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邂逅 〜肆

 光と闇が合わさりし時

 其の中心にいた者達は

 自分の信じた道を

 確かに歩んでいた


「お前は未だ何も知らなくて良いよ

お前は人形なんだから

母親とおんなじだよ

お前ら、桃を連れて来い

息さえあれば多少傷つけても構わん

 あ、但し顔は傷つけんなよ」


 武士を促した才蔵

 抜刀した武士達が桃達に向かってくる


「桃、此れは避けられぬ戦いだ

今戦わなければ、見える未来は生きても死んでも地獄だ

行くぞ」


 愛刀金重を抜刀した玄信


 悲しい運命を背負った桃と才蔵

 其の最初の戦いが今始まる




「貴方達に恨みはない

お願い、無意味に血を流す事に正義はないはずっ」


 桃は雷切を抜かない

 武士の一人が桃に斬りかかる


 ズバッッッ


 飛び散る鮮血

 戦場なら当然の光景

 其れでも、生の戦を知らない者からすれば耐えられぬ地獄的な絵図の様


 ドサッ


 地面に倒れ込む何か


「目を覚ませ、桃

戦場は稽古じゃない

そろそろ現実に眼を向けろ!!

もうとっくに戦場の真っ只中だ!」


 玄信の叫び声が聞こえる

 眼の前で肩を抑えながら倒れ込む与一

 夢を見ている様な非現実感

 心眼で見えていた筈なのに

 話せば分かってくれると考えていた


 甘かった


「桃、怪我、ねぇか?

畜生、いってぇな

桃には指一本触れさせねぇ」


 地面に膝をつきながら与一が言った

 其の声で漸く現実に引き戻された桃


 さっきまで吹いていた強い風は、いつの間にか止んでいた


 桃は静かに雷切を抜く

 そして、今までに見せたことのないくらい険しく強い表情を見せた


 雪解けの氷が、急速に温められて水になり

 溢れんばかりに流れ出すかの様に

 桃の頭と心の中に熱いものが駆け巡った


 雷切は相変わらず、晴天のような蒼色を放っていた


 与一を斬った武士を睨み付け、玄信が教えた一天流の構えをとった桃

 其の眼に、もう迷いはなかった


「与一、ごめんね

一番傷付けたくない人を傷つけた

私は、やっぱり弱いね

でも、もう迷わない」


 桃の持った雷切が、雲間から差し込んだ陽に照らされ、今迄にない程蒼く光り輝く


 再び襲い掛かる武士の一撃

 桃の心眼は、其の動きを完全に捉えていた

 刀が当たる、其の寸前の所でひらりと躱す

 其れはまるで舞踊のようだった


「す、すげぇ!」


 小太郎は其の身のこなしに見惚れていた


「おいおい、余所見してる場合か?」


 小太郎の懐に飛び込んで来たもう一人の武士

 既にして、武士の四名は桃、玄信、小太郎、金時と対峙する様な位置に立っていた


ガキィーン


 小太郎の逆手に構えた忍者刀と激しくぶつかる武士の刀

 飛び散る火花が、其の衝撃の激しさを物語っている


「悪いけどよぅ、おいらもクソジジィからみっちり修行つけてもらったからさ

結構強いんだよねっ

喰らえっ、土遁!」


 小太郎は忍者刀を武士の刀に合わせたまま器用に中腰になり、地面の砂を武士の顔面目掛けて投げた


「なっ!卑怯な」


 眼に砂が入り視界を奪われた武士

 此れでは戦えない


「はぁ?

戦場に卑怯も糞も在るかよ?

