邂逅 〜弐
半蔵が玄信に伝えたかったことは間違いなく伝わった
玄信の言葉は優しく、力強い
半蔵は玄信に右手を突き出す
玄信は其の手に自分の右手を重ねる
初めて会った二人
然し、幾つかの言葉のやり取りだけで分かり合えた
此の男は信頼に足る男だ、と
二人のやり取りを静かに見ていた遣いの男が口を開いた
「そろそろ行く時間だ」
其の言葉を聞いて、桃、玄信は翁、嫗と、与一は御笠、御前と再び感謝と別れの言葉を交わし合った
小太郎は半蔵に対し
「鬼の首を持って帰ってくるからよ
其れ迄におっちぬんじゃねぇぞ
んで、あ...ありがとよ」
と顔を背けながら言った
そして遣鬼使と成った四人と遣いの男は小さな舟に乗り込み、鬼ヶ島へと向かった
舟が出て少しした後、桃が口を開いた
「此れ、私のお婆が作った十団子
口に合うか分からないけど、此れで私は大きくなった
もし良かったら、食べてみて」
小太郎は信じられないといった表情で桃を見返す
与一はすかさず桃に耳打ちした
「桃、いつ迄も喧嘩してたってしょうがないのは分かってるが、此奴は変わってる
もう少し慎重に接した方が良いんじゃないかな?」
桃は差し出した手を引っ込めない
緊張した時が流れる
「べっ別に腹減ってねぇけどさ
そっそんなに言うなら食ってやるよ」
緊張を破ったのは小太郎
顔を背けながら桃が差し出した団子をやや乱暴に取って、頬張る
「うん、うま...まっ不味くはねぇな」
其の言葉に満足そうに笑顔を見せた桃
「此れで今日から私達は仲間だよ
小太郎、宜しくね」
桃の言葉に複雑な表情を見せながらも、少し嬉しそうに小太郎が応える
「仲間....か
あ、足引っ張んなよ」
与一も小太郎の言動に笑みを零し呟いた
「此奴、結構良い奴かもな」
其の直後、桃が何かを思い出した様に声を上げた
「あっ!与一にもあげてなかったね
御免ね、どうぞ」
与一の口に十団子を差し入れる桃
幸せそうな表情を見せる与一
「なんだか、楽しそうだな」
桃達の様子を見ていた遣いの男が呟いた
「楽しみにしてるわけじゃないだろうな
違うんだよ、彼奴らには覚悟がある
覚悟を決めた奴らってのは、凄く強い
其れが外に溢れ出て、楽しそうと見紛う程の雰囲気に見えるんだろうよ」
答えたのは玄信だった
此の十年、桃と与一と一緒に過ごして来た
遣鬼使にかける二人の覚悟を知っている
会って間もない小太郎も、半蔵から聞いた話から察するに、相当な覚悟がある様に感じた
玄信は既にして、若い三人を認めていた
遣いの男は不思議そうな顔を隠さず言った
「俺は遣鬼使の付き添いは初めてだが、遣鬼使達のことは仲間から嫌という程聞かされていた
希望して遣鬼使に成った奴などいないと
皆、舟に乗る前から死人の様な顔をして、覇気など感じられぬどころか
付き添いの者に掴みかかる者までいたそうだ
でも其れもそうだよな
付き添いは鬼ヶ島に着いても舟を降りるなと命令されている
だから絶対に帰って来ることが出来る
死にに行く者と帰りを約束された者
そりゃあ揉めるよな
正直、今日は凄く憂鬱だったよ」
遣いの男は続けた
「俺は元々戌申雉の村の出身じゃない
村とも言えぬ山の集落の出だ
其の集落で一番力が強いってことで城の武士にさせられた
今では此んな武士の格好をしているが、俺は武士に成りたかった訳じゃない
其れに現実の武士は、俺の理想としていた武士とは掛け離れていた
俺は権力争いとか、領土争いなんかに興味はねぇんだ
唯、美味い飯を食って沢山笑って、そして
家族に誇れる仕事をしていたいだけなんだ」
「そうか、逆に俺は元戌の村の武士だ
お前みたいな奴と村にいる時に知り合っていたら、もっと親しく成っていたかもな
お前、名は?
