第五十五話 逆恨み
【ロドリゲス視点】
深夜。
ギルドマスターの執務室で、俺は書類を片付けていた。
仕事が多すぎる。俺がギルドマスターになってから今が一番忙しい。
オリハルコン級のパーティがやらかしたっていうのはあまりに影響が大きかった。
逃げた邪竜の追跡調査。
パーティの面々の処分。
支援していた貴族への対応。
オリハルコン級がやらかしたことによる他冒険者への影響に関する対応。
過去に『光輝の剣』が報告した様々な依頼についての調査。……及び、迷惑をかけた人々への補償。
……冒険者ギルドの監督不行き届きに関する苦情の処理。
今回やらかした『光輝の剣』は期待されていたパーティだった。それだけに、その期待を裏切ったことは周囲に多大な影響をもたらしている。
ギルド職員も俺も、毎日のように夜中まで残業している。
今日はもう他の職員は帰らせたが、俺はもう少しばかり残らなければならなそうだ。
……そう思っていると、階下から音がした。
それは、扉を破壊するような音。
距離からして、冒険者ギルドの入口、玄関扉が破壊されたらしい。
……こんな時間に冒険者ギルドへ喧嘩を売るやつがいるとはな。
……いや、冒険者ギルドへの信用が失墜している今、そんなやつがいても不思議ではないか。
仕方なく、ギルドマスター執務室から出て、階下へと降りていく。
どうせ実行犯はもういないだろう。
そう思っていたが、階段に差し掛かった辺りで階下に人の気配を感じた。
どういうことだ? 夜中の犯行でありながら逃亡もしない。そのうえ、何かを漁っている様子もない。じっと待っている。
嫌がらせで扉を破壊したのでもなければ、盗みに入ったわけでもない。
何がしたい?
……俺が降りてくるのを待っているのか?
わからない。
だが、良いだろう。俺だって元オリハルコン級冒険者だ。長らく戦闘なんてやっちゃいないが、そこらのチンケな犯罪者に負けてやるつもりはない。
そう思って階段を降りた先、そこに居たのは予想外の人物だった。
「……どういうことだ? アンガス」
「いや、単にあんたに礼をしようと思ってな」
アンガスの手には禍々しい力を帯びた剣が握られている。
……まずい。
こいつのことはもうわかっている。
こいつは俺に報復に来たのだ。
最近まで現役オリハルコン級冒険者だった……いろいろ足りていないところはあるが戦闘能力だけに限れば間違いなくオリハルコン級冒険者としての実力を持つアンガス。それを相手にするには、俺ではブランクがありすぎる。
しかも、アンガスの持っている剣。あれはヤバい。感じる力の圧が尋常じゃない。
一応腰から剣を抜く。普通のミスリルの剣だ。分が悪すぎる。
せめて現役時代に使っていた魔剣があれば……いや、あれが折れたから俺は引退したのだ。無いものねだりでしかないな。
「ははっ! 話が早い! さぁギルマス、あんたも元オリハルコン級だ。抗ってみせろ!」
言葉の直後、アンガスの纏っていた力が一気に膨れ上がった。
こいつ! まだ上がるのか!?
直後、既に目の前に来ていたアンガス。その振り下ろされる剣を間一髪で避ける。
さらにアンガスの連撃が続く。
ダメだ、ブランク以上にやつの纏う力……それによる身体能力の強化が強すぎる。躱しきれん。
仕方なくやつの剣を俺の剣で逸らそうとし──
「!?」
──俺の剣は奴の一撃を逸らすこともできず、バターのように切り裂かれた。
とっさに上体を逸らすが、ダメ。
体が大きく裂かれる。
ヤバいな、死んだ。
……ギリギリ真っ二つになっちゃいないが、本当にもう、繋がってるだけだな。
アンガスは楽しそうに笑っている。
このままだと、こいつは野放しになる。
それはダメだ。こんな危険なやつは……ここで殺さねーとな。
俺が死ぬことは分かった。
だがそれでも、俺の最後の力を振り絞る。
……周囲の被害は考える余裕はない。どうせこの周囲にあるのは民家じゃないんだ。建物の破壊は許してくれや。
「おお……おおおおお!!!」
踏み込む瞬間に崩れそうになる体を、全身全霊で支え、攻撃スキルを繰り出す。
「【山断つ雷光剣☆】!!!」
これは剣が光を纏い、直後に超高速の連撃を繰り出す最上位スキル。剣が帯びた光がそのまま剣を延長させ、辺り一帯を全て切り刻む技だ。……折れた剣であろうと、このスキルなら光の斬撃で相手を切り裂くことができる。
この一撃で、こいつを仕留める!
