第10話 ご自身に合った飲酒を
「待ってください! 先に説明したようにこれは俺にしか――」
「黙れ! 貴様の魂胆は見えておる。その小槌を餌に法外な要求をするつもりだろう!」
「そんなことは……!」
濡れ衣を着せされ弁明しようとしたが、王様の圧に押されてしまう。
俺はただ、物資の枯渇を待つメッション王国の軍隊の思惑を外したかったのだ。こちらに十分な食料があることを知らせれば、戦況の優劣を平行にさせることができるので停戦交渉もし易くなるだろう。
そんな理想を描いて実行に移したが、トントン拍子に上手くは行かなかった。
「おい」
王様がアゴで指示を出すと、兵士の一人が無抵抗な俺の手から小槌を奪う。
しかし、保険をかけて俺だけに使えるようにしておいたのは正解であった。もし、その保険がなければ王様は防衛に必要な食料以上、言ってしまえば侵攻に必要な分まで小槌から出すことは、これまでのやりとりで容易に想像できた。
試しに使った王様がやっぱり俺でないと使えない事実を理解してからが本番だ。
小槌を手にした兵士が王様に手渡そうとしたところ、それを手で制して言う。
「まずは貴様が使え。ビスケットを出してみろ」
その言葉に従って兵士は一度俺の方を見てから、先ほどやって見せたように小槌を振った。
すると、
「ふん、やはり出鱈目を吐いておったか」
兵士の手の平に小麦色をした一枚のビスケットが乗っていた。
「そんな……、なんで……」
まさかの事態に俺は目を見開いたままモンドの方へ首を向ける。だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、モンドは涼しい顔で空の牛乳瓶をくるくると弄んでいた。
出てきたビスケットを兵士に食べさせ、安全を確認した王様が小槌を手に俺を見下ろす。
「これに免じて処刑は延期にしておいてやろう。牢屋で貴様らを飼うだけの食料は思いのまま出せるのでな」
くつくつと笑う王様は、小槌を一振りして手の平大の桜餅を出した。そして、俺に見せつけるかのようにかぶりつく。
――くそっ。
思惑が裏目に出てしまい、次の一手をどうするか思考を巡らせる。
このあと俺達はお役御免と牢屋に戻されるだろう。そして、魔法の小槌を手に入れた王様は態勢を整えた後に外の軍隊と本格的な戦いを指示するはずだ。そうならないためにどうすれば良いか。モンドの力を使えばどうとでもなるが、あまり直接的に手を下すのは世界の構築に影響が出る可能性もある。なるべく今回やろうとしたように道具を使って解決したいところだが……。
そもそも何故モンドは小槌を誰でも使えるようにしたのだろう。ボーっとしていたり、何を考えているのかわからなかったりするけどバカではない。俺が小槌を注文した意図は伝わっているはずだ。それなのに――、
「ぐっ――、ぐぬうううううう!」
突然の呻き声に現実に引き戻される。その声の主の方へ向けると、胸を押さえて苦しそうにしていた。
「お、王様! 医者だ、医者を呼べ!」
苦しむ王様の側にいた兵士が声を上げた。そう、先ほどまで満足げな顔で桜餅を食していた王様がその表情を歪めたのだ。
慌しくなる部屋の中で状況がいまひとつ掴めずにいたが、この事態の黒幕に思い当たり、その顔を窺う。
「お前……、どういう条件であの小槌を造ったんだ?」
俺の問いに黒幕であるモンドが弄んでいた牛乳瓶を消し去ってから答える。
「言われた通りだよ。戦争の仲裁をするために造った物だ」
「……言われた通りなら、俺だけが使えないとおかしいだろ」
その反論ににっこりと笑みを浮かべる。
「タケシのやろうとしたことは間違っていないと思うけど、時間が掛かるからね。手っ取り早くするために僕なりのアレンジを加えたのさ」
「どんな……、と聞かなくてもこうなった今大体わかるけど」
食料を出す自体は使用した俺と兵士と王様の三人とも出来たことだ。その中で出てきた物を食べたのは兵士と王様の二人である。兵士が無事であったことから、王様が出した物にだけ何か仕掛けがあるようになっていたのだろう。
「殺したのか?」
床に寝転がされ、今もなお苦しむ王様の声を耳にしながら訊ねた。
「いや? タケシは死人を出したくなかったんだろう? あの王様には、ちょっと素直な頃に戻ってもらうだけだよ」
