなたと見る月が好き。明日も、そのまた明日も、あなたと見たい。こんな世界だけど、あなたとさえいれば、私は平気。だからずっと一緒にいて。」
嬉しかった。何があっても妻を守り抜こうと思えた。しかしある日、浮かない顔で妻はこう言った。
「ねえ、もし死ぬのだとしたら、どうやって死にたい?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。理解したくなかったという方が正しいかもしれない。だが生物の思考能力とは時に残酷だ。
妻は魔術が使えた。だから戦争に駆り出されたのだ。戦地へと送られる妻をラーゼスはただ見ることしか出来なかった。
悔しかった。ただ見ている事しか出来ない自分が。無力な自分が。妻以外、ラーゼスには何もなかった。
未だ誰も動こうとせず、レティーは失敗を感じ始めていた。そんな空間に1つの足跡が響く。その足音はレティーの横で止まった。
レティーは頭を下げているため、誰か分からない。しかし、その声を聴いただけで、誰か分かった。
「俺はこいつについていく。」
ラーゼスだ。レティーは歓喜のあまり目を見開く。困惑する魔族達。ラーゼスをまるで未確認生命体のような目で見る。
「どうして.......。」
1人の魔族がそうつぶやいた。空間が開放的だったこともあり、それはラーゼスの耳にまで届く。
「俺はもう老いぼれで、後は死ぬだけだ。だからさ、人生最大の賭けをしようと思った。俺にもう捨てるもんなんてない。」
自信満々に高らかにそう言うラーゼス。すると、続けてイファもレティーの元まで歩いてきた。
「私もついてく、どの道ここだっていつかバレるし、また人間に飼われるくらいなら、少しでも可能性が高い方がいい。」
そこから、じゃあ俺も、僕も、と次々に声が響き渡る。1人が空気を破れば、そのままドミノ倒し的に空気が崩壊し、新たな空気が立ちあげられる。
「ありがとうございます!」
レティーは頭を下げながら、大きな声で感謝の意を示した。レティ-の肩をイファがやさしく叩いた。
「上げなよ、顔。」
その後、ルークや捜索班と合流し、施設を後にしようとしていた。第一層に看守全員を縛り、麻薬も隅に固めてある。
「大魔王様、まだこの施設のトップを.....。」
ミージュが心配そうにそう言う。それについてはルークも同じだった。しかし、長居すればそれほどまずいのだ。それに今回の依頼は施設を壊滅させて、魔族を解放すること。
だからこれでいいだろうと鷹をくくっていた。全員は施設から出て、大雨が叩きつけられる中、下山を開始した。先が見えず、常に不安がぬぐえないまま歩き続ける。
その時、背後で雨の音を消し去るくらいの地鳴りとそれに伴う爆音が発生した。何事かと音の方向に視線が集まる。見ると、山頂の土砂が重力に従って、津波のごとく下っていた。
ルークの不安がさらに倍増する。地面が安定しないが、ルーク達は足を速めて下山する。そして、ルークの不安は現実になった。
道が土砂によって塞がれている。ルークが早く下山しようとしていたのは、このためだったのだ。雨により土砂がゆるくなり、こうして崩れてしまう恐れがあったからだ。
隣はすぐ崖が待ち構えている。何故山道はこうもギリギリの道を舗装するのか、と言いたくなるが、そんなことを考える暇もない。
不安が現実となってしまった今、ルーク達は迂回をし、別の道から行くこととなった。あの施設に行くには道が2つしかない。1つは今、土砂でダメになった本来通るはずだった道。そしてもう1つは、
「マジで、ここ渡るんですか?」
マギアスが前を見ながらそう口にする。そう言ってしまうのも無理はない。だって目の前には、今にも落ちてしまいそうな、どこぞのホラー小説に出てくるような橋があった。
木で出来ていているその橋は、ところどころ欠損し、橋を支えている縄はボロボロで、カビついていた。しかし、ここしかないのだ。ルークが飛んで、1人1人運ぶことも考えたが、ルークにそんな魔力はない。
橋の損傷状況から見て、一度に渡るのは2人までが限界だろう。
