第四十四話 秘境の性質
「それで、この秘境はどういう場所なんだ?」
作戦を考えるうえで、まず前提の確認が必要だ。
ヴェイセルはレウケーに問いかける。
「……この秘境は、生と死の堺目だと思ってください」
「生と死の境目?」
「ええ。この地は生と死の境目。秘境の外側……浅い場所ほど生に、内側の深い場所程死に近づきます。物理的な距離が、そのまま生死の距離となるのです。……最深部は安らかな冥界へと繋がっています。……故に、ここは"安らぎの地"なのです」
安らかな冥界。
……死後の世界を語る伝説は数多存在するけれど……大体が良き魂が至る安息の場所か、悪しき魂が至る浄罪の地だ。
ここの奥は、安息の場所に繋がっているということか。
「つまり……奥に行き過ぎると死ぬ?」
「……確かに、奥に行き過ぎれば死者となります。ですが、肉体が無事でさえあれば、そのまま外縁に戻って来ることで生者に戻れます。……ただし、死者の状態で、秘境の奥にある物を口にすると、戻ってくることができなくなります」
「……なるほど。冥界のものを食べると冥界の存在になってしまうということか」
「その通りです」
これもまた、数々の伝説に語られるものだ。異界の物を口にすると、帰ることができなくなる。
「この地における死者と生者の違いは?」
今回の質問はレティ。……まぁ、確かにさっきの説明だと、死者も生者も違いがなさそうだよね。私も気になった。
「死者と生者では、肉体への依存度が違います。完全な死者に近づくほど、肉体は不要となります。生者に近づくほど肉体が必要です。肉体が酷く損傷していても、この地の奥に近い場所であれば問題なく意識を維持できます」
「……なるほど」
「更に言えば、この地の中で肉体が死んだ者は、その肉体を再生した上で外縁まで移動させれば生き返らせることも可能です」
「……なんというか、反則じみているな」
「ええ、反則ですね。そういう法則ではありますが、悪用しすぎると冥神の裁きを受けるでしょう」
「ああ、なるほど……」
そりゃ、冥界の神様は安易な生き返りなんて許さないよねぇ。
「……そうなると、邪竜も死にかけたからここに来て、死んだ後に肉体を再生させてから出ていき蘇生するのが目的だったのか? 死んでもいい場所に一時的に避難しに来たと?」
「……いえ、恐らくあの邪竜はこの秘境の性質を分かっていません。あの邪竜がこの地にやってきたのは、この地には不老不死となることができる果実があるという伝説を知っていたためでしょう。……その果実を手に入れ、それによって致命傷から生還することを目的としていたのだと思います。そうでなければ……恐らく、あの邪竜にはもっと効率よく生き返る方法があったでしょうから」
「……邪竜はこの地の性質を知らなかった結果、そのまま死んでしまったわけか。……だが、この地で死んでも奥へ進めば意識は残せるのだろう? なぜアンデッドとなった?」
「……そもそも、この地にいる間、全ての存在は事実上アンデッドのようなものです。生と死の間にいるわけですからね。けれど、一般的なイメージでのアンデッドとは違います。なにせ、死の穢れを帯びていませんから。……ですが、生と死の間にいる以上、この地にいる存在は強い憎悪を持っていれば容易く穢れを帯びます。……元来、この地の奥にある冥界は、その憎悪を拭い去り、安らぎを与えます。この秘境も同様の性質を帯びているのですが……冥界の手前でしかないこの秘境の力には、残念ながら限界があるので。あまりに憎悪が強いと、それを拭い去ることができず、アンデッド化してしまいます。邪竜がドラゴンゾンビとなったのは、あまりに強い憎悪を抱いていたからです」
「憎悪の相手は……恐らく竜に致命傷を与えた存在だろうな」
「……邪竜の血があったのは変異体トロール達のところだけど……致命傷を与えるなんて、トロールには無理だよね?」
「ああ。どちらかというと、既に致命傷を負っていた邪竜をみて、今なら倒せると踏んで追い打ちを掛けたんじゃないか?」
邪竜に致命傷を与えられる程の存在か……うーん、イメージつかない。
……致命傷まで与えたなら、きっちり殺しておいて欲しい。
「まぁ、状況はわかった」
「倒し方としては……ドラゴンの魂を秘境の奥の冥府に押し込めばいい?」
