第四十五話 汚染された住人
「発見したが……厄介だな」
帰ってきたザシャの表情が暗い。
「ドラゴンゾンビだが……この"安らぎの地"にいた生物を汚染して従えているようだ」
「そんな!」
レウケーの顔色が真っ青になっている。
……今まで荒らし回っていてそんなことはしていなかったのだろうか?
「まさか……皆の隠れていた場所が見つかってしまったの?」
「……ここの住人は今まで隠れていたのか?」
「……ええ。あのドラゴンゾンビの強すぎる怨念……この地の力で浄化しきれないほどの憎悪と穢れは、この地に住む者達にとっては猛毒のようなものです。……外から来た者ではなく、元からこの地に居た者達は皆特別な精霊です。生きても死んでもいませんし、肉体と魂の区別もありません。……あのドラゴンゾンビによる汚染は肉体だけでなく魂まで汚染し、存在を歪めてしまいます」
「……そうか。……そうなってしまった者を治す方法はあるのか?」
「……〈冥神の柘榴〉を食べさせ、その上で〈プネウマミントの薬湯〉を飲ませれば……きっと元に戻せます。〈冥神の柘榴〉は食べた相手を冥界に属する者へと変えるものです。普通の存在は事実上死んでしまう物ですが、既に冥界に属する者であれば食べることでその在り方を正しい形に整えることができます。そのうえで、体内に残留する汚染を〈プネウマミント〉で除去すれば、なんとかなるはずです。……ですが、ドラゴンゾンビに操られて暴れる皆にそんなものを食べさせたり飲ませることなんて」
「できるよ」
「え?」
「私のスキルならできる。問題ないよ」
「本当ですか!?」
「うん。安心して。……貴女の仲間は私が助けてみせるから」
確かに、敵対的な行動を取る相手を無理矢理押さえつけて柘榴を食べさせて薬湯を飲ませるというのは難しいだろう。一体だけならなんとでもできるが、それをしなきゃいけない相手が多数となると、ドラゴンゾンビと戦いながらそれをやり遂げるのは困難だと言える。
けれど、私なら問題ない。【道具使用】なら、食べさせることも飲ませることも必要ない。そのまま直接相手に効果を発揮できる。
……うーん、こういうときは【範囲道具使用】のランクを上げたくなる。でももう今の構成だと上げる余裕ないんだよなぁ。対象選択も一緒に上げないといけないし。
「ありがとうございます……この恩、どう返せばいいか……」
「いやいや、早いよ。まずは実際に救ってからだから」
「いや、待て。アルマの言う事もわかるが……成功報酬の話は大事だ」
「報酬ですか……そうですね。……貴方達の望むものは何でしょう?」
ヴェイセルに言われてみると確かにその通りかも。
レウケーはヴェイセルに成功報酬について問いかけたが、答えたのはレティだった。
「私達が求める報酬は〈冥神の柘榴〉と〈プネウマミント〉を譲っていただくこと」
「……そんなことでいいのですか? わかりました!」
……ん? 〈プネウマミント〉が必要なのは知ってるけれど、なんで柘榴も?