大事なのは"生き延びること"だ

遁術は全て其の為の技だ

お前も生命は大事にしやがれ」


 そう言って、眼を閉じたまま刀をぶんぶん振り回す武士の鳩尾に、刀の柄を強烈に当て込んだ小太郎

 武士は泡を吹いて倒れた



・・・


「剣の神、藤原一刀斎の子息、藤原玄信とお相手出来るとは光栄だ

いざ、尋常に勝負」


 玄信と対峙していた武士はそう言って玄信に向かって行った


「貴様では相手に成らん」


 玄信は抜いた金重を鞘に納め、向かって来た武士の刀を目にも留まらぬ速さで奪い取り、其の儘身を翻して武士の顔面を殴り飛ばした

 吹き飛ばされた武士は白目を剥いている


「刀は武士の生命だ

簡単に相手に渡す様では、貴様はまだ武士と名乗るには早過ぎる

出直して来るんだな」


 玄信は倒れ込む武士の身体の上に、先程奪い取った武士の刀をそっと置いて呟いた



・・・


「金時、貴様やはり裏切ったか

前々から城の空気に馴染まん貴様が嫌いだったわ

良い機会だ、此処で死ね」


 金時と対峙する武士は敵意を剥き出して叫んだ


「お前も、城の武士も、生命を粗末にしやがるんだ

俺はさぁ、唯の農民で良かったのさ

お前には解らぬだろうな

俺は故郷を領主に焼かれ、力が強いからという理由だけで武士にされた

逆らえば家族を殺すと言われてな

でももうよ、俺は自分に正直に生きてぇんだわ

家族に誇れる生き方をな

だから此処から帰ったら、家族と何処か遠くへ行くよ

其の前にイカれた領主をぶっ潰してよ」


 金時は腰に下げた日本刀ではなく鉞を構える


「ぶはっ!?

オメェそんなもんで戦える訳ねぇだろ

これだから筋肉馬鹿はっ!!?」


 武士が金時を馬鹿にした直後

 金時の渾身の一撃が武士の日本刀に炸裂した


 後の世において非常に優秀な近距離武器として評価される事になる日本刀

 然し其れは切れ味という点

 激しい衝撃を一点に集中された場合

 日本刀は其処を支点に折れ曲がり、使い物にならなくなる

 其れでは丸腰同然


「馬鹿は貴様じゃど阿呆

昔から口だけの貴様を俺も嫌いだったわ」


 金時は刀を曲げられ唖然としていた武士に大外刈りを繰り出して気絶させた



・・


「桃花様、手加減はしませぬぞ」


 桃と対峙した武士は刀を上段に構えて、桃に何度も何度も斬りかかった

 然し当たらない


 視える、此れなら負けない


 桃は雷切を右手に持ったまま、武士の動きを躱し続けた


「まさか彼奴、心眼を...

くっくっく、つくづく苛つく野郎だなお前は」


 才蔵が桃の戦いを観ながら呟く

 途中、桃が地面の出っ張りに足を取られ、体勢を崩す


「もらった!!」


 武士が其の隙を見逃さず突きを繰り出す


 今の体勢から躱すのは不可能

 桃の心眼は、其の極地に於いても一手先を見通し、幾つもの選択肢を与える


 自分の為に大切な人が傷付いた

 皆は此れからも私を護ろうとするんだろう

 自信なんか一つもない

 寧ろ雉の村に産まれたのに弓が上達しない事に劣等感を抱いていたくらいだ

 自分の出生も満足に知らない

 自分が何者なのか解らないという漠然とした不安は、疎外感を感じていた原因

 祖父母から全てを聞きたかった

 でも高齢の二人に無理は言えない

 言わないのにも何か理由がある筈だから

 

「私にとって与一が希望の光

与一が暗い道を照らしてくれるから、私は迷わないで歩いてこれた!」


 いつの間にか叫んでいた桃


 玄信が村に来た当初、玄信のことが怖かった

 厳つい見た目、戌の村の武士という身分

 でも避けていた筈の村の人が、いつの間にか玄信と打ち解けた

 其の玄信が剣を教えると言ってくれた

 戸惑いも迷いもあった

 けど、嬉しかった

 強くならなきゃ知りたい事も知れない

 今度は私が与一を照らす光に成れるかもしれない

 そう思った

 私は無知で無力で

 でもね、今はこうして戦えてる

 だから今は少し、少しだけど自信も持てる

 

