第百八十三話
一五三六年四月 越中城ヶ崎城
「さて次の話題だが…」
越中城ヶ崎城の大広間では僕・神保長職と家臣達の会議が続いた。
先程までは朝廷より神保家へ授与された官位の話であったが、
「他国衆、飛騨の三木殿に関してだ。飛騨守護代・三木直頼殿へ、由緒正しき公家大名『姉小路』の名跡継承、および従五位上・飛騨国司への任官の裁可が下りた。」
これは神保家への官位と並行して朝廷へ請願していたものだ。
何故他国衆に? という疑問もあるだろうが、それなりの理由があった。
「へぇ…、姉小路名跡とは…。なかなか渋いところを突いていくものだの、御屋形様は。」
長岡六郎…、もとい細川永元が頷きながら感嘆の声を上げた。
名門・細川の出である細川永元は、その意味に気付いているのだろう。
通常の武士が欲しがる『飛騨守』のような安っぽい受領名ではない。
姉小路とは、すなわち室町より続く正当なる飛騨の最高統治者、国司の名跡なのだ。
公方が任命する様な守護…まぁこの時代は京極氏が持っているものであるが、それをも超える権威を神保家の後押しで継ぐと言うこと自体が、公方への牽制になり得るのである。
また飛騨国内においても内ケ島や江馬ら国人領主よりも、三木が抜きん出た存在であることを知らしめることが出来る。
簡単に出来るとは思っていないが、戦無く飛騨が纏まっていければ万々歳だ。
まぁ史実においては姉小路良頼…この歴史においては三木四郎二郎嗣頼、が中納言まで上り詰めるわけだが、それよりも位階が下位である飛騨国司でも十分満足してくれるだろう。
さらに史実と違うとすれば、『姉小路直頼』が誕生したことだな。
飛騨国内においてもっとも力を持つ姉小路直頼がその”実”だけではなく”権威”も手にしたわけだから、姉小路は喜んで我が神保家に従ってくれるだろう。
この流れの目的は名目上は我が神保家と同じ『五位の同盟国』として他国への面子を保ちつつ、位階においては我が『正五位下』の下に敷き、実質的な主導権(保護国化)を達成すると言うものであった。
僕は大広間の席順でも後ろの方にいる、日頃から一番の実務の苦労をかけている若手の一人に視線を向けた。
「そこで、飛騨方面総代の小嶋六左!」
「はっ、御屋形様。某をお呼びと言う事は!?」
小嶋六左邦鎮がが居住まいを正した。
「うむ。引き続きお前には苦労を掛ける。三木、いや、姉小路直頼殿が正式に飛騨国司となられた暁には、我等北山協定へ加盟してもらう事になるだろう。」
「なるほど。…つまり今よりも”活躍して頂かなくてはならない”と言う事ですな?」
「…分かっているじゃないか。」
小嶋六左の答えに、僕は思わずニヤリと笑った。
やはりこの男は優秀だ。
前にも述べたが現在飛騨は民需・軍需問わず我等北山協定の工業において大きな位置にあると言える。
鉱山で採掘した鉛や鉄を製錬・加工を行い、それを越中に運んでいるのだ。
特に新兵器として開発した北山式火槍や龍筒の製造には不可欠となっていた。
この仕組みは当然神保家の資金によって調えられたものであるが、その過程には現地飛騨の民の力が重要だ。
「三木、いや、姉小路様は飛騨国司への任官、それはもうお喜びになられることでしょう。より一層の働きが期待できましょう。」
「そうだな。…だが働かせすぎるなよ? 四郎二郎嗣頼は越中に学びに来ておるし、胡桃殿は我が小三郎長教の嫁なのだからな。」
「心得ております。…ところで内ケ島殿は如何いたしますか?」
「まぁそれは…その方に任せる。」
「承知いたしました。良しなに対応しておきまする。」
もはや小嶋六左には深く語る必要は無いだろう。
内ケ島はひとまず現状維持、つまり飼い殺しだ。
このまま鉛や鉄を細工してもらい、税として納めてもらうだけだ。
まったく利益を与えていないわけでも無いし、反抗したらしたで処断してしまえばいいだろう。
協定に違反して税を滞納したのは内ケ島なのだからな。
「さて飛騨の件はここまでだ。次の話だがこれは重要でな。弥五郎(職信)、例の紙を皆に配ってくれ。」
