第四話 〈栄養棒〉と【道具使用】
結局、これまでに培った技術を腐らせるのももったいないということで、三階層までは戦わせてもらうことになった。
皆にはだいぶ渋られたけど。
「無理はしないでくださいね」
「もちろん! 大丈夫大丈夫、慣れてるから!」
アウラが心配そうにしているけれど、本当にいつものことだから大丈夫。
むしろ、『光輝の剣』の頃と違って、皆がいつでもカバーしあえる位置取りで戦っているから、安心できるぐらいだ。
……『光輝の剣』ってみんな戦闘能力は高かったけれど、連携って意味だと今ひとつだったんだよね。
「それよりヴェイセル、攻略ペースってどのぐらいを想定しているの? ひとまず五階層ぐらいまでの想定ペースを教えてほしいかな」
「今日中に一階層を抜けて、二階層の半ばぐらいまでは進みたい。で、明日は二階層の残りと三階層を駆け抜ける。四階層から六階層は一階層あたり一日ペースの想定だ」
「あ、今日中に二階層攻略しないんだ。了解」
「はは、『光輝の剣』は六階層までは一日二階層のペースで進むって有名だからな。……だが、俺達はそういう無茶なペースでは進まないよ」
「あはは……」
うん、わかる。だいぶ無茶なペースで進んでたからなー、あっち。
「そう言えば、それについて聞こうと思っていた。奴らはどうやってそのペースを維持していた? 確かに『光輝の剣』は敵の殲滅速度は早いが……その代わりに相手が格下だろうと無闇に大技を使う悪癖があるだろう? あれではそんなペースは維持できないはずだ」
う……ザシャの指摘が鋭い。
うーん……ちょっと後ろ暗い話だけど……うん、説明しておこう。
「端的にいうと、私がアイテム使ってたからだねー……〈下級スタミナポーション〉とか〈下級マナポーション〉とか。結構頻繁に」
「……それでどうしてアルマを追い出す気になる?」
う、呆れた様子で言うレティシアの疑問がクリティカルヒット。
後ろ暗い点はそこなのよねぇ。
「あはは……えっと……それはね、アンガス達がそういうタイミングで私がアイテムを使っていたことを知らないから、かなぁ」
「は? 知らない? どうして味方がアイテムを使ってるって知らないんだ?」
ヴェイセル、驚愕の様子。
まぁ、パーティの連携を考えれば、自分がアイテムを使ってるって教えるのは当然だよねぇ……。
「えっと……昔から、冒険途中でペース落ちてきたって感じたときにスタミナポーションとかを使うとね、アンガスとかから「お前はこの程度で俺達が音を上げると思っているのか?」って怒鳴られていたんだよね。……でも、逆にペースが落ちて何も使わないまま、目標の距離移動できなかったりすると、今度は「お前はなんでスタミナポーションや速度上昇ポーションを使わなかったんだ?」って怒鳴られてたんだ。……それで嫌になって【隠密道具使用Ⅴ】のスキルを取得したの。……で、ずっと黙って使ってた」
スキル【隠密道具使用Ⅴ】。これはアイテムを、スキル使用の宣言もなく、発動光や魔力の気配などもなく使用できるようになるスキルだ。ちなみにⅣ以下だと魔力の気配などを隠しきれなかったりしてしまう。
「それはまた随分と……アルマ、貴女、苦労したのですね」
アウラから同情の視線を向けられてしまった。
まぁうん、あの頃は当然のことって思ってたけど……今考えると酷い話だよね。
ああいう環境にいると、自分を客観的に見れなくなるんだなぁ。
まぁそれはそれとして、怒られるのが嫌だからって、味方に伝えること無くアイテムを使っていたのは私の良くなかった点ではある。それが、私が後ろ暗いと思う理由だ。
「アルマ。同情はするが、俺達にアイテムを使う時は、しっかりと分かるように使ってほしい。……勿論、敵にアイテムの使用をバレないようにする必要があるときなんかは例外だがな」
「了解。そうするよ」
当然のことだ。知らない内にバフをかけてもらっていたり、知らない内に回復してもらっていたなんてことになると、状況把握が上手くいかなくなる。
こちらとしても、怒鳴られたりしないのなら、わざわざ隠れて使うつもりはなかった。
「ちなみに、どんなアイテムを隠れて使ってたんだ?」