「いえ。彼の地にあの竜の穢れはよくありません。アンデッドと化す前なら冥府にてその憎悪を拭い去ることができたかもしれませんが、今となってはそれも不可能です。アンデッド化は魂を完全に穢してしまいますから。……なので、このまま邪竜を押し込んでしまうと、冥府に穢れを持ち込んでしまう。ですので……ゾンビと化した邪竜の肉体を完全に損壊させた上で、その肉体を秘境の外に出してください。肉体さえなければ、秘境の管理者である私の権限で、竜の魂は対処できます」
「……この土地で、相手の肉体があると使えない権限ってのはどうなんだ?」
「……いえ、普通なら肉体があっても使えるんですよ。……私が気付いたときには、既に邪竜の肉体はあまりにも強い穢れを帯びてしまっていました。そのせいで、魂まで力を届けられなくなっていたんです。邪竜ほど強大な存在が、極めて強い憎悪を抱いていたからこそ起きた事態ですね」
「なるほどなぁ」
状況は分かった。
今度重要なのは手段だ。
「どうやって邪竜を秘境の外に出すかだな」
「……バラバラにしたドラゴンゾンビの肉体を……アルマに運んでもらうか?」
「えぇ? ……うーん、たぶんゾンビ化しちゃってると肉も鱗もアイテム判定受けないよ? 骨ならもしかしたら収納できるかもだけど」
役に立ちたいのは山々だけど……ゾンビの腐肉って基本的にアイテム判定されないからなぁ。
ドラゴンゾンビは会ったこと無いから確実なことは言えないけれど、今までの傾向的に多分無理だと思う。死霊術師は利用する事があるみたいだけど、あくまでアイテムではない判定らしい。ややこしい。
骨に関しては穢れを帯びたドラゴンの骨ってことでアイテムと判定される可能性はある。……だから、ドラゴンの骨ならたぶん即時収納と運搬が可能だ。
「……なら、肉を焼き尽くせばいいのでは?」
「誰が燃やすんだ?」
「……ヴェイセルが【神鳥殺しの終末剣☆】を使えば?」
「俺かよ……というか、アレは相手を焼くような力はないよ」
「え? アレで切られた相手、なんか断面が焼けてるような感じがしない?」
「……まぁ、高温ではあるからな。だが、相手を燃やし尽くすような力はない。……むしろ、アウラが炎の精霊の力を借りたうえで【狩猟月女神の一射☆】したほうがいいんじゃないか?」
「え、今度は私ですか? ……絶対に無理とは言いませんが、専門ではありませんからね。相手がドラゴンゾンビともなると、火力が足りない可能性もあります」
「私が凍らせて普通に運び出そう。レオン、そのときは押して」
「……まじかよ。……ヴェイセル、できるだけバラバラにしてくれよ。そんでお前らも手伝え」
「まぁ、そうなるか」
あ、良かった。私が運ばなくていいのね。
役には立ちたいけど……流石にゾンビの素材を何の処理もせずに即時収納して運ぶなら、一旦今背嚢に入っているアイテムを出して退避させないといけないからね。精霊さん曰く穢れ強いらしいし。
運び出し方は決まった。
けれど決まったのはフィニッシュとその後だ。
次はそこまでの道筋を考えないとね。
「さて、それじゃ次だ。どこで、どう戦うか。まずはドラゴンゾンビの現在地点の把握からだな。……レウケー、ドラゴンゾンビは今どこで何をしているんだ?」
「ドラゴンゾンビはちょうど秘境の中程ぐらいの地域を荒らし回っています。……それこそ、穢れを振りまくように。……眠ることすら無く常に動き回っているので、縄張りのような場所があるわけではありません」
「……穢れを振りまくように荒らし回っているって……それ、まずいんじゃないか?」
「ええ。非常にまずい状況です。だからこそ、貴方達に依頼しているのです。……このままでは、ここは安らぎの地ではなくなってしまう。そうなれば、いずれ冥府の方にも影響が及びます。そうなっては、冥府で安らかに眠る魂たちに、そして私を信頼しこの地を任せてくださった冥神様に申し訳が立ちません」
「かなり緊急だな。……それに、常時移動しているってことは、まず発見した上で作戦決行まで捕捉し続けないといけない。……ザシャ」
「ああ、任せろ。巨大なゾンビ相手なら俺は戦闘の要にはならんだろうし、早速本来の役割に移らせてもらう」
「ああ頼んだ」
ザシャの姿が消える。
我がパーティの斥候役。Sランク密偵の本領発揮の時間だ。
偵察は完全にザシャに任せ、他の皆は様々なパターンで戦闘プランを練っていく。
この地の先で眠る魂たちのためにも、頑張らなきゃね。




