第二十四話 ディープアビススライムレギオン
触手の連打を見ると、災厄の写し身を思い出す。
だが、この相手はそれをずっと上回る強さだ。
災厄の写し身は厄介なレアエネミーではあるが、その厄介さは戦闘能力とは別の部分にある。
対して、この敵は明確に脅威と言える戦闘能力を持っている。
「ザシャ! ディープアビススライムレギオンについての情報をくれ!」
「わかった!」
「っと! 【守護者Ⅴ】【要塞盾Ⅴ】! ……【盾保護膜Ⅴ】」
「レオン! 盾に付いたスライムを剥がすの手伝うよ! 【道具即時取り出し☆】【道具使用】!」
レオンの盾に付いて、そのまま蠢き始めるアビススライムに〈スライム殺し〉を使用する。
アビススライムとはいえ相手はスライム。知能のないあいつらは、これを振りかければ嫌がって離れる。
「ディープアビススライムはこのダンジョンでは本来十三階層以上で現れる魔物のはずだ! 特徴はアビススライムをも超える驚異的な溶解能力! そして、レギオン系は小型の同種個体を生み出す能力を持ったスライムだ。ヒュージ系と違い、溶解力やパワーは通常種とほぼ変わらない。その代わり、小型個体を生み出せる。ついでに言うと、切り刻んで小型個体並にまで体積を減らしても小型固体化するだけで死なない」
ザシャの情報に驚く。十三階層以上で現れるスライム? そりゃ強敵なはずだ。
レギオンについては……ヒュージとどちらがマシか、判断が分かれるところだ。ヒュージだったら分裂はしないけど……その代わりにもっと攻撃の威力が高かっただろうし。
「より上位の階層の魔物が、更に強化されて現れたタイプのレアエネミーってわけだ!」
「十三階層以上というのは流石に強敵だな! ……【刃保護膜Ⅴ】」
……それにしてもまずい、剣や盾の腐食を防ぐために、レオンとヴェイセルは延々とスキルを使わされている。
「【道具即時取り出し☆】【道具使用】【道具使用】!」
ヴェイセルに切り落とされた触手も、集まって小さなディープアビススライムに変化していく。それらの行動を阻害するための〈スライム殺し〉を撒く。
ディープアビススライムレギオンが、その身を分裂させることで逃れた《氷神狼》。あれもまだ一応小型ディープアビススライムを凍らせたりしてくれている。
……だが、食らいついた状態で凍り付いたディープアビススライムレギオンの一部が、《氷神狼》と一体化してしまっていてほとんど身動きが取れていない。床から《氷神狼》の頭より高い位置まである氷の壁が、そのまま《氷神狼》にくっついてしまっているような感じだ。
それでもなんとか動く右前足だけで、小型ディープアビススライムを攻撃していた。
レティが《氷神狼》を維持しつつ別の魔法の準備できているのは、スキルの効果によるものらしい。
そのレティの準備ももうすぐ終わる。
アウラの準備もだ。
攻撃を躱し防ぎ、切り返す前衛組。
その限界も近い。
だが、その限界より先に、こちらの準備が整うはずだ。
……そう思っていた矢先だった。
「……まずい! 避けろ!」
ザシャの声が響く。
反射的に、私は横に飛んだ。アウラもだ。
ザシャがレティの体を抱え、回避する。
それと同時、私達が直前までいたところに、超高速で何かが飛来した。
恐らく、圧縮して打ち出されたディープアビススライムの体液なのだろう。
それは凄まじい音と共にダンジョンの床を抉り、溶かし……そして、小型のディープアビススライムへと形を変えた。
「魔力を感知してこちらを攻撃してきたか」
「【道具即時取り出し☆】【道具使用】【道具使用】」
ひとまず〈スライム殺し〉で時間を稼ぐ。
だが……このままだとジリ貧だ。
そう思っていた時、レティが呟いた。
「構築……完了。……いくよ、みんな」
「! 了解だ!」
レティの魔法の構築が完了した。
ここから、反撃開始だ!
