第百九十三話
一五三六年六月 京・柳原御所
室町幕府の最高中枢である柳原御所の一室。
ここには室町幕府の長たる征夷大将軍・足利義晴を筆頭に、その義兄である近衛稙家、そして幕臣達が控えていた。
彼等の雰囲気は一様に重苦しいものであった。
その原因は左近衛少将・神保長職からの書状にあった。
「…おい、誰かその書状を読み上げよ。神保が何と言ってきたのか?」
幕臣の一人がこの空気を切り裂く様に口を開いた。
この人物は摂津某と言い、政所の執事を務める男だ。
「は、は…。しかし…」
命令を受けた実務方の若い幕臣が、ガタガタと手元を震わせていた。
その手元には少し皺になった書状が握られていた。
一度内容を見たこの幕臣は、内容を主へ伝えるのに恐怖していたのだ。
「…何を躊躇っておる、早く読まぬか。」
摂津某が鋭い口調で再び指示を出した。
若い幕臣が主に目をやると、足利義晴は静かに瞑目していた。
「…は、ははっ。恐れながら申し上げまする。」
若い幕臣は震える手で書状を広げた。
書状の内容はこうだ。
『京の町を護るべき侍所の長たる公方様におかれましては、日頃の治安維持、まっこと御苦労様にございます。今年の秋頃には帝の即位礼が執り行われる事を、臣下の者としてたいへん喜ばしいものと認識をしております。ついては我ら禁裏を守護する近衛府として、万全の準備を以て御所の警護を行うことといたしました。政所の皆さま方はこの厳しい情勢においてたいへん苦労されている様子でありますから、これ以上公方様のお手を煩わせぬよう、我が近衛諸侯連合の精鋭を率いて参りますれば、なにとぞ御安心いただければと存じます。なお洛中の治安維持に関しては新設された、京都見廻組の力も存分に活用なされませ。では皆さま方の益々の活躍を祈念申し上げます。左近衛少将・神保長職。」
幕臣がそこまで読んだ時点で、広間は氷ついたような静寂に包まれた。
書状の筆跡は、これ以上ないほど流麗で雅な、京の公家顔負けの美しい墨跡。
どうやらこの書状は長岡六郎(この時点では細川高国の養嗣子・細川永元となった事は公にしていない)が書いたものらしい。
だが表面上はどこまでも親切で丁寧な顔をしながら、その中身は足利将軍家を愚弄する、実に慇懃無礼な『上洛の事前通知』であった。
「……おのれ神保め、どこまで我らをコケにすれば気が済むのだ!」
幕臣の一人が大きな声を上げた。
それを皮切りに、この場は幕臣達の怒りの声が木霊した。
しかしそれは同時に、彼等にとって何も策を持たない事も意味していた。
「…み、皆さま方、落ち着きなはれ! 田舎侍の無礼な戯言など、破り捨ててしまえばよろしいもの。」
近衛稙家が必死にこの場を収めようとした。
いつものお上品で澄ました余裕はどこへやら、稙家の声は明らかに焦りに震えていた。
彼はすがる様な視線を義弟である足利義晴に向けた。
「…右衛門佐よ。ここまでするか。」
足利義晴が小さな声を絞り出すように言った。
彼が右衛門佐を呼ぶのはそう、神保長職の事であった。
今から十年ほど前に、今後の合力を期待して右衛門佐の官位を斡旋した。
足利義晴にとって、神保長職は信頼すべき若き武将であり、室町幕府の権威を取り戻すための忠実な臣下となるはずだったのだ。
十五年程まえには越中に下向し、越中の発展に目を見張ったものだった
その手腕を、ずっと足利幕府の為に使ってくれるだろう。
神保長職が近衛少将に任官された今においても、足利義晴にとっては右衛門佐であったのだ。
だが、かつて自分を助けてくれると信じていたあの右衛門佐は、幕府への明らかな敵対を避けるため、直接の派兵こそしなかった。
しかし裏で細川高国へ物資を融通し、実質的に高国派閥を強力に支援し続けた。
さらに恐ろしいのは、神保長職が越中の隣国・加賀に根付いていた加賀一向一揆を平らげてしまったことだ。
一向一揆の壊滅――。
それは、公方方が細川高国に対抗するための強力な支援組織である『本願寺派の巨大な軍事力』を、大幅に削がれてしまったことを意味していた。
無論畿内にいる同勢力の力が皆無になってしまったわけでは無いが、それでもかなりの打撃を受けたことは確かだ。
「…その書状にはまだ続きがあるのだろう?」
足利義晴は先程の幕臣に対して静かな声で言った。
「は、ははっ…!それは…」
「如何なる内容だ?」
「も、申し上げまする…!」
