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第二百十一話


一五三六年十一月 京鳴滝城



後奈良天皇の即位礼の儀から一週間が経過したこの日。

僕は我が北山協定の京での拠点の一つである京鳴滝城にて、内蔵頭・山科言継の訪問を受けていた。



「これは内蔵頭様、よくぞ我が城にいらっしゃいました。」

「ふふ、近衛少将殿、いや、近衛中将殿は相変わらず腰が低い方でいらっしゃいますな。」



苦労人、山科言継は白髪まじりの頭ながらも柔らかい笑顔を見せた。

そう、彼は僕の近衛中将への昇進の宣旨を持参したのであった。

この日、僕は正式に従四位下・左近衛中将に昇進したのだった。

この官位は征夷大将軍に就任する前後に叙任されることが多い格式高い官職、でもある。

まぁ当然征夷大将軍を目指してるわけでは無いけどな。



「ははは、これは性分でしてな。簡単には変えられぬのですよ。」

「なるほどですな。二条関白のおっしゃったとおりだ。」



本来であれば武家伝奏である広橋兼秀が持ってくるのであろうが、朝廷として財政的な部分の話がしたいと言う事で山科言継がここに来たのだそうだ。



「…しかし貴殿の位階は従四位下になられたのですから、身よりも上位なのですぞ。」

「雅な京文化に慣れぬ田舎侍ゆえ、御赦し頂きたい。」

「左様か。」



山科言継は眼前に出されていた暖かい茶をグビっと口にした。

ところでこの京鳴滝城だが、帝の即位礼の際に内裏および洛中の警備のためにこの城から出動したため、ついに公方を始め洛中に存在が知られるものとなった。

公方らがいた御所は、阿鼻叫喚であっただろうな。

即位礼の終わり際の公方や近衛稙家らの表情がそれを物語っていた。

この京鳴滝城は戦略的にも、政治的にも非常に重要な場所である。

戦略的には洛中を見下ろす害要とも言える場所であり、政治的には関白である二条尹房に関わる土地であったと言う事だ。

帝の側近である関白との繋がりを強固にできたのは非常に大きい。

前段として武家伝奏である広橋家との関係を作れたのはとても良かったな。

良き(恐・優)妻を娶った松波長利や三好康長の二人は大手柄であると言えるだろう。



「時に中将殿。朝廷に対する貴殿の忠義、取り分け多額の献金に対して、朝廷の財政を司る身として改めて御礼を申し上げる。貴殿もお分かりと思うが、帝もいたく、お喜びだ。」

「ははっ。勿体無き御言葉。帝の仕える臣として、恐悦至極にございまする。」



僕は頭を下げた。



「…帝も仰せであったが、本来であれば朝廷として忠臣たる中将殿に対し褒美を出さねばならぬものだがそれはままならぬ。せめてもの報いとして、貴殿には従四位下・左近衛中将の官位を授ける運びになったのじゃ。」

「ははっ。その様な高位な官位、身が引き締まる思いにございます。」

「そう言ってくれると身も嬉しい限りだ。…他に何か貴殿から要望はあるかね? ああ、財政的な部分以外でな。」



山科言継が頭を掻きながら言った。



「…そうですな。さすれば情報をいただけますでしょうか。」

「ほう、情報、とな?」

「はい。」



僕は軽く頷いた。



「内蔵頭様は朝廷の財政再建の為、各地の大名・名家・豪族の下を行脚されたと聞いております。」

「…うむ。まぁ有体に言えば、献金獲得の為、であるな。」



なるほど。

この人は隠し立てや取り繕いをせぬ人物と言う事だな。


 

「さすれば、尾張はいかがでしたか?」

「ほう、尾張とな。…斯波あたりの話かね?」

「いえ、織田、にございます。」

「織田…、か。」



山科言継の目が真剣なものとなった。



「…尾張の守護である斯波武衛家は衰退の一途であると聞いております。…その中で斯波家の被官である織田が伸長しているとも。」

「そこまで知っておるのであれば、それ以上身に聞くことはあるのかの?」

「その中で尾張守護代の伊勢守家や又守護代の大和守家では無く、さらに下位である織田弾正忠家について知りたいのです。…内蔵頭様は織田弾正忠信秀にお会いになりましたね?」