「あ、あの、ワシが最初に渡ってもいいですか?」
すると、1人の老人がルークに話しかけた。時間もなかったので、いちいちそんなことで悩んでられなかった。
老人の他に、ラーゼスも一緒に渡ることにし、最初にルークが向こう岸まで橋を渡り、不安定なところを調べながら向こう岸までたどり着く。続けて老人とラーゼスだ。2人が橋に近づく、その時だった。
突如として老人がラーゼスと体術で制圧し、その首に隠していたナイフを突きつけた。
「全員動くな!!」
空気を切り裂く一言が発せられ、場が凍り付く。ルーク達は武器を構えるも、老人は余裕綽綽の表情だ。
老人は暑苦しいと言いながら顔につけられていたマスクを外す。そこにあったのはレティーがあの部屋で見た施設の長だ。
ルークはそこで全てを理解した。部屋がなかったんじゃない、施設の長は変装して宿舎に紛れていたのだ。どうしてそんなことにも気付けなかったと自分を責める。
奴はルークが大魔王だった時代、幾重にも及ぶ詐欺や殺人で名をはせた犯罪者だ。顔を隠すのも納得がいく。突入直前にこの施設の長があの{へイン}だと聞いた時にその思考に至らなかったことにひどく後悔する。
「貴様!」
レティーは憎悪を込めて叫びながら聖剣をへインに向ける。へインはヘラヘラしながらレティーを見る。
「どうしたんだいお嬢ちゃん、そんな怖い顔して、かわいい顔が台無しだよ。」
「黙れ、私をだまして金を巻き上げたくせに!!!」
「金?はて、やりすぎてもうどれか覚えておらんわ。」
煽るような口調にレティーは今にも斬りかかりそうになる。しかし、ラーゼスを人質に取られているため下手に斬りかかれない。
「全員施設に戻れ!ぐずぐずしたらこいつ殺すぞ。」
逃げることは出来た。ラーゼス1人を犠牲にすれば出来た。へインも倒せた。しかし、その決断が出来なかった。
ラーゼスは魔族達を突き動かす元となってくれた人だ。その人を見捨てるなんてことは魔族達には到底できなかった。ルーク達魔王軍もそんな判断はしたくなかった。
その時、取り押さえられていたラーゼスがへインに対し抵抗を始め、へインと組み合う。へインはナイフを持っている。このままでは刺されると思ったレティーが2人の間に割って入ろうとする。
しかし、その瞬間、恐れていたことが起こった。ラーゼスの腹にへインのナイフが突き刺さったのだ。しかし、何故かラーゼスは笑っていた。
「何笑ってやが」
へインが言い終わる前に、ラーゼスは体重を思い切り前にかけ、ラーゼスとへインは真っ逆さまに崖の底へと落下していった。
「フリュー・ゲル!」
ルークは浮遊して受け止めに行こうとするが、発動した瞬間、心臓がドクンと跳ね、その場に心臓を抑えてうずくまった。
魔力が足りないんだ。全員はただ落ちていき、底についた時に聞こえた何かがはじける様な音をただただ聞くことしか出来なかった。
作戦は成功した。魔族達を解放し、被害もほぼゼロだった。しかし、ルークは自分の無力さを痛感した。別におごってたわけでも、過信していたわけでもない。
しかし、自分の考えが甘かったせいで1人を死なせてしまった。早朝、太陽が笑ってルークを照らしつける。それすらうっとおしく思った。
朝帰りだ。ああ、怒られるんだろうな、なんてことを考えることも出来なかった。とぼとぼとルークは屋敷にたどり着く。玄関にいたスズが、ルークを見つけると、一目散に駆け寄った。
「ちょっとルーク様、何をされていたんですか!朝ですよ!!アラン様は心配して我々と一晩中探し回っていたんですよ!すこしは公爵家の息子という自覚を」
「すまない、少し、1人にしてくれないか?」
弱弱しくそう言うルークに、スズはたじろぐ。いつもは笑って言い訳するのにそれをしない。しかも何か言葉に出来ないものを感じた。ルークは黙ってスズの横を通る。そのまま自室へと向かった。
窓から差し込む光はルークを容赦なく照らす。自室のドアを開けて中に入ってぶっきらぼうに閉める。誰もいない自室、しだいにルークは歯を食いしばり、手で拳をつくる。
くそったれ!