「御免っ!!」


 桃が雷切を振るった

 雷切は蒼色の神秘的な光を出しながら武士の刀を弾き、武士の右肩を切り付けた


 スパァっ


 流れ出す鮮血


「此処は戦場、右も左も見えるのは現実味のない生の地獄

私はもう迷わない

でも殺す事が正義でも、正解でもない

生命は奪うものじゃなく、"尽きるもの"だから」


 桃は雷切の柄を手の中で半回転させ、武士の首の裏側に峰打ちをした

 倒れ込む武士

 出血こそしているが、武士の傷は然程深くない

 痛がっているか心配する必要はなかった

 既にして気絶している


 桃は与一の元へと駆け寄る

 与一は右肩を抑えながら


「桃、強いなぁ」


 無理して笑いながら言った


「貴方がいたから迷わなかった

皆がいたから強くなれた」


 桃はそう言って与一が持っていた袋から小さな箱を取り出して与一の傷口に塗り出した


「痛っ」


 与一は身体を仰け反らせるが、歯を食い縛って我慢する

 同時に、戦いを終えた玄信らが戻って来る


「なんだ其れ?」


 小太郎が桃に問う


「此れはね、大黄や芍薬、地黄とかを混ぜ合わせて作った金創膏ってゆう傷薬

 殺菌と止血作用があって、傷が直ぐ治るの」


「流石薬学に秀でた雉の村の出だな

俺なんか焼酎と油を傷に塗り込んで後は我慢だ」


 金時が言う


「私は其処まで詳しくないの

与一も詳しいけど、一番凄いのは与一の妹の御前

あの子の薬学の知識はずば抜けてる

いつかきっと良い医者に成る

甘えん坊だったけど、いつの間にか私よりしっかりしてた」


 雉の村は農民が多く暮らす村でありながら、医者も多かった

 昔の医者は現代の其れとは少し異なり、何方かと言えば薬剤師に近い

 農民は作物を育てる

 農地に溢れるは草

 実は其の草こそが薬の始まり

 傷に効く草が薬草と呼ばれるように成り、其の調合を得意とする者が医者と呼ばれるように成った

 農村が医者を多く輩出するのは至極当然の事だった


「ほぅ、少しはやるようだな」


才蔵が手を叩きながら近づき言う


「やっぱ殺すしかねぇだろうよ」


 今度は梅喧、殺意を隠さず言った


「良いだろう、少し遊ぶか

其の前に」


 才蔵の眼つきが変わる


 才蔵は腰に下げた刀を抜くと同時に地面に倒れ込んだ四人の武士の首や心臓に刀を突き刺していった

 其の動きは疾風の如く

 まるで演劇でも観ているかのように美しい其の剣さばきは、確実に四人の命を奪っていった


 一瞬にして返り血に染まる才蔵

 才蔵の持っていた刀は、武士の血を吸って不気味に紅く光る


「おぉ、怖いねぇ

其の眼、苦手だぜ」


 梅喧が遠慮がちに言う


 四つの死体を見下しながら、咥えていた笹を手で四等分にして死体に置く才蔵


「どの道、城に帰れば領主様に殺されんだろ

痛みも感じないまま殺してやった方が此奴らの為じゃないか

さぁ、お前らの分の笹は無くなった

お前らからは、其の首を頂こうか」


 才蔵が桃達を睨む


「間違ってる

貴方達は間違ってる

生命は、何よりも大事なのに

其れより大事なものなどない筈なのに!!」


「五月蝿ぇぇぇっ!

 てめぇだけには如何の斯うの説教されるのは御免なんだよっ

糞苛つく野郎だなやっぱ

梅喧!

