第四十二話 休息
難所を抜け、秘境に近づいてきた。
不思議と、この辺りにはあまり魔物がいない。
今夜はゆっくりできそうだ。
今日も鹿肉。数日で飽きたりはしないよ? すごくおいしいから。
サイレントビーの巣から取れた蜂蜜もある。……撹拌しながら加熱処理しないと毒があるけど、味は絶品。これと香辛料、塩、出汁、ワイン、ベリー、バターなんかを合わせるとなかなかいい感じのソースになる。入れる量には注意がいるけどね。……出汁の水分を飛ばしてほんのちょっととろみというか……ソースに照りが出てきたぐらいでオーケー!
ちなみに出汁はマーナガルムの肉と骨から取ったもの。マーナガルムの肉は硬いけれど、出汁は旨味が強い。ついでに長時間煮込めばちゃんと食べられるぐらい柔らかくなる。狼系だから美味しくなさそうに思えるけど……実は中々の食材。臭みもない。
……そんなに煮込む時間はなかったので、アウラに頼んで精霊魔法を使ってもらい、鍋の中を加圧して時短した。
そんなわけで、鹿肉ステーキ、ベリーソース添え。
こんなに気合い入れて料理したのいつ以来だろ。『光輝の剣』が金級に上がってすぐの頃以来……ぐらい?
……最近まで、料理は作らずに〈栄養棒〉を使用して済ませてたからね。金銭的にも時間的にもアレが一番安上がりだから。
うん、心が貧しくなる生活だった。
逆に『導の煌星』に入ってからは、ハウスにいるときはアンネが作っていたし、冒険中は凝ったものを作ったりはしなかった。……そう考えると、今回はなかなか無い機会かも。
今は冒険中だけど、周囲には全然敵の気配ないからね!
しかも、王都のダンジョンと違って、敵を普通に食材として活用できるし。……あのダンジョン、食材になる敵少ないんだよね。だからこそ持ち込める食料の量が重要で、私も活躍できるわけなんだけど。
……逆に言うと、ちゃんと食材確保できるこういう土地での冒険は、私の冒険者としての価値はダンジョン探索時より落ちる。だから、こういうことでちょっとでも貢献しなきゃ。
ステーキにがっつく皆に、マーナガルムの肉の煮込みも渡していく。塩ぐらいしか使ってないけど、美味しいぞーこれは。……手伝ってくれたアウラには感謝だね。
「マジで滅茶苦茶うめーな。店だせるんじゃねーか?」
「それは褒めすぎ。料理系スキル無しで店を出すのは厳しいよ」
「そうかぁ? アルマの料理の方がそこらの料理屋より美味いと思うが」
「これには相応の手間が掛かっている上に材料がいいの。店でこれを出すなら、料理用の時短系スキルとか食材節約スキルとか無いと無理。もしくは一日限定何食とかにしてかなり高めの価格設定にするか」
「あーそういうことか……なるほどなぁ」
料理系スキルは何も料理を美味しくするスキルばかりじゃない。料理するスピードをあげたり、食材の端材を有効活用したり、様々だ。
ちなみに料理人のビルドで一番大変なのは魔法料理特化。Sランクでもスキル枠がかなりギリギリで、料理の腕自体はほぼスキルに頼れないらしい。しかも料理以外に魔法の腕前まで自力で鍛えないといけない。……そして、その上で美味しいほど効果が強くなるのだから、その道を進む人は料理に人生を捧げるそうだ。
料理系スキルをとれるのは何も料理人だけではない。たとえばアンネのハウスキーパーなんかも料理系スキルを取れる。実際、アンネは時短系スキルを取っているはずだ。
「アンネと協力すれば店をだせるんじゃないか?」
「ヴェイセルまで……なに? そんなに私に冒険者をやめてほしいの?」
わざと、ちょっとだけ拗ねたように言ってみせた。
「いやいやいや! そんなわけないだろ!」
「ヴェイセルがアルマを追い出そうとしてるなー酷いやつだなー君はー」
棒読みでレティが冗談を言った。たまにやるんだよね、こういうこと。
「ひどいですよヴェイセル」
それに乗っかるアウラ。
「レティ、棒読みで人聞きの悪いことを言うな。アウラも分かってて言ってるだろ。……というか、追い出すは冗談でも無しだろレティ」
「あはは、気にしないよヴェイセル」
ヴェイセルは気遣うようにこちらを見てきたけれど……そんなに心配しなくてもいい。
