第二十九話 悔いる者
【ティーナ視点】
「クソがっ! ふざけるなよ!」
いつにも増して、アンガスが荒れていた。
私はその声にビクリと体を震わせる。
どうしてこうなったんだろう……。
分かっている。私達がアルマの事を評価せず、蔑ろにして、挙句の果てに追い出したりしたからだ。
なんて愚かだったんだろう。
私達は駆け出しの頃から一緒だった。
思い出してみると、アルマはいつも皆のことを考えていた。どうすれば皆がもっと戦いやすいか、どうすれば皆が戦闘以外のことに気を回さずに済むか。そういう事をずっと考えていた。
……そうやって、アルマの活躍のお陰で、私達は戦闘の事だけを考えればいい状態になった。
本当は、そこでアルマの仕事に感謝しなくちゃいけなかった。
だけど、私達は視野が狭かった。
戦闘の事だけを考えれば良くなった結果、戦闘さえできれば他は要らない……価値の低いものだと考えてしまうようになっていた。
……一応、頭では分かってたはずではある。ダンジョン探索なんて、物資が切れれば続行不可能だ。だから、物資の準備などが重要であることは、頭では分かっていたはずだ。
にも関わらず、無意識のうちに、私達はその価値を極端に低く見積もるようになってしまっていた。
その末に、アルマを追い出すという最悪の選択を取ってしまった。
愚かしさ、極まれり。
こうして離れてみて、アルマの大切さを実感した。
それに、こうして辛い状況になって、アルマとの思い出を思い出した。
……こんな状況になってようやく、アルマに助けられたときの事を思い出すなんて、私は卑怯者だ。
駆け出しの頃、アルマは私に気を使ってくれていた。みんなの移動ペースが速い時に、私が追いつけないからペースを落とそうと言ってくれたり、私のマナが少なくなったタイミングでマナポーションを使ってくれたりしていた。
それに、私だけじゃない。皆に気を使っていた。
自分は戦いではあまり活躍できないからと言って、他のことで皆をサポートしていた。
……たしか、シルバー級ぐらいまではみんなちゃんとお礼を言っていたと思う。
最初にお礼を言わなくなったのはアンガスだった。
他のパーティは大抵、パーティメンバー全員が戦闘要員だった。非戦闘要員であるアルマがいることを、馬鹿にされたことも何度もあった。
それに対し、アンガスは「足手まといを連れてても戦える俺等の方がすごい」みたいな反論をしていたと思う。
……たぶん、それがいけなかったのだ。
馬鹿にされることへのフラストレーションも溜まっていたのだろう。その状態で、繰り返しアルマのことを足手まといだと、何度も口にした。
その結果、アンガスはどんどん、アルマの事を足手まといとして見るようになっていった。
そして、パーティリーダーであるアンガスのそんな態度は、じわじわと皆に伝染していった。
……私も、そうだ。
シルバー級の頃には、私はもう、アンガスに逆らうなんて考えられないような状態になっていた。
……私はアンガスが怖かった。
アルマは足手まといだというアンガスの言葉に対し同意を求められたとき、私は一も二もなく頷いた。
……そうしなければ、自分がアルマと同じような扱いを受けると思った。
……本当に、私は卑怯者だ。
だから、この状況はその報いだ。
「おいティーナ! これはお前のせいだろ? そうだろうが! なぁ!?」
「……はい、私のせいです」
今も、私はこういう言葉しか返せない。
……アンガスが怖い。
違うと、口にすることができない。
私の口から、私のせいだと言ってしまえば、アンガスは余計に私を責め立てると分かっているのに。
「お前が無能だから、俺達は第八階層で引き返す羽目になって……挙句の果てに最高到達階層が『導の煌星』に追いつかれるなんて事になったんだ。わかってるよな?」
「……はい」
「だったら失敗した分の補填がいるよなぁ?」
「……はい」
「じゃ、今後お前の報酬は半分だ」
「え……?」
……半分? 私の報酬だけ……?
