第二百一話
一五三六年九月上旬 越前金ヶ崎城
「…某、上杉定長が家臣、毛利弥五郎高広と申します。皆様にお会いでき、恐悦至極にございます!」
僕の眼前で、一人の若侍が一礼していた。
毛利弥五郎高広と名乗ったこの若侍は眼光鋭く、表情は自信に満ちあふれていた。
主の上杉定長曰く、上洛軍の部隊長を務めていると言う事から、まさに新進気鋭の若者であると言う事だろう。
毛利…毛利ね。
「毛利弥五郎高広と申すか。定長殿から、我が越中の新兵器の試射をしてみたいと言われたが、貴殿もやってみたいと言う事で良いかな?」
僕は値踏みするような目で、毛利高広を見た。
さて、どうでるかな?
「そうはもう!新兵器と言うのは某も気になりますからな。」
「左様か。では扱い方については我が配下の狩野三郎の指導を受けて貰おうか。」
僕は配下である狩野三郎慶広を呼び出した。
我が神保軍でもっとも上手く北山式火槍を扱うことが出来るからな。
さて狩野三郎慶広の説明を受けた毛利高広は意気揚々とした様子で前に進み出た。
そして北山式火槍を手にし、白線が引かれた射撃位置へ向かった。
(なお弾込め等射撃前準備は狩野三郎で代行した。)
「フ、ここからあの的、甲冑を狙えばよろしいのですね?」
毛利高広の顔は依然として自信に満ちあふれているようだ。
「そうだ。あそこに狙いを定め、引き金を引けば弾丸が発射される。…それにしても自信があるようだな?」
僕は少し離れた場所から声を掛けた。
「自慢じゃありませぬが、某は弓も槍働きも自信があり申す。武門たるもの、新兵器の一つや二つ、扱えなくてどうするのです?」
毛利高広はフフン!と言うように鼻を鳴らした。
その言葉、確かに後々の歴史(僕的には某歴史ゲーム)を思えば、あながち間違いでも無いのだろう。
そう言えば何回か上杉謙信に謀叛を起こした様な気がするが、大丈夫なのだろうか?
「…そうか。ならば弥五郎よ、定長殿の誉れ高いその腕前を、俺に見せてくれるか?」
「フフフ、お安い御用にございますぞ!!」
毛利高広は意気揚々と北山式火槍を構え、狙いを定めた。
なるほど、構えはいっちょ前だな。
そして、引き金に指を掛けた刹那ーーー
ガァァァン!!
激しい音と共に弾丸が発射された。
「うおわぁっ!? なんじゃあこりゃあっ!!!」
凄まじい硝煙とともに肩を直撃した、これまで経験したこともない強烈な反動が毛利高広を襲った。
北山式火槍は明国の鳥銃の改良型であり、その威力は向上されているのだ。
発射の衝撃でよろめいてしまったせいか、射出された弾丸は、残念ながら大きく的を外れてしまった様だ。
自信満々であったはずの毛利高広は、情けなく尻餅をついてしまった。
硝煙の向こう、四十間先の的には当たらなかったが、その近傍の木板には穴が開き、一部が割れていた。
衝撃の強さを物語っていると言う事だろう。
「…弥五郎よ。撃ってみてどうだ?」
毛利高広の主である上杉定長がしゃがみこんで目線を合わせて問いかけた。
「い、いえ、それはその…」
先程までの自信に満ちあふれていた表情などどこへやら、毛利高広は額から滝のような冷や汗を流していた。
もしかしたら、自分が撃たれた場合の事を想像してしまったのかもしれない。
「あ、いえ、失礼いたしました。…これは恐ろしい兵器です。あの威力のものが直撃したら、甲冑も意味を為さぬのではありませんか…?」
それはそうだろう。
前に朝倉宗滴が言ったようにその運用方法には難があるものの、数や作戦が十分に出揃えば強力なものとなるだろう。
まぁこの毛利高広の鼻をへし折った形ではあるが、それも仕方ないと言うものだ。
「…さて、定長殿も撃ってみるかね?」
朝倉宗滴がニヤリと笑いながら言った。
「…いや、私は遠慮しておきましょう。体が良くなったとはいえ、アレ程の威力のものを撃つには、まだ筋力が足りぬでしょう。」
上杉定長が肩をすくめながら答えた。
「それも賢明よのう。さて、今の段階で十分に足りている我が者がおろう。のう、景紀よ。」
「ゲッ! せっかく静かにしてたのに、まさか俺に話が回ってくるなんて!?」
「ゲッ! とは何だ? この馬鹿者が!」
朝倉宗滴が朝倉景紀の奥襟をむんずと掴んだ。
「近衛少将殿がせっかく訓練用の弾薬を持って来てくれたのだ。たくさん訓練出来るぞ、良かったのう!」
「ひ、ひええ…」
「何じゃ、情けない声を上げおってからに。」
朝倉宗滴が大きくため息をついた。
やはり朝倉景紀には同情を禁じ得ない。
見かねた僕は助け舟を出してみた。
「宗滴殿、お手柔らかにしてくだされよ…?」
そもそも立射で的のほぼど真ん中を撃ち抜ける軍神様が凄すぎるのだ。