「【氷魔法対象除外Ⅴ】【氷魔法限界突破Ⅴ】──」
そうして、魔法発動のためのスキルをレティが発動していると、凄まじい速度でスライムは触手を振るって来た。
圧倒的な先端速度。私達後衛組では、それを目で追うことはできなかった。
「おぉおおおお!!!! 【高速斬Ⅴ】!!」
叫びを上げたのはヴェイセル。
彼は即座に、レティへと攻撃を加えた触手の根本を切り払った。
遠心力のままに、斬り飛ばされた触手が吹っ飛んでいく。
だが──
「くそっ!」
無茶をして触手の太い根本を切断した剣は、その一撃を最後に完全に腐食され、ボロボロと崩れてしまった。
しかも、その無理な攻撃によって、レオンのカバーしきれない位置に移動してしまった。
別の触手が、ヴェイセルを狙う。
せめて、それを切り裂く剣がなければ、防ぐことはできない。
──だからこそ、私の出番だ。
「【道具即時取り出し☆】【道具使用】」
触手がヴェイセルに到達する直前、ボロボロに朽ちていた剣が、新品同然に修復された。ついでに、レオンの盾も修復される。
私が使ったのは〈鍛冶神の爪〉。
武具を一瞬にして復元する強力なアイテムだ。
ヴェイセルは目を見開きつつ──
「【刃保護膜Ⅴ】【刃保護膜Ⅴ】【剣嵐Ⅴ】」
即座に状況を理解して、スキルを使い、向かってくる触手に対処した。
これで憂いはないね。
今度こそ、レティの見せ場!
「【氷賢巨人の魔法☆】……始まりに在りし氷の世界よ、顕現せよ!《深層氷結世界》」
レティは【氷魔法詠唱省略Ⅴ】を持っている。そのレティが、短いながらも詠唱を必要とした魔法。
それは、通常の詠唱とは別に、発動を世界に宣言しなければならない世界魔法だ。
膨大な魔力が荒れ狂う。
そして……音が消えた。
動きが止まった。
部屋の中にあった、私達以外のすべて凍り付いた。【氷魔法対象除外Ⅴ】がなければ、私達も当然凍り付いていただろう。
スキルのお陰で寒くはないが、元来、魔法の効果を直接受けていなくとも、凍えてしまうほどの冷気のはずだ。
巨大といえるサイズのディープアビススライムレギオンすらも、その触手をもたげた状態のまま、完全に静止している。
「アウラ、頼んだ。……私も長くは維持できない」
「了解。それじゃ、行きます……【殺戮矢☆】……そして、精霊達よ、この矢に力を」
レティの準備中に、アウラが精霊魔法で喚び出していた精霊達。そのそれぞれの属性の力を帯びた魔力が、アウラの作り出した矢に込めらていく。
まだ射っていないというのに、そして私に向けられるわけではないというのに、その矢は見ているだけで命の危険を感じる。
アウラがその矢をつがえ、ディープアビススライムレギオンへ向けて弦を引いた。
「【狩猟月女神の一射☆】」
言葉と共に矢が放たれた。
一瞬、世界の色が反転した気がした。
そして、その直後には矢が標的に突き刺さっていた。
いや、違う。突き刺さっていなどいない。
標的を消滅させていた。
矢の当たったであろう位置。そこに、丸い……円柱状の穴が空いている。
そして、そこから矢の効果がスライムの巨体を侵食し始めていた。
穴が、スライムの存在を侵す。
既に矢はそこに無いというのに、スライムを消滅させた力が、少しずつ穴を広げ、どんどんその巨体を消滅させていく。
「これをつかうと、素材を取れないのが難点なのですよね」
アウラの言葉の通り、素材の欠片すら残りはしない。
僅かな時間で巨体が広がる穴に飲まれて行く。穴が広がった結果、スライムの中心部が完全に消え、スライムの上部が床に落ちた。それでも止まらず、消滅の力がスライムを侵食していく。
そうして、ディープアビススライムレギオンは完全に消え去った。
「疲れました。……これは本当に魔力を使いますね」
「私もだ……正直解除したいが……ヴェイセル」
「ああ、任せろ。小型もすぐに始末する。……アルマ、さっきは〈鍛冶神の爪〉を使ってくれてありがとう。助かった」
ヴェイセルはそう言って、小型スライムに近づき、スキルを使った。
「【剣嵐Ⅴ】」
凍ったままの小型スライムが、粉々になる。
それを、残る小型スライム全てに使っていく。
そうして、最後。
「《氷神狼》ごとやるが構わないな?」
「もちろん」
最初に《氷神狼》が凍らせた巨大スライムの一部に刃を向けた。
「【剣嵐Ⅴ】」
ヴェイセルの剣が巨体を《氷神狼》ごとバラバラにする。
「ふぅ……疲れた、それじゃ解除するよ」
レティの言葉とともに、氷の世界が消えていく。
残ったのは、今だ凍ったままで周囲に転がっている小型ディープアビススライムの破片。
これを回収するのは私の役目だ。
「みんなおつかれ。それじゃ、しばらく休んでいてね。……私はこの素材を回収するから」
私はスライム採取用の対腐食手袋を付け、破片に近づいていく。
そして、それらを一個一個回収し、容器へ収納していくのだった。




