第四十三話 憎悪
【邪竜視点】
あれ程の屈辱を感じたのは初めてだった。
そもそも矮小なヒト風情が我に傷を付けるだけでも許せぬことだというのに! あの不遜な者達は我を甚振り、嘲ったのだ!
許せぬ。許せぬ許せぬ許せぬ!!!
腸が煮えくり返る!
奴らをバラバラに引き裂いて、奴らの守った都市も蹂躙し、完全に破壊し尽くさねば気がすまぬ!!
……だが、そのためにはまず傷を治さねば。
今は魔力で傷を塞いでいるが、治ったわけではない。気を抜けばすぐに傷が開く。……今までにも飛んでいて何度か意識が遠のき、魔力制御がおろそかになって出血してしまうというのを繰り返していた。
我は傷を治すために秘境を目指している。"安らぎの地"などというふざけた名のあの秘境には、不死の果実があるという。それは、強力な再生能力を与えるとも。
それを喰らい、体を再生させ、人間どもに目にもの見せてくれる!!
……それにしても、身体が重い。
傷が深すぎる。
地上から攻撃を受けないよう、超高空を飛んでいたが……このままでは魔力が足りぬか。
……くっ! 傷口を塞いでいる魔力も足りぬ。
このままでは、秘境の手前の森に墜落する!
ぐっ、飛行の魔力が足りなくなった!
落ちる! 落ちるだと!? この我が、無様に!?
人間に付けられた傷が原因で、空から落下する!?
クソっ! ふざけるな! なぜこの我がこんな無様な目に!
いや、まずは冷静にならねば! この落下速度で地面に叩きつけられれば、今の傷を負った状態では致命傷になりかねない。
まずは減速を! やむを得ん。傷口を塞ぐ魔力を飛行に回す!
血が勢いよくこぼれ、同時に命が漏れ出ていくのを感じる。だが致し方ない。
まずは止まれ! 止まれ! 止まれ止まれ止まれ!!
かろうじて、地面寸前で止まった。森の樹木に触れられるほどに高度が下がったが、地面には叩きつけられずに済んだ。
一旦着陸するかとも考えたが……木々が邪魔だな。
仕方ない……このまま低速で飛ぶしかないか。だが、悠長にもしていられぬ。今も出血は続いていて、死が近づいてきている。
早く、早く秘境にたどり着かねば。
だが、そう思って飛んでいる最中のことだった。
「ガァ!?」
突然の痛み。
腹に、粗末な槍が突き刺さっている。原始的な槍だ。……普段の我であれば傷一つつかぬであろう。だが、今は我の鱗はあの剣士のスキルのせいでその防御能力を失っている。
役立たずになった鱗は小汚い槍による貫通を許し、我に痛みとともにさらなる血を流させる。
「誰だ! 我にこのような粗末な槍で攻撃を仕掛ける身の程知らずは!」
そう叫びつつ、槍の飛んできた方を見た。……逃げ去るときにわざわざ大量の魔力を消費してまで再生した眼球に、我を攻撃した者達の姿が映る。
ふざけるなよ……?
我は怒りに震えた。
何たる不遜か。
よもや! トロール風情がこの我を狩ろうとは! 身の程知らずどもが!!
「貴様ら何のつもりだ? この我に攻撃を仕掛けるなど! そんなに死にたいのか?」
我が怒りとともに問いかけると、トロールの親玉はにたりと、不快な笑みを浮かべた。
「ククク……ワレラ、オマエガオチテクルノ、ミタ。オマエ、キズダラケ、シニカケ、ヨワッテル。イマノオマエ、ヨワイ。コロセル! コロシテ、クウ!」
「……トロール風情が、よくもそこまで思い上がったな!」
直後、我は怒りのままにブレスを放った。
トロールごときになめられたら終わりだ
一撃で消し炭にしてくれる!
我の口から放たれるのは、この世で最も尊き炎! 最も濃い魔力を帯びた光の柱! トロールごときに防げる道理はない!
魔力不足の我には撃てぬだろうと見くびっていたか? これがその代償だ! 冥府で悔いるがいい!
トロールの親玉もその取り巻きも、回避する事すら出来ず一瞬で灰燼に帰した。
ふん、思い知ったか、身の程知らずが!
