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邂逅 〜参

 誰だって悲しい思いはしたくない

 然し、其れは、時に避けられない


 でも、しっかりと結ばれた糸同士は、同じ色になり、どんどん太くなる

 そして其れは、決して切れない絆となる


 此の出会いは偶然だったのかも知れない

 寸分の違いが在れば話すこともなく生を終えていた可能性がある出会い

 其れを人は運命と呼ぶのだろう


 導かれた五人は今、同じ空の下

 固い絆を繋いだ





「・・・皆、何か来るぜ

警戒態勢だ!!」


 小太郎が急に表情を強張らせ、林の奥を見つめた


 息遣いが荒くなる

 意識よりも速く打たれる鼓動

 全身の筋肉が緊張してくる

 

 林の奥から出てきたのは鬼だった


 其の全身は血の様に紅い

 筋骨は隆々で、右手に金棒

 頭から二本の角を生やしている

 其の姿形は殆ど人間と同じ


 桃達を強烈に睨み付ける其の眼光は、最早其れ自体が暴力と呼べる程だった


 金棒を握る右手に浮き出た血管

 血走った眼

 食い縛られた歯

 荒い息遣い

 其れらは全て殺意と認識される

 そして、其れは強烈なまでに外に放たれる


 玄信は兎も角、桃と与一は初めての実戦


 相手が悪過ぎる


 玄信は初めて鬼を目の当たりにして思った


 桃の心眼も、与一の優れた弓術も恐らく意味を成さないだろう

 其れは相手が"常識"の中にある場合のみに有効

 奴達は其れを遥かに逸脱している


 桃は既に雷切を抜刀し、静かに鬼の眼を見つめている

 与一は震える手を必死に抑えながらも矢を弦に掛けた

 小太郎は左手に逆手で忍者刀を構え、右手で肩に掛けていた袋を弄っている

 鉞を構えた金時は、額に一筋の汗を流した

 玄信は金重を構えながら、全滅回避の策を練っていた


 絶対に勝てない相手だと皆が瞬時に判断していた

 戦いではない、此れでは虐殺されるだけ


 唯にらみ合ったまま相手も向かってこない

 沈黙は、一分ほど続いたろうか


 赤鬼の背後から顔を出した赤色の小鬼

 人間で言えば五歳か六歳くらいの大きさに見える

 殺意を出していた赤鬼は、出てきた小鬼の頭に手をやり、自分の背後へと隠した

 小鬼は、不思議そうに桃達を見比べる


 止まっていた桃の脳が、一気に回転を始める


 赤鬼が小鬼を背後に隠した其の動作は、人間の親が自分の子を危険から隠す動作と同じに見えた


「親子?やっぱり、そうだったんだね」


 十年前のあの日

 幼かった桃、与一、小太郎は戌の村で磔にされた小鬼と対面した

 石を投げろとの領主からの命令

 自力思考すら出来ぬ子供達に与えた武士達の恐怖と集団心理の中

 子供達は石を放った

 投げられた石が当たる度に苦痛の表情を浮かべていた小鬼


『タスケテ...』


 そう聞こえた気がした

 小鬼は血の様な泪を流していた


 桃は助けられなかった


 暴君と言われた領主の視線

 包囲していた厳つい武士達

 子供達が無抵抗の小鬼に向かって石を投げるという常軌を逸した其の現状


 口から大量の血液を吐き出しながら絶命した小鬼の顔を桃は忘れられなかった

 救えたはずの命だったかもしれない

 何故小鬼が死ななければならなかったのか

 胸の中でずっと引っ掛かっていた


 桃は、目の前にいる赤鬼を退治することが出来なかった


 確かに鬼は、昔から恐怖の象徴だった

 然し、実際に鬼が人間を襲ったりした事実など一度もなかった

 唯の一度、鬼の刻を除いては


 では、鬼の刻は何故起きたのか


 もう其の答えははっきりとわかった

 小鬼を殺された事への復讐だろう


 人間と同じだ

 いや、今まで一度も人間を襲って来ていなかった鬼は、人間よりも余程賢く、平和主義じゃないか

 人間は人間を平気で殺す

 其の動機は復讐だけじゃない


 物欲、食欲、性欲

 自分の私利私欲の為に人間を利用し、殺し合う

 合戦、戦争など抑も始まりは、"欲"