そう叫んだのが、それとも言葉として放出したのか、今はもう分からない。乱雑に椅子を引き、ドシッと座ると握り拳を机に叩きつけ、押し込む。
死なせてしまった。何の罪もない魔族を。死なせないはずだった。いや、今となっては、つもりだったとしか言えない。死なせた。死なせてしまった。
ルークの脳裏にラミル山での出来事が思い出される。ベラットとサリーの死に際、悲鳴、血の色、鉄のような匂い、様々なことが思い出される。
失敗した。負けた。負けたのだ。見抜けなかった。失態だ。行き場のないくやしさを募らせながら、ルークは再び机を叩きつける。その時、机の上にある小さな棚の上から、何かが落ちてきた。
それは朝日に照らされて反射する。ルークは目を見開いた。それと同時に1つの記憶が鮮明に思い出される。そんな遠い昔の事ではないのに、忘れてしまっていた記憶。
ーおにーさん、これあげる。ー
ルークがラミル山に用事があり、訪れていた時にサリーからもらったものだ。薄汚れた人形。手のひらに収まってしまうほど小さいが、サリーは言ってくれた。お守りだって。もし落ち込んだ時はこれを見て元気出してって。
自分が情けなかった。サリーはもういない。これはサリーと出会った時から持っていたものだ。少なくとも何か思い入れがある物だっただろう。
それをもらった。サリーそんなは大切なものを他人であるルークに渡したのだ。それほどまでにルークを信頼していた。なのに、この体たらくだ。
しばらくルークは動けなかった。すると、その空気を切り裂くようにいきなりドアが開かれる。ルークはびっくりして、首だけを動かして振り返る。そこにいたのは父親だった。
顔はトマトのように赤くなっている。いつも着ている豪華な宝石がついたタキシードはズタボロで、どれほど探したかを物語っていた。当たり前だ。朝帰りなんてしたのだから。
「何をしていたんだ!!!」
一番にそんな怒号がルークの耳をつんざく。晴天の下で、1つの雷が落とされた。
何発かぶたれ、頭にたんこぶの山が出来たところで許してもらえた。痛い、頭の火山が噴火しているようだ。そう思いながらルークは食堂で朝食を食べていた。
縦に長いその机は3人が食事するには、いささか大げさで、1人分の空間が広すぎる。
「ルーク、大丈夫、なの?」
ボコボコの顔を見て、母親である{メーリー}が覗き込むように、ルークに声をかけた。
美しい金髪はカールされ、何重にもなる髪は背中まで伸びている。静かな手さばきで料理を口に運ぶその姿はまさに白鳥のようだ。
「うん、大丈夫.......。」
「でも夜遊びはほどほどにね、心配しちゃうから。」
「うん、分かっている。」
大魔王たるルークだったが、両親には頭が上がらない。記憶がなかったとはいえ、ルークを育ててくれた恩がある。ここにいる間は両親とは仲良くしておきたい。
それにルークの目的はあくまでマーゼを救出して魔族の権利を取り戻すこと。人間を支配しようなんて気は毛頭ない。そんなことしたら自分の二の舞だとルークは分かっていた。
「なあルーク、明後日にな、帝都で皇帝主催の舞踏会があるんだ。私達も招待されてな。」
「舞踏会?何でそんなものを?」
自身が転生してからまだ15年と少しだが、皇帝は今まで舞踏会なんて開いたことがなかった。だからこそ、ルークはいぶかしむ。
そのルークの問いに対し、両親もこれといった答えを返すことが出来なかった。皇帝の意図が読めない。
しかし、皇帝からの招待ならば断わるわけにはいかない。それに皇帝が大魔王という敵に対してどう対処するかなどの情報を入手することも出来るかもしれない。
行ってみるだけの価値はありそうだ。そう思いながらルークは朝食に手をつけるのだった。




