表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/49

邂逅 〜伍

 いつの間にか降り出した温かい雨

 其の粒は横たわる梅喧の顔を濡らし、まるで泣いているように見えた


「言っとくけど泣いてねぇからな

お前らは糞馬鹿野郎だな

本当、糞だよ

畜生!

思い出しちまうよ

今になって昔の事をよぉ」


 そう叫んだ梅喧

 桃が梅喧に聞かせてと言う


 梅喧は暫く感慨に耽りながら、長い沈黙の後に重たい口を開き始めた




・・

 梅喧はいわゆる戦争孤児だった

 当時、戦争によって親や親戚を失い、戦争孤児となる子供達は五万といた

 孤児達は、幼いながらに生きていく術を自分で見つけなければならなかった


 梅喧には年の近い弟と妹がいた

 戦争孤児になった梅喧ら兄弟は住む場所を奪われ、路上での生活を余儀なくされていた

 幼い子供達、働けるはずもなく、選んだ生きる術は窃盗だった


 梅喧は弟達には罪を犯させたくないと、自ら進んで窃盗を重ねた

 家や商店、時には歩いている者から金や物を盗んだ

 そして盗んだ物を金に換え、其の金で食料を買い、弟達に与えていた


 当然、毎回の様に窃盗がうまくいくとは限らない

 失敗が続いた日は、空腹を我慢して自分の食料を弟達にあげていた梅喧

 弟達はそんな優しい兄が大好きだった


 孤児になっても、金持ちに上手く拾われたり、仕事を見付ける者もいた

 梅喧も何度も試みた

 然し、仕事は見付からず、唯、弟達の為に窃盗を重ねるしかなかった


 持ち主に見つかったりすれば、痛い目に遭わされることもある

 でも梅喧は、弟達の笑顔を見られるだけで幸せだった

 顔が知られる様になると直ぐに別の村へと渡り歩いていた

 決して安定した生活ではなかった


『いつか兄ちゃんがお前達の為にお金持ちになる

そしたらこんな生活じゃなくて、立派な家に住んでお腹一杯ご飯を食べような

それで、裕福な暮らしをして、沢山楽しいことをしよう』


 幼い梅喧の口癖が其れだった

 毎日毎日、生きていくのに必死だった

 其れでも、梅喧は幸せだった


 そんな或る日


『ただいま』


 梅喧が布切れや木で作った隠れ家に戻ると、いつも飛んで来る筈の弟達の声がしなかった

 電気など無い

 薄暗い室内をよく見た


グチャっ


 生臭い匂いとともに裸足に触れた生暖かい何か

 すくった手の感触と匂いで判る


 血だ...


 高鳴る心臓と荒ぶる呼吸

 隠れ家は広く無い

 既に視界に入っている筈の"何か"を脳が認識しようとしない


 梅喧の眼から流れ落ちる泪

 無意識のうちに強く握りすぎた拳から血が流れる

 脳が漸く目の前に転がる何かを認識し始める


 其れは、最愛なる弟と妹の死体だった


 何度も何度も殴られたのだろうか

 綺麗だった二人の顔は原型を留めない程に崩れている

 

 身体中の血液が急速に巡り出して、全身から出血しそうなほどの怒りの感情が込み上げる


『お松っ!!竹郎!!

畜生、畜生、畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 梅喧はそう叫びながら幼い弟達に布団を掛ける