家族はいるのか?」
玄信の問いに遣いの男が答える
「俺の名は金時だ
家族はな、妻と男の子と女の子がいる
生意気だけどよ、可愛いんだ
寝顔なんてもう格別に可愛くてよ
玄信、お前のことは良く知ってる
遣鬼使の付き添いに決まってから、お前に関する資料を渡されたよ
いや、お前だけじゃない
遣鬼使四人全ての資料だ
かなり詳しく書かれていた
下らない、領主様の考えには付いていけない
そんな野郎の下で俺は渋々武士として働いてる
俺は今の姿を子供っちらに誇れない」
金時は腰に下げた鉞を撫でながらそう言って、悔しそうな顔をした
玄信が問う
「金時か、良い名だ
して金時よ、何故其処まで腹を割って俺に話してくれる?
冥土の土産のつもりか?」
金時は冗談めいた玄信の言葉に少しだけ微笑んだ
「玄信、お前は強いだろうが
向こうの三人からも其れなりに武威を感じる
鬼と戦った事なんてないからわからんが、お前なら鬼を倒せるかも知れんぞ
そもそも冥土の土産などではない
聞いておったのだよ、お前と半蔵とか言った老の話しを
俺は自分の生命を粗末にする奴が大嫌いだ
人は生きるのではなく、生かされてるんだと思ってる
人は一人じゃ生きていけない
常に誰かの為に生きてる
だから生きてるってだけで素晴らしいんだって、俺も思う
でも、時は戦国の世
生命を粗末にする奴が多過ぎる
戦なんか無意味だし、死ぬことに美を追求する奴も糞喰らえだ
お前達の話しを聞いて、生の大事さ、生きることの意味を知っている奴らだと共感していた
俺は家族の為にも、もっともっと皆が笑い合える戦のない時代を創りてぇんだ」
玄信は金時の言葉に心を締め付けられていた
玄信が遣鬼使に成った本当の目的
其れは復讐だった
与一にも、桃にすら話していない真実
玄信の父、藤原道場の開祖である藤原一刀斎は、元大駒部隊最高幹部の"竜王"だった
強く、権力のある父
玄信にとって、自慢の父だった
順風満帆な人生に思えていた幼少期
前領主から現領主へと世代交代が行われ、それまで厚遇されていた一刀斎は現領主と意見の食い違いから度々反発した
勿論、表立って反発することは出来なかったが、現領主にとって一刀斎は目の上のたん瘤であった
そんな中、一刀斎は戦場において討たれた
其の日から少しずつ、音を立てて壊れていった人生
玄信は一刀斎の遺体に会わせてもらうことも出来なかった
母も次第に体調を崩し、程なくして亡くなった
一刀斎の死後、道場の門下生、其の殆どが離れていった
師範は、一刀斎の息子である若い玄信に引き継がれた
しかし当時の玄信には、人に教える程の実力がなかった
友人や家族の様に思っていた門下生達が去って行く後ろ姿を、唯黙って見るしかなかった玄信
一からのやり直しではなかった、寧ろ逆だったかもしれない
其れからの玄信の人生は想像を絶するものだった
裏切りと挫折の繰り返し
そんな闇の中から玄信を救ったのは一刀斎が遺した言葉の数々
其れを糧にして、一心に剣を振るい続けた玄信の下に、次第に門下生達が集まって来た
人との繋がりを忌み嫌った玄信に再度訪れた優しい光
そんな中誰かが言った
「一刀斎殿を殺ったのは領主様らしい
戦場で敵と味方に挟み撃ちされたんじゃあ、流石の一刀斎殿でもなぁ」
耳を疑う言葉だった
疑心が核心へと変わった瞬間
玄信の心の中に芽生えた復讐の炎
然し、大切な門下生達を捨てる事は出来ない
そんな葛藤が、何年も胸の中にあった
機会を待つ
此の剣は、真実を知り、未来を切り開くもの
父の仇は必ず取る
其の日迄、己を磨き続けよう
其れが玄信の出した答え
其れから唯ひたすらに剣を究め続け、突然の雉の村への左遷
