第三十五話 エレオノーラの依頼
アルドニア王国オースヴェリア公爵領領都ペルネティラ。
オースヴェリア公爵領は私達が普段暮らしている王都エザードを含む王家直轄領の北にある。その領都がペルネティラだ。
商業都市として有名で、何なら流行の最先端の品は王都よりもペルネティラのほうに集まるという話すらある。
今回、私達のパーティはオースヴェリア公爵家の屋敷に招かれていた。……アンネだけは、ハウスキーパーとしての仕事のため王都に残っている。ちょっと申し訳ないけれど、それこそが役割なので仕方がない。
……王都は、『光輝の剣』が何かをやらかさないか今から心配だ。
なお、アンネは王都で冒険者への風当たりが強くなったら、ほとぼりが冷めるまでパーティハウスに引きこもるつもりとのこと。皆もその考えに賛成し、そのために食材などを買い込む費用なども置いてきた。
「ようこそおいでくださいました、『導の煌星』の皆様」
ペルネティラにある領主の館は……大きかった。
部屋、いくつあるんだろう?
庭もすごく広いし、なんか噴水? まである。
門をそのまま馬車で通り、玄関前で降ろされた。
出迎えたのは壮年の執事。優雅に一礼し、私達みたいな冒険者相手にも丁寧に対応してくれた。
「こちらでお嬢様がお待ちです」
「ありがとうございます」
執事さんに案内され、私達はとある部屋まで移動したんだけれど……屋敷の中、すごすぎない?
貴族の屋敷ってこんななの!?
ここで【道具探知Ⅱ】使ったら、下手すると情報量多すぎて倒れるかも。
窓は全部エレメンタルグラス製。普通のガラス窓だって珍しいのに、ちょっとおかしい。これだけで途方もない額かかる。
照明はマナクリスタルライト……の、シャンデリア。たぶんアレだけで王都の普通の家二軒ぐらい買える。
……階段の手摺、無駄にミスリル製じゃない? なんで? ……あ、なんか魔法の術式刻まれてそうだ。この手摺も何かしらの防犯装置とかだったりするのかな?
壁にはたぶんアンチマジックペイントが塗られている。
カーテンは……うわ、たぶんムーンシルク製じゃない? 怖いよ……。というかカーペットもそうじゃない? 怖い怖い怖い……!
そんな事を考えているうちに、応接室に案内された。
……防音のために更になんか特殊な魔法塗料使ってるっぽい? これも絶対高いってぇ!
「ようこそ我が家へ。『導の煌星』の皆さん」
「お久しぶりですエレオノーラ様」
案内された先で、エレオノーラが出迎えてくれた。
……相変わらずの美少女だなぁ。
「ジスランご苦労様、下がっていいわ」
エレオノーラがそう言うと、執事さんは恭しく一礼して、その場を後にした。
「さて、皆さん座ってくださいませ」
「失礼します」
皆が席につくと、ちょうど応接室の扉が開き、今度はメイドさんがやってきた。
そのメイドさんは一礼し、皆にお茶とお菓子を用意していく。
全員にお茶とお菓子が行き渡ると、メイドさんは再び一礼し部屋を出た。
「さて、いただきましょうか」
「ええ、いただきます」
皆、エレオノーラに促され、紅茶に口を付けた。
……美味しい。
香りは爽やか。味わいは華やか。蕾が花開く瞬間をイメージする。
「お口に合いまして?」
「ああ、素晴らしいお茶だ」
「いい香りですね」
「落ち着くな」
「美味しい……すごい」
私、子供みたいな感想になっちゃった。
ザシャとレオンは特に何も言わず、ゆっくりと味わっている。
「皆さんお口に合ったようで、良かったですわ。……それじゃ、お菓子とお茶を楽しみながら……お仕事の話もしましょうか」
「ええ、お願いします」
ヴェイセルが促すと、エレオノーラは説明を始めた。
「今、先代オースヴェリア公爵……つまり、私のお祖父様が病に臥せっているのですわ」
明るかったエレオノーラの顔に翳がさした。
「お祖父様は元々ポーション開発で知られた方でした。薬学に精通し、今まで寝たきりになることなどなかったそうです。……ですが、その長年のポーション開発が、結果として今、お祖父様を苦しめているのですわ」
「……というと?」
「お祖父様が行っていたのは主に、より安価なポーションの開発でした。現在市場に流通している〈下級スタミナポーション〉もお祖父様が改良したものですわ。……お祖父様はこの研究のために、様々な材料を試しました。魔法薬学的に有効だと思った組み合わせが、予期せぬ問題で無駄に終わったり……無意味だと思ってやらなかった組み合わせがトラブルで偶然合わさり、大きな効果を発揮したり……予想外の連続だったそうですわ」
