一蓮托生 〜似
「人だ…沢山いる」
少し遅れをとっていた小太郎が言った
梅喧もいつの間にか合流していた
朧気だった影が、ゆらゆらと揺れる炎の灯りに照らされ、輪郭を帯びてゆく
其れは、人の姿だった
桃と与一の顔に安堵の表情が漏れる
声を発していたのは川の方へ逃げ込んでいた雉の村民達
桃と与一が駆け寄って行く
「皆!?
大丈夫?一体何が」
村民は皆疲弊していた
傷付き倒れる者
火傷の手当てを受ける者
泪を流す者
火傷を負った男は、震える手で誰かの名を呼び続けていた
泪を拭う少女の傍らには、瓦礫に埋もれたのであろう壊れた人形が置かれていた
其々に見て取れる負の感情
其の表情だけでも一目でわかる
此れは只事でないと
身体中に傷を負った若者に声を掛けた桃
その問いに若者は答える
「やっぱり桃だ。鬼ヶ島から帰って来たんだね
やり遂げたんだね
恥ずかしい話しだが、山賊に攻め込まれて抵抗したらこの有り様だ
情け無い」
肩を落とし泣き崩れる若者を優しく抱擁し、村民達の顔を見渡す桃
傷を負った者の大半の性別は男だった
女達の中には火傷を負っていそうな者もいるが、皆軽傷に見える
其れに比べて男達の殆どは火傷に加え、生傷を負った者が多い
「山賊…」
桃が怪訝そうに呟く
見慣れた面々を確認すると、横になる御笠を看病する翁と嫗を見付けた
御笠は与一の母
然し乳飲み子だった桃に乳を与え育ててくれた御笠は、桃にとっても母同然の存在
「お爺様っ!?御笠様は?」
翁と媼に怪我はなさそうに見える
桃が御笠の容態を気遣うのは当たり前のことだった
「大丈夫じゃ、煙を吸って気を失っているだけじゃ
それよりも…」
翁が口籠る
昔から察しの良い桃
翁から言葉を得る前に、其の先を得ようと脳を高速で回転させ始める
鬼ヶ島へ行くと決めてから、幾度となく桃を襲っていた嫌な胸騒ぎ
再びそれが桃に襲いかかった
数秒の沈黙の後
桃は村の入り口へと駆け出した
途中、青い顔をした与一と合流する
目を合わせて首を振った二人
既にして言葉は要らなくなっていた
互いの表情と首の動きで状況を悟った
村の入り口で小太郎が桃と与一に聞く
「おい、取り敢えずみんな無事かよ!?」
家族を失った経験のある小太郎
あんな悲惨な経験は二度と御免だった
小太郎は鈍感だが、先の質問が如何に不躾であるかわかっていた
然し聞かずにはいられなかった
只事ではない状況だとわかっていたから
家族を失う辛い経験を仲間にさせたくなかったから
「…妹が、御前の姿が見えないんだ」
口を開いたのは与一だった
其の表情は強張ったままで、そう答えるだけで小太郎とは目を合わせようとしない
「ってことは、まだ炎ん中かよ。」
小太郎が炎に包まれた村を睨み付ける
こりゃぁもう....
