第12話 謎の少女
他の二人が起きている時とは違い、夜明けのまだ薄ぼんやりとした室内はカタカタと俺がキーボードを叩く音だけが響いていた。
こうやってデスクライトに照らされながらパソコンを使っていると元の世界で働いていたことを思い出す。世に言うブラックな会社であったが、徹夜明けのコーヒーが身に染みる感覚がクセになっていた。
などと感慨にふけながら地上のデータをチェックしていく。ここ数日流し読み程度にしか見ていなかったので気づかなかったが、どうやら魔物の数が減っているらしい。各地の魔王からの日報を読むと、かなり力のある勇者が現れたようだ。まだ放置していても大勢は変わらないだろうけど、そのうち人間と魔物の均衡が崩れそうである。また状況が変わりそうであれば〝創造主様〟にお伺いを立てよう。
ガタンガタンと階段の上から音が響いた。どちらかが起きたようだ。まあ、モンドがこんな朝早く起きるはずがないのでミネだろう。ミネだとしても珍しいことだが。
作業が終わりパソコンの電源を落とす。朝食の支度をするかと立ち上がったところで、どすどすとミネが階段を降りてきた。
「おはよう。――って、なんだそのリュックは」
重そうな足音をさせていると思えば、ミネの背中にはパンパンに膨れ上がったリュックがあった。
「今日はお出かけだにゃ。しっかり準備をしたにゃ!」
「準備って……、何が入ってるんだよ」
「えーと、着替えとドライヤーと枕と救急箱と……」
「待て待て、何泊するつもりだよ。仮に泊まるとしてもいつでも帰ってこれるんだから荷物なんていらないだろ」
そう言ってやるとミネはわざとらしくやれやれといったポーズを見せた。激しく腹が立つ。
「タケシはなんにもわかっていないにゃ。こういうのは雰囲気が大事にゃ」
呆れてため息が出る。
「それにしたって多すぎるだろ。置いていけ」
「まったく、わからず屋タケシにゃ。お菓子も持っていくにゃー」
俺の忠告を無視し、ミネは戸棚にあるお菓子を漁り始めた。これ以上言っても無駄だろうし放っておくか……。
朝食を終え、こんもりリュックを背負ったミネとクソダサ緑ジャージを着たモンドを引き連れて、ファヴール帝国の帝都にやって来た。
扉が繋がった場所は町の郊外にある丘らしく、人の姿は見えない。代わりに威風堂々とした城を中心とした町並みが広がっていた。世界でも随一の発展を遂げている都市なだけあり、ビーエン王国とは都会度が段違いである。
「いい天気だね。見晴らしも良い」
「はいにゃ! ここでおやつタイムにしますかにゃ?」
「そうだね、丁度そこに腰掛けるのに良さそうな岩もあるし、おやつタイムにはピッタリだ」
「おい、まだ家を出て五秒しか経ってないぞ」
俺のツッコミを無視して二人はくつろぎ始めた。もう帰りたい。
「タケシは食べないのかい?」
「〝食べないのかい〟じゃない。ジュノンの所に行くんじゃなかったのか」
「まあまあ。そんなに焦ったって仕方ないよ。ここの町は広いし英気を養わないとね」
ここで俺も付き合ったら今日中に目的を果たせるかすら怪しい。
「じゃあ俺は先に町に入って神殿がどこにあるか探しておくよ。ここから見ても高い建物が多くてどれかわからないからな」
「そう? タケシに任せるよ」
「迷子にならないように気をつけるにゃよー」
そうして俺に興味を失くした二人は、広げたお菓子を水筒に入ったお茶とともに楽しみ始めた。いつかこいつらが痛い目に遭ってくれることを祈ろうとしたが、俺にまで被害が及びそうなので、代わりにため息ひとつ残して町へ下りた。
まだ朝方だというのに街頭は大勢の人が往来している。みんながどこへ向かっているかはわからないが、人の波に逆らわず神殿を探すことにした。
しかし、この町は上から見た通り広い。それに立派な建物ばかりでどれも神殿に見えてしまう。人に訊ねようにも人の波に押されて落ち着いて話もできそうにない。
