第四十一話 難所
さて、秘境を目指すうえで、最大の難所が近づいてきた。
目撃証言や地形から推定されるマーナガルムとエルダーイビルトレントそれぞれの生息地域。その重なる地点。
しかも避けようとすれば、片側は崖に阻まれ、逆側はクイーンアルラウネの領域に踏み入ることになる。
難所だが、他よりはマシだからここを通るしかない、という厄介な地点だ。飛行能力があれば崖側を飛んでいくといいのだろうけれど、残念ながら私達のパーティに飛行能力はない。……正確に言うと、長時間の飛行能力はない。短時間なら、アウラが風の精霊の力を借りる事で飛行能力付与できるらしい。
そんなこんなで、難所だ。
地形的な難所ではなく、魔物の生息域的な難所。……いや、木の密集具合やそこかしこにあるぬかるみ、突き出した根で凸凹した地面、光を遮る木の葉の屋根。ただ探索するだけならともかく、戦闘もしなければならないと考えると……地形的にも難所と言えるかもしれない。
そんな厄介な場所で、やはり私達は魔物との戦闘を強いられていた。想定はしていたけれどきついよ。
地形だけでなく敵も厄介。邪竜の血肉を喰らったマーナガルムなんていう悪い予想こそ外れてくれたけれど……下手するとそれ以上に厄介な状況だ。
「あのエルダーイビルトレント! 俺達をマーナガルムごとやるつもりだ!」
「だがアレに対処していたらマーナガルムに隙を突かれるぞ!!」
きつい! 状況が常に目まぐるしく変わる!
私達、マーナガルム二体、エルダートレントの群れを率いるエルダーイビルトレントの三つ巴。……一応三つ巴だが、マーナガルムもエルダーイビルトレントも優先攻撃対象は私達。もう一方は倒せればラッキー程度で本気で狙ってはいないらしい。
敵は一体一体がかなり強力。普通のエルダートレントは数体倒したが、それでも隙をさらせば一気に追い詰められる。全く余裕がない。
「くそっ……この難所だけならダンジョンの第十二階層に匹敵するんじゃねぇか?」
「きつさの種類が違う。十二階層はもう少し楽な戦闘を何度も何度も行うことになる。ここは……こいつらを倒せたら一旦終わりだけど、簡単には倒せないぐらいにつよい」
「……ザシャ。悪いが頼む」
「久しぶりだな。了解だ。……エルダーイビルトレントをやろう」
今の会話で、ザシャは姿を……消すのだろうと思っていたんだけどね。普通にその場にいるね? 何をするつもりなんだろ?
「レオン、マーナガルムを抑えろ。アウラはいつでもザシャに合わせられるように準備を」
「おう」
「了解です」
「レティ、不測の事態に備えて拘束系を準備。アルマ、もし対植物に有効なアイテムがあるなら、ザシャとアウラの攻撃に乗せてくれ」
「了解」
「私も了解。ちょうどいいのがあるよ」
私は荷物から〈エディアの過ち〉というアイテムを取り出した。かつてエディアという国で作られたという、炎の精霊の魔力を精製した結晶体。
人体を発火させる非人道兵器であり……生物体内の水分と反応して強く燃え上がる。枯れ木より生木の方が燃やしやすいという特殊なアイテムだ。
ただし、炎に耐性を持つ相手には一切効果を発揮しないのが欠点だ。それが大したことない耐性だったとしても、炎耐性を持っている時点で反応が起きなくなってしまう。
今回使う相手はトレント系だ。こいつらは炎への耐性がない。使いどころだ。……トレントのような十分に瑞々しい植物相手なら、かなりの威力を発揮するはず!
「【道具使用】。いいよ。ついでにヴェイセルにもかけた」
「よし……じゃあ始めよう。俺もレオンと一緒にマーナガルムを牽制する。早めにエルダーイビルトレントを倒してくれ」
ヴェイセルの言葉に、ザシャが頷いた。そして、ザシャはそのスキルを行使した。
「【冥導の伝令神✩】」
その言葉と共に、世界が変わった。
なに、これ?
???!!?
私、エルダーイビルトレントの背後を取って……え? エルダーイビルトレントに攻撃を……いや、そんなことはない。私は動いてない。
これ……ザシャの視界だ。
世界が三重? 四重? に重なって見える。
私の視界。
ザシャの視界。
私達を真上から見下ろした俯瞰の視界。
そして、ザシャの視界に重なる魔力視の視界。
情報共有系の最上位スキルかな。
いや、それだけじゃない。ザシャのスピードが圧倒的すぎる。敏捷性重視の身体強化スキルと情報共有スキル、魔力視スキルの複合最上位スキル?
