第四十話 大森林の奥地
アルトファウヌ大森林探索三日目。
トロールのような特殊な変異体とは遭遇していないものの、段々と現れる魔物が強力になってきた。
「止まれ」
ザシャの静止。皆、ピタリと止まる。
「左斜め前方。二本の木の間、その先に見える大樹。……エルダートレントだ」
ザシャの指し示す位置は結構遠いけど、確かにそこには大樹があった。……普通の木にしか見えない。
「またか」
ヴェイセルがそう言いたくなるのもわかる。
今日三度目のエルダートレント戦だ。
迂回して後で後ろから攻撃されると面倒ということで、見つけたら倒す事にしている。
私はポーチから〈アジリティポーション〉を取り出した。
「【道具使用】」
「助かる」
ヴェイセル、レオン、ザシャの敏捷性をポーションの効果で強化する。
エルダートレントは魔法を使い始めると、幻覚を見せてきたり妖精を呼び出したりして大変面倒だ。
こういう相手は速攻で倒すに限る。
「作戦は今までどおり。先制攻撃は俺とレオン。メイン火力はアウラ。レティは戦闘が開始したら大技を思わせるような大魔力を練り上げてくれ。レティへの警戒とアウラからのダメージで焦って隙ができたら、ザシャがトドメだ」
「「「了解」」」
エルダートレントに気付かれない程度の声で、ヴェイセルの言葉に応える。
そして、これから先制攻撃を仕掛けようとした直後、再度ザシャから静止が掛かった。
「待った。すまない、気付くのが遅れた。……エルダートレントだけでなく、サイレントビーまで居るようだ」
ザシャの視線の先を追うが、残念ながら私にはサイレントビーを見つけられなかった。
サイレントビーは蜂としては大きいものの、魔物として考えると大変小さい。この距離で見つけるのは至難だ。むしろ突撃前に気付いたザシャが流石というものだ。
「確かにいますね。……エルダートレントが追い払う様子もない」
アウラは弓使いのため、目がいい。視力強化系のスキルも持っている。だから、ザシャ同様にサイレントビーを発見できたようだ。
「【広域探知Ⅴ】【情報整理Ⅴ】……どうやらエルダートレントにサイレントビーの巣があるようだ」
「それは……共生関係ということですか? 厄介ですね」
探知系スキルを使ったらしいザシャの言葉に、緊張が高まる。
エルダートレントだけでも面倒なのに、あの猛毒を持つサイレントビーも同時に相手しなくてはならないのだから、そりゃ面倒だろう。
なので、もう一つアイテムを使うことにする。
これまたポーチから取り出したのは……〈魔女の殺虫薬〉。塗るだけで近づいた虫を殺すという薬だ。……まぁ、大抵の虫はこの薬が塗られていると近寄らなくなるから、実質的には高級な虫除けだ。……その分効果は強力。ただの虫だけでなく、虫系でさえあればサイレントビーのような強力な魔物にまで効果がある。
「【道具使用】。よし、これで大丈夫だよ」
「アルマ、今使ったのは?」
「〈魔女の殺虫薬〉」
「〈魔女の殺虫薬〉って高級虫除けのことだろ? サイレントビーに効くのか?」
レオンに訊かれて苦笑する。まぁ、虫除けとして有名だもんね、コレ。
「あはは……レオン、これ実はちゃんと殺虫効果があるんだよ。強力すぎて虫がそもそも寄ってこなくなるだけで。つまり、虫除けになるのは副次的な効果というか……結果的にそうなるだけ。殺虫薬としてはサイレントビーみたいな強力な魔物も、近づいたらそのまま落下して、どんどん弱って死んじゃうぐらい強力だから」
「ま、マジか……」
「マジだよ。……あ、人体には影響ないから安心して」
ちなみに、このアイテムは高い。
今回はサイレントビーも出現する森ということで、わざわざ準備した。
〈サイレントビーの猛毒〉の威力は、使う側として実感しているからね。
「サイレントビーは毒針を飛ばすタイプの攻撃はしてこないし、これで気にせず戦えるな」
「うん。大丈夫だと思う。……最悪効かなかったとしても、これまた強力な毒消しを用意しているから心配しないで」