 妹の手が置かれた床

 血で何かが書かれていた


『お、にぃ、ちゃん、あ、り、がとう...』


 其れは死を覚悟した妹が、息絶える間際に遺した最初で最後の文字だった

 まともな教育も受けられない環境にいた梅喧達

 其れでも梅喧は、自分が唯一書ける平仮名だけは、弟達に教えていた


『上手に、うっ、書けてるよ。

うっ、ひっく

ごめんな、にいちゃん居ない時に、ごめんな

護ってやれなくて』


 其の時、梅喧の中で何かが弾けていた

 貧乏だが弟達思いの優しい兄だった梅喧

 生きる為に窃盗こそするが、何度大人達から殴られようとも暴力を振りかえすことのなかった優しい男


 殺す、皆殺し

弟達をこんな目に遭わせた奴ら、絶対に許さねぇ


 貧しいながらも弟達の笑顔だけを幸せに生きてきた優しい兄の姿はもう其処にはなかった

 愛する弟達が死んだのだから

 殺されてしまったのだから

 其の瞬間から復讐の鬼と化した


 梅喧は隠れ家に置いていた鎌を手に取り、走った

 宛てなんかない

 弟達を殺した犯人の手掛かりなんて一つもなかった

 でも走らずにはいられなかった

 砂利道に裸足がつく度に痛みが走る

 両足は既にして血に塗れている


 弟達の痛みはこんなもんじゃねぇ


 梅喧は唯、走った


 気付くと目の前に二人の男が歩いていた

 武士だろうか、帯刀している

 何やらとても楽しそうに笑っている


『何も殺すこたぁなかったのによ』


『だってよぅ、あの糞餓鬼が妹に触るなとかしつけーからよ

邪魔だろーよ』


『だからっつってあんなにぶん殴るなんてひでぇ奴だよ』


『あぁ?あんなどぶクセェガキが死んだところで誰も悲しまねぇだろ?

つぅか死ぬとは思わなかったけどな

はっはっはっは』


 耳を疑う信じられない会話

 梅喧の中で再び何かが逆流する


『おいオメェら』


『あん!?なんだ糞餓鬼?』


 梅喧は鎌を強く握る


『オメェらが殺したどぶクセェ奴らってのは、俺みてぇな顔してたか?』


『おっ、おめぇ!?』


 梅喧達兄弟の顔はとても良く似ていた

 特に梅喧と弟は瓜二つの様で、身寄りのない梅喧達には其れが血の繋がりを示す証の様で凄く嬉しかった

 現に、梅喧の目の前にいる二人の男達も、梅喧の顔をみてギョッとしていた


『お兄ちゃんだったのか君

殺すぅ??其の鎌でか?

やってみろよ…』


 武士が言い終わる前に梅喧の身体は動いていた

 そして、鎌で武士の身体を切り裂く

 溢れ出る鮮血

 無意識に動いていた身体


 毎日盗みを働く為に鍛えた筋肉がこんな所で役に立つとは


『死んだところで誰も悲しまないだと?

俺には、彼奴らしかいなかった!!!!!

二人だけが俺の生きる全てだった!

どぶクセェ?

俺らの身体に染み付いた匂いは、此れまで地べた這いつくばって、必死にもがきながら生きてきた証しだ!』


 そう叫びながらもう一人の武士の元へと駆け出す梅喧

 武士は慌てて抜刀しようとするが、焦りと恐怖で手元が震えて抜けない


『弟達が感じた恐怖はこんなものじゃない

 幸せにしてやりたかったのに』


 突然嵐の様に降り出していた雨で、視界が滲む

 いや、此れは泪か

 でも相手は良く見える


 殺意は止まらない


 無意識に武士の身体を切り付ける

 腕を切り付けられた武士は刀を抜くことが出来ない


 梅喧が意識を取り戻した時、既にして二人の武士は血を流して絶命した後だった

 

