第二百二話
一五三六年九月上旬 若狭国内
若狭での逗留を終え、我々北山協定上洛軍は京に向け出発した。
敦賀朝倉家の跡取りや上杉家の若侍が疲れ切った顔をしているように見えたが、それは見なかったことにしておこう。
さて今日への旅程であるが、前にも述べた通り、上洛軍の本隊である我が軍は京鳴滝城へ向かっている。
極力その行程を公方方へ隠蔽したいと考えていたので、その道のりは若狭経由とすることにした。
当然そのルートには薬売り及び偵察部隊を放ち、事前の段取りはバッチリだ。
若狭は敦賀朝倉家と同盟関係を結んでいる若狭武田家の支配地域であり、北山協定には非常に協力的だ。
その為基本的に上洛軍を阻む要素は一切無い。
「ふむ、もうすぐ小浜じゃな。」
馬を並べている朝倉宗滴が僕に言った。
「そうですね。我が軍は小浜にて休息を取る手筈になっています。」
視線の先には小浜の街並が見えて来た。
小浜には若狭武田家が本拠地である後瀬山城を構えており、名実ともに若狭国の政治・経済の中心地であった。
(後瀬山城は山城であり、通常は麓に造成された守護館に居たらしい。)
小浜は旅程としても概ね中間にある為、ここで逗留・補給を行う事になるだろう。
さて少しして僕達は小浜の街に到着し、その足で後瀬山城近傍にある、とある禅宗の寺院に向かった。
ここには敦賀朝倉家の遠征軍(若狭武田への援軍)の本陣が置かれており、我が軍もその周辺に滞在する予定をなっているのだ。
そこで待っていたのは、黒い法衣を来た僧侶。
隻腕となり法衣の袖をヒラヒラとたなびかせたその僧侶は、かつての朝倉宗家、現在は敦賀朝倉家の配下となった一乗谷朝倉家当主である朝倉孝景だ。
「これは神保近衛少将様、上杉様、大叔父上! お待ちしておりましたぞ!」
僧侶…にも関わらず小麦色に日焼けをした朝倉孝景は実に壮観な出で立ちだ。
あれ、朝倉孝景ってこんな感じの人だったっけ?
僕の中では武勇…と言うよりは文治政治家であったイメージだ。
しかし目の前にいるのは僧兵よろしく、まさに武の塊と言うような感じだ。
「おお、孫次郎よ。息災にしておったか?」
「ははは、大叔父上。片腕が無い生臭坊主に息災も何も無いではありませんか。…大叔父上こそ、相変わらずトシを感じさせませんな!」
「ふん、孫次郎もぬかすようになったものよ。…と、近衛少将殿とは初対面だったか?」
「そうでした。…近衛少将様。お初にお目にかかります、拙僧、朝倉宗淳孝景と申しまする。」
朝倉孝景が僕に向けて一礼した。
「これはご丁寧に。…某、神保長職にござる。お見知り置きを。」
僕も朝倉孝景に返礼した。
「…宗淳殿は若狭武田を好く助け活躍されていると聞いております。我等はしばし軍を逗留させます故、やっかいになりますぞ。」
「は、ゆるりをお休みになってくだされ。…それはそうと、近衛少将様のほうが位が上ですから、拙僧に対してかように謙る必要はありませぬぞ。」
「ははは、これは性分でしてな。まあ、努力いたしますよ。」
僕は笑いながら答えた。
朝倉孝景は僕よりも十歳以上年上だし、神保家の家臣では無いからな。
さて僕達は挨拶を終えると、それぞれの軍を予め予定された駐屯場所に移動させた。
そう言えば挨拶の時に朝倉孝景と朝倉景紀が親し気に会話をしていたが、そうか、彼等は兄弟だったな。
もろもろの作業終えると、既に時間も遅くなったいたのもあり、僕達はそれぞれの宿舎にて休息を取ることになったのだ。
◇ ◇ ◇
翌日、僕は若狭武田家が居館である、守護館を訪れていた。
前にも述べたが後瀬山城は小高い山に築かれた山城であり、普段の政務や居住地としてその麓に築かれた館だ。
若狭武田は某歴史ゲームや歴史モノにはあまり登場しない、所謂マイナーなイメージが強い存在である。
一般には武田信玄等を出した甲斐武田家が強いイメージがあるが、実際には若狭武田が本流なのでは無いかとの説もある家柄だ。
さて僕達を出迎えてくれたのは若狭武田家当主である武田元光(宗勝)だ。
この武田宗勝は面識があってその外見は剃髪した僧なのだが、朝倉孝景よりは僧兵然とはしていない人物だ。
それでも敦賀朝倉の支援で丹後一色を駆逐し若狭を概ね平定したことがあってか、その顔色は以前よりだいぶ良いように見えるな。
「近衛少将様、ご無沙汰しておりまする。」
「ふむ、宗勝殿もご健勝でなによりですな。」