 其れ以上でも、其れ以下でもない


 そして、其の欲深き人間が鬼ヶ島へ渡り、鬼の子を攫って、人間の子に殺させた

 何故小鬼が死ななければならなかったのか

 其の答えも簡単だった


 “欲”


 狂った欲望に侵された狂った人間の下らない欲

 そんなものの為に小鬼が殺された


「そして私は、再び貴方達に刃を向けている

可笑しいよね、いえ、悲しいよね

貴方達は唯生きていただけ

人間の欲で、愛する仲間を殺され、また人間に刃を向けられて

如何して人間はこんなにも浅はかで、馬鹿なんだろう

もっと早く気付くべきだった

貴方達を傷付けるつもりなんてなかった

うっ、う」


 そう呟いて泣き出した桃

 既に雷切を鞘に収め、顔を天に向けて子供の様に泣き癪り始めた


「ごめんね、ごめんね

痛かったよね、辛かったよね

遣鬼使なんて制度は、此れが最後にするからね

敵は、貴方達なんかじゃなかった」


 桃には既にして戦う気などなかった

 唯々、人間の低俗さ、領主への怒りが込み上げていた

 同時に感じる

 自分の無力さ、無知さ


 桃の泪は止まらない

 嗚咽は静かに、確かに辺りに響き渡っていた


 玄信達も桃の言葉に聞き入っていた

 そして、桃と同じ結論に至っていた


「本当の敵...」


 小太郎は遥か遠くに在る領主の住む城を睨んで、そう呟いた


「...!?」


 其の小太郎が再び叫ぶ


「桃っ!!

後ろっ!!」


 小太郎の視線の先にいたのは、青鬼

 恐らく先程林の中で見たものと同じだろう

 容姿が似ている気がする


 青鬼は一目散に桃へと駆け出している

 いや、赤鬼へ向かっているのか

 分からない

 唯、速い


 振り向いた桃の眼には、既に戦う意思など微塵も感じられない

 青鬼は棍棒を振り上げる

 桃は回避姿勢を取らない


「避けろっ!桃っ!!」


 与一の叫び声は風の音に掻き消される

 いつの間にか強く吹いていた風


 桃の髪が巻き上げられ、泪は宙に舞った


 与一らの距離からではもう間に合わない


 死んでも守ると誓った桃を、こんな所で死なせない

 風は向かい風

 此れでは威力が半減して、鬼には恐らく傷も与えられない


 其れでも唯、桃を護りたい一心で青鬼へ放った一本の矢

 青鬼と桃との距離はもう零に近い

 腕に自信が無ければ絶対に放てない奇跡の一矢


 其の矢は桃と青鬼との僅かな空間を通り抜ける


「外した?」


 狙いは完璧だった筈


キィィィィィーーーーン


「何だ、この音!?」


 神経を集中させていたから気付かなかった

 矢を放って漸く気付いた耳を劈く不快な高音

 其れは耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまいそうな大音量で鳴っていた


 耳を抑えながら桃を見た与一

 両耳を抑えてはいるが、矢で怪我をしたり、青鬼からの一撃を貰ってはいなさそうな桃を見て安心する

 次に視界に入ったのは桃を襲おうとした青鬼の姿


 巨体をくの字に曲げながら両耳を抑えて悶絶している

 額にも大量の脂汗、視線は定まらない

 先程の赤鬼は小鬼を連れて既に逃げたのか、其の姿はもう其処にはなかった


「確かに凄い音だけど、此れって...」


 小太郎が状況を冷静に分析する


「あの時は低い鐘の音がずっと聴こえてた」


 そう、あの音は耳にこびり付いている


ゴォォォォォーーーン

ゴォォォォォーーーン


 心臓を揺さ振られる様な重低音

 鬼達は耳など抑えていなかった

 今度は反対に、物凄い高音

 鬼は高い音が苦手なのか...?

 高い音?