心眼を持つ桃との出会い
そして、桃との十年間の厳しい修行
機は熟した
遣鬼使と成り、無事帰還して城に行く
そして、領主を殺す
大切な物を奪った者達の全てを奪う
玄信が遣鬼使に成った本当の目的が其れ
だから、平和を願う金時の優しく立派な言葉が辛かった
玄信が望んでいるのは城との戦争
仇打ち
聴こえは良いがとどのつまりは殺し合い
先程の小太郎に酷く共感した理由が此れ
玄信は其れから暫くの間、何も語る事が出来なかった
金時はやはり賢い男だった
何も語らなくなった玄信に、声を掛ける事もなく、唯ゆっくりと時間が過ぎるのを待った
舟が揺れる度に聴こえる水と木の擦れ合う音
其れが異様に心地良く感じられた
静寂を破ったのは桃だった
「見えて来たよ、あれが鬼が棲む島、鬼ヶ島
出来れば、戦わず、解り合いたい
出来るかな...」
消え入る様に呟いた
金時が漸く玄信に声を掛ける
「まぁ、あれだ
色々有ると思うし、今此処で長い話しをするのも何だからな
玄信、悪いが俺はお前と友に成りたくなった
此処から必ず生きて帰って、酒を飲もう
お前の話しも聞きたいし、俺の話しも聞いてもらいたい
男と男の約束、いや、武士と武士の契りって奴か
ん、違うな、やっぱ俺は武士って柄じゃない
男同士の約束だ」
玄信が一瞬笑顔を見せて応えた
「おう、約束は守る
武士に二言は無いからな」
舟は鬼ヶ島に着岸した
遣鬼使の四人は舟を降り、島の土に足を乗せる
どんよりした雰囲気
先程まで晴れていた空は、いつの間にか曇っていた
島を覆うように厚い濁った雲のせいか、未だ昼を回ったばかりだというのに、薄暗い
遠くから不気味に聞こえてくるのは烏の鳴き声だろうか
「桃、心配するな、僕がついてる」
安心させようとする与一の声
其の声はほんの少し震えていた
然し、優しさは桃に伝わっていた
急に鼻を突く異臭
・・・此れは死臭
生塵を長期間放置したかの様な悪臭が四人を包む
硫黄にも似た其の刺激臭は、辺りで死闘があった事を裏付けるには充分な要素だった
「間違いない
此処に鬼が棲んでる」
覚悟を決めた筈の小太郎
か細い声で呟いた
思い出したく無い十年前の恐怖、鬼の刻が嫌でも脳内を占領する
ザッ
後ろから聞こえた足音
玄信がすかさず振り向いた
其処に立っていたのは金時だった
「付き添いは舟で待ってるんじゃなかったのか?」
玄信の問いに金時が答える
「友を生かして返す為には、戦える奴は一人でも多い方が良いだろう
其れに、鬼ヶ島に行って鬼も見なかったんじゃ、子供に土産話も出来ん」
そうして五人となった桃達は
玄信、小太郎、与一、桃、金時の順番で慎重に奥へと進んで行った
最後尾の金時は草木が邪魔なのか、鉞で払いながら歩いていた
そうして五人は林へと辿り着いた
林の木を良く見ると、血がこびり付き、肉片が所々に付着していた
時間が経っているが、此れはきっと遣鬼使達のものなのだろう
「父上。。。」
与一がそう呟いて悲観していた直後、小太郎が小さく叫び声を上げた
「鬼だっ!!けど何だ?あの色は、青。。。
赤じゃないのか、おいらの村を襲った奴らの体は赤かった」
思い出したくもない十年前の記憶
鬼の刻が何度もフラッシュバックする
記憶違いなんかじゃない
忘れるはずなどない
申の村を襲った鬼達は皆、血の様に紅い色の身体をしていた
桃は静かに鬼を観察する
身長は一丈弱(現代で言う約三米)
頭部に毛は無く、代わりに大きな角が一本生えている
眼、口、鼻、耳等の顔面は人間の其れとほぼ変わらない
いや、かなり口が大きいか
婆様が昔寝る前に聞かせてくれた口裂け女の話
幼いながら其の容姿を良く想像した、正に其の表現がぴったり
