第百八十五話
一五三六年四月下旬 京都・禁裏内裏
越中の城にて無礼講の宴が行われたのと同じ月の末頃。
静寂が、この部屋の中の空気を重く支配していた。
そこは天下を統べる戦国大名たちの城郭のような、金銀の箔に彩られた派手さなどどこにもない。
いや、まだこの世においてはそこまでの将はいないものの、力を持ったものは自身にハクを付けたがるものだ。
しかしここは長い困窮の歴史を物語るかのように、調度品すらも最低限のものしか置かれていなかった。だが、室内に満ちる目に見えぬ「権威」の重圧だけは、いかなる武家の天守閣をも圧倒していた。
部屋を照らすのは、わずかな灯明の炎だけだ。
火がパチパチと小さく爆ぜて揺れるたび、壁の向こうで男たちの影が怪しく蠢いていた。
本来であれば帝と臣下の間に掛けられるはずの「簾」すらも、この夜の密室には用意されていない。
「…以上が、すべてにございます」
パチリ、と静かに手元の帳面を閉じたのは、内蔵頭・山科言継であった。
内蔵頭とは朝廷の財政を司る責任者だ。
その任にある山科言継は後奈良・正親町両天皇下で逼迫した財政の建て直しを図っていた。
当時の朝廷財政の収入の多くを諸大名からの献金が占められており、彼はまさにその献金獲得のために各地を奔走してきたのだった。
その視線の先――上座には、四十一歳になるこの内裏の主、後奈良天皇が身じろぎもせず静かに座しておられる。
「越中の近衛少将から届けられた献金、数千貫文。これにより、長年の悲願でありました帝の『即位礼』の資金、ついに過不足なく揃いましてございまする。」
言継が畳に額を擦り付けるように深く頭を下げて報告すると、部屋に集まった関白・二条尹房、左大臣・近衛稙家、そして現職の武家伝奏である広橋兼秀の間に、一瞬だけ安堵の息吹が流れた。
金のない朝廷が、長年待ち望んでいた瞬間であった。
「左様か、内蔵頭。ふむ、これは近衛少将には礼を言わねばなるまいの。」
後奈良天皇がパチンと優雅に扇子を閉じた。
「それはありがたきお言葉にございますな。近衛少将もいたく感激することでしょう。」
そう言いながら、広橋兼秀が、滑らかな所作で一歩前に出た。
その手には、神保家から届いたもう一通の書状が握られている。
「……なれば帝、近衛少将は、その感謝の言葉を『もう一つの請願』という形で受け取りたいようでございまする。」
兼秀が畳の上にその書状を広げる。
そこに書かれていたのは、「京都見廻組の設立」についてだ。
「これは我が義娘の夫である三好弾正忠が推敲したものでございます。…おそれながら弾正忠は京の治安の悪化に心を痛めており、帝の忠実なる臣としてそれを改善すべく、この請願を書き上げてございます。」
「なりませぬ、なりませぬぞ!!!」
これまで黙って深く頭を下げていた左大臣・近衛稙家が、弾かれたように額を上げた。
その顔は、焦燥と危機感でわずかに引きつっていた。
「帝! 騙されてはなりませぬぞ! 京の静謐を守るのは、代々、将軍家の領分にございます! それを、広橋卿の身内たる三好弾正忠と越中の神保近衛少将が手を組み、兵を率いて京に入り浸るなど……! これは治安維持などという生易しいものではなく、将軍家を京から排斥し、朝廷の周囲を身内の武力で固めんとする、広橋卿の野心にございまする!」
近衛稙家は畳に両手を突き、帝に向かって必死に直訴した。
将軍・足利義晴の義兄である彼からすれば、この『京都見廻組』は、幕府の権威を根底から覆す、恐るべき包囲網に見えていた。
しかし、その必死の抗議を、武家伝奏・広橋兼秀は冷ややかな一瞥だけで受け流した。
「これは異な事を申されるな、左大臣様。」
広橋兼秀はそう言うと姿勢を正した。
「近衛少将は相当な額を朝廷へ献金し、帝への忠義を見せておられる。この『京都見廻組』は確かに最初は近衛少将らの力を借りるものでありますが、早々に現地にその権限を委譲するものですぞ? …そもそも左大臣様、その京の静謐を守るべき幕府の侍所は、今、一体何をしておられるのか、わたくしには皆目分かりかねまするが?」
「ぐ、うぬぬ…」
広橋兼秀のこの手厳しい言葉に、近衛稙家はひたすら唸り声を上げるしか無かった。
冷徹な姿勢で話をする広橋兼秀と色を成して抵抗しようとする近衛稙家の様子を見て、関白・二条尹房は静かにため息をついた。
「…時に内蔵頭。」
「はっ。何でございましょう?」
「神保…近衛少将からの献金がなければ、我が朝廷の金庫はどうなる?」
「はっ」
待ってましたと言わんばかりに、山科言継が手元の帳面を再びトントンと叩いた。
「もはや一文もございませぬ。即位礼どころか、来月の内裏の修理も、明日の帝の御膳の調達すら危うい状況にございまする。この内裏をご覧くださればお分かりになるでしょう?」
山科言継の突きつけた容赦のない現実に、近衛稙家はぐっと言葉を詰まらせた。
「…西国の大内も、近々は献金を致しませぬ。神保家を拒絶するということは、朝廷の首を自ら絞めるに等しきこと。左大臣様、幕府が神保家の代わりに数千貫の金を、今すぐここに積んでくださるならば、わたくしも喜んで見廻組の件、突っぱねてみせますが?」
「そ、それは……」
近衛稙家は畳を睨んだまま、それ以上は唸ることしかできなかった。