お前桃花をやれ

俺じゃ駄目だ

 此処で殺してしまいそうだ」


 桃の言葉を大声で叫んで遮った才蔵

 血に塗れた腕で髪をかき上げる


「小太郎、桃の援護に付いて梅喧とか言う鎖鎌野郎をやれ

与一は下がって怪我の治療

あの才蔵とか言う危ねぇ野郎は俺がやる

金時、お前は隙を見て一度城に帰れ」


 玄信はそう言い放った


 与一の戦力は貴重、然し今は負傷している

 無理に動かせば傷口が開き、後々の戦いに影響を及ぼしてしまう


「馬鹿野郎、俺はもう城の武士と戦っちまってる

後戻りは出来ねぇ、俺も戦わせろ

其れに、あの二人は大駒部隊

才蔵は竜馬、梅喧は角行だ

幾らお前らが強くても、相手が悪過ぎる

特に才蔵、彼奴はやばい」


 金時が小声で玄信に言う


「大駒、そうか、道理でな

あの武威は並の人間には出せん

だが案ずるな、俺も並の強さではないからな

金時、貴様は貴様の愛する家族の事だけを考えろ

今戻れば貴様の此処での裏切り行為も未だ領主には伝わらん

戻って家族を連れて逃げろ」


 玄信は金時に言い放った


 金時が舟で家族の話をしていた時、本当に楽しそうにしていた

 金時を家族の元に返してあげたい


 玄信はそう願った


「ごちゃごちゃ言ってないで、早くかかって来い

二人とも此処で殺してやるよ」


 才蔵が痺れを切らして叫んだ

 同時に舟の方向へと走り出した金時


「借りは必ず返すぞ玄信っ

お前が戻ってきた時の酒代は、全部俺が持つっ!」


 金太郎は叫びながら走って行った

 玄信は今迄に見せたことのない笑顔を見せる


「さぁ、此れで心おきなく戦える

才蔵とか言ったな

其の生意気な減らず口、聞けなくしてやるよ」


 金重を握り直し、一天流の構えを見せる玄信


「お前は特別では無い

詰まり雑魚だ

俺に畏れるものなど何も無い」


 返り血を吸い、紅く不気味に光り輝く刀を突き出して構えた才蔵


 今此処で、二つの強大な力と力がぶつかり合う



・・・


「俺は雑魚どもかよ

けっ、まぁ仕方ねぇ

ああなっちまった才蔵は止められねぇからな

さぁ、さっさと餓鬼を殺して桃花様を連れて帰るとする・・・」


ドカァァァン


 梅喧の言葉を遮った爆音

 キーンとした耳鳴りがまだ解けない

 辺りも煙で覆われている


ガキィィィーン


 鋼と鋼がぶつかり合う激しい音


「ちぃっ!てめぇ不意打ちか

良い度胸だぁぁぁ

おぅらっ!!」


 音の正体は梅喧の鎖鎌と小太郎の忍者刀がぶつかった衝撃音

 懐に飛び込んできた小太郎の腹を思い切り蹴り飛ばす梅喧


ズシャァ


 小太郎は地面に打ち付けられるも直ぐに体制を直して立ち上がる


「くそぅ、おいら様の火遁瞬殺攻撃が効かねぇとは

流石大駒部隊の一番下だけはあるなお前」


「一番下とか言ってんじゃねぇぞこら糞餓鬼

ぜってぇ殺す」


 小太郎の言葉に激昂する梅喧

 其れを見て笑みを浮かべる小太郎


「小太郎、頭も良いんだね

強いだけじゃないね」


 桃が感心したように呟く


 小太郎は敢えて挑発するような言動を投げて相手の動きを単調化させるのが目的なのだ


 桃はそう思った


 然し、小太郎は全く何も考えていなかった

 桃は完全に小太郎を勘違いしていた


「今度はこっちから行くぜ」


 そう言って鎖鎌を投げつけてきた梅喧

 桃と小太郎は其れを器用に躱す


「馬鹿め」


 其の瞬間、梅喧が鎖鎌を持った手首をひらりと返す