裸の上半身は筋骨隆々で、生傷が多い様に感じる
鬼同士喧嘩でもするのかな
下半身には布の様な物が巻かれている
兎に角大きく、唯々強そう
人間が戦って勝てる相手じゃない
話しが通じそうだとも思えない
此れは、困ったな
桃はそう分析しながら、唾をゴクリと飲み込んだ
「と言うか、何をしてるんだ??」
与一が素直な疑問を口にした
其の青鬼は右手に小さい斧の様な武器を持ち、辺りをきょろきょろと見回していた
何かを探している様に見える
桃達と鬼との距離はかなり離れていて、此方が気づかれる心配はなさそうだが、其れでも迫力がある
すると、青鬼が何かを見つけた様に駆け出した
そして斧を振りかざした
グシャッ
青鬼の大きな後ろ姿で、何を潰したのか直ぐには分からなかったが、青鬼が肩に担ぎ上げた"其れ"は、兎だった
兎は先の一撃で既に息絶えていた
青鬼は兎を抱えて、林の奥へと去って行った
「ふぅ~」
小太郎が大きく息を吐いてまた深呼吸をした
そして皆同じ行動を取った
鬼の動きに目を奪われて、いつの間にか呼吸をする事を忘れてしまっていたのだ
「然し、速い
そして大きく、強い
人間がやり合ってどうこうなる相手じゃないな」
玄信の言葉に小太郎が反応する
「おいおい、だからって逃げ帰んのかよ
おいらは逃げねぇ、無理だって分かってても奴らからは絶対に
遣鬼使の任務なんて、おいらにゃあ関係ない」
遣鬼使の任務
其れは、"鬼の調査と鬼の持ち帰り"であった
持ち去りについて鬼の生死は問わないとされ、調査項目の指定もされていない
抑も遣鬼使が帰村した事実など無いのだから、どんな情報を得れば良いかなど誰も分からない
小太郎は遣鬼使の任務等最初から頭になかった
目的は鬼を殲滅する、唯それだけ
桃は改めて辺りを見回していた
「島に踏み入れた時には感じなかったけど、生きてるね、此の島
さっきの兎といい、昆虫も植物も適度に育っている
此処で生活をして居るんだ、鬼は
人間と同じ...」
桃の言葉を小太郎が遮る
「人間と同じなもんか!
彼奴らは何の感情も持たない殺戮人形だ
感情があったんなら、あんな惨い殺し方出来る訳無いだろ」
「此処で話しをしていても始まらん
先へ進むぞ」
玄信が小太郎の肩に手を置き言うと、五人は更に奥へと歩み始めた
「何だろう、この違和感」
桃が鼻を押さえながら地面を見つめて呟く
「花が、腐ってる
木も、毒か..?」
与一も異変に気付いた様だった
先程まであれだけ活き活きと咲いていた花達が、ある箇所を境に枯れていた
同時に鼻をつく異臭
今度は死臭ではなく、明らかに化学薬品の臭い
「そんな、酷い」
桃の視線の先には荒野が広がっていた
林の中に明らかに不自然に広がる其の荒野は、元は林の一部分だったことを想像させるに難しくなかった
所々に骨が転がっている
大きさや形が様々で、生前は動物だったのか其れとも別の生き物だったのかの判別は難しい
「さて、と、此の辺で良いかな」
そう呟いて鉞を構えたのは金時
雰囲気が一瞬にして張り詰める
「やはりそうきたか」
玄信が腰に下げた愛刀金重の柄を握り、抜刀術の構えを見せる
与一は既に弓に矢を掛け、小太郎も忍者刀を抜刀し、金時に突き付ける様に構えている
一触即発
桃は金時の目を見つめたまま動かない
「桃、抜刀しろ、此奴は敵だ」
与一が桃に促す
此れは警告、戦いが始まる合図
其れでも桃は立ち尽くしたまま動かない
「可笑しいとは思ってたぜ
遣鬼使の付き添いで舟を降りない筈のお前が、直ぐに舟を降りたこと
お前が隊列の一番後ろに位置し、鉞で木を切って歩いていたこと
まぁ大方、仲間に道を示していたんだろうがな」