モンドの答えに首を傾げる。
その真意を訊ねようとするより先に、王様の容態を見ていた兵士の数人が声を揃えて驚いた。
と、同時に、おぎゃーと泣き声が部屋中に響いた。
「まさか……」
そのまさか。俺の視線の先には、王様が着ていたはずの衣服を垂らせた赤ん坊が兵士の腕に抱えられていた。
それからの展開はあっという間であった。
事実上王様が不在となったビーエン王国は降伏し、取り囲んでいたメッション王国の軍隊を城壁内に招き入れた。そして、今は戦いの終結を祝って宴のようなものが開かれている。俺達も、兵士達が困り果てていた王様をおとなしく――よく泣いているが――させたことを感謝され、ご相伴にあずかっていた。
目的であった戦争の仲裁とまでは行かなかったが、平和的に戦いを終わらせたのだから満足するところだろう。実際、モンドは満足げにこの場を楽しんでいる。
「いやあ、人間の宴は楽しいね。タケシも向こうでお肉をもらって来たらどうだい」
「あとでな。色んな人から色んな物を皿に載せられてもう一杯だ」
手に持つ紙皿の上には食べ切るのに苦労しそうなほどの料理が盛られている。訊いてきたモンドの手にも焼かれた肉がたくさん載せられていた。部屋の隅に置かれた椅子に座って、笑い合う二国の兵士達を眺めながらそれらを食べるのは悪い気分ではなかった。楽しそうな雰囲気がより料理を美味しくしてくれている。
兵士達は酒も入ってとても先ほどまで争っていたとは思えない。まあ、本当に争おうとしていたのは王様だけなんだから、その当人がいなくなればこうなるのも当然か。
「さて」
モンドが紙皿を机に置いて立ち上がった。
「どうした?」
また新しい料理を取りに行くのかと思ったが、どうも違うらしい。楽しげな表情のまま言う。
「僕が恐ろしい裏ボスだということを教えてあげるんだ。こんなに楽しそうにしているのに突然裏ボスが登場したとなれば、みんな恐怖の渦に巻き込まれるだろう」
それを聞いて思わず俺はゴクリと喉を鳴らしてしまう。
確かにモンドの理想からすると絶好のタイミングかもしれない。ただの一般人だと皆思っていないだろうし、何より嫌われていたとはいえ、王様を無力化したのだ。それがモンドの手の平の上であったことが知れ渡れば困惑し、名状しがたい恐怖に襲われるだろう。
一体どうなるんだ。
モンドはゆっくりと皆が見えやすい位置へと移動し、そこにあった木箱の上に乗った。
「皆さん! お楽しみ頂いているところですが、僕の話を聞いてください」
ノイズのないよく通った声で、集まっている兵士達の目を一斉に自身へと向けさせる。なんだなんだとざわめいているが、まだその顔に恐怖はない。何かの余興が始まったのかと思っているのだろう。
「僕はモンド。この国の王様を赤ん坊に変えた張本人さ!」
その言葉にビーエン王国の兵士が、はやし立てるように盛り上がった。今のところちょっとした英雄だ。
「そして、こんなものは序の口なことを皆さんにわからせてあげよう! そう僕は世界を裏で支配する――」
「モンドさん! この度はありがとうございました。酒をお注ぎしますのでどうぞどうぞ」
ついに裏ボスを宣言をしようとしたその時、一段と顔を赤らめた兵士の一人が酒とコップをモンドに手渡した。
あっ、まずい。
受け取ったモンドは礼を述べて酒が入ったコップに口をつけた。そしてコップを掲げて改めて宣言しようとしたのだが、
「僕は! この世界を、真に支配する……、者……。人間達を恐怖に……」
語尾が消えかけ木箱の上でフラフラとしだした。こうなることを予見していた俺は立ち上がってモンドのそばに駆け寄り、肩を貸して木箱からモンドを降ろす。もう意識がないのかうな垂れている。
心配する兵士達に、体調が悪いので先に帰ることを告げると兵士達は改めて俺達に礼を述べてくれた。
そして、再び宴は再開される。その祭囃子のような声を背に、モンドを抱えた俺は浮遊島の家と繋ぐ扉がある牢屋へ向かう。
「まったく、めちゃくちゃ酒が弱いくせに飲むなよな……」
文句を言ってみたが反応はなく、代わりに小さな寝息が返ってきた。
第10話を読んで頂きありがとうございます。
第11話は5/29の17時に投稿予定です。




