第百八十二話
一五三六年四月 越中城ヶ崎城
京の都にてちょっとした捕り物と三好康長と紬とのイチャコラがあってから一カ月が経っていた。
我が神保家の本拠たる越中城ヶ崎城の最上階(本丸執務室)の障子を開けると、爽やかな薫風と共に、広大な有磯海の海原が青々と輝いていた。
ここは史実の阿尾城があったとされる、海へ大きくせり出た急峻な断崖の丘陵。
十四年前の一五二二年、この天然の要塞の築城にあたり、僕は現代知識を活かした工法を職人たちに命じていた。
城の部材フレームはあらかじめ建築資材の規格(枠組)を統一して別の場所で大量生産し、現地へ搬入して一気に組み立てるという『ユニット工法』を採用していた。
これは歴史的なもので見れば羽柴秀吉の墨俣城を参考にしたが、僕の現代での(詳細は語らないが)職業知識を活用したつもりだ。
この工法により我が越中城ヶ崎城の規模であれば十年は掛かるであろう工期を大幅に短縮し、文字通り鉄壁の近世城郭を完成させたのだった。
この越中城ヶ崎城は、のちの安土城のような荘厳に魅せるためのものではない。
しかし機能性や防御力において、私と職人たちの間で幾度も綿密な打ち合わせが行われた、まさに堅牢な軍事拠点として機能していた。
城の構造は、氷見の町や港湾施設、そして近隣の集落までを巨大な堀と土塁で遥か遠方から丸ごと囲い込んだ、日ノ本最先端の『惣構え』である。。
もし敵が攻めてきても最遠の城郭で進軍を強制遅延させ我が方の防衛部隊で迎撃するための、防衛計画も練られていた。
北山式火槍や龍筒が配備されれば、その防衛力は更に増す事だろう。
「ふむ、ここまでは上手くいってる…かな?」
僕はふっーっと息を吐いて机の上を見た。
机の上に並べられているのは、京の三好康長や各地の薬売りから届いた建白書や情報等が書かれている重要書類だ。時間が掛かってしょうがないが、彼らの主だる僕はその全てに目を通していた。
「さて、そろそろ会議の時間だな。」
僕はゆっくり立ち上がると、重要書類の束を脇に抱え、家臣達が待つ広間へと向かった。
「御屋形様、お出ましにございます!!」
小姓の手によって左右へと勢いよく押し開かれた襖の向こう。
大広間には、我が神保家を支える家臣達が平伏していた。
神保家の財務・台所を担う御用商人、二代目狩野屋当主の市兵衛。
※市兵衛は薬売りの頭も兼務している。
越中の戦後復興期に特産品等の小工業システムを考案した細川永元。
この会議のためにわざわざ加賀から本城へと馳せ参じてくれた加賀代官の松波長利。
飛騨の安定と精錬工場の建設を成し遂げ、山奥から馳せ参じてくれた飛騨方面総代の小嶋邦鎮
北山協定内の門徒達を束ねる真宗北山派総代の大谷兼了。
越中東部の統治の補佐を担う守護代の椎名康胤。
そして、最新鋭の黒備えを率いる侍大将の遊佐総光。
京に居る三好康長など遠方に赴任している家臣は参加していないが、それでも神保家の方針を決める意思決定としては十分なメンバーだ。
「皆、ご苦労。面を上げて楽にしてくれ。」
家臣達は顔を上げると、思い思いに体勢を崩した。
家臣も含め、これが神保家のルーティーンだ。
僕はその姿を見届けると、小脇に抱えていた重要書類の束を使い込まれた机の上にバサッと置いた。
「皆、よく聞いてくれ。京の広橋卿との連携により、我が神保家への宣旨(官位授与)が下った!」
家臣達がおお…!と声を上げた。
ここで朝廷から授与された官位について纏めたいと思う。
「まずこの俺、神保長職は正五位下・左近衛少将に任官されることとなった。」
「お、おお! では御屋形様が殿上人となられる可能性がありますな!」
僕の爺的な立場でもある侍大将の遊佐総光が嬉しそうに声を上げた。
「次いで松波長利!」
「わ、儂にございますか!?」
松波長利が飛び跳ねるような声で応じた。
「うむ。お前は従六位上・加賀介に任ぜられる。まぁお前は実質的に加賀の差配をしている訳だから、順当とも言えるな。」
「し、しかし儂なぞに官位を頂けるとは…」
「ま、その辺は奥方どのに礼を言うのだな。」
「あっ…!?」
松波長利が背中を丸めて縮こまった。
ふむ、これはマムシではなくツチノコだな。
「おや、松波殿。加賀ではあれほどキレ者でいらっしゃるのに、梓殿のお名前が出た瞬間、一瞬で縮こまりましたな!」
加賀で一緒に仕事のすることの多い大谷兼了が悪戯っぽく口元を緩めてそう揶揄うと、大広間にドッと温かい笑いが弾けた。
「ぷ、くくく。兼了よ、まぁ揶揄うのもそこまでにしておけ…」
「はっ、申し訳ございませぬ。」
大谷兼了が優雅に頭を下げた。
まぁここまで冗談が言える会議も良いものだな。
「…で、あとは三好康長だ。あやつは在京で朝廷と折衝してもらう関係上、正六位下・弾正忠に任じられた。これは順当だな。」
家臣達も頷いていた。
「さて、総光よ。」
僕は神保家における最大の忠臣であり、老臣の遊佐総光の方を見た。
畠山義総のところから我が家臣になってもう何年経っただろうか。
黒かった髪はかなり白髪が混じってきていた。
思えば、僕はこの『爺』のような総光から、かつて何度も槍などの武芸を直々に教わったものだ。
前世の知識があっても、悲しいかな私には武の才能はさっぱりなく、一向に上達できなかった。
総光から、『御屋形様、一向に上達致しませぬなぁ…』と言われたのも遠い過去のようだ。
「は、何にございましょう? 御屋形様。」
遊佐総光は柔らかな表情で僕を見て来た。
僕の官位授与が嬉しかったのだと思うが、僕がこれから言う事など予想していなそうだ。
「総光は畠山義総のところから越中に来て、ここまで我が神保家侍大将として重要な務めを果たしてくれた。そんな”爺”のような総光に、俺や芳はいたく感謝しているよ。」
「は。勿体無きお言葉にございまする。」
「そんなお前には俺が持っていた従五位下右衛門佐を譲りたい。」
「お、御屋形様、それは…!?」
「朝廷の許可は得ておるからな。断るとは言わせぬぞ。俺は総光を、まだまだ隠居させるつもりなど無いからな。」
遊佐総光への感謝。
それは本心からだ。
「…は、ははっ! 恐悦至極にござる。ここまで必死に仕事してきたかいがあると言うもの…。この総光、神保家の為に身を粉にして働きまする!!!」
遊佐総光が床に頭を擦り付けんばかりに平伏した。
頭を下げた総光は、大粒の涙を流しているように見えた。
僕の総光への評価は、この場にいる家臣全てが共有しているものだ。
涙を流している総光を見て、僕は満足そうに頷いた。
神保家に与えられた官位の話となります!!