言継の言葉に、一同は黙り込むしか無かった。それは、主たる後奈良天皇も同様であった。
後世に伝わるように人々の安寧を願い、天皇としての強い責任感を持った帝は、自身の無力さと、神保家を頼らざるを得ない苦渋を静かに噛み締めるしか無かった。
「のう、関白よ。」
後奈良天皇が静かに口を開いた。
「近衛少将は二心あるように見えるかね?」
「それは難しき問いを臣に下さいますな…」
二条尹房は少し上を向いた。
そしてぐるぐると思考を巡らせ、再び主たる帝へ視線を戻した。
「…おそれながら。武家という生き物、多かれ少なかれ誰もが己の野心のために動くものにございます。それは近衛少将とて例外ではございますまい。」
「関白よ。朕のみが飢えるのであればそれでも良いのだ。だが長き歴史のあるこの内裏ですらこの有様では、民の苦境も極まりないものと言うもの。」
「帝…」
帝のあまりに慈悲深く、そして痛切な御言葉に、二条尹房をはじめ、広橋兼秀も山科言継も、深く胸を打たれて再び畳に平伏した。
猛反対していた近衛稙家すらも、それ以上は言葉が出ない。
二条尹房は、帝の大御心に応えるように、静かに、しかし力強く言葉を紡いだ。
「近衛少将は朝廷の権威を、そして帝の即位礼を誰よりも重んじ、莫大な金を積んだ。その忠義に嘘はございますまい。なればこそ、この請願はお受けすべきにございます。」
「うむ。朕もそう思う。」
後奈良天皇は深く、確信を込めて頷かれた。
手元の扇子を優雅に膝の上へと置き、眼前の公卿たちを見据えた。
「…仮に近衛少将二心があろうとも、それで民の安寧が手に入るのであれば、その二心すら利用できねば天皇は務まらぬ。」
帝の口から漏れた、指導者としての底知れない凄みと強い覚悟に、二条尹房をはじめ、広橋兼秀も山科言継も、背筋に電流が走るような衝撃を覚えて深く畳に平伏した。
「……伝奏」
「ははっ」
現職の武家伝奏である広橋兼秀が、さらに深く額を擦り付けた。
「…長官は五位から、であったな? 人選は任せる。関白と相談し、良きに計らえ。」
「承知いたしましてございます。」
「近衛少将の請願を、公式に認める。京都見廻組の設立を許し、速やかに京へ呼び寄せよ。これ以上、我が国の民を戦火と飢えで苦しませるわけにはいかぬ!」
帝の気高く、絶対的な勅命が部屋に響き渡る。四人のお公家たちは声を揃えた。
「「「「ははっ。聖断、ありがたく存じまする」」」」
こうして、京都・禁裏内裏の薄暗き密室にて、歴史を大きく動かす『京都見廻組』の京進出が、正式に決定したのだった。
さてこの会議の少し後の事。
関白ら公卿が部屋を退出していく中、広橋兼秀は後奈良天皇から呼び止められた。
「のう、伝奏よ。」
「ははっ、何にございましょう?」
「朕の即位礼はおそらく秋頃に行われることになろうが、神保近衛少将も上洛してくるのかの?」
後奈良天皇の問いを受け、広橋兼秀は一瞬押し黙った。
三好康長から聞いている神保長職の人柄について逡巡した。
通常、関白の言う様に『武家という生き物、多かれ少なかれ誰もが己の野心のために動くもの』の筈だ。
いや、近衛少将らが率いる同盟・北山協定は確かに支配地域を広げていた。
だがそれは野心的に広げていると言うよりは混乱を極めさせて来た一戸一揆を討伐し確かに敵対勢力には冷徹であるものの、味方となる者には寛大な処置をした結果だ。
神保家単独の所領は、驚くほどは増えていない。
つまり三好康長の評はこうだ。
『我が主殿は、田舎侍ではあるが、驚くほど家臣や民の想いを汲む優しき男。己の欲のために動くような御仁ではございませぬ』
ふむ、これを思い出すと、先程の左大臣との口論が恥ずかしきものに見えてくるものだ。
広橋兼秀は心の中で自嘲気味にそう呟くと、頭を下げたまま、静かに、しかし確信を込めて言葉を返した。
「己の私欲で切り取りを働く武将ではございませぬ。ただ民が豊かに暮らせるための『富と秩序』として、領地を大切に肥やしておいでになる、いささか変わった武将にございます。京の民を案じる我が婿の熱意に、男気で応じて大金を積むような男にございますれば、帝の即位礼というハレの日、必ずや真っ先に馳せ参じて上洛してまいりましょう。」
「ほう……変わった武将、の。」
後奈良天皇は、今度こそ心からの、穏やかで優しい笑みを浮かべられた。
「戦ばかりのこの世に、そのような民の富を想い、秩序を重んじる武将がおるとはな。……秋の即位礼、近衛少将と会うのが今から待ち遠しいものよ。」
帝のその楽しげなお言葉を胸に刻み、広橋兼秀は今度こそ深く一礼して、内裏の部屋を退出していった。
内裏での会議は、まぁ苦々しい顔で場を退出していった公方派の左大臣・近衛稙家の事もあったが、概ね良いものであっただろう。
公方や本願寺派の一向一揆らは態度を硬化させるかもしれないが、それは民の安寧のためには些細な事だ。
越中城ヶ崎城での大宴会から半月以上が経ち、京の禁裏でも歴史が動き始めたのだ。
あの夜、城のキッチンで「お祝い大将」と化して男たちに突撃していた酔っ払い女子たちの活躍については、帝や公家達は知る由も無かったのであるが。
後奈良天皇は民の安寧を祈っていた天皇陛下とありましたので、その設定を前面に出してみました。




