第14話 虎の尾を踏む2
本通りから聞こえてくる賑やかな声と、神殿に向かうためのこの道のありさまが同じ町の中であることに違和感を覚えてしまう。片や、人間の営みとともに時間が進んでいく。片や、そんな活気から切り離され時間が止まってしまったような。
俺達の周りには眠らされた兵士達と、黒焦げになった天使が倒れていた。
「はわわ……」
あまりの惨状にミネが怯えている。そして、この状況を作った張本人は背を向けているので表情は見えない。もし、まだ気が済んでいないのであれば俺達にも被害が及ぶ。
「お、おい……」
俺は勇気を出してその背に声を掛けた。どうか平常に戻っていてくれ。ゆっくりと振り返る瞬間、俺の喉はゴクリっと鳴る。
「――いらない時間を取ったね。行こうか」
いつも通りのにこやかな表情をしたモンドであった。俺だけでなくミネもホッと胸を撫で下ろす。どうやら元凶となったドロワットを葬るだけで気は晴れたようだ。
そして、何事もなかったかのようにモンドは神殿へ向かう。その際、うつ伏せで倒れているドロワットを踏んづけていた。「ふぎゅう」という声がした気がするが空耳だろう。
ミネもモンドの後を追って行く際に踏んでいたが、「ふべえ」と何かが鳴いた。
俺も二人を追うが、さすがに踏むのは躊躇われたので、またいで行く。何もなかった、何もなかった、と自己暗示を掛けながらその場を去ろうとするも、案の定足首を掴まれる。
「ま……、て……、行か、さん……」
主であるジュノンへの忠誠心からか、なかなかにしぶとい。とりあえず手を離してもらい、失礼ながら見下ろしながら改めて伝える。
「えっと、本当にあいつは創造主でして。ジュノンに用があって来ただけで悪いことはしません……、たぶん」
既にドロワットを黒焦げにしているので言い切ることはできなかった。でも、ジャージをダサいと言ったドロワット本人にも責任はあるのだろうけど。まあ、俺も普段から言っているし間違ってはないと思うが。
「あんな、ダサい服を着たのが……、創造主様なわけ――、ぎゃあ!」
再びバチンッとモンドからの雷撃を受けてドロワットは悲鳴を上げた。離れた所にいるというのに地獄耳だな……。
「タケシ、行くよ」
「あ、ああ」
モンドに急かされたのでその場を離れる。ドロワットは動かなくなってしまったが、まあ天使だし簡単には死なないだろう。
芸術的な外観をした神殿に入ると、内部も精巧に作られた装飾が施されており厳かな雰囲気が支配していた。女神を祀るのにふさわしい建物と言えよう。
「何者だ! ドロワット様はどうされた!」
奥にある祭壇から初老の男性が怒鳴った。格好からして司祭だろう。
「あの天使なら外で黒焦げになっているよ。そんなことより、ジュノンに用事があってね。呼んでもらえるかい?」
「な、何を馬鹿な……!」
女神を倒しに来た三人組と思われても仕方ないモンドの言い振りに、司祭はうろたえた。もうちょっと事情を説明して、と思うが、裏ボスになりたいと女神に言いに来た、というのもお粗末な事情である。
「くそっ、悪魔め……!」
悪態をついた司祭はナイフを手に取って構えた。
完全に誤解されてしまっているが、俺が前に出て説明してもわかってもらえる自信がない。
人間相手ならモンドも無茶をしないだろうと傍観を決め込もうとしたその時、上質な鐘を鳴らしたかのような澄んだ声が神殿内に響く。
「お待ちなさい。その方々に無礼を働いてはいけません」
「その声は……!」
驚いた司祭が振り返ると、祭壇の向こうに神々しい光が差し込んでいた。そして、白い羽衣を纏った美しい女性が舞い降りる。
「ジュ、ジュノン様が降臨なされるとは……。こやつらが結界に掛かった者達です! ドロワット様はこやつらに――」
「口を慎みなさい。この方々は私の客人のようです」
司祭の言葉を柔らかく遮ってジュノンはそう言った。俺とは初対面だが当然モンドとは顔見知りであろう。
モンドがにこやかに言う。
「やあ、ジュノン。キミに用があって来たのだけれど――」
「こ、こら! ジュノン様に対して何たる態度だ!」
「セザル、良いのですよ。どうぞこちらへ。私の家でお話を伺いましょう」
司祭をセザルと呼び、優しく制したジュノンは俺達をその御許に招いた。
それに従って司祭の前を通り、大きな紋章が描かれた床の上に立つ。未だに司祭が訝しげに俺達を睨んでいるが、女神に窘められたのでそれ以上何もできないでいるようだ。
床の紋章が淡く光を帯びたかと思えば身体が宙に浮き、そのまま俺達三人は天から差し込む光に吸い込まれた。
白い光が消え視界が晴れると、そこは花が咲き誇る野原のような場所であった。
空は淡い橙色をしており、空気もどこか違う気がする。どうやら噂に聞いていた天界に招かれたようだ。
「モンド様」
耳触りのよい女性の声に振り返る。そこには厳かな表情をしたジュノンの姿が――、
「もおー! なんで急に来ちゃうんですか! 連絡してくれたら私がお伺いするのにー!」
年頃の少女のような口調でそう言った。
はて? 先ほどまでの麗しい女神はどこへ?