仕方ないので本通りを外れて路地へと入る。人ごみから解放されて一息ついていると、なまずのような口髭を生やした中年の男性が俺と目が合うや否やにこやかな笑顔を向けてきた。
「やあ、兄さんはここの者じゃなさそうだね。観光かい?」
「えっと、観光ではないですけど、神殿に用があって」
「神殿? もしかして、ジュノン教徒なのかい?」
神殿という言葉を聞いておっちゃんはぐいっと俺に顔を近づけてくる。
「い、いや、教徒ではないですけど」
「ほうほう、なら兄さんにピッタリな物を紹介しようじゃないか!」
すると、おっちゃんは背負っていたバッグを下ろして何やら取り出した。
「まずはこれ! ジュノン教のシンボルを象ったキーホルダーだ!」
このノリ……、先日武器商人のユーゴさんで味わったやつだ。急に気分がげんなりとしてきた。
「これがあれば兄さんもジュノン教徒の一員さ! どうだい!」
「どうだいと言われましても……」
「おや、悩む必要はないと思うけどなあ。あっ、もしかして俺を怪しんでいるね。心配しなくても大丈夫、俺もジュノン教徒でね。兄さんが買ってくれればそのお金の一部はちゃんと神殿に入るからさ」
商人という生き物はどうしてこう捲くし立ててくるのだろうか。強く出ることができない俺の天敵である。
「ははーん、キーホルダーじゃ満足できないって顔してるね。それならこれはどうだい! ジュノン様の加護を受けた壺だ!」
「いや、物品の問題じゃなくてですね……」
「これを家に飾ることであらゆる運気がやってくるよ! 俺の友達なんてこの壺を買った次の日には彼女ができて生き別れの兄が帰ってきて死んだペットが生き返ったっていう話さ!」
「え、ええっと……」
ぐいぐい来られ俺の頭はこの場を離れたい一心になっていた。
しかし、何か買わなければこのおっちゃんが放してくれるとは思えない。お金ならいくらでもあるし、ここはひとつ何か買ってしまおうか……。
そう俺の心が敗北しそうになったその時、
「あ、あの」
少し離れた本通りの喧騒にさえ負けてしまいそうな小さな声が俺の背後から聞こえた。振り返ると、外套のフードを深々と被った小柄な人物が立っていた。先ほどの声や伸びる細い手足から見て女の子だろうか。
「その方、迷惑そうにされていますし、押し売りはいけません」
どうやら俺を助けようとしてくれているようだ。端から見たらよっぽど情けなく映ったのだろう。
突然現れた女の子に正義を説かれ、商人のおっちゃんが怒りを表す。
「なんだい、押し売りだなんてひどい当てつけだね。商売の邪魔をすると恐い人達を呼ぶよ?」
刹那、ふわっと女の子の外套が揺らいだかと思えば、俺のすぐそばを風が吹き抜けた。それと同時におっちゃんの鼻下に付いていた髭がはらりと落ちる。
「ひ、ひえ……!」
短い悲鳴を上げておっちゃんが尻餅をついた。
「押し売りは、いけません」
「ひっ、お助けー!」
改めて女の子がか細くそう言うと、おっちゃんは商品の入ったバッグを両手に脱兎の如く逃げ出してしまう。
そして、女の子もくるりと踵を返して本通りの方へ歩を進めようとした。呆然としていた俺はそこでようやく我に返り、女の子の背に声を掛ける。
「あ、あの、ありがとう」
まだ現実に戻りきれていないのか、拙く礼を言うと、女の子は顔だけでちらりとこちらを見遣い、軽く頭を下げて行ってしまった。
しばらくぼーっとしていたが、やがて俺の耳にも喧騒が戻ってくる。
あの子は何者なのだろうか。見えない速さでおっちゃんの髭を斬り落としたことから只者ではないのは確かだ。
また会えたらちゃんと礼をしなくては。
第12話を読んで頂きありがとうございます。
第13話は6/3の17時に投稿予定です。