僕の命を受け、近習の狩野職信らが家臣達に紙を配った。
これは在京総代である三好康長の請願を写したものだ。
「御屋形様、これは…?」
「これはな、三好孫七郎から請願があったものだ。孫七郎め、良く練られた案を書いて来たものよ。」
三好康長の請願。
それは京都の治安を守る現地警察組織、『京都見廻組』についてのものだった。
その詳細は前に述べたので省略するが、三好康長はこれを書き上げるために幾度も推敲したに違いない。
京の治安、それは応仁の乱以降荒廃していったと言って過言ではない。
ただ治安を守ると言うだけであれば、軍を派遣すれば良いと言う発想になると思う。
この僕、神保長職は左近衛少将に任じられたのだから、それを口実に派兵すると言う選択肢だ。
だが左近衛少将は帝と内裏をお護りする直衛の警護官であり、”京の町の治安”を守るのは本来の御役目では無い。
三好康長の弾正忠もそうだ。
それに加え、三好康長はそれだけでは足りぬ、と言ったわけだ。
「我等がただ軍を派遣するだけでは痒い所に手が届かぬ、それを解決するのが孫七郎の案よ。…これを読んで、皆はどう思うかな?」
僕は家臣達を見回した。
「御屋形様の仰る通り、これは良き…と言うか凄い案にござる。実質的には北山協定が支援するが、その実働は現地に任せるという訳ですな。…これは某には到底思いつかぬ。」
椎名康胤が紙をパシっと叩きながら唸った。
「ほほほ、儂もじゃ。侍大将の立場では常備軍の育成法なら考えつくのだがの。」
「おれはこの二点が凄いと思うぞ。京都見廻組への支援について、いずれは帝の臣である者全てが協同で行うべきものである。というのと、『京都見廻組』は既存官僚組織からは独立したものとする。…これだ。」
遊佐総光と細川永元も続いた。
そう細川永元が述べた二点は凄いことだ。
つまり帝がおわす京の治安を守るのは臣下全ての責務であるし、役に立たぬ(検非違使や侍所などの)既存の官僚組織とは一線を画すものにすると言う事だからな。
「…市兵衛。御用商人の立場からはどうか? 主に資金や物資の面だな。」
「はっ。朝廷の裁可さえ受けられれば初めは我等が全面的に資金出せば良いでしょう。それだけの貯えはございまするからな。…その後は帝の威光を持って周辺の商人からも資金を出させれば良い。それが出来ぬ、と言うならいずれまた朝廷が泣きついてこられましょうな?」
「そうだな。」
それはそれで我等は京への影響力を保持できると言うものだ。
「兼了。お前はどう思うかな?」
僕は大谷兼了の方を見た。
「そうですな。拙僧もこれは良き案であると存じまする。ご存知の通り京は法華衆等の僧兵も跋扈しております。…民を守るための兵を育成、展開する事は、それらへの牽制にもなります。」
そう、僧兵は自分たちの既得権益を守ろうとするだろうが、それでも大っぴらに京都見廻組に敵対する事は出来ない事だろう。
「よし、では孫七郎の案はこのまま承認する事とする。帝の即位礼も秋頃に執り行われるだろうしそれまでに曲がりなりにも発足できる様に準備を進めていくとしよう。ああ、それと庄五郎。」
「はっ。何でございましょう?」
「お前の奥方殿にも十分活躍してもらう事になるだろう。」
「は、はっ、しかし…」
「何か?」
「あ、いえ。承知いたしましてございまする!(とほほ、また梓殿がイキイキしてしまうな)。」
松波長利が何か小声で呟いた気がするが、聞こえなかったことにしよう。
「さて此度の会議はこれで終わりだ。詳細は追って沙汰致す故、各々指示を待つように。さ、この後は宴会だ。お前達は今日は泊っていくと良いぞ!」
「「「「ははっ!!!」」」
家臣達が平伏するのを見て、僕は満足そうに頷いた。
会議後半となります。それなりに重要な会議でした!!
三木氏が姉小路の名跡を手にするのは史実と同じですが、三木直頼が当主として姉小路を継いだのと、官位がまったく違います。ここでも史実からズレておりますね!




