↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
182/232

第百八十話


一五三六年三月 京・畠山屋敷(三好康長執務室)



狩野屋店舗前での備前の八郎の捕縛、そしてその母親の保護から三日、この日三好康長は自らの執務室で主・神保長職へ向けて筆を走らせていた。

三好康長が認めているのは三日前の八郎の事件を経て確信した、いや、目を背けていた京の都の闇についてであった。

その闇とは名ばかりとなって久しい検非違使、治安維持を行う気が全くない侍所。

それによる治安悪化の煽りを受ける民衆達。

いくら京に物資を送り込んでも、京の太陽たる帝や公家だけを”守護”しても、決して光が当たる事のない闇だ。


ではどうすれば良いのか?

現在の官僚組織、そして足利幕府に頼るだけでは解決は出来まい。

そこで三好康長は主たる神保長職が統べる越中の状況を思い浮かべてみる事にした。

越中においてもかつては国内問題や国外からの圧力を受け、良くない状況は続いてきたようだ。

主・神保長職はそれらを平らげた後は農業や経済、産業復興に注力していたが、それに並行して国内の治安の回復に腐心していた。

それは外患勢力であった加賀の一向一揆を鎮圧した際も同様であった。

通常の軍事組織から独立した治安維持専門の部隊、主はそれを『警察』と呼称していた。

この『警察』が越中や加賀の治安を回復させることにより人心は安定し、経済も安定していったのだ。

北山協定、とりわけ神保家が統治する領域はこの日ノ本においてもっとも治安の良い地と言っても過言では無いだろう。

警察(これ)』が京の都にも必要だ。

ただ『警察(これ)』は(大っぴらには)神保家の息が掛かった組織であってはならない。

それは京の都が特殊な地であったからだ。

天下の中心たる都の皮を被りながら、その足元は泥をすする困窮に満ちている。

帝がおわす高貴な中立の地なればこそ、特定の勢力が軍事的に独占支配することを良しとせぬ空気が日ノ本を覆い、結果として中央の軍事力が完全に消失した『がら空きの無法地帯』と化しているのが、この京の都の歪な情勢であった。


そこで三好康長が考えた『現地警察組織』はこのようなものであった。

・『現地警察組織』は『京都見廻組』と呼称する。

・神保家および北山協定は『京都見廻組』の育成と物資の補給を支援する。この支援について、いずれは帝の臣である者全てが協同で行うべきものである。

・『京都見廻組』は既存官僚組織からは独立したものとする。

・『京都見廻組』は従五位下以上の位階の者から任命し、その任期を五年とする。

・『京都見廻組』の定員は五百名とし、京の住民から採用するものとする。


これについて主・神保長職の理解は得られるだろう。

朝廷への上奏については広橋卿に頑張ってもらうしか無いな。


三好康長がようやく筆を置いた、まさにその時であった。

トントン、と控えめな音がして、執務室の襖が静かに開いた。

そこに立っていたのは、長い黒髪を後ろできれいに一つに束ねた、新妻(の予定の)紬であった。



「孫七郎様、お疲れ様でございます。お仕事中に失礼いたします。」



紬は優しくお茶の載った盆を差し出しながら、夫(の予定の)身体を労るようにそっと微笑みかけた。



「おお、紬殿か。すまぬな。」



三好康長はお茶を口にした。



「孫七郎様。先ほど、長屋の方で三日間眠っておいでだった八郎さんの母ちゃんさんが、ようやくはっきりとお目覚めになりましたわ。薬が効いたようで、熱もすっかり下がり、お顔の色もよう良くなっておられます。」

「おお、それは良かった。わざわざ呼びに来てくれて感謝する。どれ、八郎の御母堂殿から少し事情を聞いてみるとしようか。紬殿も一緒に来てくれるかな?」

「はい。承知いたしました。」



さて少しして三好夫婦(予定)が並んで長屋の静かな一室へと入ると、そこにはまだ少し痩せてはいるものの布団に静かに横たわって休んでいる女性の姿があった。



「失礼するよ、八郎の御母堂殿。」

「お、お武家様……っ! この度は、行き倒れの私ども親子を……」



三好康長と紬の姿を見た瞬間、女性は驚いて布団の上に起き上がろうとし、そのまま床へ平伏しようと身をよじった。



「おっと、そのままで。無理に起き上がろうとしてはならぬぞ。貴女はまだ快復途中なのだからな。」



三好康長はそれを制し、この女性から少し離れた場所に腰を下ろした。

紬もそれに倣った。



「まずは名乗らねばならぬな。俺は俺は神保家在京総代を務める、三好弾正忠康長と申す。こちらは俺の妻……になる予定の紬だ。」

「…いつまでも『妻になる予定』って、言わなくても良いのに…」



三好康長の後ろで、紬が小さく頬を膨らませながら、消え入るような小声でボソッと呟いた。

この二人の様子を女性ははじめきょとんとした様子で見ていたが、少しして笑いだしそうになるのを堪えながらも柔らかな表情へと変わった。



「三好様、紬様。この度はお助け頂きありがとうございます。私は亜貴、と申します。」

「亜貴殿と言われるか。…貴女さえ良ければ少し話を聞きたいと思ったのだが、大丈夫かな?」

「はい、お話しいたします。…ところであの子は、八郎はどこに行ったのでしょうか?」

「ああ、八郎はな…」



八郎はあの事件のあと、窃盗(未遂)の件について反省の意を見せていた。

少しでも償いたいと言う事で自ら狩野屋の手伝いをしたいと言ってきたのだった。



「そうでしたか。この度は皆様方には大変なご迷惑を…」

「亜貴殿の謝罪には及ばぬよ。それもう八郎本人から受け取っておる故な。」

「いえ、あの日、お恥ずかしながら生きるために狩野屋の荷車から薬箱を我が物顔で盗もうとした不届きな八郎を御赦し頂き、それどころか私の命まで打算なく救っていただき、本当になんとお礼を申し上げればよいか分かりませぬ……っ」



亜貴は布団の中で深く頭を下げ、安堵の涙をポロポロと流した。



「誰も手出しはさせぬゆえ、案じ召されるな。……ただ、俺が聞きたいのは一つだけだ。あの日、あの八郎は、お前と二人きりで備前から藁をも掴む思いで京に逃げてきたと、ただ激しく泣いた。お前たちの本当の境遇を、俺たちにだけ話してはくれぬか。」



その問いを受け、亜貴は涙を拭った後少し視線を落とした。



「…三好様。あの子には秘密にしている事があるのです。実は、あの子は、私の産んだ実の子ではございませぬ。」



三好康長と紬がハッと息を呑む中、亜貴は数年前の備前での出来事を話し始めた。




八郎の母ちゃんさんが目を覚ましました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。