神保家随一の腕前である狩野三郎も何回かはミスをしてしまうくらいなのだから。
「何じゃ、近衛少将殿は優しいのう?」
「は、はぁ…」
「近衛少将殿が我が義息子を気にかけてくれるのは嬉しいが、こやつは我が敦賀朝倉の跡取りであるが、まだまだ鍛錬が足りぬのだよ。」
い、いや、朝倉景紀ももう一廉の武将であると思うが…。
少なくとも神保家基準では…。
「おお、そうじゃ。そこな毛利弥五郎と申したか、お主も訓練に参加するか?」
「そ、某にございますか!?」
毛利高広が少し裏返った声で答えた。
「そうじゃ。お主は槍働きが得意なのじゃろう? …であればより一層主家である上杉家の役に立つために鍛錬を重ねねばならぬぞ。後に続くものを導くのも先達の役目よ。のう、定長殿よ。」
「そうですね!かの有名な軍神、九頭竜殿に教えを乞えるなんて、中々出来る事じゃありませぬ! 弥五郎、是非訓練を受けなさい!」
「え、ええ…」
毛利高広が力なくうなだれた。
若干涙目のように見えたが、これはもう助けられん。
そんなこんなで朝倉景紀と毛利高広は軍神の指導を受ける事となった。
僕達はと言うと訓練をしている者達を横目に、この曲輪の近くにある広間へ戻った。
この場所からは少し遠目になるが、鍛錬場を眺めることが出来た。
「…定長殿。」
僕は麦湯を飲みながら、上杉定長に話しかけた。
「どうかしましたか?」
「いや、アレは、あの毛利弥五郎についてはワザとああやったね?」
「ふふ、分かりますか。」
上杉定長も麦湯に口を付けると茶碗を机に置いた。
「ええ、そうですよ。毛利弥五郎は優秀な男ではありますが、残念ながら自らの自信を鼻にかけすぎるのが玉に瑕でしてね。」
ふむ、それでか。
前に書いた史実での裏切りについてはこのあたりが影響していたのかな?
「まぁまだ若い、と言うのもあるのかな。」
「そうですが、あやつも現実を知らなければなりません。」
それもそうだな、と言う言葉を飲み込んで、僕は鍛錬場のほうを見た。
夕日に染まる金ヶ崎城の曲輪からは、未だに火槍の轟音と、「腰が浮いておるぞ弥五郎!」「景紀、手が震えておるぞ!」という軍神サマの容赦なき怒号、そして二人の悲痛な呻き声が響き渡っていた。
「…だがアレは中々に大変だな。」
鬼鍛錬の被害者であるが、朝倉景紀だけではなく毛利高広も増えてしまった。
…が、頑張ってくれ!
「…ところで話が変わるが、今越後の情勢はどうかな?」
「ええ、いま我が越後ですが…」
久々に顔を合わせた良い機会だからな。
僕の質問に、上杉定長が越後の情勢を説明し始めた。
曰く、越後にいる国人達、とりわけ揚北衆に対しては硬軟使い分けて対応していたらしい。
結果、多くの国人領主が越後守護上杉家に恭順してくれたそうだ。
「唯一の懸念点はやはり、佐渡に逃れた先代様、上杉定実ですね。」
「…羽茂本間家に身を寄せてるんだっけな?」
「義父上は羽茂御所と呼ばれているようですよ。」
「それは面倒な事だな。…上杉家として対策は考えているのか?」
「当家をしては雑太本間家と同盟し、足がかりを作っております。」
ふむ、このあたりは二年ほど前に入手した情報と変わらないか。
「なるほどな。…ではこの上洛から帰ったら北山協定として支援を致そう。」
「ほう、支援とは…?」
上杉定長が身を乗り出してきた。
「北山協定として水軍を組織したことは知っておろう?」
「…何やら大型船を建造したと言う?」
「左様。それに載せる新兵器…先程言ったもう一つのモノが配備された。それが搭載された旗艦『七尾』とその麾下の艦隊を佐渡へ派遣しよう。」
「なるほど…」
僕の言葉に、上杉定長が幾分不安そうな表情になった。
「…しかしそれは我が義父上との戦を覚悟せねばならぬと言う事ですな。」
なるほどな。
この上杉定長という男は基本的に優しい性格なのだろう。
(強硬な者は別として)国人衆を一方的に力で従わせなかったのもそのためか。
「貴殿の悩みは分かるが、それは俺に任せてくれるか。まずは新兵器にて上杉定実殿や羽茂本間に盛大な花火を見せるだけよ。まぁそれでも向こうが降伏せぬと言うのであれば、その時は諦めてくれ。」
「…長職殿、まっこと感謝いたします。」
上杉定長が頭を下げて来た。
そして表情を少し柔らかくすると、再び麦湯を口に含んだ。
窓の外からは、「手が震えておるぞ!」という軍神サマの怒号が響いていた。
あちらはどうも、相変わらずだな。
…頑張ってくれ!!
越前での合流編後編です。軍神サマの鬼軍曹ぶりを出してみました! 次辺りは上洛軍の京到着かその間の話かなと思っています。