 火事場の馬鹿力

 普段、人間の脳は其の持てる力の半分も出させていない

 しかし、差し迫った危機、未曽有の災難等に直面した場合には、脳が緊急事態と認め、普段想像出来ない程の力、能力を発揮させる

 神経伝達物質が分泌され、本来脳が持っている安全装置を外すのだ

 梅喧は正に其の状態になっていた


 辺りに響き渡る梅喧の泣き声

 もう少しも動かなくなった武士の身体を、力なく鎌で何度も何度も切りつける

 返り血は雨に流され、地面一帯が紅く染まる


 先ほどの信じられない馬鹿力の反動か

 全身が軋むように痛い

 何度切っても心は晴れない

 しかし、手を止めることも出来なかった


 止まない雨は、梅喧の心の中を表している様

 暗く淀んだ雲は、大粒の雨を梅喧に降らせ続けた


 武士らの姿が原型を留めなくなり、死体から血も流れなくなった頃、梅喧は肩を叩かれた


『おい、そろそろやめてやれ、もうとっくに死んでる』


 声の主は現領主の父、前領主だった

 前領主は現領主とは全く正反対の性格で、紳士と呼べる男だった

 其の男が梅喧の面倒を見ると約束し、城に連れて帰った


 当時梅喧は弟達を失った悲しさのあまり、誰とも殆ど口を聞かず、食事も摂らなかった


『死んでも良い、弟達のところに逝けるから、きっと俺がいなくて寂しくて泣いてる』


 其れが梅喧の口癖だった

 何度も自害を試みた

 でも死ねなかった

 死のうとする度に、弟達を無惨に殺した武士達の醜い顔が浮かぶ

 湧き上がる殺人衝動を抑えるので精一杯だった


 世は戦国時代、戦場で人を殺せば英雄となった時代

 梅喧はいつしか、弟達の生命を奪った武士の命を一つでも多く奪いたい

 そう思う様になっていった


 前領主は武器を強請った梅喧に鎖鎌を与えた

 最初は戸惑いもあった

 然し、武士の持つ刀を武器にするのは嫌だった


『ふっ、結局鎌が俺にお似合いの武器だよな

彼奴らを殺した時みたいに、一人でも多く、武士を殺す』


 梅喧は特殊な鎖鎌という武器の修練に没頭した

 戦がある度に出動し、鎖鎌で多くの生命を奪っていった

 殺しても殺しても満たされない気持ち

 誰か殺してくれと願うが、武士に殺されるのは嫌だった

 こうして梅喧は生き続けた


 梅喧が城に引き取られて数年後、前領主が死んだ

 親代わりと言って良いほどの存在だった

 でも泪は出なかった

 感謝こそしていたが、死別の悲しみは弟達との比ではなかったから


 其の後、前領主の息子が頭となった

 其れこそが現領主

 此の男はまさに冷酷無比、傍若無人だった

 然し、欲深く、我武者羅に己の欲望の為に生きる其の様は、嘗て自分が思い描いていた理想像に遠くなかった

 弟達に話していた金持ちになって裕福な暮らしをする

 其の生活を絵に描いたような男が現領主だった

 結局、ほぼ兄弟の様な関係で育った梅喧を、現領主も信頼し大駒部隊の角行に任命した


 そうして現在に至る



「長く話し過ぎちまったな

俺は弟達を失ってから何も考えられなくなってた

弟達が俺に復讐を望んでいると思い込んでいた

でも、お前らの言葉を聞いて気付いた

妹が最期に書いてくれたありがとうの意味

今になって漸く分かった気がするよ

随分長く掛かっちまったし、沢山の人を殺しちまった

彼奴ら、許してくれるかな

こんなしょうがねぇ兄ちゃんをよ...」


 今度は声を上げて泣き出した梅喧

 いつの間にか雨は止んでいた

 梅喧の目から溢れ出るのは雨じゃなく泪

 桃も小太郎も、声を掛けることなく梅喧を見守った


「ねぇ、未だ大丈夫だよ」


 突然桃が口を開いた


「貴方は今こうして気付けた

自分の過ちを素直に言えた

弟さん達の本当の思いにも気付けた

だから、きっと未だ大丈夫だよ

けど、沢山の人を殺した事実は変わらない

其れは、殺した人の何倍もの人を傷付けた事になる

貴方は一生背負うの

其の人達の痛み、憎しみを

ひと時も忘れてはならない

貴方が此れから笑顔を見せる日も、遺族の悲しみの上にあるという事実を

でもね、だからと言って貴方が悲観し続けることもないと私は思う

人は変われる

大丈夫、貴方は誰よりも人を失う痛みを知っている

其の痛みを忘れずに、此れから貴方は、弟さん達が大好きだった、優しかった貴方に戻れば良いだけ

きっと簡単なことではない

だけど、不可能なことでもない

変われない人間などいないのだから」


 そう言った桃の言葉に小太郎も大きく頷いた


 梅喧は少し笑みを浮かべて答えた


「虹が見えらぁ

彼奴らが大好きだった虹

暫く空なんか見てなかったけどよぅ

俺も変われるかな

いや、戻れるかな

もう一回、彼奴らと一緒に居た時みたいに、前向きに生きてみようかな

けっ、お前らみてぇな餓鬼に諭されるなんてよ

畜生・・・

有難うよ」


 空にはくっきりと虹が架かっていた

 さっきまでの雨が嘘のような晴天だった

 大きく弧を描いた虹は、まるで梅喧と桃達を繋いでいる様にも見える


「じゃあ、梅喧も仲間だね

ちょっと待ってて

あっ、大丈夫、濡れてない

これ、どうぞ」


 そう言って桃が梅喧に十団子を渡した

 頬張りながら泪を流した梅喧

 晴天の空に小さな二つの雲




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