玄信が金重の柄を握る右手に力を込めて言う
金時は一瞬ニヤリと笑い、返した
「今更気付いても遅い
俺の任務は桃花様だけを連れ戻すこと
悪いが、お前らには死んでもらう」
「じゃあ何故、如何して貴方は泣いてるの?」
桃が漸く口を開く
然し、金時の瞳からは泪など流れていない
桃の持つ心眼とは、優れた運動神経や五感、また第六感とも呼ばれる勘を瞬時に働かせ、考えるより早く身体を動かすことの出来る能力
簡単に言えば敵の手を先読みし行動に移すことの出来る能力のこと
「そうか、なら良かった」
玄信は金重から手を離し、直立の姿勢に戻る
与一と小太郎は訳が分からないと言った表情で桃と金時を交互に見る
「あ~、やっぱり駄目だ
だからつくづく俺は武士に染まらんな」
金時も構えていた鉞を再び腰に下げて言う
「桃は心眼の持ち主だ、それに普通の心眼じゃないらしい
其の瞳術は、身体の動きだけでなく、心の動きまで見通せるんだ
金時、お前は正直者過ぎる、やっぱり武士という柄じゃないようだな」
玄信が解説する
金時と小太郎は驚きを隠せない
千人に一人、天下人が持つとされる心眼の持ち主
其れが今目の前にいる
「心眼の持ち主か、道理で...」
「いや、心眼じゃなくてもよぅ、金時
お前のさっきの二つの行動は俺に怪しいと気付いてくれと言ってる様なもんだ
お前が話してくれた家族のことも全部真実なんだろう?
俺もお前が気に入ったよ」
玄信が満足そうに言った
「おい、桃
お前、本当に心眼の持ち主なのかよ
じゃあさ、其の心眼の力でおいらに協力してくれよ
おいら、鬼に両親を殺されてんだ
両親だけじゃねぇ
産まれてくる筈だったおいらの弟か妹も、友達も
おいら達申の村の未来も、笑顔も
全部、全部奪われたんだ
だからさ、仇を打ちたい
奴らにも同じ目に遭わせてやりてぇんだ
頼む、桃!」
小太郎が桃に懇願する
気を抜けば泪が流れてしまいそうだったから、皆に気付かれぬよう深く頭を下げる
そんな小太郎を桃が優しく抱き締める
与一は顔を背ける
「小太郎、協力させてもらう
だけど、同じ目に遭わせるのは違う
私の心眼は憎しみを産むためじゃなくて、憎しみを取り払う為に授かったの
私は両親を知らない、兄弟もいない
物心ついた時から、爺様と婆様、与一と与一の家族が私の家族だった
未だないよ、貴方と同じくらいの絶望
辛かったね、苦しかったね、痛かったよね、悔しいよね、許せないよね」
桃は小太郎を抱き締めながら優しい言葉で続ける
「でもね
小太郎のお父とお母は小太郎に復讐を望んでいるかな
きっと優しい御両親だったんだと思うの
今の貴方を見ればわかる
愛を持って貴方を育てたんだって
そんな愛と優しさに溢れた人達が、望んでるかな、復讐を
小太郎、大丈夫、独りじゃない
少なくとも、私達は仲間
仲間といたら痛みや苦しみは一緒に分かち合える
楽しいこと、感動は何倍にもなるんだよ
復讐が産み出すものは憎しみだけ
憎しみは、また新しい憎しみを産む
今憎しみが晴れても、未来永劫続くの
貴方、貴方の子供達、孫達、其の子供達
ずぅーっと、ずーっっっと続く枷になるよ
だからね、断ち切るの
私が力になる、ううん、私達が力になるから
勿論、其れには貴方の力も必要なの」
桃は此処まで言い終えると、もう一度深呼吸をして小太郎を抱き締めていた手を解き、小太郎の眼を見つめながら口を開いた
「小太郎、貴方はきっと御両親の希望
だから貴方は殺させない
生き続けるの
貴方の為に、貴方の御家族の為に」
桃が言い終える頃には、小太郎は泪を流していた
小太郎の頭の中で桃の言葉と道助、楓の最期の言葉が被さる
『小太郎、お前だけは殺させねぇ!
