第二百七話
一五三六年十月上旬 京鳴滝城
月が替わり、僕は京鳴滝城にてとある客を出迎えていた。
「おお、久しいの!!」
僧衣の上に陣羽織を羽織った初老の男が笑みを浮かべながらこちらに近付いてきた。
「これはこれは道永様、お久しゅうございますな! お会いするのは二年ぶりでありましょうか。」
「うむ、壮健そうで何よりじゃ!…それにしてもこれ程洛中に近い所に拠点を構えておるとはな!」
そう、この男は管領・細川高国(道永)である。
「ははは。我が配下達の努力の賜物にございますよ。」
「そうか。公方様らは気付いたら近くに北山協定の拠点が出来、そして錚々たる顔ぶれがおるのだからな。これは度肝を抜かれるぞ。」
細川道永の表情は晴れやかだ。
まぁそれはそうだろうな。
これまで庇護をしてきた公方に裏切られ、そして所領を奪われるなどの煮え湯を飲まされてきたのだから。
「ところで道永様。そちらの御仁が波多野備前(秀忠)殿で?」
「おお、そうじゃ。お主らは初対面であったの。」
細川道永は少し横にずれ、近くにいた武将を紹介する様な仕草を見せた。
「この者が我が腹心である波多野孫四郎秀忠よ。儂や細川家が苦しい中も共にあってくれた、我が自慢の家臣じゃ。」
「お、御屋形様。かように褒められては、その、何と申したら良いか…」
波多野秀忠は少し照れくさそうな表情を浮かべた。
…まぁ良い年齢のおじさんがそのような顔になってもな…っていうのは言いっこなしだ。
前にも述べたが、かつて僕は細川高国(道永)に対して、この波多野秀忠の実弟であり細川家の重臣たる香西元盛を誅殺しないように忠告していた。
史実では一族の細川尹賢の讒言で、その様な事をしてしまった訳だ。
しかしこの歴史においては細川道永は僕の忠告を守り、逆にあり得ない讒言をしてきた細川尹賢の方を粛清したのだ。
それ故に史実での逝去日を乗り越え、一五三六年にあっても生存しているという訳である。
この波多野秀忠という武将、某ゲームでは別の名前であったと思うが、まさに一廉の将である。
我らが北山協定が加賀の一向一揆を打ち破り側面援護したとはいえ、縦深防御(遅滞・撤退戦術)を用いながら八上城まで退き籠城戦を行い、数に勝る公方軍を追い返したのだ。
細川京兆家としての旧領回復までは出来ていないものの、丹波から完全に公方勢力を駆逐したばかりか、公方・足利義晴の権威低下に成功したのだから。
「…っとご挨拶が遅れましたな。某が波多野備前守秀忠と申しまする。神保近衛少将様におかれましては、日頃から我が主から噂話を聞いておりますれば、某もお会いしとう思っておりました。」
波多野秀忠が優雅に一礼した。
彼の備前守と言うのは武家官位で、つまり自称だ。
「これはご丁寧に…。某が神保長職にござる。」
僕も波多野秀忠へ返礼した。
細川道永、そして波多野秀忠は先月下旬に五百住甚介を使者に遣わした結果、僅かな手勢を伴ってここへやってきたのだった。
「…道永様、備前殿。立ち話も何ですから、我が城にお上がりなさいませ。ちょうど昼餉の時間ゆえ、細やかな席も設けておりますぞ。」
「おお、それはすまぬな。では馳走になるとするかの。のう、孫四郎よ。」
「ええ、そうですね。少将様、我が配下も休ませて頂けると助かるのですが。」
「心得ております。あちらの兵舎の方へご案内いたしましょう。…おい。」
僕が令を下すと、近くに控えていた五百住甚介が波多野家の供を誘導していった。
「では道永様達はこちらへ。」
その姿を見届けると、僕は客人を京鳴滝城の広間へ案内した。
◇ ◇ ◇
「おお、これは美味そうだのう。」
広間に料理が運ばれて来た。
運ばれてきたのは我が越中は氷見の自慢であるうどんだ。
汁はかつお・昆布などで出汁を取ったあっさりとしたものであり、それに野菜の天ぷらを添えた。
「京雅な昼餉を出せれば良かったのですが、某は田舎侍でしてな。郷土の食事の方が口に合うものでして。」
「なんの。儂もしばらく丹波におったのでな。都の雅な飯などもう忘れてしもうたよ。丹波の郷土料理も中々良いものだぞ。」
「左様にございますか。酒も加賀のものを準備しておりますが、お召し上がりになりますか?」
「いや、丹波に行ってから、酒は控えておる。」
単なる健康の為か、それとも丹波に隠棲していた為か。
それは敢えて聞く必要は無いだろう。
「ふむ、これは美味いでは無いか。のう、孫四郎よ。」
「左様にございますな。天ぷらも食感良く揚がっておりますな。」