なにこれ、すごい。
凄まじい速度でエルダーイビルトレントの背後を取ったザシャは、その速度のまま特に魔力の強い部分にナイフを突き立てた。
「ウゥウウウヴァァァァーーー!!!」
突然の奇襲を受けたエルダーイビルトレントが叫びを上げ……直後に発火した。
恐ろしい力を持つ大樹が煌々と燃え上がり、悶え苦しむ。
そんな燃える大樹にダメ押しが飛ぶ。
「【狩猟月女神の一射✩】!!」
輝きが落ちた。
ザシャの視界が示した魔力の集中点。そこをアウラの最上位スキルが貫通した。同時に〈エディアの過ち〉がアウラの一撃によって穿たれた穴の周囲を強く燃え上がらせる。
魔力の集中点を二箇所穿たれ、更には〈エディアの過ち〉で炎上しているエルダーイビルトレントは、そのまま呆気なく燃え尽きた。
リーダーをやられ、エルダートレント達に動揺が広がる。もうこいつらは烏合の衆だ。一旦無視出来る。
ここからはマーナガルム二匹に全力投入だ。
「【道具使用】」
取り出しておいた〈下級スタミナポーション〉をザシャ、アウラ、ヴェイセルにかける。
マーナガルムの厄介な点はその速度。圧倒的な敏捷性。しかも、この二匹は連係能力も高い。攻撃時の隙ももう一方がカバーしている。
ヴェイセルがスキルを使おうとしても、すぐに間合いから逃げられる。レオンも、前衛を迂回して私達後衛が狙われるということがないように、位置取りに必死だ。
そんな状況を打開したのは……ザシャだった。【冥導の伝令神✩】の効果はまだ持続している上に、隠密系スキルまで併用して、マーナガルムに不意打ち。
マーナガルムの一体がレオンに攻撃を仕掛け、もう一方がカバーに入ろうとしたとき……そのカバーに入ろうと駆け出した足を切った。
四本有る足のうちの一本。完全に動きを封じることは出来ない。……このランクの魔物は苦手属性以外には耐性を持つ事が多く、マーナガルムも例に漏れない。だから、〈エディアの過ち〉による燃焼も発生しない。
だが、それでも、確かに運動能力は損なわれた。
それは、ほんの一瞬、カバーに入るのが遅れるだけの影響でしかない。
だが、その一瞬の遅れが、攻撃を仕掛けたマーナガルムにとって致命的だった。
高い連携能力を持つ二匹のマーナガルム。そこには確かな信頼関係があった。……それが、仇になった。
攻撃スキルを構えたヴェイセル。本来なら、スキルの発動を潰すために、もう一体が攻撃を仕掛けるはずだった。マーナガルム達もそうなると思っていただろう。
けれど、そうはならなかった。
その一瞬で、勝敗は決した。
「【剣嵐Ⅴ】!」
マーナガルムの持ち味は敏捷性。防御力は同ランクの他の魔物に劣る。
直撃すれば【剣嵐Ⅴ】だけで火力は十分だ。
慌てて攻撃をやめて逃げようとするが、間に合わない。
一瞬で繰り出される超連撃。
その攻撃で、マーナガルムは死へと落ちた。
そして、そのマーナガルムの死は、もう一体のマーナガルムに隙を作った。
何を思っただろう? 自分がカバーできなかったことで、相棒が死んでしまったのだ。悔恨だろうか? 激怒だろうか? 悲哀だろうか?
何にせよ、その隙もまた致命的だった。
「《氷の神枷》」
氷の縄がマーナガルムを拘束した。
持ち味を完全に殺されたマーナガルムに、未来はない。
「【貫通射撃Ⅴ】!」
その状態でアウラの攻撃から逃れる術はない。
そうして、この戦場の勝者は決まった。残りのエルダートレントは消化試合だ。……というか、一部のエルダートレントは逃げ始めているし。……逃さないけど。
こんな厄介な戦いだったんだから、いろいろ素材になってくれないと割に合わないからね!
……ヴェイセルが倒したマーナガルムは……仕方ないとはいえ、毛皮は売り物にならないなぁ。




