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第11話 美味しいアクアパッツア

 夕刻。

 ミネの要望で、立派な赤魚を使ったアクアパッツァを作ることになった。随分前に作ってやったのを覚えていたらしい。赤魚の他に「魚屋さんにおまけしてもらったにゃ!」とあさりのような貝も持って帰ってきたのでこれも使うとしよう。

 貝を塩水に浸けて砂を吐かせてる間にフライパンを温めて調理を始める。


「うう……、タケシ、あたしもお手伝いするから許して欲しいにゃ……」

「まだそんなに時間経ってないだろ。もうしばらく反省してろ」

「鬼畜にゃ……、鬼畜タケシにゃ……」


 部屋の隅で水の入ったバケツを両手に持たされ立っているミネが恨み節のように呟いた。

 城から帰宅し、モンドをベッドに寝かせてから庭で洗濯物を干していると、地面に不自然な跡があったので、少し掘り返してみれば割れた食器が出てきたのだ。

 買い物帰りで上機嫌なミネに追及すると、必死に言い逃れをしようとしていたが、この家は三人しか住んでおらず、罪をなすりつけれるのはモンドしかいない。しかし、主人であるモンドにそんなことはできないミネは早々にジャンピング土下座を決めた。そして現在に至るというなんとも味気のない回想だ。


「ちゃんと魚屋さんに下ごしらえもお願いしたにゃ。タケシの手間を減らそうとあたしは気を遣ったにゃ……」

「それはそれ、これはこれだ。まあ、気を遣ってくれたのは感謝するけど」

「あっ、今デレたにゃ?」

「もっと大きいバケツに替えられたいようだな」


 ミネのたわ言に相手しつつ、油をにんにくで香り付けできたので、あらかじめ塩を振って置いておいた魚をフライパンに投入する。


「にゃー、いい匂いにゃー。モンド様もこの匂いで起きてくれるかもにゃ」

「そうだと手間が減るから助かるんだけどな」

「そういえば、今回も上手く行ったのかにゃ? モンド様がお酒を飲むなんて珍しいにゃ」

「どうなんだろ。酒は俺が普段飲まさないようにしているだけだがな。弱いくせに自覚ないのが不思議だ」


 と、その時。魚を焼く音に混じって階段から軋む音が鳴った。


「いい匂いだね。頭が痛むけど食欲の方が勝ってしまうよ」

「おっ、本当に起きてきたか」

「モンド様、おはようございますにゃ!」

「やあ、おはよう。ミネの元気な声は頭に響いてこっちまで元気になるね」

「えへへー」


 照れた様子のミネだが、別に褒められていないと思うぞ。

 こめかみを押さえたモンドはヨタヨタと椅子まで歩いて腰掛ける。


「タケシ、僕はいつの間に帰ってきたんだい? 何故か記憶が曖昧なんだよね」

「お前が兵士に勧められた酒を飲んで倒れたから連れて帰ってきたんだよ」

「うーん、そんなことがあったようななかったような……」


「あったんだよ」と答えてやり、魚をひっくり返してもう片面にも焼き色をつける。


「じゃあ、その僕が知らない僕は裏ボスであることを人間達に言っていた?」

「あー……、言っていたような言ってなかったような……」

「なんでハッキリしないにゃ。もうボケてしまったのかにゃ?」


 ハッキリ言っていないと言うと、またあちこちに付き合わされると思ったので誤魔化したかったのだが、モンド本人ではなくミネがツッコミを入れてきた。少しは俺の気持ちを察してくれ。


「どちらにせよ、僕が覚えていないのなら失敗だね。また次を考えないといけない」


 まだ続けるつもりなのか、と白くなった魚の目玉を見ながら少々げんなりしてしまう。結局は俺が奔走するハメになるのだから。


「タケシ、地上で他に何か変わったことは起きていないのかい?」

「そんなこと言われてもなあ。特にないよ」


 嘘を吐くつもりもないが、本当に何もなかったはずだ。昨日今日と出かけていたので細かいデータを見れていないから見落としている可能性もあるが。


「ふむ、やっぱりこういう時はミネに頼るしかなさそうだね。何かいい案はあるかい?」

「にゃにゃ! うーん、うーん……」


 話が向こうに移っているうちに、白ワインを入れてアルコールを飛ばし、水や砂抜きしておいた貝やその他の具材を投入して蓋を閉めて蒸しておく。出来上がる前に取り皿などを出しておこう。