「最近、地上をうろうろするのが趣味でね。色々な人間に出会えて楽しいよ」
「はあー、また困った趣味ができたものですね……」
ジュノンは眉間に指を当てながら深くため息を吐いた。どうしようもないという仕草だが、その見た目にはそぐわないので違和感がすごい。
「ジュノンさん、これお土産にゃ!」
「ミネちゃーん! 久しぶりね。気を遣ってくれてありがとー!」
いつの間にそんな物を用意したのか、ミネがリュックの中から菓子折りを取り出して手渡した。受け取ったジュノンは嬉しさを表現するようにミネをハグしている。
「えっと……、女神のジュノン、ですよね……」
当たり前のことを訊く俺に、ジュノンは楽しげな笑みを浮かべて手を握ってきた。
「そうだよー! あなたはタケシさんね。いつも丁寧なお仕事メールありがとー! 文面の堅苦しさ通り真面目そうな人ね!」
握られた手をぶんぶん振られながら、褒めているのかどうか判断しかねることを言われた。
どうやらこの女神はオンとオフの差が激しいらしい。確かに、先ほどの女神らしく振舞われても話がし辛いかもしれないが、ここまでフレンドリーにされても面を食らって何も言えなくなってしまう。
「ところで、用事って?」
パッと俺の手を離してモンドに訊ねた。やはり切り替えの早さについていけない。
「ちょっと頼みたいことがあってね。そう難しいことでもないよ」
「モンド様の頼み? 絶対ロクでもないことですよね……」
どうやらモンドに対する認識は俺と合致しているようだ。少し安心してしまう。
「まあ、立ち話もなんですし、私のお家へどうぞ」
そうジュノンが手の平を上にして指し示した先に、周りの景色に溶け合っている四角いこじんまりとした建物があった。
先導され中に入ると、生活感のある居間に通される。どことなく俺達の家の雰囲気にも似ていて、ホッと落ち着ける空間になっていた。
「お茶淹れますね。ミネちゃんからもらったお菓子も一緒に食べましょ」
「あたしもお手伝いしますにゃー」
ミネが手伝いを申し出ると、ジュノンが笑顔を向けその頭を撫でる。ミネは、にへへ、とモンドに撫でられている時と同じ気持ち悪い笑みを浮かべていた。
モンドと菓子を摘みながら待っていると、せっせとミネがティーセットを机へ運んでくる。そこへジュノンがお茶を注ぐとハーブの良い香りが部屋中に広がった。
「さて、じゃあ覚悟もできたし用件を聞きましょうか」
机を挟んでジュノンも席に着くとそう切り出した。モンドがとんでもない事を言うのは決定事項のようだ。まあ、間違ってはいない。
「実はね」
ティーカップを置き、仰々しく口にする。裏ボスになりたいなんて言うと、ジュノンはどんな反応をするのだろうか。十中八九、混乱してしまうだろう。
モンドがそんな常人には理解できない事を言い出そうとしたのだが……、
「ジュノン様ー! ご無事ですかー!」
大声とともに部屋に誰かが飛び込んでくる。聞き覚えのあるその声はドロワットのものであった。
「ああ、ご無事で! そやつらが例の悪魔です、お気をつけください!」
息を切らしながら力強くそう言うと槍の切っ先をモンドに向ける。どうやらまだ勘違いをしているようだ。この流れはドロワットにはまずい気がする。
「あら、なんか真っ黒だけど日に焼けた? この人達は悪魔じゃないわよ」
「な、なんと、ジュノン様を操るとは! 悪魔め、許さん!」
さらに変な勘違いをして嘆いている。聞く耳を持たないとはこういうことを言うのだろう。
「ねえ、ジュノン。あの礼儀知らずな天使はなんだい?」
そのモンドの声にはほんのりと怒りが込められていた。菓子を食べていたミネも恐怖のあまり固まってしまっている。
「ドロワットっていって見習い守護天使なんですけど……、少し猪突猛進なところがありまして……」
困り果てたという様子でジュノンが頬に手を当てる。
そんな主の気など知らず、ドロワットはますます暴走し、
「ええい、今度こそこの槍で貫いてやるぞ! そんな田舎者丸出しなダサい服を着ているなんてどこの阿呆かと油断したが、もうそうはいかん! ジュノン様、今お救い致します!」
こいつはどうしてこうも地雷原でタップダンスを踊るのだろうか。俺とミネがそそくさと安全な場所に避難すると、次の瞬間には特大の雷撃がドロワットを襲っていた。
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