挨拶を済ませると僕は武田宗勝の顔を見た。
やはりその表情は晴れやかだな。
「宗勝殿、我等上洛軍の道中に関して、いや、それではあるまいな。ここまでの多大な助力を頂いたことに感謝申し上げる。」
「いやいや。当家としても朝倉殿の直接的な助力、そして近衛少将様が神保家から多大な支援を頂戴しておりますからな。当家としても喜んで協力させて頂いておりますよ。」
そう、上洛軍の行軍だけでは無く、京鳴滝城の普請に関して、若狭武田家による支援を忘れてはいけない。
前にも述べた通り京鳴滝城は概ね完成していると言えるが、公方や甲賀にはまったくバレていない状況だ。
それはもちろん薬売りの暗躍があるからであるのだが、若狭武田が秘密裏に人足の手配をしてくれたからに他ならないのだ。
「…帝の即位礼、北山協定軍によるこの警備を滞りなく完遂できた暁には、我等としても若狭武田家の支援に報いなければならぬと思っておりますよ。」
「そ、それは真にございますか!?」
武田宗勝が少し前に身を乗り出した。
そりゃそうだ。
若狭武田家からすれば、もし北山協定に加盟あるいはそれに準じた立場になれたとしたら、それはかなりのメリットになるはずだ。
国人衆の叛乱等の若狭国内情勢や丹後一色による侵攻等の混乱もあり、これまでその話を避けて来たのだ。
「…あくまで洛中での我が仕事が完遂出来たら、の話にございますよ。」
「それはもう!…しかし洛中では公方様らの手の者が必死にうごいているのでございましょうな?」
薬売りからの情報によると、甲賀も動いていると言う事だ。
甲賀と言えば南近江の六角の息が掛かっているからかの六角定頼が公方へ与したものかと思ったのだが、それにしてはそれ以外の動きが見えてこない。
おそらくは公方が何かしらの見返りを提示して六角定頼へ指示を出したのだろう。
六角定頼としても無下に断るのは難しいことから今回の動きを見せているのだろうが、100%の対応をしていない可能性がある。
そうだとしたら、六角定頼のバランス感覚は大したものなんだろうな。
…まぁ向こうが本格的に敵対したくないのであればこちらとしては捨て置くしか無いな。
とは言っても、こちらに実害が発生しそうな状況は避けなければならないが。
「ともあれそれについては心配に及ばぬ。これより先の若狭からの街道も、我が主力は順調に洛中に到着できることでしょう。宗勝殿、此度の人足の手配、改めて感謝いたしますぞ。」
「いやはや、貴殿らの手配り、拙僧としては驚きばかりでございます。皆様方は人足として雇った者達に十分な銭を払っていただいただけでは無く、物資も現地調達して下さる。我が若狭の民も大儲けできたと言うものよ。」
武田宗勝と言う男は本音で語る人物の様だな。
「それは上上にござる。…民が潤えば、国も良くなると言うものですよ。」
「左様で。拙僧も武士らしからぬ体になってしまうかもしれませぬな!」
武田宗勝が自らの腹をポンと叩いた。
まぁ若狭が安定しているのは、北山協定にとっても良いことだ。
史実ではこの後に武田宗勝の嫡男である武田信豊と、国人の粟屋氏に擁立された一族の武田信孝が謀叛を起こすはずだ。
この謀叛は最終的には鎮圧されたものの、若狭国内は一層混乱し、若狭武田家は滅亡の一途を辿ったわけだ。
史実でのこの争いも隣国の朝倉が絡んだものであるが、この小説のそれとはだいぶ違うものだ。
そう、隻腕となり覚醒した朝倉宗淳孝景麾下の援軍の活躍もあり、史実よりも早く若狭国内が安定した。
そして若狭国内に経済支援を行う事で経済をも安定化したことで、国人領主や一族の野心を抑え込むことに成功しているのだ。
薬売りが調べたところによると、若狭武田家への評判も上々だ。
「まぁいずれにしましてもこの後も若狭武田家の力添えを期待しております。」
「はっ。当家に出来ることがあれば何でも申し付けくだされ。ガッハッハ!」
武田宗勝の豪快な笑いを見て、僕は思わず苦笑しつつも、冷たい麦湯の茶碗をそっと机に置いた。
先程のも言ったが若狭が安定しているのは僕にとっても有益だ。
北山協定としても現在の所これ以上西に目を向けるとつもりも無いし、若狭武田家には引き続き西方の抑えを期待する事としよう。
若狭武田家当主、武田宗勝との会談でした。現状では若狭は史実であったような混乱が起きる事は無いでしょう!




