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一蓮托生 〜壱



「だからお願い...

力を、力を貸して下さい」


 其の声は大きくない

 然し、耳ではなく心に

 確りと届いていた


 そして右手を高々と揚げて雄叫びに似た声を上げる群衆


 敵は強大で、多勢

 勝てない相手だと分かっている

 其れでも共に戦ってほしい


 群衆の心が今---

 一人の女の言葉で、一つに纏まった






 桃達が船着き場に戻ってきた時には、既にして陽は落ちきり

 代わりに大きな丸い月が、雲の隙間からゆっくりと顔を覗かせていた

 波の音が静かに響き、草の葉が風に揺れている

 其の穏やかさが、何故か妙に桃の胸にひっかかった


 変わり易い天候の一日だった

 朝は快晴、昼は急な雨

 そして今、夜はまた晴れて月が良く見える

 雨過天晴うかてんせい、だが風はまた少し強くなっている


「…長かった。のかな」

 過ぎてしまえば、あっという間のように思う

 此処に辿り着くまでは、本当に色々あったのに」


 感慨に耽り乍ら桃が呟く


「桃、此処からだ

 此れからが本当の闘い」


 傷が痛むのだろうか

 鬼ヶ島で武士に傷付けられた腕を抑えながら与一が言う


「…なんか、焦げ臭くないか?」


 暫く難しい顔をしていた小太郎が呟くように言った

 だが其れは確信のあるはっきりとした物言いだった


 …焦げ臭い?

 そうだ

 風に乗って感じる

 火と灰の臭い


 風上は雉の村

 村で何かが燃えている?



「火野の時期じゃないのに」


 与一が青ざめた顔をして言う


 火野(かの)とは現代で言う焼き畑のこと

 現代では農地面積の減少、効率の悪さ、環境問題等々から殆ど行なわれなくなっている


 胸の鼓動が急速に速くなる

 口から心臓が飛び出てしまいそうだ


 何故こんな夜にこの臭いが?

 嫌な想像しか出来ない自分が嫌になる


「速くっ、行こうっ!!」


 桃がそう叫んで駆け出した


 初めての戦いだった

 真剣を手にして臨む、命を奪い合う本物の戦

 其れに、人外の存在である鬼との接触

 身体はくたくたで、走れる体力なんか残っていなかった

 其れでも、歩いてなんかいられない

 お爺様、お婆様は無事だろうか


 桃とほぼ同時に走り出した与一

 小太郎と梅喧の返事を待つ余裕はなかった


「オイオイっ!

 俺ぁまだ頭が痛くて走れねーよ

 こっから雉の村迄の道もわかんねーっつぅのに

 なぁ、こたろ…」


 梅喧が小太郎に問い掛ける

 然し既に小太郎は走り出していた


 小太郎の脳裏に過っていたのは、生まれ故郷の申の村が鬼によって襲われた日のこと

 通称”鬼の刻”


 突如として攻め込んできた鬼

 簡単に死んでゆく人々

 炎と死の臭い…

 

 …あんな思いは二度と御免だ

 けど此れは、なんかすげぇ嫌な予感がする


「おーい、ったく、仕方ねぇ

 痛っ、畜生」


 桃達の背を追い掛けるように、そう言って梅喧も走り出した


 


 漸く村に近づいてきた時、桃達は信じられない光景を目の当たりにした


 例えるなら其れは紅の海

 全てを覆い尽くすような勢いの炎が、雉の村を食い荒らそうとしていた


「…どうして…?」


 桃が膝から崩れ落ちる


 数秒の沈黙の後、桃が何かを決心した様な表情を浮かべて立ち上がり、炎に向かって駆け出した


 然し其の瞬間、背後から与一に抱き締められて身体の自由を失った


「…止めないで」


 振り絞るように言った桃

 村からの熱風が時折二人の顔をはじくように吹き付ける

 

