第二百話
一五三六年九月上旬 越前国・敦賀港
他方、神保軍を主力とする北山協定上洛軍は越前・金ヶ崎城に集結していた。
ここにいるのは神保軍千五百、敦賀朝倉軍千、上杉軍八百という陣容であり、港周辺には各家の旗印が靡いていた。
ここで必要な補給と休息を行った後、陸路・若狭経由にて洛中のすぐ裏庭にある、京鳴滝城を目指すことになるだろう。
さてこの敦賀港を見下ろす城・金ヶ崎城には各家の錚々たる顔ぶれが集まっていた。
我が神保家からは僕・神保長職と侍大将の遊佐総光だ。
遊佐総光の指揮下に置いて十分な訓練を行った黒備えの神保軍は、まさに精鋭軍と呼んでも良いだろう。
敦賀朝倉家からは当主の朝倉宗滴と義息子の朝倉景紀。
上杉家からは当主の上杉定長だ。
上杉家軍師である宇佐美定満は留守居として春日山城に残っているようだ。
…まぁ越後国内は佐渡情勢を含めて予断を許さないから仕方ないかな。
「長職殿、いえ、近衛少将殿!ご無沙汰しております!!」
上杉定長が晴れやかな笑顔で僕に話しかけて来た。
うーむ、上杉定長に会うのは本当に久しぶりな気がするな。
越後国内情勢も鑑みて、新兵器説明会には呼んでいなかったからな。
「おお、定長殿!元気そうで何よりだ。」
そう、史実と違い、上杉定長(長尾晴景)は健康だ。
かつて我が越中の薬を惜しみなく贈ったことにより、病弱な彼はもういないと言う事だ。
もちろんそれは打算的な思いもあったわけだが、隣国の大名が二心無き盟友になったのは代えがたいものになるだろう。
「定期的に送って頂いている薬のお陰ですよ。…もう長職殿、いえ、近衛少将殿には頭が上がりませぬよ。」
「ハハハ。そんな他人行儀に官位で呼んでくれるな。そう呼ぶのなら、俺は貴殿を道一丸、と幼名で呼んでしまうぞ?」
「う、わぁ!それは恥ずかしいからやめてください! もう、長職殿にはかないませんね…」
上杉定長とはもう十五年来の付き合いだからな。
他家の当主とは言え、軽口を言い合える間柄だ。
二人で談笑しながら金ヶ崎城に登城し、この城の主である敦賀朝倉家当主、朝倉宗滴が待つ広間へと向かった。
さてこの金ヶ崎城であるが、敦賀湾の東側に突き出た小高い山に作られた城で、対となる天筒山城と合わせて防衛を行う要害となっていた。
史実と異なる点は越前を掌握した朝倉宗滴が多分に漏れず、北山協定に加盟した事による経済発展の資金を使い、天筒山城と合わせて城下に金ヶ崎城の総構えの城郭を構築したところだ。
治水目的も含めての水路も整備し、災害対策にも余念がない。
さすがは朝倉宗滴公といったところか。
史実を考えれば(規模こそ敵わないものの)これほど見事な総構えと水路を備えた城郭都市としては後北条氏の小田原城が思いつく。
この整備された城郭都市があるからこそ、北山協定としての畿内方面への水運の玄関口としての機能が果たせるという訳だ。
事実、北山協定に関わる分で水運で運ばれてくる物資は全てこの敦賀に集積し、畿内に運び込んでいた。
氷見も港湾整備で負けてはいないが、畿内からは遠いからな。
「ガハハ! 少将殿、上杉殿、よくぞ神速で参られた。相変わらず二人の距離の無さは、見ていて実に微笑ましいのう。」
広間の襖が開くと、そこには特等席でよく冷えた麦湯を啜りながら、軍神・朝倉宗滴が出迎えて来た。
傍らには義息子の朝倉景紀が控えていた。
「宗滴殿は相変わらずお元気そうですね。…そうそう、北山式火槍での訓練は如何ですか?」
「なかなかどうして、アレは難しいものよ。儂は何とか的に当てられたが、景紀めは苦戦しておるようだわい。」
朝倉宗滴が豪快に笑いながら言った。
「いや、何でもできる義父上がおかしいのですよ。」
「鍛錬が足りぬのだよ、馬鹿者。」
「あいたっ!」
朝倉景紀が義父にひっぱたかれた。
これにはさすがに理不尽だ。
ほぼ同い年である朝倉景紀に同情を禁じ得ない。
この二人は血が繋がらない義親子であるが、相変わらず仲が良いみたいだな。
「長職殿、その北山式火槍と言うのは?」
上杉定長が僕に向けて質問してきた。
