第七話 煌星輝き、落ちる影
【国王視点】
その知らせは、突然もたらされた。
執務室へのノックの癖から、宰相が直接やってきたことがわかった。
「入れ」
「失礼いたします、陛下」
長年共にこの国を導いてきた相棒が、部屋へ入ってくる。
互いに、老けたものだ。
「どうした、マイルズ」
「陛下……冒険者が、〈愚神の心臓〉を入手し、至上命題の一つを達成したとのことです」
「なんだと!?」
晴天の霹靂。
否、望外の幸運とでも言うべきか。
「まさか……そうか……はは、ははは! そうか! なんということだ! そうだとすれば、あるいは儂の代で我が国の悲願が叶うことも有り得るか!」
歓喜。
我が王家に積み残されていた課題。
その達成に向けて、ようやく一歩前進したのだ。
「とはいえ、まだ一つでございますよ」
「わかっているとも。……残りは〈冥神の柘榴〉と〈究極多頭竜の惨毒血〉であったな」
「その上、集めたそれらを持って行かねばならない場所もございます」
「確かに先は長いな。……だが、大きな一歩なのは間違いない。入手した冒険者達は存分に讃えようではないか。……それで、どのパーティが入手した? 確か、今一番深い階層に挑戦しているパーティは『光輝の剣』だったな……彼らか?」
「いえ、もう一方のオリハルコン級冒険者パーティ『導の煌星』でございます」
「ほう? てっきり達成するとしたら『光輝の剣』だと思っていたが……いや、優秀なパーティが複数あるのは我が国にとっては良いことだな。……そうだ、至上命題の報酬は定期的に更新する事になっていたと思うが、今はどうなっておる?」
「現在の報酬は星金貨十枚と金貨二百枚だったと記憶しております」
星金貨は一枚で金貨百枚に相当する。
この国の貨幣は価値が高い順に、星金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨となっている。星金貨だけは一つ下の金貨の百倍の価値がある。それ以外はすべて一つ下の貨幣の十倍の価値だ。
星金貨は非常に高い価値を持ち、基本的に通常の商店の取引などには使えない貨幣だ。
「足りぬな。……達成した『導の煌星』に求めているアイテムが無いか確認せよ。そして、第二から第四宝物庫に希望の物があれば、それも報酬に上乗せして渡せ。ただし、報酬を渡す際には簡単で構わぬから、授与式典を開け。儂から……いや、違うな。我が孫娘から直接手渡そう」
「御意に」
マイルズは恭しく頷き、部屋を後にする。
にわかに波立ち始めた世界の潮流。
それを感じ、儂は口元に笑みを浮かべ……望む未来へ至る道筋を考え始めた。
※※※
【アンガス視点】
「ふざけるなよ!」
怒りのままに叩きつけたグラスが割れた。
飛び散った酒もガラスも、更に俺を苛立たせる。
「クソが! なぜ俺達ではなく『導の煌星』なんだ!」
「仕方ないだろう。相手はレアモンスター。会いたくて会えるもんでもない。今回は奴らの運が良かったんだ」
脳筋男ヒューゴーの言葉に、俺はまた苛立った。
脳筋が他人を諭すなんてことをすれば、諭された方は苛つくに決まっているだろう? そんなこともわからないのかこの脳筋は? わからないのだろうな、所詮は脳筋なのだから。
まぁいい。俺は大人だ。このぐらい怒ったりはしないとも。一睨みするだけで許してやる。
こいつの戦闘能力は高い。利用価値があるのだ。こんなことでキレて関係を悪化させるのはもったいない。
「……ああ、確かにそうだな。……チッ! 俺達の前に現れていれば、至上命題の達成者は俺達だったものを!」
「そうよね。ほんと腹立たしいわ。……しかも、『導の煌星』にはあの愚図もいるんでしょ? 今回運良くパーティが大きな成功を収めたからって、調子に乗っていたりしないかしら?」
一人目の女であるヘレナが予想した光景も、やはり俺を苛立たせる。
ただ運が良かっただけの癖に、あのアルマが調子に乗っていると思うと虫唾が走った。
……そもそも、心優しい俺達がちゃんと冒険者達に警告してやっていたというのに、なぜよりにもよって『導の煌星』があのゴミを加入させたのか。
俺の想定通り動かない『導の煌星』も、俺の怒りの原因の一つだ。
怒りが頭の中で滾っていると、ふと手元の割れたグラスが目に留まる。……割れたグラスもこぼれた酒も、いつまで経ってもそのままであることがムカついてきた。
「おい! ティーナ! なにぼさっとしてる! あのゴミ女がいないんだから、お前がさっさと酒を拭いてガラスを片付けるんだよ!」
「は、はい!」
「チッ……指示しないと動けないとはな。お前もアレと同じなのか?」
「い、いいえ! いいえ! ごめんなさい! 役に立って見せますから! 追い出さないでください! ごめんなさい!」
「だったら早くしろ!」
「はいっ!」
二番目の女であるティーナは顔はいいが……この通りの鈍間だ。
実力的には……魔法の火力こそ高いが、足が遅い。いつもこいつのせいで、俺の想定より行動がワンテンポ遅れる。
……ミスリルになる前までぐらいは気遣ってやっていたが、もう最低限ぐらいは走れて当然だろう?