「はっ! 雑魚が! 【竜殺しの呪魔剣☆】!」
だが、俺の全霊を込めた最上位スキルは、アンガスの最上位スキル一発で容易く消し飛んだ。
奴は横薙ぎに一閃しただけ。
連撃系である【山断つ雷光剣☆】は一発の威力こそ最上位スキルの中では低めだが、その斬撃の速度は圧倒的だ。
対人戦ではその強みは最大限発揮される。
アンガスが最上位スキルを使おうと、その威力が発揮される前に、先に発動した俺のスキルの力でアンガスを切り刻める。そう思っていた。
だが、アンガスが後から発動した【竜殺しの呪魔剣☆】は、俺が先に発動した【山断つ雷光剣☆】を迎撃した。【山断つ雷光剣☆】の一太刀目で。
それは、明確すぎる今の俺とアンガスとの差だった。ブランクなどでは説明できない、不条理なまでの差。
それほどの差である以上……速度が本領ではないアンガスの一撃の威力もまた圧倒的だった。
一瞬にして【山断つ雷光剣☆】の光は消え去り、ミスリルの剣の残り刀身も柄もバラバラに砕け散る。
そしてそのまま、【竜殺しの呪魔剣☆】の斬撃は俺を斬り裂いた。
……ああ、すまんな……皆……俺は──
そして、俺の意識は二度と浮上できない闇の底へと沈んだ。
※※※
【アンガス視点】
「ははっ! 何がギルドマスターだ! 雑魚が! あーあ、こんなやつにアレコレ指示されていて、それに従っていたと思うと反吐が出るな!」
「気は済んだか? アンガス」
「ああ! もちろん! 爽快だな! 誰だ復讐は虚しいとかいったやつは! こんなにも爽快だというのに!」
ははは! 本当に、偉そうなクズを殺すってのは気持ちがいい!
ま、こいつを殺したところでオリハルコン級冒険者に戻れるわけじゃないが……それも構わん。
どうせ俺が厄災を倒しさえすれば帳消しだ!
「じゃあ行くか」
「ああ! ダンジョンへ行こう!」
抜き身の聖剣を持ったまま。俺達は冒険者ギルドを後にする。
にしても、脆い建物だな。冒険者ギルドなのだからもっと丈夫に作ればいいものを。
ギルドから出て、そのまま王都地下ダンジョンの入口を目指す。
……そうして歩いている途中、いくつかのことが気にかかった。
「他のメンバーはいないのか?」
「……他の面々が、お前の脱獄に協力すると思うか?」
「……そうだな。あいつらのような根性なしではそんな選択はとれねぇか。やはりカルロだけだな、信頼できるのは。……だが、どうする? ダンジョンでは物資が必要だろう?」
「一応俺の荷物はある。……あとはアンガス、お前次第だ」
「俺次第?」
「物資を少なく済ませるには、少ない人数で短時間で踏破すればいいということだ」
それを聞いて、俺は得心した。
「今の俺なら……聖剣に選ばれた俺なら、敵を簡単に瞬殺できるから、さっさと駆け抜けることができるってわけだな?」
「ああ。今のアンガスなら、試練獣だろうが他のモンスターだろうが瞬殺だろう。それに、今回は金のために素材を求めてモンスターを狩る必要もない。他の足手まといもいない」
「確かにな。……俺とカルロならただただスピード重視で突き進むことができる」
──それだけではないぞ、我が担い手よ。……我を抜いたお主は、食事も睡眠も排泄も不要となっているのだ。
「……マジかよ」
すげぇな聖剣! 流石は神がもたらした武器! 俺にふさわしい剣だ!
「どうしたんだ?」
「どうやら聖剣の担い手になった俺は、食事も睡眠も排泄も不要らしい」
「ほう? 素晴らしいな。……そうなると、俺の睡眠の時間が足を引っ張ることになる。悪いな」
「いや、いいさそれぐらい。お前と俺の仲だからな。……さて、それじゃ、ダンジョンへ行こう。俺達の英雄譚が待っている」
俺を見下したやつら。
見ているが良い。俺は英雄になる。
そして、俺を見下したことを悔いろ!