前を歩くレオンが、振り返りながら声をかけてくる。
それに対し、唇に指を当てて考えた。
「んーっと……〈下級スタミナポーション〉、〈下級マナポーション〉が基本だねー……あ、あとはこれ……かな」
言いながら、【道具即時取り出し☆】で一つのアイテムを取り出した。
そのアイテムに、皆の視線が集まる。
直後、その私以外の皆の表情が、苦々しいものに変わった。
「……それ、〈栄養棒〉か?」
「うん、〈栄養棒〉。貧乏人の味方」
〈栄養棒〉。見た目は茶色い棒状の物体だ。名前通り、栄養の塊である。オリハルコン級の皆にこんな物を見せて申し訳ない、という気持ちになる。
〈栄養棒〉は、駆け出しの錬金術師が練習用に作る食品アイテムだ。八百屋や肉屋、魚屋などから捨ててしまう端材をもらい、栄養を抽出し、固める。抽出と合成の練習になるらしい。
錬金術師にとっては、練習が目的であり、〈栄養棒〉は副産物と言える。駆け出しの貧乏錬金術師は、その副産物の〈栄養棒〉を売って、ちょっとした小遣い稼ぎをする。
「……信じられないほど硬くて、信じられないほど不味いことで有名な、あの〈栄養棒〉ですか」
「それ見ると、駆け出しの頃を思い出すな」
アウラとレオンが嫌そうに言う。
〈栄養棒〉は、栄養補給という面で見ると、極めて優れた食品だ。
だが、非常に安い。
理由は単純。メチャクチャ不味いのだ。しかもメチャクチャ硬い。どれだけ栄養があるって言っても、食べたくないと思うぐらいには。
……実際、普通の料理を食べ慣れている人は、これを食べようとしても途中で吐いてしまうことが多いらしい。
そのため、〈栄養棒〉を買うのはそれしか選択肢が無い者達。……つまり、貧乏人だけなのである。
なお、貧乏人でも買えて、栄養が十分に取れる食品であることから、これが売られている地域では貧民の健康状態が良くなるらしい。
「それを使っていたのか? ……だが、食べ物はアイテム士の基礎スキル【道具使用】で使っても意味がないと聞くが」
「ああ、それは有名な話だけど、実は誤解なんだよ。正しくはね、『【道具使用】で魔法料理を使用しても、その料理のもつ補助効果を受けられない』だよ」
結構広く知られている話だけど、間違いなんだよな、これ。アイテム士ですら、この話が間違いだって知らなかったりするの、とても良くない。自分のスキルはちゃんと把握しないとね。
「そうなのか?」
「うん。アイテム士の基礎スキルである【道具使用】はご存知の通り、アイテムの効果を即座に発揮させること。例えば〈ライフポーション〉の場合、【道具使用】で使えば、飲ませたり、傷口に振りかけるたりする必要もなく、即座に対象の傷を癒やすことができる。……ここまではいい?」
「ああ、常識だな」
ヴェイセルが頷くのを見て、私は説明を続ける。
「オッケ、で、ここからが重要。【道具使用】で使った場合、今の例だと〈ライフポーション〉だけど……この場合、〈ライフポーション〉を飲んだときの味とか、喉越しとかは感じないよね?」
「そりゃそうだな、飲まずにスキルの効果で適用されているだけだし」
「そこが重要なの。魔法料理ってね、料理人が料理をする工程から、食べた人が味や食感を感じ、更にはその料理に対して喜んだり、感動したりするところまでで、一つの魔法を構築しているの。つまり、食べることが魔法的な儀式の工程なんだよね。……けれど、【道具使用】で使った場合には、味も食感もないし、当然なんの感慨もない。だから、魔法料理としての魔法が発動してくれないわけ」
私の説明を聞いて、ヴェイセルとアウラ、レオンは「なるほど」という表情、レティシアは少し考え込むような様子をしている。ザシャについては特に何も感じていないらしい。
そんな皆の様子を窺っていると、私の話を飲み込んだらしいレティシアが口を開いた。
「確かに、誤解が広まりそうな話。【道具使用】だと魔法料理の効果を得られない。それは注意事項として広めるべき話だし、試して失敗した者も多かったろう。そして、その話が広まる内に、魔法料理に限らず食品全般について【道具使用】で使用しても意味がないと誤解されることは想像できる。