小太郎が唾をゴクリと飲み込み
諦めの表情を浮かべた其の時
与一が村へと駆け出した
「待って!!!」
与一を制止したのは桃
更に続ける
「与一は御笠様の側に
御前のところには私が行く」
強い決心が見られる表情だった
与一は賢い
それ故、炎の中という危険な状況に最愛の女性を行かせるような馬鹿な真似をする男ではない
然しその与一が桃の提案を受け入れるように小さく頷いた
桃と与一は瞬時に判断していた
先の戦いで腕に傷を負った与一
御前を発見できたとしても、下敷きになっていた場合、引き摺り出して救出出来るほどの力は出せない
最悪御前を助けようとして無駄死にする可能性もある
対して桃は小柄で女性ながらも力はある
其れに、心眼を持っている
火に炙られ脆くなり、崩れ落ちてくる瓦礫等を避けることも出来る
桃の心眼は、こうした事態にも力を発揮する
言い争っている時間、いや最早一刻の猶予はなかった
与一の顔が一瞬強張る
「但し、死ぬな
生が最優先」
柔らかい表情ながら、短く言い切った与一
もっともっと伝えたい言葉があった
然し時間が経てば経つほど、火の勢いは増し、救出の難易度が上がってしまう
御前を救ってほしい兄の願い
桃を失いたくない恋人としての想い
其の双方が、与一の言葉を短く切らせた
桃は少しだけ微笑んで見せた
そして、強く頷く
「大丈夫」
瞬きをして、桃も短く答えた
言葉にしなくても与一の願い、想いは伝わっていた
踵を返し、村へと駆け出す
「馬鹿野郎、おいらを忘れちゃいませんかって」
小太郎はそう言うと袋から取り出した水筒の水を全身に浴びた
それから口元を覆うように手拭いを巻き付け、桃の後を追って走り出した
「桃っ、此れを浴びて口に手拭いを
体勢は低く呼吸は最小限
二人共離れず接近して救出に入る
何方か一方でも意識を失ったら救出は中止
いや、おいらは最悪死んでも...駄目だったな
行くぞ」
苦笑いをしながら桃に水筒を投げ渡した小太郎
この混沌とした時代を動かすには桃の存在が不可欠
復讐ばかり考えていた自分
そんな自分に、桃は両親が本当に望んでいたことを教えてくれた
桃に対する小太郎の気持ちは、好きと言うよりも、既にして憧れているという表現の方が正しかった
「…大丈夫、誰も死なせない
生が、最優先」
桃が優しく微笑む
…小太郎、有難う
桃は小太郎から受け取った水筒の水を全て身体にかけ終えると、手拭いを口元に巻き付け、また走り出した
ゴォォォーー
バチン、パチンっ!
至る所から上がる破裂音
今までに聞いたことのないような炎と風の混じる音
何もかもが燃えていく…
…肌が焼ける様に熱い…
雉の村の中は、既にして桃の知っている村ではなくなっていた
生まれ育った村
至る所で炎に飲み込まれ朽ちていく
其れはさながら地獄の様だった
「桃、行こう」
感慨に耽りそうになっていた桃に小太郎が声を掛ける
鬼の刻を経験した小太郎
少しの油断が命取りになることを知っていた
一刻も早く御前を見つけて逃げなければ、二人共死ぬ
全滅だけは避けなければならない
「そんなに時間はねぇ、探す場所を絞れ、桃っ」
小太郎は低い姿勢を崩さない
呼吸も殆どしないままの捜索、そう長くは続けられない
小太郎の言葉に桃が頷く
さっき小太郎から貰って身体に掛けた水は既に乾いている
露出した肌が所々焼けるように熱い
呼吸も苦しい
「御笠様は煙を吸って倒れてた
病気で殆ど外出出来る状態ではなかった
御前は御笠様を助けるために逃げ遅れたんだと思う
だから、家にいるはず」
桃も低い姿勢のまま足早に歩き出す
其の足取りは慎重だが力強い
…御前、今行くよ
姉様が助けるから
御前は与一の妹
幼き日、与一と並んで御笠の乳を吸って育った桃
与一の家族は自分の家族と同然だった
御前は私のとっても妹
血は違えど、心の絆は何よりも深い
可愛くない筈がない
愛していないわけがない