俺の命に代えても家族は守るぞぉぉぉ
楓ぇ、小太郎ぉ!オメェらの父ちゃんやれて幸せだったぁ』
『小太郎、あんたは私と道助の希望
小太郎、私、小太郎のお母さんで良かった
あんたは私達が愛して愛して、一生懸命育てた息子
胸を張って、父ちゃんみたいに、逞しく生きろっ!
だから小太郎ぉっ!!!!お願い。。。生きて』
《小太郎っ!生きろっ!!》
・・・る
・・・生き
・・・生きる・・・?
生きる
そう、生きるんだ!!!
おとう、おかあの為に、お腹の赤ちゃんの為に
生かされたから
おいら
家族の分まで生きるんだ!
小太郎の泪は止まっていた
「迷いが消えたんだね、小太郎
うん、凄く良い眼
御家族が見たかったのは、小太郎の其の眼だよ」
桃はそう言って優しく頷く
今度は、小太郎が力強く頷く
「ありがとう、桃
すっっげぇスッキリした
おいら、復讐の為だけに生きんのは止める
だって、おとうとおかあは其れを絶対望んでねぇ
桃の言う通りだ
おいら、おとうとおかあに心配されない様に、逞しく、立派に生きてやるよ」
小太郎は鬼の刻から今日までの間、ずっと悩んでいた
其れが心に靄を掛け、正しい道を見えなくさせていたのかもしれない
半蔵でも取り除くことが出来なかった痞え、其れが桃によって取り除かれた
実力と自信を併せ持った其の姿
小太郎はまた一つ、道助と楓が望んでいた立派な男へと成長を遂げていた
「玄信、良い弟子を持ったな
其の子が目指す理想郷は、俺の望む場所と同じだ
微力だが、俺の力も使ってくれよ」
金時が満足そうに言った
桃は笑顔で返す
「ありがとう金さん
じゃあ金さんも仲間だね、此れどうぞ」
桃が差し出したのは十団子
「おっ、此れ仲間に成った証しなのか
ありがとよう
うん、うんめぇ
っておい、金さんって恥ずかしいな」
十団子を美味しそうに頬張る金時
恥ずかしそうだが嬉しそうに見える
「金時よう、調子崩されんだろ
桃の魅力は計り知れないからな
此の雰囲気と心眼で、本当に天下を泰平出来るんじゃないかって思わされる
其れと、此奴は弟子じゃねぇ・・・」
玄信が其処まで言うと、全員が口を揃えて言った
「仲間だっ!!!」
絆とは不思議なもの
例えれば目には決して見えない心の中
人と人とを繋ぐ糸
一人一人様々な色のものを何十本も持っていて、結ぶことは難しくない筈なのに
結び方を間違えてこんがらがったり
絡まって結んでしまったり
張り詰め過ぎて、突然切れたり
繋がる時は笑顔
離れる時は泣き顔
誰だって悲しい思いはしたくない
然し、其れは、時に避けられない
でも、しっかりと結ばれた糸同士は、同じ色になり、どんどん太くなる
そして其れは、決して切れない絆となる
此の出会いは偶然だったのかも知れない
寸分の違いが在れば話すこともなく生を終えていた可能性がある出会い
其れを人は運命と呼ぶのだろう
導かれた五人は今、同じ空の下
固い絆を繋いだ