「ああ、織田弾正か。」



山科言継は再び茶を口にした。



「かの人物がどのような者か、是非知りたいと思いましてな。」

「ふむ。」



山科言継が一瞬瞑目し、再び目を開いた。



「ふふ、やはり中将殿は目の付け所が違う様ですな。」

「…そうですか?」

「ええ。まず尾張の情勢…はおそらく貴殿は概ね分かっておられるのでしょうが、守護の斯波武衛家が衰退し、被官である織田が一族内でも主導権争いをしております。今は伊勢守家と大和守家が軍事的には優勢ですが、経済的はどうでしょう?」



やはりこの人は経済的な部分の分析に長けているようだな。



「さてこの二家の下には貴殿が仰った織田弾正忠家などの清洲三奉行家と呼ばれる一族があり、表向きは従属しておる。しかしながら経済的な部分において織田弾正忠家が抜きん出ておりましてな。今より三年程前に大々的な蹴鞠の会を催したのだ。」



これは僕も聞いたことあるやつだな。



「…それは蹴鞠の大家である飛鳥井卿も行かれたとか?」

「ご存知でしたか。ええ、それに身も同道し、その時に弾正忠家当主、織田信秀と会見をしましてな。」

「いかがでしたか?」

「織田弾正忠はその場で朝廷への献金を申し出てきましてな。中将殿程ではありませぬが、当時なかなか助かったものですよ。」

「なるほど。それだけ織田弾正忠家は潤っていると言う事なのでしょうな。」

「人柄としては国内で勢力争いをしている割には、武人肌と言うよりは根回しを得意とする人物と言うのが、身の評価でござるな。」



うーむ、僕が一番やっていた歴史ゲームでは武勇が高かった気がするが、どうも他のシリーズでは再評価されていたようだから、実際には武勇よりは策謀に寄った人物なのだろうか。

で、あれば、勢力拡大の為に朝廷工作をするのも頷けると言うものだ。



「まァ、身としてはケチな伊勢守家や大和守家よりも覚えが厚くなると言うものよ。」

「内蔵頭様は正直者にございますな。」

「ははは、貴殿にだから言うのですよ。まぁいずれ、身は、いずれ尾張が弾正忠家の下に纏まると考えています。」

「なるほど、そこまでですか。」

「…しかし何故貴殿はそこまで織田弾正忠を気にされるので? 軍事的にも、それこそ経済的にも神保家が圧倒していると思いますが。」



それは僕もそう思う。

しかし僕が気にする理由は、到底、山科言継へ言えるものでは無いな。

今四歳前後であろううつけ者の子供が、史実では魔王とも呼ばれる男に成長するだなんて。


…でもこの歴史においてはどうなっていくのだろう?

史実で織田弾正忠家とガッチリ絡むことになる、斎藤道三は美濃にいない。

それどころか松波長利として我が家臣だしな。

それでもこの時代くらいであればまだ美濃にはあまり関与が無いかもしれないから、ここまでは史実通りに進んでいるんだろうか?

いや我が神保家の献金が多いことで大内義隆の献金・朝廷工作が少なくなっているようだから、官界が無いとも言えないか。

現状では何とも言えないな。



「いや、慎重すぎるのが我が性分でしてな。気にしないでくだされ。」

「左様か。他にも何か情報があれば必要になるだろうか?」

「いえ、十分にござる。ありがとうございました。」

「何、帝の忠臣たる中将殿だ。また何かあれば言って下され。」



いやまぁ、これ以上は我が薬売り(ちょうほういん)を遣わすのが良いだろう。

ひとまず京方面の人員は少し減らせるだろうから、人員の振り分けを考えるとしよう。



「さて内蔵頭様。某は数日後に出立し、国元に戻る事になります。年末の朝廷への献金については領内の年貢・税金の精査をし、お答え致すことになるでしょう。」

「承知致した。」

「…それとは別にこれは内蔵頭様への心づけにございます。お納め下され。」



僕は金子が入った袋を取り出し、山科言継の手に握らせた。



「あ、いや、しかしですな。」

「…先程の情報料と言う事で。」

「左様か。これはかたじけない。」



山科言継が袋を懐にしまい込んだ。

ふうむ、こういう動作が速い人が多いよな。

まぁこれは所謂賄賂と言う事であるが、この時代にそれを取り締まるという文化は無いから、大目に見てほしいものだ。







さてここでいったん神保長職は越中に戻ります。この後の場面は、どこを書くか推敲中です!!

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