幕臣が書状に目を落とした。
書状の続きにあったのは、『即位礼の警護』の陣立ての内容であった。
一、神保近衛少将長職軍:二千。
一、敦賀朝倉軍:千。
一、能登畠山軍:五百。
一、越後上杉軍:八百。
これに、道中で合流を請うべき北近江の浅井五百、および姉小路飛騨国司二百を加えた『北山協定』連合軍。
「ご、五千だと…!?」
近衛稙家はガタガタと歯の根を鳴らし、持っていたお茶の器を取り落とした。
畳の上に、冷たい茶が虚しく広がっていく。
この時代、これほどの大軍勢が京の街中にいることは考えられない。
帝のおわす場所に軍勢を送るなんてことは普通あり得ないし、そもそも各地の大名は自国の統治が最優先だからだ。
かの神保長職は武力で京を制圧する気はないと神保はわざわざ断ってきている。
だが、朝廷の近衛府という完璧な大義名分をまとった五千の大軍が、柳原御所の目と鼻の先に整然と展開しようと言うのだ。
「フ、流石だ、右衛門佐よ。いや、今は左近衛少将か。」
足利義晴は首を振りながらそう呟いた。
足利義晴はここで初めて、神保長職の現在の官位を呼んだのだった。
認めたくない事実。
いや、もう分かっていた事であるがただ認めていなかった事実。
それはもう、神保長職は自分の手から離れてしまった、そういう事なのだ。
「…公方様。彼奴らは五千の兵をどこへ駐屯させる気でしょうか。洛中には、それほどの大軍を受け入れる広大な屋敷など残ってはおりませぬぞ。」
摂津某が恐るおそる投げかけたその疑問に、足利義晴はハッと我に返り、再び書状の文字を睨みつけた。
神保長職は上洛するときには、能登畠山家の屋敷を使っていた筈だ。
それなりに格式のある屋敷の筈だが、当然大軍を駐屯できる場所ではない。
お抱えの狩野屋についても、大店であっても所詮は商人でしかない。
細川高国の別邸等も、二百がいいところだ。
「その、京都見廻組とやらの役宅が建築中なのでは?」
「いやあれはあくまでも五百が最大と聞いているぞ。」
『京都見廻組』の計画詳細については、関白などから情報共有が行われていた。
手の者にて視察させたが、確かに神保家が関与しているものの計画と差異があるほどでは無かった。
ではいったい何処に…?
「摂津よ。」
「ははっ!」
足利義晴が摂津某を呼んだ。
「帝の即位礼まで多くの時間がある訳ではない。左近衛少将らがもし五千もの兵を送ってくるならば、既に軍を駐屯させる場所の準備をしていなくてはおかしい。余の名前を如何様に使っても構わぬ。方々へ情報を集める手配りをせよ。」
足利義晴の命令は、実に現実的なものと言えよう。
衰退しているとはいえ、未だに一定の権威を持つ、足利将軍家である。
前述の通り本願寺は未だ公方に味方をしているし、大名家や御供衆の中でもまだ味方をしてくれる諸将がいるはずだ。
それらの諜報機関もフル活用しようと言うのだ。
「ははっ、直ちに。」
摂津某は一礼すると、足早に部屋を退出していった。
足利義晴は決して、暗愚なだけの君主では無かった。
ただ若き頃に征夷大将軍に就任し、その背後にいた幕臣・老臣が幅を利かせてきたわけだ。
その一部は退場していき武家の棟梁としての自覚が出てきたことには、のっぴきならない事態になってきていたと言うだけだ。
しかし彼の根底にある、武家の棟梁としての意地。
今更白旗を上げるわけにはいかないのだ。
それを正確に認識できている者が、この部屋の末席にいた。
三淵尚員。
史実では三淵晴員となっていた筈のこの男は、一時期とある幕臣の策略で失脚してしまっていた。
その幕臣が死去してから申次衆として復帰していたのだが、それも閑職に追いやられている状況であった。
…彼はかつて主、足利義晴と共に越中に下向しその様子を見、将来才覚が活かされることを期待していた。
だが、それが実現される事は無いかもしれない。
目の前の主は、かつて越中で真新しいものを目にした時、キラキラと目を輝かせていた少年では無くなってしまったのだから。
幕臣達が議論を交わす中、三淵尚員はそっと部屋を退出した。
主を含め、それに気付くものは誰もいない。
三淵尚員は闇夜に紛れ、御所から出奔したのであった。
文中の通り、足利義晴は暗愚では無い、ある意味悲しみを背負った君主であるとの設定にしています。だからこそその意地を掛けて、ある程度神保長職などに抵抗しようとするでしょう。