 此れは本物の炎

 中に入れば生きて帰って来れない


「桃、これ以上は危険だ」


 与一が後ろから言う

 其の時、黒煙が空を裂いた


 雉の村までは後少し

 然し、遠くからでもわかる

 …此の炎では

 もう誰も助からないと


「誰も…

 誰も救えなかった

 どうしたら良いの

 お婆様、お爺様...」


 桃が嗚咽を漏らして泣き始める

 其の澄んだ瞳から、透明で大粒の泪が溢れ出る

 桃の顔から落ちる泪は、直ぐに紅に色づき、黒い大地に吸い込まれる


「お母様、御前...」


 与一とて同じ思い

 自分の生まれ育った村が、目の前で業火に包まれている

 立って息をするだけで精一杯だった

 桃を抱き締めていなければ、正常でいられる自信がなかった


 無意識に与一の脳裏に呼び起されたのは、此れまでの思い出


「…此れは走馬灯ってやつか」


 思い出の殆どは楽しかったことばかり

 いや、辛い思い出もあったが、美化されているのだろう

 今となっては雉の村で過ごした全ての日々が輝いて、とてつもなく愛おしく思える


 現実から目を背けたくて瞼を閉じていた与一

 然し、瞼を突き抜けるは強烈な光

 そして肌を突き刺す熱風

 与一を無理やり現実に引き戻すには、其れで充分だった

  

「…思い出に浸る場合じゃないってことか」


 与一は溜め息とともに、そう吐き捨てる様に言った


 次いで胸を縛り付けてきたのは、村に残してきた母と妹のこと

 優しい母だった御笠は病に臥せていた

 妹の御前は二つ下だがしっかり者で、既にして村一番の医学知識があった

 将来が楽しみだった

 誰よりも兄の与一を慕っていた

 笑うと瓜二つだった母と妹


 …もう一度、逢いたい

 例え生きていなくても…


 昨年、父総士が遣鬼使となって鬼ヶ島へ渡った

 其の鬼ヶ島に父の姿はなかった

 さすれば、与一にとって残る家族は、母と妹だけ


 家族思いの与一

 心臓を鷲掴みにされる


 嗚咽さえする

 桃の前では見せたくなかった泪は、自分が思っていた以上に簡単に流れ落ちる


 母様、御前

 此の暴力にも似た炎の中にいるのか

 どれだけ熱いだろうか

 父上

 …僕はどうすれば…


 唸る炎の中、拳を強く握りしめた与一


 未だ救えるか

 いや、例え救えなくても良い

 見殺しにしては、父との約束を果たせない


「…すまない桃

 行かせてくれ」


 絞りだした言葉は自分が予想していた以上に少なかった

 然し、桃に思いを伝えるには充分な文字数だった


 先程桃を止めた与一

 今度は自らが炎の中に向かって行った


「与一ぃぃぃぃっっっっ!!」


 少ない言葉で与一の決心を悟った桃

 然し叫ばずにはいられない

 桃にとって与一は特別な存在

 家族以上に大切な人


 炎は燃え盛っている

 其処にあるはずの家々と思い出達を焼き尽くす炎の音

 其れはまるで轟音


 其の紅に与一が近づいていく



「桃なのか!

 おーぃ」




 …微かに聴こえた声

 桃を呼んだ様に聴こえた


 幻聴…

 いや、少し遠くで与一が立ち止まっている

 与一にも聴こえたのだろう

 なら、聞き間違いじゃない


「誰かいるのっ?」


 今度は桃が声のしたほうに向かって叫ぶ 

 途端、熱風が喉に絡みついて、咽ぶ桃

 然し、桃は何度も叫ぶ


「誰かっ!いるのっ!!?」



「こっちだよ~」


 川のほうだ


 …声のした方向、其のずっと先には川があった

 其れはかぐやが赤子だった桃を流した川


「与一、向こうから声が」


 桃のもとに戻ってきた与一に桃が声を掛ける


「あぁ、聴こえた」

 

 声のした方向を見つめる二人

 視線の先には川がある

 でも其れは、二人が生まれ育った村に土地勘があるからこそわかること

 既にして辺りは火の海


「とりあえず行こう」


 与一の提案で川のほうへ駆け出した二人

 熱源から遠ざかっているからか、先程までの咽ぶような熱さは感じない


「おーーい!」 


…桃達を呼ぶ声が次第に大きくなっていく




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