「今の私は、追い出されないぐらいには活躍しているって自信もあるし……皆を信頼もしているからね。皆なら、私を理不尽に追い出したりしないでしょ? だから、このくらいの冗談は流せるよ。……というか、話の流れ作ったの私だしね」
そう言って笑うと、皆も微笑みを返してくれた。
「そうか。……それは、ありがたいな。信頼してくれていると言うなら、その信頼に応え続けよう」
「ははっ! アルマも自信がついてきたようでなによりじゃねぇか!」
「信頼関係の構築の結果、アルマの働きも更に良くなっている。好循環だな」
「私はもう、アルマのいない探索には戻れません。もしパーティを抜けると言っても逃がしませんよ?」
「アルマはもはや私達にとって、なくてはならない存在だ。私達も君を信頼している」
……皆、嬉しいことを言ってくれる。
こりゃ、やる気が出るってもんだね。
「ふへへ……そしたら、やさしい皆にはとっておきをあげちゃおう。……じゃーん! エルダートレントの果実ー!」
「「「おおー!」」」
ふっふっふ! 貴族でも中々食べられない高級食材。エルダートレントの果実! 大きなライチみたいなその実は、デザートの材料にしてもよし! そのまま食べても絶品! 最高級の果物だ。
倒したエルダートレント達から回収していたのだー! これも高位冒険者の特権だね。
この晩、みんなは鹿肉とマーナガルムの煮込みとエルダートレントの果実をたらふく食べ……翌朝になって食べ過ぎたことを後悔した。
いや、うん。普通にもうちょっとペースを考えて食べるべきだったね。勿体ない。
まぁ、そもそも現地調達なしでも大丈夫なように準備していたから、使いすぎて食料が足りなくなるなんてことはない。……単に美味しい食事を食べられる日数が減っただけだ。昨日の夕食の満足度を思えば……いや、やっぱ釣り合わないかも。なにやってんだ私。美味しい食事の回数が減るなんて、心の栄養面で致命的じゃない!?
※※※
今日も朝から着実に進んだ私達はようやく秘境へと辿り着いた。
秘境"安らぎの地"。
ここは魂が安らぎを求めてやってくる場所らしい。
大森林と秘境の境は明確だ。
秘境側には白ポプラの木ばかりが生えているのだ。
大森林の様々な植物が生存競争を繰り広げる世界とは全く様相が違う。
「ここが"安らぎの地"……」
「なるほど、確かに秘境なんて言われるだけのことはある」
「ここ、かなり精霊が活発ですね。……けれど、なにか精霊が普通と違うような……」
「魔力も信じられないほど濃い」
気配というか……この場の空気感とでもいうといいのかな? それが、普通の場所と全く違った。それこそ、違う世界に迷い込んだような気分。……いや、あるいは本当に違う世界に迷い込んだのかもしれない。
足を踏み入れた世界の空気に驚いていると、一つの気配が私達の前に現れた。
皆、一瞬戦闘態勢を取ったが、すぐにその構えを解いた。現れた気配からは戦意を感じなかった。
気配は人型となり、美しい女性を形作る。
そして、現れた女性は私達に頭を下げ、心に染み入る様な美しい声色で話しかけてきた。
「ようこそ、"安らぎの地"へ。私はレウケー。この地を管理している精霊です。どうぞお見知りおきを」
!? 秘境を管理する精霊? そんなものがいるのか。
レウケーは驚く私たちに、さらにもう一度頭を下げる。そして、切羽詰まった声で言った。
「皆様を強い力を持つ方々と見込んで、不躾ながら頼みたいことがあります。どうか私の願いをお聞き届けいただけないでしょうか?」
その言葉に、私達は顔を見合わせた。代表でヴェイセルが問い返す。
「内容によるよ。差し支えないなら、何を頼みたいのか教えてほしい」
「この地に最近やってきた厄災を倒してほしいのです」
「厄災?」
厄災と聞くと嫌なイメージがよぎる。厄災という言葉自体は一般的なものだけれど……私達この国の冒険者にとって、それが指すものは一つだけだから。
……だが、今回の厄災という言葉が指すものは別のものだった。
「はい。……南東より飛来した邪竜。その成れの果て……ドラゴンゾンビの討伐をお願いしたく思います」