「おい、レティ。なんで柘榴もなんだ? 必要なのはプネウマミントじゃなかったか?」
私と同じ事を疑問に思ったらしいレオンがレティに問いかける。
私も興味を持って聞いていると……完全に頭に無かった話が出てきた。
「レオン……至上命題を思い出してみるといいよ」
「至上命題? 〈愚神の心臓〉を手に入れて王様から褒められたあれか?」
「アレも至上命題の一つだった。だが、アレ以外にも至上命題があるのは知っているだろう?」
「……なるほどな」
レオンは思い当たったらしい。私も思い出した。
そうだ……至上命題の一つに、〈冥神の柘榴〉の入手があった。
「〈冥神の柘榴〉を入手すれば……二度目の至上命題達成か。……いいね、それ」
「そのためにも、しっかり達成しなければな」
「冥神の柘榴は基本的に外の方には渡さないようにしているのですが、今回の状況を解決していただけるのでしたら喜んで差し出しましょう」
「やはり、普通は渡さないようにされているのですね」
「ええ。……現世に安易に持ち出すと……下手をすると冥神様のお怒りを買いますから。私は百年に一つ程度であれば人に与えることを許されていますが……今まで一度も渡したことはありませんでした」
……百年に一度。それは中々に貴重だ。
たぶん、戦闘能力だけで考えれば、無理矢理奪うこともできるんだろうけど……当然そんな事するわけ無い。……たぶんそんな事したらそれこそ冥神様の怒りを買って大変なことになるという問題もある。というか、そもそも精霊から無理矢理奪うという時点でありえない。
……アンガス達だと、勝手に無理矢理持ち帰って天罰が下ったりしそうだけど。
「そうなると、まずはその薬湯なんかの準備が必要だな。……ザシャ、悪いがしばらく見張りを続けてくれ。レウケー、必要なアイテムの準備をよろしく頼む。アルマはレウケーに同行してくれ」
「了解」
「わかりました」
「任せて」
すぐに姿を消すザシャ。
敵対的な保護対象が多数いるという状況がわかったため、他の皆は作戦を練り直し始めた。
私の方は、言われた通りレウケーさんについていく。
「こちらへ」
「ここは……神殿?」
不思議な石造りの建物だった。
すごく古い、けれど綺麗な建物。
「ええ。ここは冥神様を祀る神殿です。……中には、儀式に使う薬品を調合する場所なんかがあります。そこで薬湯を造ります」
「了解っ」
レウケーさんは足早に神殿の中へ。私も続く。
外から見たイメージ通り、古代の神殿という感じだ。……こういう遺跡があることは知っていたけれど、実物は初めて見た。……いや、ここの場合はそもそもまだ使われているから遺跡ではないのだけれど。
「調合をするのはこの部屋です。……ですが、まずは〈冥神の柘榴〉と〈プネウマミント〉を取りに行きましょうか」
薬湯を作る部屋をちらりと見て、すぐにレウケーさんは中庭へと足を向けた。
足早について行った私が見たのは……手入れの行き届いた美しい庭だった。
……冥神様の神殿と聞いて、正直もっと陰鬱な場所を想像していた。けれど、この場所は全くイメージと違う。明るい光に満ちた、美しい場所だ。
明らかに真ん中の木に柘榴がなっている。
けれどレウケーさんは入口から少し遠い位置の花壇へと足を向けた。私もついていくと……あ、ミントがある。これが〈プネウマミント〉か。
こっそりと【道具鑑定Ⅴ】。うん、〈プネウマミント〉。素材アイテムね。……煎じて薬湯にすることで薬品アイテムになる。
レウケーさんはミントをいくつも積んで、いつの間にか持っていた籠に入れていく。……さっきちらっと見た部屋にあったから、そのとき手に取っていたのかな?
結構な量のミントを収穫。
それから、柘榴の木の近くにある泉へ移動。……大理石で造られた泉だ。そこに、これまた大理石の桶。……重そう。
レウケーさんは大理石の桶に水を汲んで、さっきちらりとみた部屋へ戻っていく。
「柘榴はまだ採らないんですか?」
「ええ。ドラゴンゾンビのところにいく直前に準備しましょう。……みんなが隠れている場所がバレたのだとしたら、最悪三十人ほど汚染されていることになります。なので、かなりの量の柘榴を収穫しなければいけません。今採っても邪魔になるでしょう?」
「なるほど、わかりました。……ただ、一応私は一つのアイテムで三人まで効果を及ぼせるので、レウケーさんの想定よりは少なくて済むと思いますよ」
「なんと! 素晴らしい能力ですね! では、柘榴の必要最低数は十個……失敗した時などのために予備を三個程持って行くとして、合計十三個収穫しましょう」
「わかりました」
言っているうちに、部屋についた。
ふむ? ……これまた大理石の……瓶? それにさっきの水とプネウマミントを入れていく。
そして、レウケーさんが何かを唱えると、大理石の瓶から熱を感じ始めた。
「……火を使わずに温める魔法ですか?」
「ええ。この地ではあまり火は好ましくありません。だから、直接熱を与えるような魔法を使っているのです。……すぐできるので待っていてください。できたら小瓶に詰めましょう」
言われるままに待つ。
これが完成したら、柘榴を収穫して……それからヴェイセル達と合流して、いよいよドラゴンゾンビ討伐だ。




