三十二
「おはようございます、リチャード様」
「おはよう、ミタリア」
朝の挨拶――王子が近付き頬にスリスリして、私もスリスリする。昨日までの欲求が嘘のように収まっている。王子も昨日とは違い、なんだかスッキリした表情をしているようにみえた。
「ミタリア、朝食はこの部屋で取ろう」
「はい、あのリチャード様、昨夜はあんなに甘えてしまって……恥ずかしい」
「いや俺も散々甘えた、ミタリアに甘噛みして悪かった」
「そ、それは平気です、幸せに感じましたから……あっ……いまのは忘れてください」
「嬉しい、俺も幸せを感じていた……これからも俺に甘えてきてほしい」
いまお互いに真っ赤かもしれないけど、獣化して狼と猫の姿でわからない。……でも、王子はデレデレで照れているのはわかる。だって、いつもはキリリとした目元が、いまは目尻が垂れ下がっているのだもの。
コンコンと扉が鳴り、メイドが客間のテーブルに朝食を用意してくれた。メニューはポテトサラダのサンドイッチとじゃがいものポタージュとサラダ。ポテトサラダのマヨネーズは家のコックと一緒に試行錯誤して作った自信作だ。
少し前にじゃがいもの料理募集をされたときに、コックの名前でレシピを提出して採用されたもの。
「いただきます。んんっ、ポテトサラダ美味しい……おれ? マヨネーズの味が変わりました? すごくマイルドでまえよりも美味しくなってるわ」
まえのは少し酸っぱかったはず。
「あーそれか。俺さ、まえのも嫌いじゃなかったんだけど、ちょっと酸っぱいものが苦手で……マイルドにならないかとコックに頼んだんだ……レシピを考案した者に悪いんだけど」
「でも、これはみんなに受ける味だ。集まったレシピが更に美味しくなるなんて、食べるのがもっと好きになって太ってしまうわ」
このマヨネーズは何にかけても、ぜったいに美味しくなる。前世でけっこうマヨネーズ好きだった、金欠の時なんて目玉焼き丼とか、ご飯にマヨネーズと醤油で食べていた。
「ミタリアが太るって? 自分が思っているほど太くないぞ、むしろ俺の好きな体型だ」
「えっ、好きな体型? あ、ありがとうございます」
「い、いや」
しどろもどろで真っ赤になった二人の朝食は続いた。食事が終わると王子は執務に向かけど私に書庫に行くか、俺と一緒に執務室に来るかと言われてつい。
「リチャード様についていっても、いいのですか?」
と言ってしまった。
「いいよ」
笑顔で言われたけど、王子のお仕事の邪魔になるのでは? 側近のリルに仕事の邪魔だと文句を言われるのでは? など考えていたのだけど。
王子と一緒に執務室に着いてきた私をリルは、嫌な顔ひとつもせずに中に入れてくれて書類整理という仕事までくれた。
黙々と書類整理をしていた王子が、一枚の書類を手に持ちリルに聞く。
「リル、この書類の内容は父上も知っているか?」
「はい、その書類は国王陛下が一度、目を通した書類です」
「分かった……今年の収穫祭は規模を小さくして開催されるのだな……中止にならなくてよかった、皆が喜ぶな」
収穫祭? あの出店が王都の外まで並ぶという収穫祭。毎年、両親とナターシャで来ていたわ。リンゴ飴、綿菓子、べっこう飴、タコ焼き、お好み焼き……が好きだったな。
こっちだとジャガイモ蒸し、ニンジン蒸し、分厚いお肉を焼いたり、煮込んだり変わった店もあって楽しくってお腹いっぱい食べていたわ。
「リチャード様、収穫祭って毎年十一月にあるんですよね」
「あぁ、今年は十一月五日に開催する予定だ。なんだミタリアも楽しみか……そうだ、今年の収穫祭一緒にまわらないか?」
「リチャード様とご一緒に? お忙しくないのですか?」
「大丈夫だ。まぁ俺と一緒だと視察になるが、色々見られて楽しいと思うぞ?」
収穫祭を王子と一緒にまわれる、嬉しい。
「はい、いまから収穫祭が楽しみです」
その答えにぷっと、吹き出すリル。
笑うなんて失礼ねと彼を見ると、リルは王子を見てニヤニヤ笑っている。
そしてリチャード様に。
「リチャード様よかったですね。その手にお持ちの書類をミタリア様に見せたくて仕方なかったのですよね。いつ切り出そうか悩む姿が、コチラから丸見えでしたよ」
「なっ! それを言うなリル!」
真っ赤になって怒る王子。
王子は真面目な顔をして、私をどう誘おうか迷っていたなんて。
「ふふっ、ふふ」
「ミ、ミタリアも笑うな!」
「だってリチャード様、可愛いのだもの」
「お、俺が、かわっ、いいだと⁉︎ 」
書類整理の私の位置からは見えなかったのだけど、リルからは丸見えで、ニシシっとリルは笑い。
「リチャード様がブンブン尻尾を振って喜んでいらっしゃる。これは面白い、後でみんなに収穫祭の事と一緒に教えてやろうっと!」
「リル、やめてくれ! 後でみんなにからかわれる」
いつもは静かな執務室から珍しく、王子の大きな声が上がった。