……チッ、駆け出しの頃に、ティーナに無理を強いるな、もっと気遣えとアルマが言ってきたことを思い出した。不愉快さが増す。
「……『導の煌星』のせいで、新しくなった俺達パーティの成果が霞むのは許せんな。せっかく俺達のパーティだけでジズを仕留めたというのに」
「確かに。我らがいなければ、今頃王都に襲来していたやも知れぬのにな。王都の民も恩知らずこの上ない」
槍使いのカルロの言葉は的を射ていた。
そうだ、至上命題などという、今まで達成されなくとも何の問題もなかった依頼が達成された程度で、俺達を蔑ろにしていいはずがない。
大半の竜すら上回る力を持った巨鳥ジズ。俺達はソレを倒したのだ。
俺達が倒したジズの予想進路上には王都もあったのだ。だというのに、俺達を讃えるよりも、『導の煌星』のことばかり話題にする王都の民は、恩知らず以外の何物でもないだろう。
そんなことを考えていると、最近加入した付与術師のクラウスが、部屋を出ようとしていた。
「どこにいく?」
「道具の整備に」
……チッ、協調性の無い奴め。
だが、大目に見てやろう。俺は寛大だ。加入したばかりでまだ馴染めていないのだろう。そんなやつに怒るほど器の小さい男じゃない。……ふぅ……落ち着いた。落ち着いたとも。
だがそれはそれとして、情報は伝達しなければな。
「道具の整備、か。はぁ……そうか。チッ……ま……いいだろう。だが、明日から俺達はダンジョンに潜る。準備をしておけ」
「は? 明日から?」
「ああ。俺達も〈愚神の心臓〉を入手してやろうと思ってな。俺達にだってその程度のことは容易いと見せてやる。そうすれば、王都の馬鹿どもの目も覚めるだろう。本当に崇めるべき最強のパーティは俺達『光輝の剣』だってな」
「……そう簡単に会えるとは思えんが?」
「あ? だったらお前だけ残るか? その場合、無論パーティは抜けてもらうが」
「……はぁ、わかったよ。厄災の写し身に出会えなくても、ダンジョンの通常の成果は得られるだろうしな」
チッ……露骨に嫌な顔をしやがったな?
こいつもハズレか?
まぁいい。こいつが加わって、パーティの戦闘能力が高まったのは確かだ。この前のジズ戦でも、こいつの付与魔法が強力であることは実感できた。
こいつの魔法は使える。まだ切り捨てるようなタイミングじゃない。
パーティリーダーに求められるのは冷静さだ。怒りに身を任せるのは二流のすることだ。
こいつらを利用して、俺は聖剣を手にする。
そして、聖剣の力で誰も成し遂げられなかった厄災の討伐を完遂し、ダンジョンを踏破する。
こんなところで躓いている場合じゃないのだ。
「ふん、至上命題を達成したとはいえ、『導の煌星』は今回も十階層までしか潜れなかったって話だ。俺達のほうが優秀なのは揺るぎようのない事実。しかも、俺達はこの前のジズ戦で、パーティの戦闘能力が上がったことを実感している。これなら十三階層にだって潜れるだろう。……仮に今回〈愚神の心臓〉を入手できなかったとしても、俺達が十三階層に到達して見せれば、愚かな民衆だってどちらが優秀か理解するだろうさ」
ようやく割れたグラスと酒を片付けたティーナが、新たなグラスに酒を注ぐ。
俺は手渡されたグラスの酒を一気に飲み干すと、宣言した。
「王都の愚民どもだけじゃない、『導の煌星』の二流共……そして奴らの中でも二流ですらない寄生虫のアルマに、実力の差……身の程ってやつを教えてやる」