どうやらこの二人には高評価な様だ。
さて食事を終えると細川道永が満足そうな顔をしながら口を開いた。
「時に少将殿よ。お主の所には朝廷からの御教書は届いたかの?」
「帝の即位礼の日取りについてであれば、某の下にも届いておりますな。」
「ふむ、それだ。お主の事だから既に準備は万全と思うが、近衛府として洛中や内裏の警備に当たるのだろう?」
「はい。その方向で既に広橋伝奏を通じて回答申し上げておりまする。」
「そこでお願いなのだが、帝の即位礼には儂や孫四郎も参列しようと思っておる。儂らも同道させてもらえないかと思ってな。」
「なるほど。」
僕は顎に触れながら少し上を向いた。
まぁこの話は僕も想定していた事だ。
「それはもちろん可能です。ですが某は職務から機動的に動けないかもしれませぬ。」
「…それであれば管領様らは我が朝倉に同道してもらうのはどうか?」
同席していた朝倉宗滴が口を挟んで来た。
ふむ、確かにそれは良いかもしれない。
僕は立場的に動きにくいシーンがあるかもしれないが、同盟軍の立場である朝倉軍であればある程度動きに融通が利くだろう。
それにかの軍神様が警護についていれば、まさに安全と言うものだ。
「お願いできますか、宗滴殿。朝倉軍が管領様や波多野備前殿の警護を引き受けてくれるのであれば安心できると言うものです。」
「警護は三百いれば安心じゃろう。それについては儂が率い、残り七百を景紀に任せ、洛中の警備の任に当たらせるとしよう。景紀よ、近衛少将殿の指示に従い、任を果たすのだぞ。」
「はっ、心得ております。」
朝倉景紀が元気よく返事をした。
朝倉景紀も一廉の武将であるから、これで安心だな。
「ところで長職様。六角が洛中の共同警備を提案してきたと伺いましたが?」
そこまで黙って話を聞いていた上杉定長が僕に質問して来た。
「ああ、花押入りの書状も頂いておる。まぁ…アレは、二条関白様の邸宅で六角定頼と論戦をしたのだが、あまりやりたくないものだな。」
「その戦に勝利をしたゆえに、六角は我等に靡いてきたと?」
「腹の中ではどう思っているかは分からんが、まぁそう言う事だろうな。」
あれも一つの戦の形と言う事だろう。
現代の国会で言うところの党首討論みたいなものだ。
「さすがは長職殿です!! やはりあなたは凄い!」
上杉定長が目を輝かせた。
この人は長尾道一丸だったことから変わらんな。
越中の薬で体調が改善したことに恩義を感じてくれているのだと思うが、盲目的に神保長職を信じるのは、武家の当主としてどうなんだ?
まぁ支持してくれるのは有難いことだがな。
「…六角は五百の兵を率いている。書状では公方様や一向一揆衆の兵を牽制できる様、六角の京屋敷周辺から内裏方面に向かったあたりで活動するようだな。」
「それは信じられましょうか?」
「…薬売りによれば甲賀の忍びは完全に撤退したみたいだな。こちらの探りに対しての防諜活動も見られぬ様で、行動が丸見えになっておる。六角の屋敷内までは分からんがな。まぁ油断せぬよ。」
「承知いたしました。ひとまず安心と言う事ですね。」
「俺が率いる隊は三日後にはここを出立する予定だ。定長殿の部隊八百は引き続きここに残り、京鳴滝城を守護してほしい。俺の兵も二百残す。」
「我が上杉は洛中に入らなくても良いのですか?」
「洛中と言う街は、一気に多くの兵を入れられない事情もある。それに有事の際に機能的にここへ駆けつけられる部隊が城に残る事で、公方様や敵対勢力に対しての牽制にもなろう。それは別動隊の畠山義総らも同じだな。」
「な、なるほど。」
「小競り合いは分からんが大規模な戦闘行為は起こらないものと思っている。我等は近衛府の業務として朝廷からのお墨付きがある訳だし、戦闘行為など仕掛けてこようモノなら、そやつらは朝敵となるわけだからな。」
「流石に公方様もそれには踏み切れませんか。」
「公方様はそこまで暗愚であるとは思わないな。…もっとも今の公方様の取り巻き連中までは良く分からん。何かに偽装して仕掛けてくる可能性もあるかもしれないから、そこは様子見だろうな。」
よし、これでだいたい即位礼での動きも固まってきたかな。
細かい指示は行動開始前に各家に通達すると言う事で良いだろう。
さて数日後、ついにこの京鳴滝城の存在を、京の都にいる人々が知ることになる。
特に、公方様らは度肝を抜かれることになるだろうな。
さてこの次から行動開始です!!