 すると鎖鎌の先端に付けられた鎌がまるで意思を持った生き物のように、桃の方へ向かう


スパっ


 鎌は桃の腹部を切り裂く

 然し、着用していた鎖帷子のお陰で傷は無い


 心眼だけを頼りにしていたら死ぬね

頭も動かさないと、全身で戦うんだ


 桃はそう自分に言い聞かせた


 何度も何度も飛んで来る鎌

 二人は寸前で避けるが、防戦一方で攻撃に転じれない


「はぁっはぁっ、畜生

戦い辛いな

あの鎌野郎の間合いに入れない」


 小太郎は息を切らしながら桃に言った

 桃も肩で息をしながら考える


「小太郎、さっきの火遁みたいな術はまだ使えるの?」


 桃が問う


「あぁ、使えるぜ

そうだなぁ、とっておきのやつがある

でも、さっきみたいに防がれて、やられちまうぜ

彼奴は体術も優れてる」


 小太郎が答えると、桃は何やら小太郎に耳打ちをした


「其れって、結構危険じゃん?」


「大丈夫な気がする

私、こんな所で死ねないし

でも、出来れば生命だけは助けてあげてほしいの」


 桃は言う

 大丈夫だと言う根拠なんて一つもない

 寧ろ不安しかない


「でも、皆が笑ってる

私の見える未来には戦争なんて無いの

誰も殺し合いなんて望んでいないはず

巻き込まれるのはいつだって戦争弱者

私は泰平を目指して唯突き進む、皆を導く一番星に成りたい

今は志し半ば、だから此の戦いは負けられないんだ」


 桃は梅喧を睨み付けて言った

 其の横顔の美しさに小太郎は時間を忘れて魅入った

 そして、言った


「決まったな

駄目で元々、当たって砕けろだ

おいらにゃあ最強の忍びである父ちゃん母ちゃんが付いてるからな

桃、一回で決めるぜ!」


 小太郎は肩に掛けた袋を地面に降ろし、中から何かを取り出した


「梅喧っ!

後で吠え面描くなよ!

今からお前を、焼き梅にしてやらぁっ!!

喰らえっ、雷遁っ!!」


 小太郎はそう叫んで取り出した小さな竹筒の束に火打ち石を用いて点火し、梅喧へと思い切り投げた


「爆弾かっ!?!」


 梅喧が警戒して後ろに退いた瞬間


バチん!

バチバチばちん!!!


 甲高い破裂音が炸裂し、梅喧の聴覚を乱す


「からのぉ~、霧隠の術!」


 小太郎の声と同時に梅喧の元へ投げられた球

 次第に球から溢れ出る煙


「爆竹と煙玉かっ!?」


 聴覚を乱された梅喧が気づく頃には、辺り一面が煙で覆われていた

 聴覚と視覚を奪われた梅喧

 此れでは相手の出方が掴めない

 額に一筋の汗が流れる


「っ!!!」


 ガギィィィン


 鋼と鋼のぶつかり合う鈍い音


 桃が煙の中から梅喧目掛けて突進し、雷切で切り掛かったのだ

 梅喧は其れに間一髪気付き、鎖鎌を両手で把持して鎖部分を張って雷切を受け止める

 梅喧の鎖に雷切が激しく絡まった


「爆竹で聴覚、煙玉で視覚を奪った上での奇襲か

筋は良かったがな

鎖は刀では切れんぞ

其れに、お前の力では俺はやれない」


 梅喧が雷切を包んだ鎖を締め上げ、雷切を桃の手から離そうとする

 必死に抵抗する桃

 梅喧と桃

 互いに極限まで鍛えてきた

 然し男と女という生理的な力の差

 加えて線の細い桃

 此の儘では雷切が梅喧に取られる


「うぉぉぉららぁぁ~!!!」


 梅喧の後方から聞こえた小太郎の叫び声

 煙の中から右手に手甲鉤を嵌めた小太郎が勢いよく現れ、梅喧の背中に斬りかかった


「チィっ!」


「馬鹿野郎めっ!!

鎖鎌を両手で構えて刀を受ける事は分かってた

こっちの作戦勝ちだぜ!

