第四十七話 防戦
【アウラティア視点】
射程ギリギリの距離を取り、戦況を見定める。
私はSランク弓使いとしては射程は短い。基本がダンジョン探索中心で考えていたため、射程を伸ばすようなビルドをしていない。ダンジョンで戦うなら、一番広い試練の間の端から端まで届けば十分だから。
とはいえ、それでもそもそも矢の初速がかなり速いため、射程系のスキルを取っていない割には射程は広い。……射程系スキルは初速に関係なく射程を伸ばす不思議な力だが、それはそれとして初速が早ければ射程が伸びるのは道理だ。だから威力アップ系でも、ある程度射程は伸びる。
そういうわけで、今の私からの距離はそれなりに遠いが、弓使いの価値観で言うところの長距離狙撃なんて距離ではない。
そんなそれなりに遠い位置にいる的、ドラゴンゾンビ。
そいつはヴェイセルに切られては再生し、反撃するという行動を繰り返していた。
このドラゴンは柔い。
ゾンビとなったからだろうか? 鱗の防御力が大幅に損なわれている。
対ドラゴンとは思えないほどに簡単に攻撃を通すことができる。
だが、その代わりに再生力が非常に高い。
ヴェイセルが斬っても斬っても再生している。深く斬り抉った傷だって即座に回復するし、それどころか完全に切断して切り落とした部位も再生する。
……不思議なのは前足。なぜか前足の骨は再生しないらしい。それ以外は骨を裂き砕いても、その骨が体に戻るようにして再生していく。……もしかしてゾンビ化する時点で既に前足の骨が無かったのだろうか? 元から骨がなかったから、そこの骨は回復できない……ということだろうか?
ドラゴンゾンビの前足は破壊されて再生すればするほど、異形の見た目へと変わっていく。
もはや複数の触手を鞭のように扱う有り様だ。とはいえ、動き自体は鞭に近くても、その扱いは洗練されていない。
……洗練されてはいなくとも、複数の巨大な触手が振り回される状況は、防御が困難だ。
そして、その困難な防御を成し遂げているのが我らがパーティのタンク、レオン。
彼の防御は本当に安心感がある。
本人曰く”勘”らしいが、なんというか……勝利の嗅覚? とでも言うべきものが優れている。どう考えても高精度の先読みを重ねているようにしか思えない動きで相手の攻撃を防ぎ続けている。……レオン本人は考えずに”勘”でやっているらしい。並外れたスキル外スキルとでも言うべきものがある。
両前足が振り回され、ヴェイセルとレオンの周囲は何度も地面が叩かれ弾け抉れるが……レオンとヴェイセルがその瞬間瞬間で立っていた位置は、その被害を受けることはない。
ヴェイセルの位置取りも、確実にレオンが守れる位置に入るよう徹底している。
ヴェイセルの剣が閃き、触手が三本千切れ飛んだ。
「アアアアガガァァァアアアアア! ニンゲン! ニンゲンンンン!」
ドラゴンゾンビはうるさい。もはやまともな知性は感じられない。
……前足の骨が無いことから、恐らくこの秘境にやってくるまでに、かなりの負傷をしていたのだろう。そして、人間への恨み具合から、その傷をつけたのはどこかの人間だと思われる。……そこまでやったなら確実にトドメを差しておいて欲しい。非常に迷惑。
……というか、嫌な予感がしてるのよね。
南東から飛来したってレウケーさんが言っていた。……南東にいて、ドラゴンを討伐できるのって……『守護の翼』、王族の近衛部隊……そして『光輝の剣』。……『守護の翼』や王族の近衛部隊が致命傷を与えた相手を取り逃すとは思えない。……『光輝の剣』の戦闘能力は高いけれど……あそこはやらかしかねないよね。
溜息をつきたくなるけど、ソレを飲み込む。
今はやるべきことをやらないとね。
「さて、私もいきましょう。……この地の精霊たちよ、我が矢に力を。この地を蝕む穢れを祓い給え」
今までこの地の精霊……レウケーさんのような実体を持てるような高位の精霊ではなく、目に見えない力そのものとして在る低位の精霊達と、一時的な契約を結んでいた。
この”安らぎの地”に精霊使いとしての魔力を流し込み、僅かな間”安らぎの地”の精霊から力を借りる。