「完璧だ。……それじゃ、今度こそ……作戦開始!」
言葉ばとともに走り出すヴェイセル。それにレオンも続いた。
矢を番えるアウラ。ヴェイセルが攻撃を加えると同時に大量の魔力を練り始めるレティ。……エルダートレントは魔力感知が高く、戦闘前に練ると気付かれてしまうのが問題だけれど……その感知力の高さ故に、戦闘中でもレティを気にせずにはいられなくなる。
ザシャの姿はいつの間にか消えていた。フィニッシュの瞬間をどこかで狙っているのだろつ。
ヴェイセル達の周囲、少し離れた位置をサイレントビー達が飛び回っている。……そのうちの一体が意を決したようにヴェイセルへと突っ込んで行ったが……敢え無く墜落した。うん、〈魔女の殺虫薬〉はしっかり機能しているらしい。
なら、問題はないな。皆もエルダートレントの相手は慣れたものだろうし。
私の予想した通り、問題なく状況は推移し、エルダートレントはその能力をほとんど発揮できないまま倒れた。
サイレントビー達は巣にダメージが入った時点で怒り狂ったようにヴェイセルとレオンに突撃し始めたが、その全てが呆気なく地に落ちた。
掃討完了。結果だけ見れば、サイレントビーの巣をから蜜を採取できるだけ、むしろ美味しい相手だった。
※※※
「アルマはよく〈魔女の殺虫薬〉なんて用意していたな」
「まぁ、サイレントビーが出るのは聞いていたからね。高いアイテムだけど、別に私は安いアイテムに拘ってる訳じゃないからね。これに関しては安いもので代用する方がリスクもコストも上回りそうだったし」
〈魔女の殺虫薬〉は高いんだけど……有効な相手がいる場合、性能が凄まじすぎて安いぐらいなのよね。なにせあれだけ圧倒的な対虫性能あるのに、高級とはいえ虫除け扱いで買って使えちゃうぐらいだし。
「その辺り、アルマは柔軟だよな」
「こだわりがあるっていうことは悪いことじゃないと思うけど、私は役割的にもそれに囚われない方がいいと思うから」
私の考えが凝り固まってると、パーティ全体に影響があるからね。特にパーティのお財布に。
パーティ資金で買わせてもらっている以上、消耗品の購入には責任を持たなきゃね。
アイテム相場とかもしっかり調査して購入するようにしています。お金は大事。
「それにしても……あれ以降、邪竜も邪竜の影響を受けた魔物も見かけないな」
「ああ、だが、警戒は続けるぞ。トロールより上の魔物が変異していればかなりの脅威だからな」
レティの言葉により話題が変わる。
ヴェイセルの言う通り油断は出来ない。
トロールは数も厄介だったけど、単体での強化幅も凄まじかった。
仮にマーナガルムの変異体などが現れたら……下手したら邪竜をそのまま相手にするよりも厄介な可能性もある。
実際、伝説には竜を食べたり竜の血を浴びたりして、元の竜より強くなる……あるいは元から竜より強い存在が更に強くなるみたいな話はある。邪竜の影響で邪竜より強い存在が現れる可能性は無くはない。
「……邪竜は深手を負ってる可能性が高いんだよなぁ? 下手するとマーナガルムやらに食われてる可能性もあんのか」
レオンも私と同じような、嫌な想像をしてしまったらしい。
「もしそうなっていたら、邪竜の力を取り込んだマーナガルムがいるかもしれないわけですか。普通に国を滅ぼしうる脅威ですね。戦うなら最初から全力が必要そうです」
「……仮にマーナガルムの変異種と遭遇した場合は、一旦依頼の達成は断念する必要があるかもな。エレオノーラ様には悪いが」
「傷ついた邪竜が他の魔物に血や肉を食われるよりも、いっそそのまま私達の目の前に現れてくれるほうがやりやすい」
レティの言う通りだ。邪竜の影響で予期せぬ強敵が予想外の場所で生まれるより、弱った邪竜単体の方が対処しやすい。
「にしても、その邪竜はなんであんなに血を流すほどに傷を負ってたんだろうな?」
「わからんな。最悪、邪竜にそれほどの傷を与えるような敵も考慮すべきか」
「うへ……厄介な話だな」