喰らいやがれ~!」


 叫ぶ小太郎


 当たってと願った桃


 梅喧は咄嗟に雷切が巻き付いた鎖鎌を両手から離し、小太郎の顔面に回し蹴りを放った

 其れは、正に驚異的な身体能力の高さが為せる達人技だった


「掛かったな!!」


 回し蹴りをもらいながらも小太郎が叫んだ


「何ぃっ!!」


 梅喧が再び後ろを振り向く

 地面に落とされた鎖鎌

 其処に雷切は絡まっていない

 桃の姿も見えない


「しまったっ!

二重の罠かっ!!」


「争いの無い世の為に、私は此処で負ける訳にはいかない」


 桃は高く跳び上がっていた

 そして雷切を振りかざしてそう叫んだ


ガンッ


 桃の雷切が梅喧の脳天を直撃する

 峰打ちと雖も、其れなりの速度と力で振り下ろしている

 暫くは気を失う筈


 梅喧は白眼を向いて地面に倒れる


「やった、のか?」


 小太郎が恐る恐る言う


 小太郎は鬼の刻以降、半蔵からの厳しい修行の合間に腕試しと称して当時頻繁に出没していた山賊を懲らしめて、贓物を被害者らに返す活動をしていた

 山賊と言えば聞こえは厳ついが、とどのつまりは唯の泥棒

 刀など持っているだけで、扱える者はそうはいない

 忍術と体術を叩き込まれた小太郎の敵ではなかった

 だから実戦らしい実戦は殆ど初めてと言っても良かった


ペタン


 其の場に急に座り込んだ桃


 小太郎と違い、戦い自体が初めての桃

 まして相手は領主の側近である大駒部隊の一員

 過度の緊張が解け、一気に足にきたのだろう

 泣きそうな顔で地面に座り込んでいた


「大丈夫か?桃」


 小太郎が桃に声を掛ける

 桃は、其の美しく少し膨らんだ頬に一筋の泪を流していた


「はぁっはぁ、大丈夫

人はさ、何千年もこうした殺し合いを続けてきたんだね

戦いに意味など見付けるべきでは無いと私は思う

全国各地で今も毎日起きる争い

親を失う子供達

子を失う親、恋人、友人、師を失う人達

大切な人を失う悲しい人を産むんだ、戦争は

憎しみはずぅっと続くんだよ

愛に溢れた世界なら、愛が大きければ大きいほど、其れは歯止めの効かない恐ろしい憎しみに成って重来する

私の心眼は、そんな戦争の負の気持ちが良く視える

だから断ちたい

そう遠くはない未来、戦争なんて浅はかな事だった

馬鹿な事だったから皆で手を取り合おう

助け合おうってゆう世界がきっと来る筈なんだ

其の一歩を、私は造るんだ」


 桃は昔から平和を良く唱える子供だった

 雉の村民が得意とする弓術も『弓に打たれたら動物が可哀想』という理由で練習もろくに出来なかった

 喧嘩している子供がいれば仲裁に入り、双方の落とし所を見つけて仲直りさせていた

 実際、玄信が剣を教えている間も


『私はこの剣で人を斬らない。人の負、闇、憎しみを斬る』


と事ある毎に言い、玄信の首を傾げさせていた


 遣鬼使に成り、鬼ヶ島へ来て初めての死線を越えて、更に桃は成長していた

『喧嘩は駄目、皆仲良く』という幼かった桃の夢は今、『平和な世界を造る、憎しみを断ち切る』という確固とした目標を掲ぐる迄になった


「...おめぇ、本気で其れ言ってんのかよ?」


 桃と小太郎がギョッとして声の出所を探る

 与一は傷を負って後方で休んでいるし、玄信と才蔵はかなり離れた場所で戦っている


「おい、俺だ馬鹿野郎共」


 声の主は梅喧だった

 先程の桃の一撃を喰らっても気絶しない強さは流石大駒と言えるものだった

 然し其の梅喧も、立ち上がることは出来ないようで、目線だけを向けて声を掛けてきていたのだった

 仰向けで大の字で寝そべりながら、更に梅喧が続ける


「桃、で良かったか