「え? じゃねぇよ。お前が失敗したのが悪いんだから、このぐらい当然だろう? 半分渡すだけでも感謝して欲しいぐらいだ。アルマは常に金貨五枚の報酬だったんだぞ? それよりはマシだろうが」
「……はい」
頷くことしかできなかった。
そうか、アルマは確かに常に金貨五枚の報酬しかもらえていなかった。
金貨五枚。それはたぶん、一般的な価値観で言えば大金だ。
だが、オリハルコン級冒険者パーティが二十日以上もかかる探索の準備をするには、あまりにも少ない額だ。それを、この前の探索で思い知った。
そして、アルマはその少ない報酬で探索の準備をしつつ、自分の生活のための費用も捻出していた。
目眩がした。吐き気がした。
自分たちのやっていたことは、なんと悍ましいことだろう。
アルマには金貨五枚の報酬しか渡さずに、自分たちの取り分を増やしていた。
その増えた報酬で私達は何をしていた?
その分をすべて武器や防具のために注ぎ込んだか? 次の冒険の準備に注ぎ込んだか?
そんなことはなかった。
私達は皆、アルマへの報酬を絞った分のお金で、各々贅沢をしたり遊び呆けていただけ。
私達はアルマの善意と有能さに付け込み、搾取していたのだ。
「お前のせいで、ふざけた噂が出回っているんだ。アルマが実は有能だった、俺は見る目のないバカだ……なんてなぁ。……報酬半分で済ませる俺の善意に感謝するんだな」
「……」
……私はこのときのアンガスの言葉に「はい」と言えなかった。……俯いて、態度の上では自分の失敗を認めているように振る舞ったけれど。
「反省したなら、次の依頼の準備を抜かり無くやれ。前回の討伐依頼では少しばかり足りない物資があったが、それについては心の広い俺が寛大な心で許してやる。……今度の依頼も討伐依頼だ。詳細はこの依頼書に書いてある」
アンガスはそう言って、一枚の紙を置いた。
「今度こそ完璧に準備しろ。俺が広い心で優しい罰しか与えていないうちに、心を入れ替えて本気で取り組めよ」
アンガスはそう言って、私の部屋から出ていった。
直後、私は崩れ落ちた。
足に力が入らない。
……こんな日々が、これからいつまで続くのだろう。
アルマの様に私が追い出される日までだろうか?
いっそ、私も追い出されたほうがいいのだろうか?
いや……私には、アルマのように他所でうまくやっていく能力なんて無い。
私は『光輝の剣』しか知らない、冒険者のことしか知らない、魔法使いのことしかわからない。
それで、『光輝の剣』以外のどこでやっていけると言うのだろう?
ははは……『光輝の剣』で一番の無能は私だったのかもしれない。
「どうしたらいいんだろ」
言いながら、ノロノロと依頼書に手を伸ばす。
今回の討伐対象はベヒモス。巨大な魔獣だ。どうやら長い眠りに就いていたベヒモスを何処かの冒険者が起こしてしまったらしい。
……この距離だと、片道五日はかかるかな。
必要な物資を頭の中にリストアップしていく。
……アルマだったら、まず何を買うのだろう?
わからない。……仮にわかったところで、参考になるとも思えない。
アルマの鞄からは、明らかに鞄の容量を越えた量のアイテムが出てきていた。
それを考えると、アルマの準備はアイテム士のスキル前提の準備だったりするのだろう。それは私が準備するときには再現できない要素だ。
「アルマ……ごめんね」
誰もいない虚空に、謝罪の言葉を呟く。
無意味だ。
アルマに面と向かって謝罪することもできない。
そんな無意味な謝罪、ただ自分の心を慰めているだけでしかない。
分かっていても、今の私の心は、ソレを止められなかった。
「ごめんね……アルマ」
何度も繰り返し呟く。
……繰り返しているうちに、見ていた依頼書に雫が落ちて、インクが滲んでしまった。
ああ、またアンガスに怒られるかもしれない。
……苦しい。悲しい。けれど、それは自業自得の結果。
私には、どこにも逃げられる場所はなかった。