……実際には魔法料理の効果が発揮されないだけで、食品は【道具使用】で使う意味はある。話の流れから察するに、その場合の効果は、その食品をなんの味も食感も感じさせずに食べさせるのとほぼ同義ということだろう?」
「うん、そうだよ。……つまり、その食品に含まれる栄養は摂取できる。それに、例えば食品自体に多量の魔力が含まれているなら、ちょっとした魔力回復の効果は得られるんだ」
私の言葉を聞いて、レティシア以外の皆が目を見開いた。
「そうか、だから〈栄養棒〉か」
「〈栄養棒〉はクソ硬くてクソ不味いってのが問題なだけで、栄養面については完璧だからな」
「栄養面とコスト面が完璧な代わりに、食感と味が最悪……という〈栄養棒〉のデメリットを実質踏み倒せるのですね」
「それだけじゃない。【道具使用】だから食べる時間もかからない。その上、〈栄養棒〉はかなり圧縮されていて体積も小さいから、荷物の容量も節約できる」
「想像以上に優秀だな。……しかも、【道具使用】で使う以上、その他のアイテム士のスキル効果も乗るんだろう?」
皆の反応にちょっと呆けていると、ザシャ君に質問を投げられた。
慌てて応える。
「えっ? あっ、うん! もちろん! 私の場合【遠隔道具使用Ⅲ】、【範囲道具使用Ⅱ】、【隠密道具使用Ⅴ】、【道具使用対象選択Ⅲ】、【道具効果上昇Ⅴ】あたりだね。……一般的な〈栄養棒〉は一本で成人男性一日分の栄養とカロリーを摂取できるんだけど……私の【道具使用】なら、一本で六人分の一日の食事を賄える。……正確には一回あたり三人にしか使えないから、半分に折って二回使う形。【範囲道具使用Ⅱ】と【道具使用対象選択Ⅲ】で三人に対して使えて、【道具効果上昇Ⅴ】で効果が二倍になるから」
私の説明を聞いて、今度は皆が呆けた表情をした。
そして、一気に嬉しそうな表情に変わる。
「すごいじゃないか! それなら今まで食料を詰め込んでいた容量を他のことにあてられる!」
「食料自体も余裕を持って準備できますね。なにせレティシアの言った通り、〈栄養棒〉は小さいですから。大量に持ち込めるはず」
そんな感じのことを皆でワイワイ話している。あれやこれや、今後の計画を話している。
嬉しそうに、楽しそうに。
本来会話の中心にいてもおかしくないはずの私は、けれど、その様子についていけなかった。
〈栄養棒〉のような貧相なアイテムの話題で、こんなに盛り上がることに、困惑してしまっていたのだ。
……『光輝の剣』では、こんなことはなかったから。
だって、前に私が、これと同じ説明を『光輝の剣』でしたときは──
「えっと……皆はいいの? これで栄養補給して構わないの?」
「うん? どういうことだ?」
ヴェイセルは、本当に純粋に疑問を感じている様子で問い返してきた。
そっか……みんな、本気で〈栄養棒〉の利点を知れて、それが役立ちそうで喜んでいるんだ。私に気を使っているとかいうわけじゃないんだ。
「いや、『光輝の剣』で同じ説明をしたときは、「仮に味がせずとも、そんな貧乏人の食う物で栄養を取るなど願い下げだ」って言われたから」
「……〈栄養棒〉も【隠密道具使用Ⅴ】で使っていたというのはそういうことですか」
「……何度目かわからんが、それについてはアンガス達が悪い。はっきり言ってそんな無駄な見栄を張るより、〈栄養棒〉を使ってもらったほうが遥かにメリットが大きい」
「アルマ、君もメリットが大きいからこそ、他のメンバーがそれを使うことを拒絶しても、隠れて使っていたのだろう? 今は胸を張って良い。私達は君の選択を頭ごなしに否定したりしない。見栄のために君の提示する実利を無視したりしない」
ヴェイセルとレティシアは、そう言って、私を肯定してくれた。他の皆も、その言葉に頷いてくれている。
……『光輝の剣』では、ずっと否定され、馬鹿にされていたことを……皆は評価してくれた。
私の考えを、私の過去を、肯定してくれた。
「……ありがと」
笑ってお礼を言うつもりだったのに、涙が出てしまった。
ダンジョンの中で泣いてしまうなんて、情けないなぁ、私。




