第百九十一話
一五三六年六月 越中城ヶ崎城
京の北山にて建築奉行・逆井徳次郎城正が『京鳴滝城』の屋台骨を爆速で組み上げ、飛騨の姉小路直頼が緩やかな一統を成し遂げていた、まさにその六月。
神保家の本城である・城ヶ崎城の広間でも、秋に行われる後奈良天皇の即位礼に向けた準備が行われていた。
「御屋形様。能登の畠山義総様、越後の上杉定長様、ならびに敦賀の朝倉宗滴様より、即位礼供奉の軍勢編成に関する書状が届いております。」
「うむ、ご苦労。」
近習の狩野弥五郎職信が差し出してきた何通もの外交書状を、神保長職は上機嫌で受け取った。
各家からの書状には秋頃に行われるであろう後奈良天皇の即位礼について、北山協定同盟軍として派兵の準備があると記されていた。
飛騨の姉小路や北近江の浅井への要請はまだこれからだが、おそらく協力してくれる事だろう。
「ハハ、上々だ。これだけの顔ぶれが朝廷の、近衛府の要請の元に一斉に上洛するのだ。公方様や左大臣様共も、さぞや柳原御所で冷や汗を流していることだろうな。」
そう、僕は近衛少将の職務として兵の派遣を行うのだ。
北山協定同盟各家の軍は、その要請に応えたという訳だ。
ここで近衛府の職務について軽く触れておこう。
近衛府とは、古くから帝の身辺を警護し、内裏の守衛を担う朝廷直属の軍事組織である。
武家が勝手に兵を動かせば謀叛の咎めを受けかねない乱世において、近衛少将である神保長職が『御所と即位礼の警護のため』として兵を洛中へ町入れすることは、室町幕府も文句を言えない、『大義名分』となる訳だ。
今回集結する北山協定の軍勢は、まさにその近衛少将たる長職の公式な要請に応じた『正規の近衛軍』として京へ入るのだ。
「御屋形様、お呼びでございましょうか?」
姿を現したのは我等が神保家の侍大将、遊佐右衛門佐総光だ。
「うむ、お前を呼び出したのは他でもない。秋頃行われるであろう、帝の即位礼の準備を進めていてな。我等はその警護として京へ兵を向かわせることになる。」
「…ふむ。」
「ついてはその陣容を考えたいと思ってな。」
「それ故、儂を呼び出されたということですな。」
遊佐総光が深く頷いた。
そして少し考えを巡らせるように上を向くと、おもむろに口を開いた。
「さすればこの様な陣ぶれは如何でございましょうか。詳細については各家と詰める必要はありましょうが…」
遊佐総光が語り始めたのはこうだ。
・まず我が神保家からは黒備えの常備軍、総勢二千。
その他同盟各家から
・敦賀朝倉家が千。
・上杉家が八百。
・能登畠山家が五百。
・浅井家が五百。
・姉小路家が二百。
北山協定軍、総勢五千と言うものだ。
この五千と言う数はまさに絶妙な数字である。
例えば万を超えるような大兵力で上洛すれば如何に大義名分があろうとも、無用な疑念を持たれるかもしれない。
五千であればそれを回避できようし、それでいて公方派うかつに手を出せるようなものでも無い、と言う事だ。
「…さすがだな、総光。まっこと素晴らしい陣立てだな。」
僕は満足そうに深く頷くと、不敵な笑みを浮かべて手元の机をトントンと叩いた。
「だがな総光。俺は今回、我が軍の中に北山式火槍(鉄砲)を五十、さらに試作が成った龍筒五門を装備した部隊を編成しようと思う。」
「なるほど、ついにお披露目されると言う事ですな?」
「指揮官はそうだな。狩野三郎(慶広)を充てようか。あやつは弓兵であるが、いずれは配置転換を考えているのでな。」
狩野三郎慶広は狩野屋先代当主、伝兵衛宣広の武家としての養子であり、その後を継いでいた。
弓の名手であった彼は以前の越中国内の戦で武功を上げ、遊撃隊たる弓騎兵の指揮官を務めていたのだ。
「なるほど、三郎ですか。あやつの目の良さと、標的を射抜く冷静さがあれば、未知の兵器たる火槍や龍筒の力、十二分に引き出せましょうな。」
遊佐総光は深く納得したように、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「そうだ。俺は京を武力制圧する気など毛頭ないが、柳原御所の公方様や本願寺らを牽制するには十分すぎるものとなるだろう。…何しろ得体のしれない得物を持った軍が京の町に現れるのだからな。」
