第二十三話 第十一階層
「さぁ、とうとう念願の第十一階層だ。ここでやることは皆覚えているな?」
「もちろんです。この階層でやることは二つ」
「まずは第十一階層の探索。一応『光輝の剣』や昔のオリハルコン級冒険者パーティが残した情報はあるが、俺達の目で今の第十一階層を確認する」
ヴェイセルに応えたアウラの言葉をザシャが引き継ぐ。そして、更にレオンが続いて口を開いた。
「んで、もう一つが素材集めだな。俺達も冒険者として、収入を得る必要がある。ダンジョンでの収入源といえばやっぱ魔物素材だからな。今回の探索だと第十一階層の素材を目一杯詰め込んでもらうために、ここまでアルマにも剥ぎ取りは控えめにしてもらっていた。ある意味仕事としちゃここからが本番だ」
「ダンジョン産の魔物素材は私達の収入になるだけでなく、装備やアイテムに変わり、人々を支えるものだ。……『光輝の剣』が今後ダンジョンで活躍できるか怪しい以上、私達が入手できることを示さなければな」
「素材剥ぎ取りなら任せてね。私のスキルなら魔物討伐後のタイムリミットも余裕だから。触れさえすれば一瞬で剥ぎ取れるよ」
魔物討伐後のタイムリミット。それはこのダンジョンと魔物の性質による特殊な時間制限だ。
このダンジョンにおいて試練獣以外の魔物は災厄の漏れ出た力が魔物の形を取ったものだ。そして、ダンジョンは災厄を封印するもの。
漏れ出た力である魔物が絶命すれば、その死体はやがて解け、力へと戻る。ダンジョンはその力を再度封印する。
……そのため、倒した魔物は放置していると死体が消えてしまう。
なので剥ぎ取りは死体が消える前にスピーディーに行わなければならない。
死体から剥ぎ取って、アイテムとして認識される状態に……私のような特殊なスキルが無くてもアイテムとして判定される状態になれば、災厄の力に戻ることも、ダンジョンに封印されることもなくなる。
……この原理は不明だが、アイテムなどを判定している世界のルールによるものじゃないかと言われている。
「心強い。……そういうわけで、可能な限り多くの種類の十一階層の敵の素材を確保しつつ……一番高く売れる〈アビススライムの体液〉を多く確保する」
「そう言やスライム系の体液は生きたままの状態でもアルマのスキルで収納できるのか?」
「一応できるけどやらないよ。なにせ収納した体液自体がスライムとしてまだ生きている状態だから。収納しても普通に動き出して、私の背嚢の中身がそのままスライムに荒らされちゃう。……スライムとして生存不可能な少量ずつ収納する手もあるけど……手間が多くて普通に倒したほうが早いね。ついでに言うと、スライムに直接触れることになるから私の手が溶ける」
「あー……そりゃよくねーな」
「ま、ちゃんと正面から倒せってことだな。……それじゃ、皆気合い入れてやっていこう」
ヴェイセルの言葉とともに、私達は第十一階層の探索へと乗り出した。
※※※
第十一を探索し始めて三日目。
今日が第十一階層探索の最終日だ。……まだ物資に余裕はあるが、今回は第十二階層を目指したりはしない。
昨日の時点で第十一階層に出る魔物の内、レアモンスターを除くすべての種類の素材を確保した。探索もかなり広く行い、うちのパーティでのマッピングも行った。次回来たときには第十二階層を目指せると思う。
で、今日は収入的においしい魔物を狩って素材を集める日。
狙いはアビススライム。
その体液は貴重かつ重要な錬金素材らしく、高位の錬金術で作られるアイテムの素材として頻繁に登場する。
ポーションを使った後の空き容器に既に数体の〈アビススライムの体液〉を確保している。
後何体かは倒しておきたいところ。
「止まってくれ」
ザシャが皆を手と言葉で制した。
「この先にアビススライムがいる」
「おう、良いじゃねぇか!」
「ただ、普通のアビススライムじゃない。……強いて言うならヒュージアビススライムみたいなサイズのやつだ」
「……ここ、ヒュージアビススライムなんて出るのか?」
ヴェイセルの問いに、私は否定の仕草を返す。
「私はあったことがないし、いるなんて話は聞いたこともない」
「このダンジョンの魔物も個体差がある。……もしかしたら、アビススライムのサイズ上限近い個体なのでは?」
レティの言葉に、今度はザシャが否定の仕草。
