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第百七十話


一五三五年八月 越中氷見狩野屋別邸



「荒唐無稽に思えますか?」



僕は朝倉宗滴を見た。

その表情は先程まで酒を煽って顔を赤らめていた時のそれとは違うように見えた。

朝倉宗滴は大きく息を吐いてから口を開いた。



「…これまでのお主を知らぬ者が聞いたらそう思うだろうな。」

「信じてくださると?」

「ここまで越中を発展させた内政、一向一揆(ぼうずども)を黙らせた手腕を見ていれば、な。」



朝倉宗滴はそこまで言うと、再びグビっと酒を飲み干した。



「そうか、先だっての新兵器も未来を知るからこそか?」

「北山式火槍…、銃に関しては今より数年後に同じようなものが別な場所に異国の者が持ち込みますが…。」

「だが龍筒はそうじゃないと言う事か?」

「原理を知れば今の技術でも研究を進めれば製造可能です…が、この時代に生まれるもので無いでしょうな。」

「さもあろうな。あのようなものが実現すれば恐ろしい火力となろう。」



龍筒は要するに無反動砲だ。

現代で言うところのカールグスタフの様なものを想像してほしい。

僕が作成した設計では飛騨の鉄を薄く叩き出し何層にも重ねて巻いた『多層鍛造鋼鉄製』であり、外装は能登ヒバの筒とし、それを黒漆で塗り保護することで製造する予定だ。

引き金部分は北山式火槍の機構を流用したものとなる。



「はい。完成すれば向こう幾年にも渡り我等北山協定は他国の優位に立つことが出来ます。」

「お主はそれをもって何とする? 他国を侵攻し日ノ本を平らげるか?」

「いえ、俺は…」



僕もお猪口の酒をグイっと飲み干した。



「…周辺国が我が脅威となるのであれば容赦なく敵対するでしょうが、日ノ本の覇者になろうとまでは思いませぬ。」

「現状でも他国に比べ優位な力の持つのにか?」

「俺は自分の家族や友人達を守りたいだけです。」

「…ふむ。それが先の世から来た者の価値観と言うものか?」

「どうでしょうか。」



先の世から来た者。

僕が知る限り自分の他には二名、既に故人である狩野屋伝兵衛と七里頼周だけだ。

狩野屋伝兵衛は良き友人であったが、七里頼周は苛烈な人間であった。

加賀一向一揆を平定した時に配下に召し抱えていたら役立つ人物であったかもしれないが、力を蓄えた後には天下を目指したかもしれない野心を持っていたように思えた。



「まぁ、それはお主の人間性と言うものよのう。」

「ははは。元の神保長職はどうだったか分かりませんがね。」

「…相分かった。良く話してくれたものよ。この話を他に知る者はおるのか?」

畠山義総(あにうえ)には話しております。あとは御用商人の狩野屋市兵衛ですね。」



故人である狩野屋伝兵衛については敢えて話す必要も無いだろう。



「奥方殿には話していないのか?」

「ああ…、芳には話しておりませんね。」

「奥方殿はお主を信頼しておられるから問題無いがいずれは話しておけ。壁にぶつかった時にはお主を支えてくれるであろう。今までもそうだったのだろ?」



それはそうだ。

僕達夫婦は互いに大きく信頼し合っているが、隠し事は良く無いもしれないな。



「分かりました。二人になる時に折を見て打ち明けておきます。」

「うむ、それが良い。」



朝倉宗滴は大きく頷いた。



「…ところでお主が未来から来たのであれば、我が朝倉が今後どうなるか知っておるのか?」

「ええ、それは…」



うーむ、これは実に答えにくい内容だ。

神保家をはじめ北山協定全体的に史実とは既に異なっているが…。



「その顔を見ると儂には答えにくい未来と言う事じゃな?」

「え、ええ…」

「良い、話してみよ。」

「分かりました。」



僕は呼吸を置いた。



「俺が知る歴史では朝倉家はしばらくに渡り繁栄致しますが、その中において一族内の内紛や裏切り等で衰退していきます。そして他家の侵攻の際にその当時の当主が最大の裏切りにあい滅亡に進んでいくことになります。」



この時代に存在していない人間については触れる必要が無いだろう。



「…ふむ、さもあろうな。まぁ儂も言わば内紛を起こしたクチであるからな。」

「しかし宗滴殿のは主家の方が宗滴殿を亡き者にしようとしたのでしょう?」

「孫次郎が家臣を抑えきれなかったようでな。まぁそれについては解決した。」



先の朝倉家中の戦いでそれらの家臣は殺されるか、追放されるかしたのだろう。



「…ちなみにお主が知る歴史では誰が最大の裏切りをしたのだ?」

「今の大野郡司殿の嫡男殿ですな。」



そう、朝倉景鏡(かげあきら)である。

現在の大野郡司、朝倉景高の息子である。



「なるほどな。…であれば大野郡司である孫八郎の力を削ぐべきだと思うか?」

「…分かりませぬ。史実と一番違うところは今の朝倉家の本流は敦賀朝倉家となっておりますから、彼等が同じように野心を持つかどうか検討もつきませぬ。」



正直軍神たる朝倉宗滴が率いる敦賀朝倉家が弱る未来が見えてこない。

義息子(むすこ)の景紀は宗滴との関係性も良く、武人としても成長を遂げている様に見えるしな。



「まぁ仮に何かあろうとも木ノ芽峠で守りを固めれば守り切れますし、我が神保も東から助力できますからな。…それに孫次郎孝景殿を赦し一乗谷朝倉家として残したのも戦略的なものなのでしょう? 大野郡司家も加増して懐柔しておられますしな。」

「ふ、分かっているじゃないか。」

「油断はしてはいけませぬが、疑心暗鬼になりすぎてもいけないものと存じます。」

「そうじゃな。まあお主の所の薬売り(ちょうほういん)もありがたく使わせてもらうとするのかの。」

「もちろんです。何かあれば我が神保もお助けいたしまする。」

「ふはは、感謝するぞ。」



朝倉宗滴は満足そうに頷いた。







朝倉宗滴への打ち明けも上手く完了いたしました!

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