「恐れ入りました。これでは戦う前に、公方様方が冷や汗で水浸しになりますな!ああ、それと、恐れながら一つ具申致しますが…」
「む、何だ?」
「京の町を護るべき侍所の長たる公方様らに、我等禁裏を守護する近衛府として五千の兵を上洛させ、万全の準備にて帝の即位礼の警護を行うと通知して差し上げましょう。」
「ふ、フハハハハハ!」
遊佐総光の提案に、僕は思わず大笑いしてしまった。
「……クク、ハハハ! 面白い、それはまっこと面白いぞ総光! よし、すぐに柳原御所の公方様へ宛てて、最高に慇懃無礼な上洛通知の書状を認めろ。ああ、弥五郎よ。我が神保家中で最も達筆な者は誰だったかな?」
僕は横にいる狩野弥五郎に視線を向けた。
「達筆…であれば、六郎(細川永元)殿になりましょうな。」
「ハハハ、六郎か。…そうだな。あやつは京の出身で雅で生意気(褒め言葉)なやつだからな。嫌味、もとい、トンチが利く者でもあるしな。あやつであれば最高な書状を認めてくれることだろう。よし、六郎を呼びだし、早速作業に当たらせろ。」
「もとい、になっていない気もしますが承知いたしました。」
狩野弥五郎は一礼すると、部屋を退出していった。
「…さて、総光。」
僕は扇子を開くとパタパタと自らを扇いだ。
「六郎に最高に雅でえげつない書状を認めさせている間に、我らは秋の上洛に向けて万全の準備を進めなければならない。それについてはお前に任せられるか?」
「勿論にございます。帝の即位礼に対し無礼に当たらぬ様、十分に訓練に励みましょう。」
「必要なものは狩野屋に準備させよう。遠慮なく言う様に。」
「承知いたしました。…ところで兵はどの行路にて上洛させまするか?」
「それは考えてあってな。」
僕は地図を広げた。
もちろんこの地図は時代相応の簡易的なものでは無いぞ。
後々の伊能さんには謝らなくてはなるまいが、そんなことは知った事では無いのだ。
「現在京の北部に建設中の砦がある。ここは現在逆井徳次郎に命じ急ピッチ、いや突貫で建設を進めていて、報告では七月中か、遅くとも八月半ばまでには数千の兵が駐屯させられる準備が整う。行路としては若狭経由で行くことになるだろう。」
「なるほどですな。若狭の武田様とのお打ち合わせは?」
「それについては、すでに手が打ってある。」
僕は精密な地図の、越中から若狭、そして京へと至るラインを指でなぞってみせた。
「若狭武田家は正式な加盟国では無いが、我が同盟国である敦倉朝倉家と深く結ばれている。宗滴殿を介して『帝の即位礼をお守りする正当な近衛軍を通すため、道を開け、兵糧の補給に協力してほしい』と要請すれば、表立って拒否はできぬだろ。……いや、拒否するメリット、利点がそもそも無いのだよ。」
「と、おっしゃいますと?」
「五千の兵が若狭の街道を通る間、その兵糧や物資については、狩野屋に現地で調達させる計画だ。若狭の領民や商人共は大儲け。武田殿の懐も相当に暖まろう。」
丹後の一色等と争う若狭武田は大いに喜ぶ事であろう。
若狭武田を我等北山協定に加えても良いのだが、他国と係争中のままでは今のところそれは無いかな。
まぁ、情勢が変わる可能性はあるけどな。
「なるほど、それであれば武田様も喜んで協力なされる事でしょうな。」
「よし、方針は決まった。総光はすぐに常備軍二千の調練にかかれ。俺の方はすぐに飛騨の姉小路国司殿、および近江の浅井殿への連絡準備に取り掛かろう。」
「ははっ!!」
遊佐総光が平伏した。
現状、準備は順調である。
後奈良天皇の即位礼に向け、神保家は急ピッチで準備に取り組んでいくことになるだろう。
後奈良天皇の即位礼と言えば、史実では実に寂しいものであったようでした。
この小説においては状況がかなり違う事ですし、北山協定以外に公方も参加するとは思いますが、史実のそれと違った形になりそうですね。