熱風と煙で呼吸が苦しい
兎に角熱い
早く助けなければ…
そんな桃が何かを発見する
「あの髪飾り...」
二人は与一の家の目の前まで来ていた
正確には家だった場所といった方が正しいか
炎に包まれた家
既にして原型を留めていない
瓦礫の近く、見慣れた赤い髪飾りを見付けた桃
其れは幼き日に桃が御前にあげた物
御前が大事にしていた髪飾りだった
其の先に見えたのは細くて白い腕
瓦礫の下敷きになっていて顔は見えないが、確かに腕が出ている
「御前っっっ!!!!!!」
桃が思わず叫ぶ
「駄目だっ!」
低い姿勢を崩した桃の頭に手をやり、再び屈ませた小太郎
火事の現場で叫ぶのは法度
叫んだ分、息を吸わなければならないから
熱風と煙を吸い込み、一瞬気を失いかけた桃
小太郎が、瓦礫の下から伸びる細い腕の脈を取る
「…畜生、駄目か」
小太郎が首を振った
「嘘、御前...」
桃の大きな目が潤み始める
「ん..いや。
…生きてる、大丈夫だ」
微かな脈の鼓動を見逃さなかった小太郎
「どっちにしたって、連れて帰る
んぉらぁ!」
小太郎はそう言って、瓦礫を両手で持ち上げようとした
重い…
そして熱い…
瓦礫はびくともしない
其れもそのはず、その瓦礫は小太郎の身体のサイズ程有る
其れに、熱を受けて尋常じゃない温度になっていた
桃が加勢する
「っ!!」
熱い
通常時ならば触ることさえ憚られる程熱い其れ
然し二人は瓦礫をしっかりと手で支え、腰を入れて全力で上に持ち上げた
自分の為ではなく、他が為に
「奇跡かよ..」
小太郎が言うのも無理はなかった
瓦礫の下にいた御前は殆ど無傷に近い状態だった
うつ伏せの状態で右腕を伸ばし、瓦礫の下で他の瓦礫に包まれるようにして倒れていた
まるで、瓦礫が御前を護っているようだった
ゴォ~
ガタっ
突如、突風で木片が巻き上げられた
其れは黒煙を噴き出しながら回転する
そして御前を助けようと瓦礫を持ち上げたままの小太郎に襲い掛かる
小太郎の両手は塞がっていて身動きは取れない
手を離せば重たい瓦礫に御前が押し潰される
「やべぇこれじゃ全滅だ」
小太郎が思った直後だった
燃え盛る地獄に、一筋の光が走った
音もなく、ただ空気を裂いた刃
其れは桃の雷切だった
雷切は小太郎に迫った木片を真っ二つに割った
桃の心眼が、迫る死の影を見逃さなかった
そして、桃は細い息を長く吐き出しながら雷切を鞘に収め、再び瓦礫を持ち上げていた小太郎に加勢する
正に危機一髪だった
迫り来る危機
桃の心眼には視えていた
赤い煙は未だ至る所で渦巻いている
まるで紅い龍が、獲物を探しあぐねている様に見える
「これは急がねぇと」
小太郎はそう言って口を閉じた
桃と小太郎、二人は全力で瓦礫を持ち上げて引っぺがえした
火事場の馬鹿力
本来人間は、自らが持てる力の一割に満たない程しか使えていないという
ここぞという時、其の力は全て解放される
正に今が其の時だった
そして、御前を背におぶった小太郎
「間違いない、生きてる
けど時間が無ぇ」
既にして煙を吸い込み過ぎていた小太郎
其れは桃も、御前とて同じこと
然し不幸中の幸いか
御前を包んでいた瓦礫は燃えていなかった
また其の瓦礫に包まれ、低い体勢で気を失っていた御前
其れ程多く煙は吸い込んでいないはず
小太郎はそう頭の中で分析していた
「桃、戻ろう」
小太郎の合図で再び姿勢を下げたまま小走りになる桃
今度は迷わない
出口まで一直線
桃の後を追う小太郎
桃は赤い髪飾りを拾った後、何度も何度も振り返り
小太郎と御前の身を案じながら外へと走った
鬼ヶ島で梅喧との真剣勝負
小太郎もかなり疲弊している
其れに先程の瓦礫の熱、重みで手も相当痛めているはず
小太郎の腕が小刻みに震えている
熱に焼かれ、重みに耐えた両腕
桃は何度も何度も後ろを振り返りながら、ただ---思った
---小太郎、本当にありがとう