ああ、そう言えば新兵器の説明会は呼んでいなかったからな。
「そうだ、定長殿には内政に掛かりきりの時期があったから、まだ見せていなかったな。実は越中で新しい兵器を二種開発していてな。北山式火槍…これは明国の鳥銃と言う、火薬を持って鉛の弾丸は発射するもので、一部量産を開始しているんだよ。」
「ほう…。それは此度の上洛にはお持ちなのですか?」
「うむ。敦賀港に停泊している我が神保家の船で五十挺程持ち込んできている。」
「…それは我が上杉にもいずれ回して頂けるのでしょうな?」
上杉定長が鋭い目つきになった。
上杉定長は僕にとっては後輩みたいなイメージだが、やはり一国の指導者はスイッチが入ると違うな。
史実での評価が嘘のようだ。
「そうだな。朝倉家には十五挺程引き渡し済みだから、いずれは定長殿ら上杉家にも同量の供給は可能だ。…無論、無料という訳にはいけないけどな。」
「そうはもう…、是非お打ち合わせさせてください。ところでまずはその、北山式火槍の性能を見たいのですが。」
「それもそうか。…宗滴殿、この後射撃訓練は出来ますかな?」
僕は朝倉宗滴の方を見た。
「うむ、そうじゃな。この鍛錬が足りぬ義息子の訓練も兼ねて実施するとしよう。」
朝倉宗滴は朝倉景紀の頭を扇子でピシャリと叩いた。
ううむ、同情するな。
こうして僕たちは冷たい麦湯の器を置き、広間から廊下を渡ってすぐ裏手にある、城の曲輪の一角に作られた射撃調練場へと足を運ぶこととなった。
そこは海風が吹き抜ける断崖沿いの曲輪であり、恐らく射手の立ち位置と思われる線が引かれたいくつかの場所には防護柵や狭間が開いた木盾などが設置されていた。
「宗滴殿、あれは…?」
僕はその防護柵や木盾を指さした。
「うむ。越中から購入した北山式火槍を儂なりに研究してみたのだ。」
朝倉宗滴は配下に射撃準備させていた北山式火槍を手に取り、その場で構えた。
ガァァァン!!
激しい音と共に射出された弾丸が一撃で的に穴を開けた。
な、なんだこの人は!?
北山式火槍を引き渡してそれ程期間は経っていないと言うのに、ここまでの射撃技術を身につけているのか!?
しかも先程の射撃位置よりも遠くから的を捉えたぞ?
うーむ、こりゃ本当に朝倉景紀が気の毒と言うものだ。
「こいつは確かに射程距離や威力、射出速度は凄いが、最大の弱点は次の弾を射撃できるようになるまでの時間よ。故に、射撃準備中は無防備になってしまう。」
鋭い指摘だ。
それ故にかの有名な織田信長はあの作戦を…。
「その間に、敵の接近を許してはならぬ。その為には敵の騎馬などの接近を妨げる防護柵の設置や直衛の兵が必要だな。あわせて火槍部隊には切れ間無く射撃が出来るような、射撃役・装填役・物資運搬役等に分業してこれに当たる事が必要じゃな。」
…なんと、この軍神サマは自力でそれを思いついたと言うのか?
まさにこれは三弾撃ちそのものと言えるでは無いか。
「…と考えた訳だが、どうじゃ? 近衛少将殿よ。」
「あ、いや完璧と思います。」
うむ、ぐぅの音も出ないよほんと。
もし史実でも織田信長よりも早く、朝倉宗滴が火縄銃を手にしていたら、越前を取り巻く歴史も変わったかもしれないな。
「それは私も撃ってみる事は出来ますか? あ、出来れば我が配下にも経験させたいのですが!」
上杉定長が目を輝かせながら僕に話しかけて来た。
「ああ、それはもう。人選して連れて来てくれるかな?」
「はい!すぐに!」
僕の答えを受け、上杉定長が嬉々としてその場を離れて行った。
そして少しして、一人の若侍を連れて来た。
「お待たせしました。ここに連れて来たのは我が配下で此度上洛軍に部隊長として連れて来た、毛利弥五郎です。おい!」
上杉定長に促され、毛利弥五郎が一歩前に出た。
「…某、上杉定長が家臣、毛利弥五郎高広と申します。皆様にお会いでき、恐悦至極にございます!」
毛利弥五郎がうやうやしく一礼した。
…毛利…高広?
越後で毛利ってもしかして!?
朝倉宗滴であれば思いつきそうだなと思いました。毛利高広に関しては、お詳しい方はすぐにお分かりになりますね!