……クッ、魔力を使いすぎた。
仕方ない、一旦着地して休息をとらねば。
そう思い、降りられそうな地点を見つけ、地面に足をつけた直後だった。
「センシタチヨ! カカレ!!」
多数のトロール達が一斉に襲いかかってきた。
クソ! なんだ!? なんなのだ!?
さっき倒したトロール達以外に別働隊がいたのか!?
我の身体に群がるトロール達。
全身、あちこちに何度も痛みが走る。
ぐぅぅ! まずい! まずいぞ!
このままダメージを負い続ければ本当に死にかねない!
薄汚い斧で攻撃され血が噴き出す。
粗末な槍で突かれる血が噴き出す。
剣や棍棒による攻撃もきついダメージだ。
どうする? どうすればいい!?
一瞬で反撃してこつらを全員殺すか?
……いや、ダメだ。
それをやれば本格的に魔力が枯渇する。そうなったら十日近く身動きが取れなくなる。そんなことになるわけにはいかない。
そうなると、今我が取れる選択肢は……逃亡?
逃亡? 逃亡? 逃亡だと!? 逃亡!?
ダメだ! トロール相手に逃げるなど、竜のプライドが許さない。そんなことにできるはずがない!
だが、それでも、それしかない。
我はそこでプライドを捨てた。
トロール達から逃げ、秘境を目指す。
トロール達から受けたダメージのせいで、更に死が近づいている。
早く。早くたどり着かねばならないのだ。
あのトロール達は、この秘境から出たら真っ先に殺し尽くしてやる。
我は魔力量ギリギリで、秘境に辿り着いた。
だが辿り着くまでしかできなかった。
無理だった、魔力が足りぬ。
この地にある不死の果実さえとることができたなら、すべて我の思い通りになるのに!
ああ、ダメだ。身体が一切動かない。
我は死ぬのか?
ダメだ! 死ぬわけにはいかないれ!
あのトロール達にも、あの人間どもにも、絶望を与えなければ気が済まない!
これではダメだ! ダメなのだ!
何をやってでも、我はやつらに思い知らせる。自分達の愚かな行為の結末を体感させてやる。
それが叶うまで、死ねない。死んでも死にきれない!!
なんとか、なんとか長らえる方法を!
……だが、結局その願いは叶わなかった。
我はそのまま、秘境の外縁部で死亡した。
邪竜と呼ばれ、恐れられてきた我の最期はこんなにも呆気ないものだった。
許せぬ。ああ……許せぬ許せぬ許せぬ!!
我が死ぬ原因になったもの。それらを我は許さない。
そいつらを殺し尽くすまで、我は死ねぬ!
その思いが、我の身体と魂を作り変えた。
体の肉が腐っていく。
だが同時に、失われていた両前足などが再生していく。
周囲には瘴気を発し、秘境の強い生命力をもつ植物族すら枯らしていく。
「最高にして最悪の気分だな」
……それにしても、この秘境、不快だな?
我がこんな思いをしているというのに、"安らぎの地"だと? 我に安らぎを与えてもいないのに?
なんとふざけた土地だ。
ふん、あの人間どもやトロールを殺すより先に、この秘境をぐちゃぐちゃにしてくれるわ!
我がアンデッドになってしまったというのに、他の誰かが不死になったりすれば不愉快なことこの上ないしな!
不死の果実があるというこの秘境を滅ぼしてしまえばそのようなことも起こるまい!
そもそも、この土地には無数の植物が生い茂り、生命を謳歌している。
なんだそれは? 我への当てつけか?
いいだろう。この秘境を穢れで満たし、安らぎなど微塵もない絶望の地に変えてくれるわ!
※※※
「ドラゴンゾンビは、現在秘境を滅ぼそうと動いています。あの土地は世界にとっても大切な地。それがドラゴンゾンビに穢されれば、世界全体が重大なダメージを負うことでしょう。どうかお願いします。ドラゴンゾンビを、どうか討伐してください」
「話はわかった。……いいだろう。俺達『導の煌星』は秘境の精霊レウケーに協力しよう」
「こんな素晴らしい土地が、アンデッドの穢れで汚染されるなんて、絶対に見過ごせませんからね」
アウラの気合の入れようがすごい。流石エルフってところかな?
その後、私達は対ドラゴンゾンビの作戦を話し合った。
この秘境を守り、依頼を達成するために。