「悲鳴...?」


 鬼の刻、申の村で所々に上がっていたのは悲鳴

 でも、あの低い鐘の音に掻き消されて、殆ど聞こえなかった


「そうだったんだ」


 疑問の上に合わせてみた自分なりの解答

 状況に照らし、其れが正解であるように感じる


「理由は解らない

けど、鬼は高い音が苦手なんだ

其れも尋常ではない程に」


 小太郎が叫んだ少し前に青鬼は両耳を抑えながら林の奥の方へと逃げ去っていた


 高い音はもう聴こえない

 桃達は音の出元の方を見た



「おいおい、俺たちが来なければ全滅だったんじゃないか

玄信とかいう男は剣の達人じゃなかったのか

せめて主人公だけでも護ってくださいよ」


 桃達が歩いて来た林の中から出て来たのは六名の男だった


 玄信の眉がピクリと不機嫌そうに動く

 金時は顔を引攣らせ、少しずつ後ずさる


 先程言葉を発したのは

 黒い袴に日本刀を下げた桃や与一と同じくらいの年齢の男

 澄んだ瞳、整った其の顔立ちは美しく、笑みを浮かべた容姿から武威は感じられない

 男は、口元に笹を咥えていた


「おや、金時さんじゃないすか?

貴方、何やってるんですか?

裏切りですか?」


 笹を咥えた男が金時を睨みつける

 同時に放たれる武威と殺意

 金時は蛇に睨まれた蛙の様に唯立ち尽くすだけで、何の言葉も発しない


 玄信は呆然とする金時に小声で言う


「金時、何も応えなくて良い

今お前が言葉を発すれば、後できっと取り返しがつかなくなる

奴の言葉を聞いて、お前が信じるに足る男だと、良く分かったから」


 金時が言葉を発しようとした時、金時を睨み付ける笹を咥えた男の隣に立っていた男が口を開いた


「おいおい、もう面倒くせぇよ

鬼に殺されたって事にして此奴ら全員此処で殺しちまうってのはどうだよ

なぁ才蔵さんよ」


 今言葉を発した男

 逆立てた長髪、太い両腕に持たれた鎖鎌

 殺意を隠さない様子から、先程の発言が冗談ではない事が伺える


「まぁ梅喧さん、待って下さいよ

領主様の事ですから、其れは許されないんじゃないですかね

良いじゃないすか、桃花様だけ連れて帰れば

でも其の他の雑魚共は此処で消えてもらうとしましょうか」


 才蔵と呼ばれた男は、咥えた笹の葉を大事そうに懐に仕舞って言い、後ろに立っていた四人の武士に声を掛ける


「取り敢えずお前ら、相手してやれよ

桃花様は殺すな」


 才蔵の言葉に呼応する様に、四人の武士達が抜刀して前に出る


 殺し合いが始まる

 今までに感じたことのない緊張感が与一達を包む


 刹那

 桃が一足前に出て口を開く


「戦いは避けたい

私達は殺し合いの為に此処に来たんじゃない

話し合いで解決が出来るなら、話し合いをしましょう

貴方達の目的は私

他の人には何の関係も無いでしょう」


 桃の言葉を聞いて才蔵が顔を下げて肩を震わせる


「くっくっくっくっ

あっはっはっは」


 そして大声で笑い出した才蔵


「何が可笑しいんだ!?」


 与一が叫ぶ


「会いたかったよ、桃花様

いや、桃と呼んだ方が良いのかな」


 才蔵が与一を無視して桃に言う


「貴方は誰?」


 桃は不思議そうに才蔵に問う


「知らないだろうね

でも俺はずっと知ってたよ、お前のこと

今すぐ殺してやりたいほど憎しみながら

ずっと、お前に会える日を待ってたよ」


 再び殺意の篭った眼を桃に向ける才蔵


「また憎しみ・・・

断ち切れないのかな、負の連鎖

教えて、貴方は誰?

私は一体何なの?」


 桃は何も知らない

 其れが雉の村の人達の優しさだったのかもしれない

 でも其れが今、桃を苦しめている


 時に愛は憎しみへと其の色を変え

 憎しみは憎しみを呼び

 其の大きさは時間に比例する


 光と闇が合わさりし時

 其の中心にいた者達は

 自分の信じた道を

 確かに歩んでいた


「お前は未だ何も知らなくて良いよ

お前は人形なんだから

母親とおんなじだよ

お前ら、桃を連れて来い

息さえあれば多少傷つけても構わん

 あ、但し顔は傷つけんなよ」


 武士を促した才蔵

 抜刀した武士達が桃達に向かってくる


「桃、此れは避けられぬ戦いだ

今戦わなければ、見える未来は生きても死んでも地獄だ

行くぞ」


 愛刀金重を抜刀した玄信


 悲しい運命を背負った桃と才蔵

 其の最初の戦いが今始まる



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