「ごめんなさいにゃ……。何も思い浮かびませんにゃ……」

「じゃあ、ミネが地上を散歩していて何か変わったことはなかったかい? パソコンとにらめっこしているタケシより、直接人間達と触れ合っているミネの方が色々気づいているはずだ」


 音を上げ耳が垂れてしまったミネに、優しい口調でそう言った。俺に対して失礼なことを言ったが、いちいち気にしているとキリがない。


「うーん……、そういえば今日、買い物の帰りにジュノン教の信者さんに勧誘されましたにゃ」

「へえ、ジュノンも信仰されているんだね」


 ジュノン教といえば、この世界で最も多くの信者がいる宗教だ。地上の人達にとって創造主はあまり馴染みがない。なにせモンドは家に引き篭もってばかりなのだから。

 それよりも表立って天使は束ねているジュノンという女神を崇めるのは当然だろう。


「あたしはモンド様に仕えているので断りましたが、最近信者さんが増えているらしいですにゃ」

「ふむ……」


 モンドが顎に手を当てて考え込み出した。

 そうしている間に俺は食器を並び終え、アクアパッツァも出来たようなので大皿に盛り付ける。

 そこへモンドが俺に訊ねる。


「今、ジュノンのところの天使はどこかで活動しているかい?」

「んー、大きな活動はしていなかったと思うけど。それがどうかしたのか?」

「考えたのだけれど、僕が裏ボスであることを人間達が信じ込みやすくするために、前触れが必要だと思ってね」

「前触れ?」

「そう。いきなり裏ボスが現れるより、天使達に裏ボスという脅威が迫っていると流布してもらっていた方が良いと思うんだ」


 まあ、確かに見た目は人間と変わらないモンドが裏ボスであると言ってもすぐに信じる人は少ないかもしれない。キャプテン・ロウだって弄んでいただけで本当に信じていたかは謎である。


「じゃあ、ジュノンが居るのはどこだい?」

「ファヴール帝国、帝都の都市神だからそこに居るんじゃないかな」


 それを聞いたモンドはポンッと手を叩いた。


「よし、明日はそこに行くとしよう」

「わざわざ行くのか? メールで伝えとくけど……」

「それだとちゃんと伝わったかわからないからね。裏ボスという存在をどういうイメージで人間達に伝えて欲しいか僕自身の口から説明するよ」

「あー……、もしかして俺も行くことになるのかな……?」


 恐る恐る訊ねると、モンドは笑みを浮かべて「当然」と言ってのけた。薄々感づいていたことだがまた精神的に疲れそうなことに巻き込まれるようだ。


「ミネも行くかい?」

「にゃ! あたしも行って良いのですかにゃ!」

「たまには三人で出掛けるのも良いだろう。ね、タケシ」

「ね、って言われてもな……、家のことはどうするんだよ」

「一日ぐらい良いじゃないか。ご飯も外で食べれば良い」


 簡単に言うが、外出で一番手が掛かるのが自分自身だということを理解してもらいたい。でも、ミネも行くのなら多少楽にはなるのか。余所行きのミネは意外としっかりとしているし……、家でもまともなら、と思ってしまう。


「わかったよ。その代わり明日いつもより早く起きてやることを終わらせるからミネも早く起きろよ」

「わーい! ちゃんと起きれるように目覚まし時計を三個用意しておくにゃ!」

「良かったね。――ところで、何故ミネはバケツなんか持って立っているんだい?」

「にゃ? ……そうでした! すっかり手に馴染んで忘れてましたにゃ! タケシにいじめられてるんですにゃ!」


 やっぱりもっと大き目のバケツを持たせれば良かったかもしれない。


「人聞き悪いことを言うな。罰だよ罰」

「ダメだよ。いくらミネが好きだからっていじめるのは良くないよ」

「にゃにゃ! やっぱりタケシはあたしのことを……。でも、前も言ったようにタケシは好みじゃないにゃ!」

「特大の濡れ衣を着させるんじゃない。魚抜きにするぞ」

「やっぱりいじめるにゃ! 素直なあたしを許して欲しいにゃ!」

「まあ、どうでも良いけど準備できたから食べるぞ」

「はーい!」


 まだ文句を言い足りなさそうだったが、一瞬で態度を変えたミネはバケツを床に置いて席に座った。

 彩り鮮やかなアクアパッツアを取り分けてやり、食事を始める。モンド達が美味しそうに食べる様を見て、明日も世話をしてやるかという気持ちをわずかに持てた。大半はゆっくりと家事をしておきたい気持ちが占めている。

第11話を読んで頂きありがとうございます。

第12話は5/31の17時に投稿予定です。

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