「そんなサイズじゃない。明らかに異様なサイズだ」
「……前、魔物に関する本で読んだのですが、スライム系は同種で融合してサイズを増大させることがあるそうです。……それと同じことが起こったのでは?」
「アビススライムが集まってでかくなったっつーことか?」
「……原因はわからんが、ともかくでかいアビススライムがいることは確かだ。……ヴェイセル、どうする?」
「……イレギュラーな相手だが、だからこそ放置はできないだろう。なにせ、ここの魔物は漏れ出した災厄の力だ。災厄の力を削るに越したことはない」
ヴェイセルの言葉で、私達の方針は決まった。
「ちょうどいいさ、アビススライムなら目的の素材でもある。この特殊な敵を、今回の探索の締めくくりとしよう」
皆で頷くと、改めて、巨大アビススライムとどう戦うか話し合った。
※※※
「《氷神狼》!」
アビススラムのいる大部屋。そこに入る前の段階で長々と魔力を練り上げていたレティが、部屋に入った直後に魔法を発動した。
氷属性の最上位魔法の一つ。氷の巨狼を作り出す魔法、《氷神狼》。
その力によって現れた巨大な氷の狼は、そのままアビススライムめがけて駆けていく。
巨大アビススライムは、体の一部を鞭のように、触手のように変えて《氷神狼》を迎撃。
多数のスライム触手が《氷神狼》に襲いかかる。触れるものを一瞬で溶かす強力な触手だ。
だが、《氷神狼》はそのすべてを容易く回避してみせた。
そしてそのまま、アビススライムの巨体に喰らいつく。
そのまま、アビススライムに突き立った氷狼の牙。そこから、凄まじい魔法抵抗力を持つはずのアビススライムが凍り付いていく。
「【刃保護膜Ⅴ】【刃保護膜Ⅴ】」
「【盾保護膜Ⅴ】」
アビススライムに近づきながら、ヴェイセルとレオンはそれぞれ剣と盾にスキルを使用。アビススライムの体を斬っても、装備が壊れないようにするためのスキルだ。
巨大アビススライムは触手で《氷神狼》を攻撃し、その巨体の一部を溶かすも……その触手までもが凍り付いていく。
当然だ。《氷神狼》は生き物を召喚する魔法ではなく、あくまで氷魔法。その巨狼は圧倒的な冷気の塊なのだ。
そうやってどんどん凍り付いていっていたアビススライムだが、突如自らの体を切り離し、分裂し、体の四分の三が凍結を免れてみせた。
更には、あたかも怒りを示すからのように、赤黒い色に明滅し始める。
……まずい、こんなアビススライムは見たことがない。
「こいつ、ヒュージアビススライムじゃない……ディープアビススライムレギオンだ」
ザシャの言葉に驚く。……どうやらザシャは密偵のスキルで敵の情報を得たらしい。
……レギオン? どういうこと?
それに……ディープアビススライム?
アビススライムの上位個体?
驚愕と共に脳裏に疑問符を浮かべていたところで、ディープアビススライムレギオンが高速で体液を噴射した。
走り寄っていたヴェイセルとレオンに向けて。
レオンが前に出て、盾で受ける。
盾にディープアビススライムの体液がこびりつき、ジュウジュウと音を立て始めた。……しかも、盾にこびりついたディープアビススライムの体液が集まり、一体の小型ディープアビススライムに変わろうとしている。
「こりゃ不味いぞ! 普通のアビススライムよりずっと溶解能力が高い! 【盾保護膜Ⅴ】! スキルによる保護膜が突破される! 俺の盾でも長くは持たん!」
「……そうなると、俺の剣はもっと厳しそうだな」
盾は強固だ。当然だ。オリハルコン級冒険者の盾とも慣れば、そう簡単に傷ついたり溶けたりしない。
そんな盾が溶かされ兼ねないほどの溶解力。そんな相手を切り裂けば、ヴェイセルの剣はすぐにダメになるだろう。
緊張が走る。
レティは次の魔法の準備中。ザシャはレティのサポート役だ。
今回レティが準備している魔法はかなり集中が必要なもの。だから、もしレティが敵に狙われれば、ザシャがレティの体を抱えて逃げる事になっている。
アウラも矢の準備中。私がパーティに加入してから今までで一番強力な矢を準備しているらしい。
そんな感じで、後衛は敵を仕留めるための準備を着々と進めている。
だから、前衛のレオンとヴェイセルはその間の時間を稼ぐのが役目だ。
しかし、敵の想定を大幅に超える体液の濃度が、その時間稼ぎを困難なものに変えていた。