十分にこの土地の力を借りられるようになった。これを矢に込める。
「【殺戮矢☆】……【貫通射撃Ⅴ】!」
清浄にして静寂。そんな力を帯びた矢に、更に破壊の力を乗せて打ち出す。
触手だらけの前足を振り上げたドラゴンゾンビ。その後ろ足を私の矢が貫通した。【殺戮矢☆】の破壊力と、この地の正しい在り方を示す精霊達の力によって、ドラゴンゾンビの左後ろ足が破壊される。
それによってバランスを崩したドラゴンゾンビの触手攻撃の軌道がズレた。ギリギリ、レオンにもヴェイセルにも当たらない。
その瞬間を好機と見たヴェイセルが、ドラゴンゾンビの懐に踏み込む。
その両手の剣は、真紅と暗紅の力を帯びていた。
ドラゴンゾンビの前半身に、幾筋もの光が走ったように見えた。
直後、その体がバラバラに引き裂かれる。
ドラゴンゾンビはドラゴンだった頃よりも大幅に防御力が下がっている。とはいえ、アレだけの巨体を一瞬でバラバラにするのは、流石はヴェイセルだと言える。
……けれど、残念ながらこれは時間稼ぎにしかならない。
この土地の性質も相まって、ドラゴンゾンビはこの状態からでも再生し、復活してしまう。ドラゴンゾンビの魂は、自らの怨念によって汚染されてしまっているものの……それでも消えたわけじゃない。魂がある以上、この地では生と死の間の者として在る事ができる。
そして、肉体は絶えず再生する。
やっぱりレティに来てもらって、バラバラにした肉体を凍らせ、この土地の外に運び出すしかなさそうだ。
バラバラになった肉片から飛び出した骨が集まり、更に肉が再生している。ヴェイセルはそれを止めること無く眺める。無論、戦闘態勢は取っているが、再生の妨害はしない。
しても無駄だからだ。骨の数も多いし、再生の妨害は手間が多い。しかも、妨害したところですぐに再生しようとするだけ。……それなら、再生してからまたバラバラにしたほうが効率がいい。
……見ている感じ、私の攻撃よりも、ヴェイセルの攻撃のほうが相手の再生が遅い。
恐らく、【神鳥殺しの終末剣☆】と【神匠遺産の呪剣☆】が相手の再生を阻害しているのだと思う。……とはいえ、再生阻害専門のスキルでも無いから、完全には止めきれない感じだろう。
ドラゴンゾンビが再生しきったところで、ヴェイセルが再度攻撃スキルを発動。再び体をバラバラにする。
……だが、両手に最上位スキルを維持したまま、攻撃スキルを連打するのは辛いだろう。今はアルマもこの場にいないし。
しかも、いくら〈清浄聖水〉を受けているとはいえ、ヴェイセルのいる位置はドラゴンゾンビの瘴気の真っ只中。全く影響を受けないというわけにはいかないはず。
……でも、それでも時間は稼げる。
この調子で時間を稼いで、レティ達が戻ってくるのを……!?
「【殺戮矢☆】……ティモーリアは間に合いませんね……ヴェイセル、レオン、気付いてください! 【貫通射撃Ⅴ】!」
私は矢を、形を保っているドラゴンゾンビの後ろ半身に向けて撃ち出した。
そして、私の矢が……私が不穏に思っている箇所の横を貫通する。
ヴェイセルとレオンはその矢を見て……気付いた。
二人は慌ててその場から退避する。レオンはヴェイセルを庇える位置に動き、盾を構えつつ下がる。
直後、ドラゴンゾンビの後ろ半身がいきなり膨れ上がり……爆発した。
一部の高位ゾンビは、腐敗した体からでる可燃性ガスを本能的に操り、魔法現象と組み合わせて爆発を引き起こす。ドラゴンゾンビはそれにより、自爆攻撃を行ってきた。恐らく後ろ半身に残っていた腸の当たりにガスと魔力を集め、盛大に自爆した。
レオンの盾が光り輝きその爆風を防ぐ。
……あれは、レオンの最上位スキルね。ゾンビの自爆は爆発の熱と爆風、それに腐敗による毒と病気、さらにはアンデッドの怨念を帯びた瘴気を振りまく複合攻撃。最上位スキルじゃないと防ぎきれなかったのでしょう。
ドラゴンゾンビは、爆発後も再び骨が集まり、肉も再生しようとしている。
厄介なことに……まだまだ戦闘は始まったばかりということらしい。