……現在の〈下級スタミナポーション〉の開発者? すごい人じゃないそれ? 私もめちゃくちゃお世話になってるよ? 〈下級スタミナポーション〉。
「お祖父様はそうやって様々なポーションを開発しました。〈下級スタミナポーション〉が代表的な開発品ですが、他にも特定の毒や病気に効くポーションだったり、睡眠を助けるポーションなどを作ったと聞いていますわ。……お祖父様は、そんな様々なポーションを開発しましたが……臨床試験を自分の身体で行うことが多かったそうですわ。使用人も家族も止めていたのですが、気付くと自分の身体で試すという悪癖があったとか」
「それは……公爵家の当主がそんな事をしていたら、使用人は気が気でないでしょうね」
「まさにその通りだったようですわ。しかも失敗した薬を服用して意識不明になったこともあったとか。当時の家令の頭頂部の毛が薄くなったのは、お祖父様がストレスを与えすぎたせいなのではなないか、なんて噂もあったそうですわ」
……いや、うん。そりゃ、ストレスで禿げてもおかしくないね。
「……そう、お祖父様は失敗作を試すことも多かったのです。それが、今回の原因。……アルマならわかるのではなくて?」
突然私に話を向けられた。
多くの失敗作を服用した結果、病に臥せっている。……それって──
「……〈魔溶水〉」
「正解。多くのポーションの原料となる特殊な魔法溶媒、〈魔溶水〉。薬師なら基礎スキルを水に使うだけで作れるこの溶液ですが……薬師以外が作ろうとすると、特殊な魔法と鉱石をゆっくり水に溶かす必要があります。……そして、この溶けた鉱石成分は体に入ると体外に排出されずに蓄積していき……いずれ、重篤な病となって現れるのです」
「……それは、普通のポーションは大丈夫なのか?」
「ええ。この魔溶水は、他の材料と十分に反応してちゃんとしたポーションになると、溶けた鉱石は反応によって別の魔法物質に変化するのです。なので、真っ当なポーションなら、服用してもこの鉱石成分の蓄積による病は発症しません。……逆に言うと、反応が中途半端な失敗作のポーションなら、蓄積するのです」
「そういうことか」
失敗作のポーションを臨床試験として服用し続けたエレオノーラのお祖父さん。……この国では、臨床試験に関する法律はまだほとんど整備されていない。それでも、一度も試していない薬をそのまま販売することは認められていない。……逆に言えば、一度でも試し効果があれば、大体は薬として世に出せる。
作った本人が試せば、スピーディーに事を進めることができる。リスクも大きいが、これは他の薬にだって言えること。公爵家当主なら、最終的に市場に出す前には鑑定系スキルで調べることもしているだろう。普通よりむしろリスクは小さい。……スピーディーに販売まで進められることで、救われた命のほうが大きいだろう。
……ふと、ここで疑問が浮かんだ。
「……エレオノーラ。お祖父さんのジョブは薬師ではなかったの?」
薬師なら、薬品鑑定系のスキルがあるはずだ。取っていない可能性もあるが、自分で開発する人ならそんな選択は普通しないだろう。鑑定系スキルがあれば、自分の身体で失敗作を試すことなんてないはずだ。
「ええ。……お祖父様のジョブは騎士ですわ。Aランクの騎士。実際、戦闘も強かったそうよ。……けれど、剣以上に薬学に興味を持った。そして、公爵家という地位と財力があった結果とはいえ、世の中の大半の薬師や錬金術師より大きな成果を残した。それが私のお祖父様なのですわ」
「なるほどな。……で、その病を直すために必要な薬の材料が、例の秘境にあるわけだ」
「ええ、そうです。体内に蓄積した鉱石成分と体内で反応し無毒化する魔法薬。その開発にはどうしても……秘境”安らぎの地”にある〈プネウマミント〉が必要なのです。そちらを探し出し、採取すること。それが貴方達への依頼ですわ」
「……貴女自身もオリハルコン級冒険者のはずだ。それがなぜ、俺達に?」
「……残念ながら、私のスキル構成はアルマさんと違い、長期遠征に向きません。それに私の冒険者としての仲間は我が領を守護する精鋭部隊の者達なのですわ。その本職を考えると、領地を長く離れるわけにもいきません。だから、貴方達の力を借りたいのです。どうか、よろしくお願いします」