お前、さっき言ってたのは本心かよ?」


「本心だよ

自分の心と、言葉に嘘はつかない

私は此の心眼と、仲間と一緒に平和な世を造りたいの」


 桃が梅喧の眼を見て言った

 然し、先程の戦いの時とは違う

 桃の眼は相手を包むような優しいものだった


「ぷっ、はっはっはっは

痛っ

面白ぇ、お前は相当ど阿呆だ

本気でそんな事言うなんてよ

...そんなこと、言うなんてよ

いいか、人生の先輩として忠告しといてやるよ

無理だ、やめとけ」


 梅喧が頭をさすりながら言った


「無理かな

今は挑戦の途中、だから未だ無理か如何かはわからないよ

可能性が微塵しかなくても、其処に光が見えるなら私は諦めない

皆を導く一番星に、私は成りたい」


 桃は声を荒げず、優しく返した


「ならよぅ、今起こってる戦争は如何する?

鬼にボコボコにされた申の村の奴らの憎しみはどうすんだ?

お前は糞デケェ悲しみと憎しみを前にしても同じ事ホザけんのかぁ!?」


 梅喧が立ち上がれなくて良かった

 かなり興奮している

 健常だったなら暴れても可笑しくはない勢いで言い放つ


 途端、小太郎が前に出て口を開く


「おいら、申の村の出だ

未だ、憎しみも悲しみも如何にかなったわけじゃねぇ

助けに来てくれなかった城も戌の村も他の村の人達、鬼に対する恨みも未だある

けどよぅ、鬼に殺された父ちゃん母ちゃんは復讐を望まなかった

 唯、生きろって、おいらに言った

 おいら、ずっと復讐の為に生きてきたんだけどさ

 桃に会って分かったんだよ

 父ちゃんや母ちゃんが、生きろっておいらに言った本当の意味がさ

 考えりゃ簡単だった

 命を懸けてまで護りたかった自分の大切な人が、 復讐の為だけに生きて、無駄死にしたら、父ちゃん達が何の為に死んだのかわかんないってこと

 今日会ったばかりだけどよ、おいら、桃の考えが好きだし、きっと父ちゃん達が言いたかったことは、そうゆう事なんだろうって思えたんだ

 おいらの母ちゃんの腹ん中にさ、おいらの弟か妹がいたんだ

 母ちゃんも父ちゃんも、すっげぇ楽しみにしてた

おいらもさ、すんげぇ楽しみだった

母ちゃん、ちっちゃい着物とか編んでてさ、ずっと笑顔だったんだ

其の笑顔、大好きだった

優しくて、あったかくて

もう見れねぇけど

父ちゃんが母ちゃんとおいらを逃した意味、母ちゃんがおいらを逃した意味、今ならわかる

生きろってこと

生きることを一生懸命やんなきゃ、駄目なんだって

だから梅喧、おいら達は負けねぇ

復讐なんて馬鹿げた殺し合いじゃなくて、笑顔で溢れた世界のほうがいいじゃねぇか

おいら、父ちゃんや母ちゃん、産まれてくる筈だった赤ちゃんの分まで、すんげぇ生きてやるんだ」


 小太郎はいつの間にか泣いていた

 人一倍甘えん坊だった小太郎

 家族が大好きだった

 もう少しで逢える筈だった弟妹


 復讐など今は本当に馬鹿げたことに思える

 家族の為に精一杯生きる

 そう決意した小太郎の眼は、輝いていた

 鬼の刻以降、もう戻る事は無いと思われた其の眼は、誰よりも輝いていた


「あ、雨」


 いつの間にか降り出した温かい雨

 其の粒は横たわる梅喧の顔を濡らし、まるで泣いているように見えた


「言っとくけど泣いてねぇからな

お前らは糞馬鹿野郎だな

本当、糞だよ

畜生!

思い出しちまうよ

今になって昔の事をよぉ」


 そう叫んだ梅喧

 桃が梅喧に聞かせてと言う


 梅喧は暫く感慨に耽りながら、長い沈黙の後に重たい口を開き始めた



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